18 日記に書かれた真実
私達が部屋に入るとドアが閉まり、薄暗かった部屋が、ぱっと明るくなった。
どういう原理なのか、部屋の奥がアンティークな作りの出窓になっていて、まるで誰かの個人の部屋のようだった。机やソファといった家具が置かれており、小さな書棚には本がぎっしり詰まっている。
出窓からは外が見え、明らかに庭園だ。鳥の鳴き声まで聞こえる。
「なんだここは? 図書館の中とは思えない」
私達は部屋の中を歩き回った。奥の部屋まであり、そちらにはバスルーム、さらには寝室まで。
ここで今すぐにでも生活が出来そうだ。
「殿下、禁書を読みに来たんですよね?」
「そうだ」
王子は書棚の方には目もくれず、部屋の物色に夢中だ。
やっぱり、本を見たいだなんて口実だったんじゃ?
それにしてもセンスの良い部屋だ。調度品からして、女性の部屋なんだろうけど、一体誰の部屋なんだろう?
私は書棚の本の背表紙を見た。
そこにあった本のタイトルは、思わず目を見張る物だった。
『フォーサイス家の聖乙女について』
フォーサイス家!? これって私のこと?
私は本を手に取り、ページをめくった。
そこにはフォーサイス家の成り立ちや、初代聖乙女のことが書いてあった。全然知らなかった色々な事実。
初代聖乙女はこの国の王女。
彼女が選んだ伴侶がこの国の騎士で、彼がフォーサイス家の祖であること。王女以降、何人も聖乙女を輩出していること。
「何か興味深い内容だった?」
ふいに王子に声を掛けられて、私は思わず彼に本を見せた。
「これを見て下さい」
彼はさっと本に目を通して、納得するように頷いた。
「ここは初代聖乙女の部屋なんだ」
「ここが?」
「彼女は王女だったから、ここは元々王城の別邸なんだ。おそらく図書館の移築の際に、一緒に移されたんだろう」
そうだったんだ。
「殿下、ひょっとしてご存知だったのでは?」
そう言うと、彼はふふっと意味ありげな笑い方をした。
「そうだね。来たのは初めてだけど、ここのことは知っていた」
「やっぱり」
王子はもう一冊別の本を取り出して、ページを開いた。
本に視線を落としながら言う。
「君の先祖の部屋だ。王女は金髪碧眼の美女だったそうだよ。フォーサイスのその容姿は、彼女の血なんだろうね」
「君が見つけた本の内容は別にここ以外にも記されてる。私も知識として知っていた内容だし、本当に君に見て欲しいのはこれだ」
それは彼が先ほど取り出した本の一ページだった。
『次代の聖乙女を守る為に、変異の呪いを掛けた』
変異の呪い?
「殿下、これは?」
「これは前任の聖乙女の日記だ。彼女が、次代の聖乙女、つまり君に何か特別な理由があって、特殊な呪いを掛けたということだ」
「え?」
王子は食い入るようにページを見つめた。
指で文字をなぞりながら、一文一文確認していく。
「君とアレックスの性別が変わってしまった理由がはっきりした」
「!!」
「君は元々女だったんだ。二歳の誕生日に呪いを掛けられ、性別が男へと変わった。それもみんな君の力を抑える為であり、守護の為だ。呪いを掛けるには、それに見合う代償がいる。君と同じ星の元に生まれた同じ血を引く者、アレックスが生まれた瞬間にその代償とされた。つまり、君達の性別を入れ替えたんだ」
な、何だって!?
