02 女癖の悪い王子に連れ出されてアレされる
アレックス公女と初めて出会って、翌日のこと。
騎士団詰所に、豪勢な弁当が届けられた。
なぜか僕宛てだ。誰から届いたか、見当が付いてしまった。
「なんだ、手作り弁当か?」
「すげー、うまそう」
弁当の内容はとても豪華で、普段貧乏生活の僕が、滅多に口に出来ない食材ばかりだった。味も申し分ない。
「公女様からって、愛されてるな、お前」
「愛人いるって話だが、どうもそれは誤解っぽい」
僕の言葉に、同僚達は驚いた。
「彼女、足がちょっと悪いんだ。執事が付き従うのは、仕方のないことなんだよ」
「なるほど、そうだったのか」
これで彼女の悪い噂が、少しでも消えるといいが。
って、逆でない? 仲良くしてはダメなんだよな?
僕は頭を抱えた。早くヒロインに攻略されたい。
そもそも、ヒロインはどこにいるんだ?
このゲームのヒロインは特別な力を持つ聖乙女として、城に招かれ、そこで攻略対象者と親密になっていくゲームなのだが、
現在のところ、それらしき人物に出会ったこともなく、噂を聞いたこともない。
「なあ、聖乙女を知らないか?」
「聖乙女? なんだそれ」
うーん、まだ出現してないだけかな?
「それより午後の仕事だけど、王子に付き添って、南の森へ行けってさ」
「王子ってどっちだ? 上? 下?」
「下だ」
げっ、下といえば悪名高い方だ。
女癖が悪くて、ゲームでは修羅場イベントまである第二王子のマシュー殿下。言わずもがな攻略対象キャラである。
僕と接点は仕事くらいで、あんまり喋ったこともない。
生前、イベントコンプの為に一通りクリアはしたけども、そんなに好きなキャラじゃないんだよな。むしろ苦手だった。
ただ、声優さんの声がすごく良くて、それだけは楽しみだった。
前世の記憶を取り戻してからは、会ったことはなかった。
「そもそも王子は森に何しに行くんだ?」
「なんでも、探し物だとか」
ふぅん。そんなことで、駆り出される僕達って一体。
でも、行きますけどね! 仕事ですから!
昼の休憩時間を終えると、詰所になんとマシュー殿下自ら現れた。
「殿下!?」
珍しいこともあるもんだ。いつも迎えに来させるくせに。
「ユージーンて、どいつ?」
「!!」
突然名指しされて、周りがざわつく。同僚達の視線を集めて、マシュー殿下が、僕を見た。
「へえ、綺麗な顔をしてる。まるで女みたいだな」
ギクッとして、思わず体が強張る。
声はまさにゲームそのもの。声優さんと全く同じ声だった。
マシュー殿下の方こそ、攻略対象者だけあって、典型的な王子様のテンプレ通りのイケメンだ。アッシュブロンドの長髪、淡い水色の瞳、長身で見た目だけなら、完璧だ。
「アレックスの婚約者殿、今日は君を指名しよう」
「へ?」
「ちょっと物を落としてきてしまってね。そんなたくさんゾロゾロ連れて行くこともないから。君一人でいい」
僕一人だけ? やっぱり貧乏くじ引いた気がする。
同僚達の同情の視線を集めて、僕は王子と二人きり、連れ立って南の森へ向かった。
先導して馬に乗って走っていると、突然王子が僕の隣に馬を並ばせて話しかけてきた。
「ユージーン、君はアレックスの秘密を知ってる?」
秘密? 何だろう、足のことかな?
