12 東の塔の魔女【前編】
部屋の中から響く幼い少女の声にやや驚きつつも、私はゆっくりと目を見開いた。
重たい鉄の扉の開いた先、塔の頂上に当たる部屋。びっくりするくらい少女趣味で飾られた豪華な内装の部屋だった。しかし、その内装とは裏腹に、外からの明かりが差し込む窓は鉄格子がはめられ何だか物々しい。
その部屋の中央で、大きなクマのぬいぐるみを抱えた銀髪の少女が私達を見つめていた。その色合いは、アレックスを思い起こさせた。サラサラの銀色の髪に、まるで血のような真っ赤な瞳。
「あなた達は誰?」
「僕達は別に怪しい者じゃない」
私は隣の兄上を思わず仰ぎ見た。
いや、怪しいでしょ!? 普通に鍵を無理やりこじ開けて部屋に入ろうとしたんだよ!?
「そうなんだ? あなた達綺麗だし、信じる。こっちに来て」
「ええっ!?」
少女は私達に手招きすると、長椅子にクマのぬいぐるみを丁寧に置いて、テーブルに置いてあった可愛らしいティーカップにお茶を注いだ。
「実を言うと、私はここであなた達が来るのを待ってたの」
「!!」
「あなたはマヌエル、そっちはジーンね? 私はキャロルよ」
「へぇ、全てお見通しな訳だ」
兄上はさして驚く風でもなく、さっとソファーに腰を下ろすと途端に足を崩して寛いだ。私は少し戸惑いつつも、兄上の隣に腰を下ろした。
銀髪の少女キャロルは、私達をマジマジと眺めながら、スッとティーカップを差し出した。
「魂の双子」
「?」
キャロルが言った言葉の意味がよく分からず、私は小首を傾げるしかない。しかし、兄上はその言葉を受けてキャロルに向かって呟いた。
「……そうか。お前は魔女か」
「魔女!?」
この国にはいわゆる人以外の人に似た存在がいる。吸血鬼なども魔物と呼ばれるモノの類だ。魔女も、元々は何処か異世界からこの世界にやって来たと呼ばれるモノで、高い魔力を持ち合わせてあらゆる魔法を駆使し、呪いなどもお手の物。中には過去や未来を見通す力を持つ者もいるという。魔女はその能力から各国で重用されたり、囚われたりした。しかし数百年前に、一人の魔女が気紛れで国を一つに滅ぼしてから、大規模な魔女狩りが世界的に実施されて、魔女と看做された者が大勢殺され、魔女は表舞台から完全に姿を消したのだ。
──その魔女が、この幼い少女なの?
「銀髪に赤い瞳。簡単でしょ? ……あぁ、でもそんな見た目の特徴すら、多くの人々は忘れ去ってしまったのかしら? まぁ、私の先人達がそう仕向けたのだけれど。それで、綺麗な綺麗な魂の双子さん。どうして私に会いに来たの?」
「魂の双子というのは?」
私はその表現がどうしても気になって口をついた。
キャロルは一瞬大きな目を見開くと、私に向かって優しく説明してくれた。
「言葉の通りよ? あなた達は同一の魂を持ち合わせてる。何らかの理由で二つに分かれてしまったけれど、元々は同じ魂だから惹かれ合うのは当たり前ね。今生の厳しさを予感したのかしらね? それにしても二人とも鏡に映したように見た目もそっくりね」
「まぁ、よく言われる」
兄上が自嘲気味に少し笑いながらそう言って、出されたお茶に口を付けた。
「お、これは中々の高級品だな」
「最高級品よ。贅沢はさせて貰ってる。クラウスは私には甘々なの」
「君とクラウスの関係は?」
それは私も気になった。なぜ魔女であるキャロルがこんな城の塔に幽閉されているのか?
「クラウスはいとこにあたるの。魔女に生まれてしまった私をここで保護してくれてるの」
「えっ、魔女って魔女から生まれるのではないの?」
私の発した言葉に、兄上は盛大な溜め息をついた。
え、違うの?
「魔女は確かに文献では魔物に分類されたりしているが、人と交配してその血脈に偶発的に生まれるようになった。魔女が生まれた家はその存在を徹底的に秘匿する。だから表舞台に魔女が現れることはなくなったんだ」
「それってやっぱり迫害とかされるから?」
「まぁ、そうだろうな」
「へぇ、あなたは色々と詳しいのね」
キャロルは兄上に向かって感嘆の声を上げた。
そりゃあ、一応兄上は学院始まって以来の天才だからね。
兄上がその気になれば、国の役人のトップだって夢ではないだろうけど、……実際もう仕事してるんだっけ?
