07 思わぬ出会い
ジュリアンを居間に残して、私は着替える為に階段を上がった。ベッドの上で、兄上が寝そべりながら本を読んでいた。
「出掛けるのか?」
「そうだよ」
私はクローゼットから、適当にドレスを見繕い着替える。一応村長の家に領主の娘としてお邪魔する訳だから、身なりは整えないと。
「やっぱりお前は青だよなぁ」
クローゼットには並ぶ衣装は、殆ど兄上の見立てだ。
私は兄上を無視して、素早く身支度を整えた。
「村長にお前が話したところで、縁談話がなくなるとは思えないが……?」
「それでもあんなに頼まれたら、ほっとけないでしょ? てか、そもそも兄上が相手にしないから、私にお鉢が回って来たんだけど?」
「お前は甘いんだよ。人の家の問題にわざわざ口を出すなよ」
……ったく、誰のせいだと? まぁ、兄上の言うことは全く正しいんだけれど。
それでも私はジュリアンをこのまま一人で家に帰すのは忍びなくて、ついついオーケーしてしまったんだよね……。
私は兄上を無視して、階段を降りた。ジュリアンが所在なさげな様子で私を待っていた。
「あっ、ジーン様、素敵です!!」
私のドレス姿を見て、ジュリアンは開口一番褒め言葉を口にした。お世辞かとも思ったが、目を輝かせて私に見惚れる様からはどうやら本心のように見える。
「森を抜けた先に馬車を待たせてます。行きましょう」
私とジュリアンはアトリエを後にし、少しだけ森を歩いて、待っていた馬車に乗り込み、ジュリアンの自宅である村長の屋敷へ向かった。
ジュリアンの家は、村の最奥小高い丘の上に村を見下ろすように建っていた。貴族ではないとはいえ、屋敷はかなり大きなものだ。そして何よりもまだ新しい!
やはり金鉱脈が出たことにより村が潤っていて、その恩恵に預かっている証拠なのだろう。
私達が屋敷に到着するなり、壮年の男性が慌てて屋敷から出て来て出迎えた。
「ジュリアン!! 一体どこへ行っていたのだ?」
馬車から降りるなりそう言ってジュリアンに詰め寄る。この人がおそらくジュリアンの父で村長その人なのだろう。
後から私が降りると、村長は私に気付いて訝しげに首を傾げた。
「ジュリアン、こちらのご令嬢は?」
「お父様、この方は領主様のお嬢様で、ジーン様ですよ」
村長はジーン様と私の名前を呟きつつ、思案に暮れた。
「ええっ、ジーン様は確か…ユージーン様?」
「今はユージェニーです。訳あって、男として育てられました。本当は女なんです」
「あぁ、なるほど」
少し遠慮がちな視線を感じながら、私は簡単に事情を説明した。私は領内の有力者には、あくまで領主の次男坊で認識されている。
「さすが美人と名高かった伯爵夫人に似て、お美しい。いや、それにしても兄君とよく似てらっしゃいますな」
「まぁ、よく言われます」
私はよく知らなかったけれど、結局は兄上の実母である伯母に私が似ているのは納得がいく話だった。私の母上と兄上の母上が実の姉妹なら、似ててなんらおかしくないのだから。
そのことを考えると、私達って本当に血が濃すぎるんだ……。
それでも、もう私達はもう引き返せない。引き返す気もない。
「お父さん、ジーン様に立ち話させるなんて失礼でしょ」
「あぁ、そうでした。むさ苦しい家ですけど、どうぞ中へ」
村長親子に案内されて、屋敷の中へ入る。ていうか急に来て迷惑ではなかっただろうか?
まあ、ジュリアンに請われて訪問した訳だけど、村長からしたら、私は招かれざる客に違いない。
新しい外観とは違って、屋敷の中は至ってごちゃごちゃしていた。所狭しと置かれる調度品の数々。お世辞にもセンスが良いとは言えない…。
うーん、やっぱり成り上がり感が否めない。そう思ってしまうのも失礼だけれど。
「実は、先客がいるのですが。せっかくなので、ジーン様にもご紹介を」
通された応接間には、一人の若い男性の姿が。
彼は私達に気付くと、すぐさま立ち上がりお辞儀をした。
「こんにちは。そちらがジュリアン嬢で?」
艶やかな長めの黒髪を後ろで一つに括り、漆黒の仕立ての良い衣装を身に纏う貴族風の青年だ。痩せていて気のせいか顔色があまり良くないが顔立ちは整っている。切れ長の薄めの青い瞳が印象的だった。
彼は私に真っ直ぐ歩み寄ると、私の手の甲にキスをした。
「お初にお目にかかります。私はギデオン。アダムズ男爵家の次男です」
一瞬、拍子抜けするものの、私はすぐに思考を巡らせた。あ、ひょっとして、ジュリアンの見合い相手?