僕が答えられないでいると、王子が自分から暴露した。
「アレックスは、普通の娘でない」
「どういうことですか?」
足のことなら気にしないけど、普通でないとは? 訳が分からなかった。
「我がいとこながら、食えない娘だ。君もそのうち知る羽目になるよ」
何だろう、本当に感じ悪いな。
そうこう言ってるうちに、森に到着して、入り口付近に馬を繋いで中へ入った。
森の中では、普通にモンスターが湧く。ゲームがそういう設定だから、深くは考えない。
僕は一応聖騎士なので、聖属性魔法も行使出来る。この国で聖属性魔法が使える人材は貴重だ。男であれば、身分を問わず、神官か聖騎士になれる。まあ試験に受かる必要があるが。
僕はゲームでも腕利きの聖騎士だったので、つまり僕は結構強い。
道中湧いてくる敵を、簡単に倒して進む。
王子は後から付いてくるだけ。戦闘に参加すらしない。
この人は、本当は強い筈だけど、ヒロインがピンチにならないと本気を出さないタイプなんだよな。
なんか僕はそれが嫌だった。実力をあえて隠して、飄々としてるのが。真面目なこちらがバカを見るみたいで。
「さすが、聖騎士というべきか。見事な剣の腕だな」
「お世辞は結構です。ところで探し物とは何なのですか?」
「何だろうね」
僕はげんなりして、呻いた。
こんなこと、隠すことでもないだろうに。
危険な思いをしているのは、こちらなのになぁ。
やっぱり苦手だこの人。
「ここらでいいかな」
マシュー殿下は、いきなり立ち止まった。
「ユージーン、私の勘が正しければ」
突然真剣な顔になって、僕の顔をじっと見つめた。
「その鎧を脱いでくれないか?」
「!!」
いや、なんでこんなところで? 一体いきなり、何を言い出すんだ?
「ここなら、他に誰も来やしない。さあ、脱ぐんだ」
僕はしどろもどろになって、王子の命令を何とかかわそうと考える。
ダメだ、僕は脳筋タイプなのだ。頭は回らない!!
「脱げないのなら、手伝おう」
「わーっ!!」
王子は僕に構わず、鎧を脱がしていく。さすがに抵抗出来ず、されるがまま。
鎧は全て外されて、下のシャツとズボンだけにされた。
下着に等しいので、この格好はさすがにお目汚しになってしまう。なぜ、王子はこんなことを僕にするのか?
「勘弁してください」
「その下も脱ぐんだ」
「!!」
さすがにこれ以上脱がされたら、女だとバレてしまう。
そうなったら、ただでは済まないだろう。
「どうか、ご容赦願います。服を脱ぐのだけは、勘弁を!」
僕はその場で土下座して、なんとか回避を試みる。
「男同士で、何を恥ずかしがることが? 命令に従わないのなら、お前の騎士位を剥奪するが?」
この声色は本気だった。
従う他なかった。
僕はシャツに手をかけ、上半身を露わにした。
「!!」
注がれる視線、死ぬほど恥ずかしい。
さらしを巻いていても、気付かれるだろう。
いや、どうせもう死ぬ。終わった、僕。
マシュー殿下は僕をしばらく凝視した後、黙ったまま自らのマントを外して、僕の肩に掛けた。
「すまなかった」
そう言って、僕をそのまま優しく抱き締めた。
僕はいつのまにか涙が溢れて、嗚咽が止まらなかった。
「もう泣くな、悪いようにはしないから」
マシュー殿下はそう言って、僕を必死で宥めた。
「アレックスが君を選んだ理由が、これで分かった」
「どういうことですか?」
マシュー殿下は難しい顔をして、
「私の口からは言えないな。アレックスに殺される」
またそういう物騒なこと言う。
「だが、君が女と知った以上、黙って見ているのも酷というもの。アレックスとの婚約が破棄出来るように手を貸そう」
「本当ですか!?」
思ってもみない申し出に、僕は希望が持てた。
苦手な人だって言ってごめんなさい。
「そうだな、私と結婚するのはどうだ?」
希望を持った僕がバカだった。
やっぱり嫌いだ。
「冗談はやめてください」
「そうでもない。君は自覚がないのか? それなりの格好をすれば相当な美人だぞ?」
女装なんてしたことありません。転生して、記憶を取り戻すまで十八年間男として生きてきましたから。
そもそも、前世はオシャレとは無縁の腐女子だし。
「私は人を見る目だけはある。よし、これから街に寄って、君を変身させよう」
「ええ!?」
王子に手を引かれそのまま森を出て、馬に乗って街へ向かった。僕はイヤイヤ付いていく他ない。
王子が馬を止めたのは、街外れの怪しい洋館。
いかがわしさがプンプンした。ここはどう見ても娼館では?
「殿下、ここは?」
「娼館だ」
やっぱりそうじゃないか!!
