16 勝負の決着、勝者への褒美
マクシミリアン王子はストレッチをそこそここなすと、いよいよやる気になったらしい。
「さあ、弟とやるのは久しぶりだなぁ」
「いつやったか思い出せないんだが」
マシュー王子が首を傾げる。
「そりゃあ、子供の頃以来だからな」
そんな前なんだ。
「その余裕の面に、一発お見舞いしてやる」
「え? お前も素手でやる気? いいのか?」
どうやら二人も剣で戦わず、素手でやるようだ。
完全に兄上とユーエンに感化されてしまったみたいだ。
「うわ、兄様同士のガチの殴り合い? これも見ものだ!」
アレックスは相変わらず、目を輝かせている。
二人の様子にニコラス様が、ぼやいた。
「私は素手は嫌ですからね、一応言っておきます」
ニコラス様は剣での戦いを希望らしい。でも、確か素手での武術大会でも優勝してるのを知っている。どっちでも強いはずなんだけどな。
「始め」
その合図で、いきなり始まった二人の戦いは、完全にケンカだった。もうお互い、殴る蹴る。
兄上とユーエンとの勝負とは、完全に打って変わって、まるで子供のケンカのようだ。
「なにこれ」
アレックスが呟いた。
割と正々堂々と向かうマシュー王子に対して、マクシミリアン王子のやり方の汚いこと。
「マックス兄様、えげつない」
足を踏んだり、すねを蹴ったり、戦い方が姑息過ぎる。
「真面目にやれよ、クソ兄貴!!」
「ふふっ、じゃあ、そろそろちゃんとしようか」
マクシミリアン王子の雰囲気がガラリと変わった。
「殿下は武術の達人ですよ、ああ見えても」
ニコラス様がそう言うってことは、相当なんだろう。
纏う気がもうさっきとは違う。
それからは一方的だった。マクシミリアン王子はマシュー王子の攻撃を難なく避けて、すっと簡単に投げ飛ばした。
「そこまで。勝負あり」
あまりのあっけない決着に、どっと歓声が湧く。
あの動きは、合気道?
ゲームの世界だから、何でもありな設定なんだろうけど、どう見てもマクシミリアン王子の動きは合気道のそれだった。
「マシュー殿下は、マックス殿下に素手で挑んだ時点で負けでしたね」
ニコラス様が呟いた。
「剣なら、お前に分があったのに。お前は馬鹿だなぁ」
マクシミリアン王子はなんだか得意げだ。
「くそっ!!」
マシュー王子、ちょっとかわいそう。
素直に剣での勝負にしとけば良かったのに。
「兄上は殿下に勝てそうですか?」
私は、隣で観戦していた兄上にふと尋ねる。
「さあ? 手合わせしたことないから分からない。でも、正直殿下の強さは底が知れないな」
マクシミリアン王子は余裕の表情で、乱れた赤い髪を直している。
「どうします? 殿下は連戦になりますが、休憩を入れますか?」
ニコラス様の問いに、マクシミリアン王子は手をひらひらさせながら、
「全然疲れてないから平気!」
余裕だ!
「すごい、兄様とユーエン、どっちが強いんだろ?」
アレックスは、もう本当に楽しそうだ。
「どっちを応援するの?」
「ユーエンは実の兄様だしな。でもマックス兄様にも負けて欲しくない」
ユーエンは、いつものポーカーフェイスでその表情からは何も窺えない。緊張している様子もないけど。
私は彼が気になって、そっと側に寄って尋ねた。
「勝てそう?」
「ええ、たぶん」
たぶん? 断言は出来ないの?
彼は少し、眉根を寄せて難しい顔をした。
「強さの底が知れないのです。あなたの兄上より、正直やりにくいかもしれないですね」
兄上と同じことを言う。
マクシミリアン王子って何者?
ただの王太子ではないことは確かだ。
「頑張って」
小声でそう言うと、彼はちょっと笑った。
「さて、始めようか」
二人が対峙したところで、緊張が走る。
「始め」
ニコラス様の掛け声で、二人は一斉に攻撃を仕掛けた。
え? 合気道って、基本受け身なのでは?
しかし、打ち合う王子の攻撃スタイルは、今までのものとまるで違った。あれは空手だ!