「聖乙女による呪いだとしたら、納得だ。二人とも、おそらく死の淵に立って守護の呪いが解け、本来の性別に戻ったんだ」
そんな呪いがあるなんて。知らなかった。
「本来は禁呪らしい。だが、君が聖乙女として生まれてしまった以上、どうしても必要に駆られたんだろうな」
王子は本を閉じて、書棚へ戻した。
「なぜ? そこまでして、私を男に変えたのでしょうか?」
彼は私をまっすぐに見据えて言い切った。
「それは君がフォーサイス家の人間だったからだ」
「……すみません。それだけではよく分かりません」
王子はちょっと笑いながら、
「フォーサイス家は、意図的に血族結婚を繰り返して、多くの聖乙女を輩出してきた家だ。魔法の特性が遺伝することは、知っているだろう?」
「ええ」
それを理由に、私はニコラス様に求婚された経緯がある。
「そう、血を濃く残す為に、一族同士で結婚するんだ。それで多くの聖乙女を輩出したが、その分──」
王子はそこで少し言い淀む。
しかし、意を決して話を続けた。
「弊害も被った。力が強すぎて、魔に魅入られたりしたんだ。君が家のことをほとんど何も知らなかったのは、おそらく意図的に隠されたせいだと思う」
私は俯く。何も知らなかった。知ろうともしなかった。
それはやっぱり怠慢だったのでは? おそらく兄上は全て承知なんだろう。
「落ち込む必要はないさ。君は聖乙女として力を使いこなし、これからきちんと役目を果たせばいい」
王子は、優しく私の肩を抱いた。
「この手は何ですか?」
「これくらい構わないだろう? 私だって夫候補だ。君と親しくなりたいんだ」
「王太子ともあろう方が、本気でつい最近まで男だった私を?」
この王子は、どうも本気に見えないんだよなぁ。
兄上や、マシュー王子のように、はっきり言ってくれる訳でもないし。彼らをからかって、私に言い寄っているようにも思える。 ユーエンの時も、わざと気を利かせてくれたりで。
本当に本気なのかな?
王子はいつもの微笑みを浮かべて、私をじっと見つめている。ていうか、顔が近い!
単純に顔の好みとしたら、アリなんだよな。
こう見ると、色こそ違えどマシュー王子と似た面差しだ。
彼と違って浮いた噂がないのもまた、妙に胡散臭い。
正直、腹に一物あるのは常にこの人で、弟君の方が誠実そうだ。実際、彼は私の夫候補になるにあたり、女性関係を全て精算したらしいし。
ただ綺麗な赤い髪といい、エメラルドグリーンの瞳といい、私の好みの取り合わせなんだよな。
「私があなたを選ぶと言ったら、本当にそれで構わないんですか?」
「もちろん、構わないよ。まさか、本当に選んでくれるのかい?」
ニコニコニコ。いつもの笑顔だ。
まるで仮面のような、作った笑顔。
「さあ、どうしましょう?」
私はそっぽを向いた。やっぱりこの王子は、全ての心の内を見せてくれる訳じゃない。
やっぱり相手に選ぶなら、誠実で、全て信じられる人でないとダメな気がする。
その点、この王子はダメだな。
「殿下は私のことなど、本当は本気じゃないんでしょう?」
その時だった。私の肩を抱く王子の手の力の入れ方が、わずかに変化したのは。
「殿下?」
もう彼は笑ってなどいなかった。むしろ、今まで見たことのないような真剣な眼差し。
え? こんな顔もする?
「君に対する態度を、間違えていたのかもしれない」
そう言うと、突然、そのまま私にキスをした。
「ん!!」
唇をこじ開けて、舌が入ってくる。
私はあまりのことに呆然とそれを受け入れるしかない。
王子は、そのまま私を自分の胸に引き寄せ、顎をしゃくるようにキスを続ける。
まるで唇に噛み付くみたいに、何度も何度もキスをされた。
「んんん!」
ようやく唇を外して、吐息と共に彼は言った。
「本当に好きだよ」
こ、腰が砕ける!! なんだこれ?
私は思わず力が抜け、足から崩れ落ちそうになる。
さっと王子が腰を支えてくれた。
「ふふっ、もしかしてキスで腰が抜けた?」
「むむむ」
私は真っ赤になって、顔を背けた。
は、恥ずかしい、めちゃくちゃ恥ずかしい!
「可愛いな」
王子はそんな背けた私の頬にチュッと軽くキスをした。
「!!!!」
「君が、私を煽ったからだ。今日に関しては君が悪い」
どうやら、私はいつのまにかマクシミリアン王子のフラグも立ててしまったようだ。
いつも読んで下さりありがとうございます。
引き続き、マックス王子のターンです。
今までそんなに絡みのなかった人ですが、性格上ちょっと糖度が高めになっております。
主人公は浮気者だなぁ、と言われると元も子もないのですが、このお話はマルチエンディングなのであんまり気にしないで、今後ともよろしくお願いします。




