15 キスをかけた争い
急遽呼ばれたニコラス様が、この試合の審判を務めることとなった。
「急ぎの用事というのでやって来たら、今度はこの二人の勝負ですか」
溜め息混じりで、ニコラス様は軽く頭を抱えた。
「そうそう。お前はあっさり負けたんだから、文句言うな」
王子は呼びつけておいて、辛辣だ。
「文句じゃありませんよ。なんか殿下にずっと振り回されてる気がして」
ニコラス様は、散々だろう。私の護衛について、本来の仕事が滞ったのも知っている。兄上に役目が変わったので、ようやく本業に戻れたのに、またこうして頻繁に呼び出されてしまうなんて。
「では、勝った方と私も再戦を希望しても? 負けっぱなしは聖騎士の長として恥ですので」
「いいよ、好きにするといい」
まさかの決勝戦!?
私がハラハラしていると、大広間になぜか騎士達がぞろぞろ入って来る。
「ニコラス様、こちらで達人同士の手合わせがあると聞いたんですが」
「!!」
「是非、我らにも観戦させて下さい!」
てか、やばい!! 彼らは私の元同僚達、今はさすがに化粧なんてほとんどしていない。顔を見られたら、すぐさま見破られるかもしれない。
どっから聞きつけたんだ? 誰かは知らんが余計な真似しやがって!!
毎日仕事で顔を合わせてきた仲間達だ。彼らにもしも正体がバレたら!?
私はニコラス様に、横目でひたすら訴える。
ニコラス様は察しがついたようで、うんうんと頷いた。
お願いです! 何とか彼らを追い払って!!
「こちらには、まだ病身の聖乙女もおられる。お前達は今回は遠慮しろ」
「聖乙女!?」
聖乙女と言う単語が出て、彼らは揃って私を探してか視線を泳がせる。
このままでは、私に注目が集まってしまう。
ニコラス様!! 逆効果でしたよ!!
涙目になりながら、私は両手で顔を覆い、隣のアレックスの陰に隠れる。
しゃがんでたら、逆に怪しまれそうだ。
「乙女はすっぴんだから、こんなに殿方がいたら恥ずかしいって」
すかさず入ったアレックスのフォロー、ナイスだ!!
「いいじゃないか、観戦させてやれよ」
そう言って大広間に悠然とした態度で入って来た人物、マシュー王子だ。
まさか、原因はあんたか!!
「さすが、殿下! 話が分かりますね!」
「私抜きで、乙女を巡って勝負をするなんて、聞き捨てならないじゃないか。ギャラリーも多い方がいいだろう?」
私の正体がバレたら、どう責任取ってくれるんだ?
死んだと騙した上、女になって聖乙女になって、イケメン夫候補に囲まれて、ちやほやされてるなんて。もしバレたら色々恥ずかしくて死にそうだ……。
「マシュー、ではお前も参加すると?」
マクシミリアン王子が問い掛けた。
「もちろんだ。勝者への乙女のキスは私が貰う」
ここで、騎士団の連中の方から軽く歓声が上がった。
「勝者は乙女のキスだってさ!」
「羨ましい」
「それなら、私も参加するかな。夫候補として、一人だけ高みの見物という訳にもいくまい」
マクシミリアン王子もそんなことを言い出した。
それにニコラス様が、
「だったら、殿下お二人で戦われ、先の二人の勝者と戦われては?」
「そうだな、そうしよう」
一気に辺りがざわつく。
「これだけの面子を手玉に取るなんて、乙女はどれだけ美女なんだ?」
「マシュー殿下は、乙女に一目惚れらしいぞ」
ヒソヒソと聞こえる私の噂話。
それ本人に聞こえてるから、全部。
いや、乙女って、実は元男ですからね。よくみんな幻滅しないなあ。
これじゃあ、顔を上げることが出来ないよ!