「身近にいたからな。古い文献にしか残されていない魔女の特徴を示す容姿の奴が。まぁ僕の場合は正確に言うと、そいつが魔女だと教えて貰った口だがな」
「えっ?」
私はすぐに分かってしまった。目の前のキャロルはどう見てもアレックスを思い起こさせる。髪の色といい目の色といい、銀髪に紅い目、何となく顔立ちもアレックスに酷似している。
「アレックスもそうなの?」
「お前の日に日に増す聖乙女の力に困った僕が先代に助けを求めた時に、お前の魔力を抑えるにはお前の魔力と同等の者の存在が必要だった。お互いの魔力を相殺させる感じだからな? 先代が大公夫人と親しいお陰でアレックスの存在が知れて、夫人の全面協力を得てお前の魔力を抑え込んだ。性別が入れ替わったのはその代償だな。何故大公夫人が息子を差し出したのか、それはアレックスが生まれながらにして魔女だったからだ。つまり大公夫人もアレックスの魔力を抑え込む必要があったんだ。ええと、確か大公夫人の生家は確か……」
「……ウォード家よ。私のフルネームはキャロル・レティシア・ウォード。ウォード家はワイルダー家の分家の一つ。大公夫人は私の父の姉、つまり伯母にあたるの。アレックスは私のいとこよ」
キャロルの告白に、私は度肝を抜かれた。
アレックスのいとこ!? なら顔立ちがどこか似ているのも納得だ。それにしても世界は狭い。ならクラウスだって、キャロルを通じて王家の縁戚には違いない。まぁ直接の血縁とは少し違うだろうけど。
「ちなみにクラウスは母方のイトコよ。クラウスはワイルダー本家の流れを汲むワイス家の出身。表向きの名はクラウス・ワイスね」
「ワイルダー家という家名は、現在はどこにも存在していないからな。……ていうか、世界は狭いな」
兄上の呟きに、キャロルは感慨深げに頷いた。
「ねぇ兄上、魔女ってさ……」
そう私が切り出すと、見るからに兄上は眉を顰めた。
そんな露骨な顔しなくてもいいのに。
「……アレックスは男だから魔女は変なんじゃないのかって? あのな、魔女というのはあくまで総称で、男も女もない。男でも魔女の一族の特徴を持つ者は一概にして魔女と呼ばれる」
なるほど、そうですか……。
ごめんなさいね! 兄上のように頭が良くなくて!!
「要は私の魔力を抑え込む代償にアレックスを選んだけれど、あっちはあっちでそうした方が都合が良かったってこと?」
「端的に言うとそうだ。だからお前がアレックスに対して罪悪感を抱く必要なんてない」
お互いの性別を交換してまで維持してきた秘術が解けて、私達は本来の能力を取り戻しつつある。日に日に増す魔力に私自身も戸惑っているのに、え、それならアレックスは? アレックスはどうなんだろう?
「アレックスはまだ記憶を取り戻していないの。私達の魔力の強さは前世の記憶に左右されるの。魔女が普通の人間と違うのは魂のリセットを経ないで転生するから。つまり私は前世の記憶を持ったままなのよ」
「えっ!?」
「前世の前世の前世もハッキリと思い出せる。それでも私達のの一族は大規模な魔女狩りで相当数を失った。この世に絶望し、転生を拒む仲間も大勢いて、現世に存在する魔女は私とアレックスの唯二人だけよ」
キャロルの寂しげな綺麗な横顔を眺めながら、私は何だか切なくなった。
こんな場所に一人閉じこもって、寂しくはないのだろうか?
「ねえ、キャロルはここでクラウスに保護されてるってさっき言ってたけど、ここから出ようとは思わないの?」
「出ようと思えば出れるわ。でも、ここにいる方が安全。私、小さい頃から何度も攫われそうになって……」
確かに銀髪に血のような紅い双眸は目立つ。アルビノとはまた違う独特の風合い。珍しさも相まって貴族の令嬢なら充分狙われる対象だろう。かくいうアレックスもいつもユーエンが護衛に付いているくらいだし、二人は出掛ける時はほぼ一緒だ。
「それでなぜ、クラウスは僕達をここに導いたのか。お前と会わせる為だとしか思えないんだが?」
「導くって、ここに来たらダメだって釘を刺されたんじゃない?」
「…はぁ」
兄上は軽く溜め息をつくと私を横目で睨んだ。
いつもありがとうございます!
コソッと更新しときます(汗