「殿下の強さの底が知れない理由がこれか」
兄上がふと呟く。
二人の戦いは、流れが止まらず、お互い攻撃しては避けて、受け流しての繰り返し。
とても見応えのある二人の戦い。
兄上とユーエンが戦った時のように、お互い決め手に欠け、一進一退の攻防が続く。
「ユーエン、もう本気出せよ!」
痺れを切らしたアレックスの掛け声で、ユーエンの動きが変わった。
まともに打ち合うスタイルをやめて、指と腕を掴み関節技を極める。
素早い身のこなしで、逃げようとする王子の動きを封じ、あっさり彼を倒した。
どっと再び歓声が上がる。
「関節技はキツイ〜〜」
王子が笑いながら、地団駄を踏んだ。
「そこまで。勝者、ユーエン!」
「はっはっは、兄上ざまぁ!!」
マシュー王子は大喜びで、ユーエンの勝利を称えた。
「よくぞ兄上に勝った! さすがは我がいとこ」
マクシミリアン王子も強かったけど、それを上回るユーエンの身のこなし。やっぱり彼は強い。
「やっぱり、ユーエンが強いか」
兄上は腕を組んで、勝負をじっと見守っていた。
アレックスは得意げに、
「ユーエンは本当は関節技が得意なんだ。あの技をかけられたら、ひとたまりもないよ」
技をかけてから物凄い早さだった。一瞬で王子が沈んだもの。
アレックスが、相変わらずワクワクした様子で次を催促した。
「じゃあ、ユーエンとニコラスで最後の対戦早く! ユーエンは連戦いけるだろ?」
ユーエンは余裕の表情で頷いた。息も切れてない。さすがだ。
マクシミリアン殿下がニコラス様に声を掛けた。
「ニコラスはマヌエルにあっさり負けて、いいとこなしだったからな。ちゃんとやれよ!」
「兄上だって、あっさり負けただろ?」
マシュー王子の言葉に、マクシミリアン王子は苦い顔をする。
「それだけユーエンは強い。お前だったらきっと瞬殺だ」
マクシミリアン王子が強いと太鼓判を押したユーエンと、この国一番の使い手と言われる聖騎士団長のニコラス様、果たしてどちらが強いのか?
マクシミリアン王子が席に戻ってきて、強引に私と兄上の間に座った。
「殿下、狭いですよ、どうして戻って来たんですか?」
兄上は迷惑そうに王子に苦言を呈する。殿下にはっきり文句を言える兄上は、ある意味凄い。
「負けたから、仕方ないだろう? ここは私の席。お前は遠慮しなさい」
マクシミリアン王子は余裕の笑みで、何だか楽しそうだ。
「嫌ですよ、それよりどっちが勝つでしょうね」
「うーん、全く分からないけど、ジーンはどっちに勝って欲しい?」
そこで、私に振る? それ、どっちとキスしたいか聞いてるのと同じでは? そんなの答えられるはずないじゃないか。
「どちらとも言えません。そんなの決められませんよ」
「つまりどっちとも? ジーンは欲張りだなぁ」
王子はニヤニヤしている。やっぱり分かってて聞いたんだな、この人。
「両方と戦ったマヌエルはどう思う?」
「僕がニコラス殿に勝ったのは、完全に彼が油断していたからです。あれは不意打ちに近かった。きっともう通用しない。彼も強いですよ」
そう言う兄上も、結局どちらが勝つか分からないらしい。
木製の剣を構えるニコラス様。
対するユーエンも剣を構える。
審判を引き継いだ、マシュー王子が合図を出した。
「始め」
二人の気迫が打つかるように、激しい剣と剣のぶつかり合いが始まった。
全く二人の剣術スタイルは違うのに、息の合った攻撃と防御、本当に踊っているかのようで、思わず見惚れる。
私はあそこまで動けるだろうか?
二人の身のこなしを食い入るように見つめた。
ニコラス様の見事な剣さばき、さすがはこの国一番の剣士と言われるだけある。
でも、ユーエンの流れる動きは息を飲むほど美しい。独特の剣の振り方は、まるで舞を舞っているかのよう。
ニコラス様の鋭い突きを、すんでのとこで躱すユーエン。
その時、ユーエンの眼鏡のレンズが音を立てて割れた。
──剣圧で割れた?