「ジーン、こっちへ」
コソコソ隠れる私を見かねたマクシミリアン王子が、私の手を取って、自分の方へ引き寄せた。彼が座っていた長椅子に、そのまま二人で腰掛けて、私をマントで隠して覆ってくれる。
でも顔が近い!! てか、この格好はヤバイ!!
「おとなしくしててくれ」
体に回された、彼の腕にぎゅっと力がこもる。
側から見ると、恋人同士がイチャついてるようにしか見えないだろう。
「兄上!?」
マシュー王子が抗議の声を上げた。
これにマクシミリアン王子は小声で呟く。
「ジーンは、顔を見られるとマズイ。騎士団の連中は、彼女をよく知っている」
「なっ、今日は化粧してないのか?」
ただ、長髪のカツラを被っただけの私。いくらなんでも、ユージーンを知る人物が見たら、本人だと気付いてしまうだろう。
ここでマシュー王子は、自分のしでかしたことに気付いたようだ。
マントに隠れる私に、小さい声で呟いた。
「すまなかった、知らなかったんだ」
今さら遅いわ!!
マクシミリアン王子はこれ見よがしに、私の頬や髪に触る。
「殿下!」
「これくらい、別にいいだろう?」
兄上がこちらを睨んでいるであろうことが、見ないでも分かる。
「みんなに見せつけてやろうか?」
絶対、この人は面白がってる。
いつも余裕綽々で、何を考えてるのか一番分からない人。
いい人なのは間違いないんだけど、兄上のことといい、一筋縄ではいかない人。
「ニコラス、始めてくれ」
マクシミリアン王子が試合開始を指示して、ニコラス様が二人に前に出るように促した。
ここで、ようやく対戦する二人が向かい合った。
「ユージーンの兄上だ」
「まさか、強いのか? 相手は噂の大公家の執事だぞ?」
練習用の木製の剣を手にした、二人。
真剣はさすがに危ないと判断された。
戦いが白熱して、怪我をするとまずいからだ。
「始め」
それからは、息もつかせぬ攻防の繰り返しが、眼前で繰り広げられた。次元の違う戦いとはこういうのを言うのだろう。
兄上の動きは、完全に達人だ。騎士団でもこれほどの動きが出来る人は、ニコラス様くらいだろう。
一方のユーエンは、身が軽いこと。完全に中国拳法の動き。
どちらも一歩も譲らず、決定打にかける。
完全に互角?
「すごい」
息を飲む面々。あちこちから感嘆の声が上がる。
剣と刀がぶつかり合う音と、二人の呼吸だけが、辺りに響く。
「──これほどとは、二人ともすごいな」
マクシミリアン王子が呟いた。
そして二人は間合いを取って、お互いに一呼吸置いた。
「いやはや、君がここまでやるとは。どうやら口だけではなかったみたいだね」
「そちらこそ。私の動きに付いて来れる人間が、この国にいるとは思いませんでした」
二人はお互い笑い合うと、二人ともに同時に剣を捨てた。
「えっ?」
驚く私達を前に、二人は不敵な笑みを浮かべた。
「やっぱり、徒手の方が得意とみえる」
「私は東方出身ですので。こちらの方が力が発揮出来るんです」
それから二人は完全に素手での戦いに移行した。
武器を使っていた頃より、水を得た魚のようにさらに動きが軽くなった気がする。
兄上は蹴りを主体にした攻撃を繰り出す。ていうか、ほぼ足技しか出してない。
一体どこで覚えたんだ? 足癖が悪過ぎだろ?
回し蹴りに、上段蹴り、あんなに足が上がるなんて、体柔らかかったんだ。
ユーエンは、兄上の攻撃を身の軽さで受け流し、独特の調子で攻撃を仕掛ける。バク天とか軽々こなす。まるで軽業を見ているみたいだ。
「こりゃ、決着付かないぞ」
マシュー王子が呟いた。
どちらも一歩も引かず、どちらも決定打に欠けるまま、時間だけが過ぎていく。
「どっちが勝つと思う?」
マクシミリアン王子が私に小声で尋ねた。
徐々にだが、兄上の動きが鈍くなってきているような?
