20 お兄ちゃんの想い
王立図書館を後にした私達は、そのまま王城には帰らず、街に繰り出していた。
マクシミリアン王子が、どうせなら外で食事をして帰ろうと提案したからだ。私達はもちろん断ることも出来ないので、こうして来ている訳だが、
「だから、なんでこうなるの?」
大の大人三人が、私を真ん中に挟み腕を組んで歩いている。図書館に行く前もそうだが、再び両手に花、いや、正確に言うと、私を挟んで睨み合っている。
「お前はもう帰っていいよ?」
「殿下こそ、帰られたらどうですか? 側近達も心配してますよ?」
道ですれ違う人々の視線が突き刺さる。
私達はとにかく目立つ。三人とも身長がある上、王子と兄上は、側から見れば特上のイケメンだ。そして私も相応の美女なのだろう。そんな三人が、道の往来でぎゃーぎゃーやっているのだ。
目立たない訳がない。
「人に見られてます、めっちゃ見られてます!! 殿下、正体バレてもいいんですか?」
「別にバレだって構わないさ」
まさか私と交際してると噂になって、それが広まり、こちらが引くに引けない状態を狙ってる?
王子は私の右手を手に取り、なんと恋人繋ぎに変えた!
「見せつけてやればいい」
不敵な笑みを浮かべて、そのまま道を突き進む。
私の左隣にいる兄上は、引っ張られる私の手を頑として離さない。
「僕の目が黒いうちは、絶対に好きにはさせません!」
「お前の目は、黒くないだろ?」
そこ、突っ込むの?
王子はニヤニヤしている。相変わらずだなあ。
そんな私達の前に、五歳くらいの小さな茶色の髪の女の子が突然立ち塞がった。
王子が優しく声を掛けた。
「どうした? お嬢ちゃん」
黄色のリボンのツインテールの可愛い子だ。
彼女は、私達を見回して聞いてきた。
「お兄ちゃんはお姉ちゃんが好きなの?」
「そうだよ?」
「そっちのお兄ちゃんも、お姉ちゃんが好きなの?」
兄上は急に自分に振られてちょっと驚いたようだけど、
「そうだ」
女の子は頷いて、とうとう私に視線を移した。
「お姉ちゃんは、どっちが好きなの?」
ここできますか、私にその質問を?
よく見れば、道行く人々が立ち止まって、私達に注目している。イケメン二人を連れ歩く美女が、どちらが好きなのか子供に詰め寄られてる図は、通行人の興味を相当引いてるらしい。
ここは慎重に答えないとまずい。
「えーっと、どっちも好きかな?」
「ダメ! どっちか選ばないと!!」
ええ〜!? そんな、ここで選ぶの?
王子は相変わらずの笑顔で、兄上は私を睨んでいる。
こんなんで選べる訳ないじゃんか!!
ここで、私は苦肉の策に出た。兄上にはちょっと悪いけど。
「えっとね、こっちの人はお兄ちゃんなの。ほら、私達似てるでしょ? こっちの人は、えーっと」
「彼氏?」
「えっと、そんなもんかな? アハハ!」
そう答えると、王子が私を引き寄せて、満面の笑みを浮かべて言った。
「そうだ、恋人なんだ」
「ちがーう!!」
すかさず否定する兄上の足を踏みつけ、私は愛想笑いを浮かべた。
「三人は仲良しなんだね!」
「そうだよ!」
最後に女の子は、兄上に向かって辛辣な言葉を浴びせた。
「妹のデート、邪魔しちゃダメだよ? お兄ちゃん」
「!!」
そして彼女は嵐のように去って行った。
「誰が、お兄ちゃんだ!?」
「まあまあ、兄上」
その場で憤る兄上を、なんとか宥めようとする。
「あの場はああでもして収めないと。私が浮気な女と言われてもいいんですか?」
「だから、遠慮しろと言ったんだ。彼女の護衛は私がやるから問題ないよ、お兄ちゃん」
王子の言葉は、どうやら火に油を注いでしまったようで、兄上はすっかり機嫌を損ねてしまった。
「先に帰る。あの子に邪魔するなと言われたし」
「兄上!!」
私の呼びかけにも、兄上はもう応えてくれなかった。さっさと踵を返して帰ってしまう。
小さくなる背中を二人で黙って見送って、私はなんとなく罪悪感で胸が痛んだ。
「マヌエルも、どうしていいのかよく分からないみたいだね」
「?」
「君はずっと兄上と彼を呼ぶだろう? 兄妹として彼を兄だと思ってる?」
そう言われると、悩んでしまう。兄上はずっと兄上だし、これからもそれは変わらない。
「兄は兄です。ずっとそうでしたし、これからもずっと」
「でも、彼は違う。君を異性として見てきた。ずっと子供の頃からだ。その想いを、君は本当に分かっているのか?」
王子がこんなことを言うなんて、意外だった。
兄上の肩を持つなんて。
「君が彼を兄と呼ぶ限り、彼は兄を辞められないんだ。それはあまりに残酷なことなのかもしれないね」
ふっと軽く溜め息をついた彼は、私の手を改めて握り直した。
「ともあれ、これからは二人のデートの時間だ。うるさい邪魔もいなくなったし、何か美味しいものでも食べて帰ろう」
そう言う彼は、もういつもの笑顔で、私は王子の人柄をさらに知った気がした。彼は、ちゃんと周りの人間のことも考えられる人なんだ。
将来国王に成るべくしてなる人。
そんな彼の隣に立つのはどんな人なんだろう?
私の相手が決まらない限り、彼の縁談話も進まないんだろう。
彼の身分と立場を考えると、あまり待たせる訳にもいかないのかもしれない。
来年の春までに、誰か一人を選ばなければならないなんて。
そういう設定なんだから仕方ないんだけど。
でも、悪いけど、やっぱり私に王太子妃は無理な気が。
この人を好きになったら、気が変わるのかな?
それでも頑張ろうって気になるのかな?
「そんなに顔を見つめて、まさか、私にとうとう惚れてしまったか?」
えっ!? そんなに見てた!?
「ご、ごめんなさい」
「いやいや、こんな顔で良ければずっと見ててくれ」
やっぱり自信のある人は違うんだ。私なんか、彼に顔をずっと見られてたら、きっと顔から火が出て悶絶してしまうだろう。
いつもありがとうございます!
PVやブクマの微増にびっくりしております。
本当に励みになります。ありがとうございます。
今後も登場キャラが多いので、各キャラにスポットを当てて話を進めるつもりです。今回はちょっとお兄さんの心情が垣間見えた感じです。
次回もまたよろしくお願いします。明日も更新予定です。