ここに連れ込まれる僕は、一体どうなるのだろう。
もうなるようになれだ。
王子はなんの躊躇もなく、娼館に入っていく。
僕も仕方なく後に続く。
「女将はいるか?」
娼館の中は、甘い化粧品の匂いがした。
エントランスの中央に、二階への階段があって、そこから年増の派手な女性が降りてきた。
「これは殿下! お久しぶりでございますね」
「そちらのイケメンは、殿下のお連れですか? まさか遊びにいらしたので?」
これに王子は手を振って、
「違う違う。ちょっと部屋と、女物の服とかつらを用意して欲しい」
女将は、ちょっと意味が分からないという感じだったけど、王子の言う通り、部屋を用意してくれた。
部屋の真ん中にベッドが一つ。僕は思わず固まった。
「今すぐとって食いはしないから、安心してくれ」
僕は王子を振り返った。
「変な真似したら、舌を噛み切って死にます」
「今はしないから、約束する」
そこに女将が頼まれた物を持ってやってきた。
「それと、化粧も頼めるか?」
「殿下にですか? それともそちらのお兄さん?」
王子は僕に視線を流した。
「こんななりをしているが、こちらはレディだ」
「ええ!?」
女将は僕を凝視した。痛いほどの視線に、僕は顔を背ける。
「こんなイケメンが、まさか」
女将はなかなか信じられないようだった。
王子が、とにかく後を任せると別室に行き、女将と二人きりにされた。
「本当にお嬢さんなの?」
「……ええ、はい」
それから女将の仕事は早かった。
僕を着替えさせ、化粧を施すのにそうたいして時間もかからなかった。
姿見に映る僕は、どう見ても美女だ。
少し古めかしいデザインの白いドレスだが、逆にアンティークぽい雰囲気が出て、僕によく似合った。
ていうか、亡くなった美貌の母に瓜二つだった。
「元々綺麗な顔をしていたから、どうかと思ったけど、やっぱりものすごい美人さんだ。王子が惚れるのも分かるね」
なんか今、さらっとすごいこと言わなかった? この人。
「背が高いから、様になる。これほどの上玉は見たことないね。あんたうちの店で働いたら、すぐナンバーワンだよ」
ここ、娼館じゃん。これから落ちぶれたら、こういうところで働くしかないのかな?
「終わったか?」
王子が痺れを切らして、部屋に入ってきた。
「今、呼びに行こうと思ってたところですよ。見てごらんなさい、とびきりの美人さんだ」
王子が息を飲んで私を見つめる。
「……これほどとは、これは、参ったな」
王子の視線がこそばゆくて、私は視線を合わせられない。
「ユージーン、いやジーン」
「アレックスと婚約破棄が無事になされたら、私と結婚してくれ」
僕は、目眩がした。
この人は、一体どこまで本気なのか。
「こりゃあ、王子様に見初められちゃったね。玉の輿だ!」
女将は呑気にはやし立て、僕の背中をバンバン叩く。
「邪魔者は消えますよ、あとはごゆっくり」
女将はそう言って、部屋を出て行ってしまった。
部屋には王子と二人きり、取り残されて非常に気まずい。
「冗談が過ぎますよ」
「冗談なんかじゃない、本気だ」
いや、僕はあなたがゲーム内で修羅場イベント起こすくらい、女癖悪いのを知ってるんだから。
でもヒロインとフラグが立つと、人が変わったように一途になるんだよな、確か。
「結婚すると約束してくれたら、今ここで誓いを立ててもいい。君だけを生涯愛し続けると」
誓いを立てたら、何があってもそれは違えてはならない。
それはこの国のルールで、法だ。ゲームでもそうだった。
本気なの? まさか、本当に?
これはまさかだけど、僕は彼のフラグを立ててしまったの?
うーん、破滅エンドは回避できるだろうけど、まだ他に手があるかもしれない。ここはやんわり断るしかなかった。
「今はまだ、約束は出来かねます。あなたをよく知りもしないで、結婚とか承諾出来ません」
彼は僕の返事を黙って聞いていたけど、やがて思い切ったように口を開いた。
「分かった。だが、私は君を諦めるつもりはない。好きになってもらえるように努力する」
すごいポジティブだ! ある意味羨ましい。
その後はこの姿のまま王子と街で食事して、ここで再度着替えてから帰宅した。
王子には、もちろん次のデートを約束させられた。
僕は完全に、彼のフラグを立ててしまったようだった。