08 思いもよらぬ提案
村長に勧められて、私達は揃って庭に出ることに。どうしてこんなことになった!!
ジュリアンはさすがに私達に同行するのを躊躇い、屋敷の庭を一望出来る二階のバルコニーから私達を眺めるに留めていた。
ジュリアンの見合い相手となぜ私が? この展開に多少戸惑いつつも、ギデオンの為人が分かれば、ジュリアンの友人としてこの縁談に意見してもおかしくはないだろうか……?
そんなことを考えながら歩いていると、隣を歩いていたギデオンが蔓薔薇のアーチに差し掛かった所で足を止めた。
「単刀直入に言う。俺と結婚しないか?」
「ええっ!?」
それは思いもよらぬ発言だった。
ギデオンは詰めていた首元のタイを緩めて、襟元を開いた。
その仕草で、私はギデオンが完全に猫を被っていたことを悟った。口調も雰囲気もガラリと変わった気さえする。
「いやいや、あなたのお相手はジュリアンでは?」
「あんな小娘、俺が本気で相手にする訳ないだろ? なぁ、伯爵令嬢さん。俺と結婚すればやれるものがたくさんあるぞ」
「……例えば何?」
ギデオンは、ふふっと鼻で笑うと、懐から紙を一枚取り出して私に見せる。
「例えばこれ、村長が所有する金鉱山の権利書」
「えっ!?」
私はまじまじとその紙の文面を凝視する。それは間違いなく、うちの所領の金鉱山の権利書だった。
確か兄上の話では、半分の権利は兄上が持っていて、もう半分は村の名義にしてあるって……。まさかそれ?
「まさか盗んだの?」
「心外だな。ちょっと拝借しただけだ。こんなものあったところで、ただの紙切れだろ?」
まぁさすがに金鉱山の権利書を手にしたからって、それが丸々自分の物だと主張出来る筈がない。権利書の類の話は私にはよく分からないけれど、そんなに簡単にやり取り出来る物ではないだろうし。
「お前が望む欲しい物を、俺は与えてあげられるけど? 何が欲しい?」
「私が欲しい物をあなたが持ってる筈がない」
「それはどうかな?」
意味ありげな視線を私に向けながら、ギデオンは私の心をまるで見透かしたような一言を発したのだ。
「お前は代々王家に伝わる、禁書が喉から手が出るほど欲しいのでは?」
「えっ!?」
まるで頭を鈍器で殴られるに等しい衝撃が走る。なぜ、そのことを知ってるの!?
「図星かな? 聖乙女とはこの国にとっては人柱に等しい存在だ。その真実をひた隠しにしてきた王家に、一矢報いたくはないか?」
この目の前の男は一体何者なのだろう? 私が聖乙女だという事実は、まだ大々的には公表されてはいない筈。私が聖乙女だと知り、そして極秘の筈の禁書のことも知っている。
顔色を変えた私の顔を見て、ギデオンのその形の良い唇が弧を描いた。
「俺の数代前の先祖が、その禁書を写すことに成功してね。だから、お前が望めばその複製をやることが可能だ」
「!!」
「あなたは何者なの? なぜ私のことをそこまで知ってるの?」
ギデオンはその白い指で大輪の白い薔薇を一つ手折って、私の耳元にかけると満足そうに呟いた。
「やはり美女には、美しい花が似合う」
「質問に答えて」
「条件は一つ」
ギデオンはその双眸を強く煌めかせると、挑戦的な視線で私をまっすぐに見据えた。これではまるで蛇に睨まれたカエルの気分だ……。
「お前……いや正確には」
一瞬言い淀みつつ、なぜかそこでギデオンは少し首を傾げた。
「………正確には?」
咄嗟にそう切り返すも、ギデオンはすぐに何でもなさそうな表情を戻して背をかがめて私に詰め寄る。
こう間近で見ると整った綺麗な顔をしている。身なりはとても良いけれど、どこか退廃的な雰囲気を纏っていて、そして類に漏れず美男でもある。私の周りにいた夫候補達とはまた一線を画すけれど。
背はすらっと高いものの、決して筋肉質でもなく、どちらかというと華奢な印象。着痩せしてるだけなのかもしれないが、袖口から覗く手首を見ても白く細い。
でも見た目で相手を判断してはいけないと、常日頃ニコラス様より口を酸っぱくして言われていたのを私はふと思い出す。
「一目惚れとでも? いいや、それは違う。お前は今や王都で最も勢いのある商会の娘でもあり、食料自給率がほぼなくなったこの国において、お前の所領で採掘される金や鉱石がとても魅力的なんた。喉から手が出るほど、是非嫁に欲しいね」
私の見た目や聖乙女だからという理由ではなく、財産が魅力的だとはっきり言われたのは初めてだった。
「爵位を継ぐのは兄上だから、たとえ私と結婚しても財産は手に入らないけど?」
それに私はその兄上と結婚することに決まっているし……。
「では、その兄が死んだら? 聞けばお前の兄さんは幼い頃から病弱で引きこもり気味だったとか。突然の病に倒れても、何らおかしくはないのでは?」
まさか兄上をどうこうする気なの?
超然と微笑むその顔は、震えるほど綺麗で恐ろしい。
「愛する兄が死んだら、爵位はお前のもの。そしてその夫のものでは?」
やはり私と兄上の仲までお見通しという訳か……。
「兄上に手を出す気? そんなことはさせないし、させられない」
「お前の兄さんの今後はお前次第じゃないかなぁ? まぁ、俺は提案はしたし、お前がその気なら喜んで望むものを渡す用意があるけどね。俺がとりあえず望むのはフォーサイス伯爵家の令嬢かつ聖乙女であるお前の夫の座だ」
ギデオンの求婚を受ければ、つまり禁書の複製は手に入れられるということなの?
「──これは取引だ。いい返事を待ってる。あと俺の本名はクラウス。クラウス・ワイルダーだ」
「えっ? じゃあジュリアンの見合い相手でも何でもないってこと?」
ギデオンは改めクラウスは意味ありげな笑みを浮かべた。
言うなれば典型的な詐欺師な感じ?
彼は懐から封書を一枚取り出すとそれを私に差し出した。
仕方なく受け取るとふっと柔らかく微笑んで、踵を返して屋敷に戻って行く。
遠ざかるその背を見つめながら、私は思案に暮れる。
封書を開けると、中には電話番号らしき数字が羅列していた。
彼は只者ではない。そしてジュリアンの見合い相手本人でないことは確実だった。そのことをジュリアンや村長に伝えるべきなのだろうか?
結局答えの出ないまま、私もクラウスの後を追うようにして屋敷内へ戻った。
出迎えた村長にそのまま夕食に誘われ、断るか迷ったけれど、結局ジュリアンに再び捕まってしまって、お相伴に預かることとなってしまった。
長いテーブルを囲んで席に着くと、豪華なフルコース料理が次々と運び込まれてきた。
「いかがでしたか? お二人で何か話し合われたのです?」
「……ええ。とても有意義な時間でした。お陰でジュリアン嬢の人柄がとても良く分かりました」
実はジュリアンの話なんか一言もしてないけどね!
「後日、正式な挨拶に伺いたいと思います」
いけしゃあしゃあと、よくもそれだけ口が回るなぁ。
とにかくこのクラウスという男は、ジュリアンの見合い相手でも何でもない。ただの偽物で泥棒なのは間違いなかった。
それでも私はこの男の正体を村長達に明かすことは出来ず……
結局クラウスの正体を黙ったまま、渡された封筒をぎゅっと濁り締めつつ、私は兄上の待つアトリエへの帰路に着いた。