一瞬怯んだユーエンを、ニコラス様は見逃した。
いや、騎士だからきっと攻撃出来なかったのだ。
でもユーエンは違った。そのコンマ何秒という時間で、自分への攻撃をためらったニコラス様の首元に剣を突き付けた。
「勝負あり!」
皆の溜め息が漏れて、勝負が付いたんだと実感した。
騎士団の連中がざわつく。まさか自分達の長が負けるなんて思わなかったみたいだ。
「ニコラス〜〜」
マクシミリアン王子の気の抜けるような声に、ニコラス様は苦笑いだ。
「油断しました! 申し訳ありません」
「ユーエンの勝利だ!」
アレックスはなんたかんだでユーエンが勝って嬉しそうだった。
「まあ、負けたのはニコラスが騎士所以か。ユーエンはよくそこを逆手に取ったな」
卑怯なことは出来ないもんな、やっぱり騎士だし。
私でも、あそこで攻撃はきっと出来ない。
たとえ、それをしないことで負けるとしても。
勝負に勝ったユーエンは、その場で立ちすくんだままだ。
アレックスが言う。
「あ、ユーエン眼鏡割れちゃったから、周りがよく見えないんだよ、ド近眼だから」
眼鏡のレンズは粉々で、もう使えそうもない。
私は思わず立ち上がって、彼に駆け寄った。
「大丈夫?」
「はい、すみませんよく見えなくて」
兄上がこちらをじっと睨んでいる。
うー、こんなんでいちいちヤキモチ妬かないでよ!
「スペアの眼鏡が、車にあります。取りに行きたいのですが?」
これにマクシミリアン王子が、笑って提案した。
「じゃあ、そのまま乙女に連れて行ってもらうといい」
「ええっ!!」
まだ騎士の元同僚達は、こちらに注目している。さっさとこの場を離れた方が良さげだった。王子は全て分かっていて、そう言っているのだ。
私はマントを深く被りなおし、彼の手を引いて素早く大広間を後にした。
「そんなに見えないの?」
「ええ、人の判別が付きませんし、遠近感もよく分からないです」
いわゆるド近眼なんだろう。
普通に歩くことも出来ないなんて、大変だな。
って、私、思い切り彼の手を握ってた!!
急に意識して、赤面してしまう。
彼に顔が見えてなくて良かった。ちょっとホッとする。
眼鏡のない彼は、いつもと雰囲気が違う。
切れ長の涼しい目元に形の良い眉、通った鼻筋、薄い唇、完璧な配置で、いわゆる一見東洋人特有の薄い顔なんだけど、やっぱりハーフだからか、虹彩の色が濃い緑だ。
絶妙ないい混ざり具合なんだよな。
王子達もタイプは違えど、すごいイケメンだから、ここの王家の方々は美形遺伝子が強いのだろう。
アレックスだって、綺麗な顔をしているし。
そうこうしているうちに、車に着いた。
「ありがとうございます」
ユーエンは車の中から、スペアの眼鏡を取り出した。
箱から出してすぐに掛けると、いつもの眼鏡姿の彼に戻った。
「助かりました」
彼はそう言って柔らかく微笑む。
そんなに優しく笑わないで!! なんか色々ヤバイから!!
「そういえば、勝者の褒美を貰ってません」
へっ? まさか? ここで?
「キスとか冗談だよね?」
彼は一瞬、ムッとした。
「私には、したくないのですか?」
「そういう訳じゃ」
やっぱり、頬じゃダメなんだろうな。
躊躇う私に、彼はそのまま顔を寄せてくる。
伏し目がちの長い睫毛、私はそのままぎゅっと目を閉じた。
唇に唇が軽く触れる感触。
「ありがとうございます」
そう言って晴れやかに笑う彼に、私は妙にドキドキが止まらなかった。これじゃあ、まるで私が女の子みたいじゃないか!
ずっと忘れていた感覚。
私は彼をずっと誤解していたのかも。
彼は普段あまりにも無愛想だったから、てっきり嫌われてると思ってたくらいだし。
それにしても、普段笑わない人が笑うと、物凄い破壊力なんだな、身に染みて実感した。
皆の元に戻ると、兄上の視線が妙に冷たい。
兄上はユーエンに詰め寄った。
「したのか? お前キスしたのか?」
「お兄さん、諦めが悪いよ」
アレックスの言葉にも動じず、ユーエンを睨みつける。
当のユーエンは涼しい顔で、
「当然の権利ですので」
「!!」
心底悔しがる兄上が、ちょっとかわいそうにも思えた。
負けちゃったもんね、今回は仕方ない。
いつもありがとうございます!
勢いで発展してしまったバトル回終わりです。
今回いいとこなしの人も、今後、活躍の場があります。
あくまで、ユーエンのターンでしたので、今回は彼が優遇されてます。すみません。
今後はグダグダしながら、ちょっとコメディを脱線する話になることもありますが、シリアス回なんだなーと広い心で見てやって下さい。
ここまで読んで下さりありがとうございました!