「普段、鍛錬をあまりしてないからだ。マヌエルはちょっと自分の力量に溺れたかな」
ユーエンはまだまだ余裕があるのに対して、兄上は息が上がってきている。
「勝負あったな」
兄上が攻撃を受けて倒れこむ。息が切れた兄上はなかなか起き上がれない。
「あ、兄上!」
兄上はなかなか息が整わず、天を仰いだ。
「……ダメだ、スタミナ切れた」
「戦闘技術だけなら、互角ですよ」
ユーエンが兄上を労い、手を貸して起こした。
彼はまだまだ息も切らさず、余裕の表情だ。
「勝負あり、勝者はユーエン」
辺りから拍手が巻き起こり、二人の熱戦を称えた。
「マヌエル、こっちへ来い」
マクシミリアン王子は、戦い終えたばかりの兄上を呼びつけた。
「これに懲りたら、普段からきちんと鍛錬しろ。お前は聖乙女の護衛なんだからな。次負けたら、ユーエンと入れ替えるぞ?」
「……はい」
王子の容赦ない言葉に、兄上はちょっと落ち込んだ様子だった。王子はそのままマントを外して、私に被せた状態のまま、自分の席に兄上を座らせた。
「乙女の顔を奴らに晒すなよ」
「──分かりました。殿下も頑張って下さい」
彼は立ち上がって、いよいよ次の試合に備える。
マクシミリアン王子が、ニコラス様に言った。
「毒が完全に抜けきってなくて、ちょっと鈍ってるから、ちょっと準備運動させてくれ」
やっぱり、まだ王子も完全な体調じゃなかったんだ。
それで戦えるんだろうか?
「それで負けても、言い訳するなよ!」
マシュー王子が手厳しい一言を放つ。
「そんなみっともないこと言わないって」
マクシミリアン王子は悠々とストレッチを始めた。
しばらく間が空きそうなので、私は隣の兄上に質問をした。
「それにしても兄上、いつあんな技を?」
とても一朝一夕で、あそこまで戦える訳がない。
あの足技だって、どこかで習ったとしか思えない。
「それは企業秘密だね」
結局教えてはくれなかった。
それにしても、兄上が本当は伯父夫婦の子供だったなんて。
確かにうちの父上は次男だと聞いている。
事故で当主である伯父が亡くなった為、急遽家督を継いだとも。
本当はいとこだった。だから確かに結婚は出来る。
「ねえ、兄上、父上が兄上に縁談話をしないのはなぜ?」
「色々聞きたいことがあるみたいだね。いいよ、この際だから話そう」
兄上は、一気に話し始めた。
「まず父上が僕に縁談を進めなかったのは、僕が全部拒否してたからね。そのうちしなくなったよ」
単純に最初に拒否してただけか。
「お前が女になって、僕はその時思ったんだ。ああ、神様が僕の願いを聞いてくれたんだと」
「どういうこと?」
「僕の中でお前の存在はこの世で一番だ。だけど、男同士じや、どうにもならない。だから仲の良い兄弟でずっといようと思ってたけど、それが変わったんだ。本当は僕達はいとこで兄妹じゃない。もう運命としか思えなかった」
兄上って思い込み激しい方だったんだ。
「でも、私とアレックスとの婚約は反対してくれなかったでしょ?」
これに兄上はちょっと笑いながら、
「絶対うまくいく訳ないと思ってたから。どこかで破談になると思ってたし。まさか先方も性別が変わってたのは想定外だったけど。まあ、結果として破談になって良かった」
「父上も酷いよ。いくら先方に望まれたからって」
「父上もどうしようもなかったみたいだ。婿に貰うからと、結納代わりの支度金を貰ってしまってたし」
「お金貰ってたの?」
だから、後に引けず強引に話が進んだのか。
だからって、父上のやったことは詐欺もいいところでは?
「もちろん、ちゃんと返したから、お前は気にしなくても平気だよ」