「いやはや、まさかこんなに美しい方だとは。少々驚きました」
ニッコリ微笑む彼は心底嬉しそうで、私は間違えられたことをどう説明すべきか多少混乱した。
「えっ、いや、その……」
「ギデオン殿、娘はその方では…! 娘はそちらです」
村長が慌てて、私の背後にすっかり隠れる格好になっていたジュリアンを指差した。
ギデオンは目を丸くして、小さなジュリアンにようやく気付いたようで、
「──これは、失礼しました!」
慌ててジュリアンに深くお辞儀をしてから、彼女の手を取り私と同じように挨拶のキスをした。
ジュリアンは困惑した表情で、ギデオンから目を逸らす。
「そちらはここの領主様のお嬢様で、ユージェニー様。たまたま我が村でご静養されていて、今日はたまたま当家に挨拶にいらしたのですよ」
「では、フォーサイス伯爵家の?」
ギデオンの薄い青い瞳が一瞬揺らめいて、私を射抜くように見つめた。まるで獲物を見定めるような、何とも言えない視線を感じ、私は全身が粟立つ。しかしすぐにそれは満面の笑みとともになりを潜めた。
「フォーサイス家にこんなに美しい令嬢がいらしたとは。初耳です」
頭の中で警鐘が鳴り響く。この人物は危険だと、そんな気がどうしても拭えない。
「ジュリアンに招かれたのですが、まさかお見合いの席だとは……存じ上げず申し訳ありません。私はお邪魔でしたね、失礼致します」
身を翻して部屋を出ようとするも、袖をジュリアンにしっかり握られてしまった。
縋るように私を見上げるジュリアンは、完全に助けを求める視線を私に向けている。
……うう、まさかお見合い相手が来ているなんて、聞いてない!!
「お見合いというか、近くまで来たのでこ挨拶に寄ったまで。そしてまさか、噂のフォーサイス家の令嬢とも知り合えるとは、幸運です。どうか以後お見知り置きを」
「はぁ」
何だか逃げられる雰囲気ではなくなってしまった。私達はテーブルを挟んで向かい合うようにして座った。ジュリアンは私の袖を離そうとはせず、ぎゅっと掴んだままで、ギデオンを警戒している様子だ。
当のギデオンは、やはり男爵家の次男だけあって貴族らしく物腰も柔らかで、終始にこやかに話し続けた。
話に聞くと、アダムズ男爵家はここから少し離れた田舎に所領を持つ、言うなれば典型的な没落貴族らしかった。
「まぁそういう訳で不作が続き、うちはもう限界ですね。領民の不満も爆発寸前です。まぁ手っ取り早く言えば、私の嫁にジュリアン嬢を迎え、ご実家の援助をアテにしているんですよ」
ギデオンはとてもユーモアに溢れた話術で、少し自虐気味ながらも本音をぶっちゃけてしまった。
いや、確かに貧乏貴族が裕福な商人の娘などを嫁に迎えることは多々あるけれども、ここまではっきりこの場で言ってしまうとは……。
「ギデオン殿は、正直な方ですな!!」
「はっはっは、嘘がつけない体質でして」
私は苦笑いで、その場の空気に合わせるしかない。
当のジュリアンはずっとギデオンを警戒したまま、相変わらず私の袖を離そうとはしない。
村長はそんなギデオンをすっかり気に入った様子だった。
ジュリアン的にはとてもまずい状況だ。
「ジュリアン、少しギデオン殿と二人で話をしてみたらどうだ?」
一応、お見合いの席という訳ではないらしいが、村長は二人を引き合わせた以上、上手くいって欲しそうな感じが見え見えだった。ジュリアンは無言で激しく首を横に振る。
「……これは嫌われてしまったか。村長、無理強いはいけません。でしたら、そちらのユージェニー嬢がお相手しては頂けませんか? 随分とジュリアン嬢と親しそうなので。是非、彼女の話を聞かせて頂きたい」
「へっ!?」
これには村長も一瞬だけ言葉に詰まった様子だったけれど、相変わらずのギデオンの雰囲気に気圧されたのか、私に了解を求めてきた。
「そ、それはユージェニー様さえ宜しければ……」
そこで、私に振るの!? とても断れる雰囲気ではないなぁ。
まぁジュリアンが私にべったりなところを見れば、仲が良さげに見えても仕方のないことだろう。実際は知り合ったばかりなのに。
「では、お二人で当家の庭でも散策されたらどうですか? 自慢の庭でして」
いつもありがとうございます!
多忙につき更新遅くて申し訳ないです。
ゆっくりですが、ぼちぼち書いてますのでどうか気長にお付き合い下さると幸いです。




