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元悪役令嬢と婚約破棄してなぜかヒロインやらされてます。  作者: 上川ななな
ごめん、やっぱり兄上が好き!
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02 秘密のアトリエへ

「えっ? どうしてお兄さんの部屋からジーンが出てくるの?」


 兄上の部屋から出た所で、アレックスと出くわした。


「しかもそれ、お兄さんの服だよね? 一体どういうこと?」


 だって兄上に着ていた寝間着を破られちゃったんだもん。

 アレックスは不審そうに、私の顔を覗き込む。


「僕の勘が外れてればいいけど?」


「残念ながら、そういうことだ」


 遅れて部屋から出て来た兄上が、私の肩を得意げに抱き寄せながら言った。

 その様子を見て、アレックスの顔色がみるみる変わる。


「そうなの? じゃあ本当にお兄さんと?」


「……うん」


 アレックスはその場で膝をついた。

 物凄く落胆したようで、しばらく立ち上がれない。


「……アレックス」


「よりによってお兄さんとだなんて、何で!!」


「何でと言われても、こいつが僕を選んだ。それだけのことだ」


 兄上、そんな言い方しなくても。


「うわあああああ!! お兄さんのバカ!!」


 アレックスが大声で泣き始めたので、他の皆が何事かと姿を見せる。


「なぜ、アレックスが泣いている? またマヌエルが苛めたのか?」


 マクシミリアン王子が、向かい側の部屋から揶揄する口調で出て来た。


「殿下、丁度いい所に。ジーンは僕を夫に選びました。ここで今、ご報告致します」


「はあ? 何だと?」


 ちょ、いきなりこんな所で言わなくても。


「本当なのか?」


「……はい」


 私は頭を下げる。なぜか王子の顔がまともに見られない。


「そうか。まさにしてやられたな」


「ありがとうございます」


「別に褒めてない」


 兄上と王子がそんなやりとりをしていると、いつのまにか他の皆が私達を取り囲んでいた。

 そこで改めて兄上が皆に報告して、私達のことが周知の事実となった。

 反応は様々でそれぞれの人柄が滲み出るものだった。

 結局、簡単な話し合いの末、皆は予定を切り上げて今日中に王都に戻ることになった。もちろん、私達に気を使ってのことだ。


 最後にクロエ様に報告をすると、とても意外な顔をされた。


「で、結局エマニュエルの勝利か。ジーン、本当にこいつで後悔しないのか?」


「大丈夫です」


 兄上はちょっと憮然とした顔をする。


「ジーンの相手に僕では不満なんでしょうか?」


「いや、お前達はちと血が近過ぎるかと思ってな。懸念はそこだ。お前達の家族は果たして賛成するのだろうか?」


 クロエ様はそう言って首を傾げた。以前、父上は私と兄上が結婚するのもアリだとは言ってはいたけど……。


「ええ。父は賛成してくれました」


「……そうか。なら私はこれ以上口を出すまい。まあ血族結婚の弊害は、私よりもお前達の方が理解しているであろう。フォーサイス家は代々血族結婚を繰り返してきた家だからな」


 その尤もたる特徴が、私達の兄妹のように似通った顔立ちなんだろう。実の兄弟だと、あの時まで疑ったことなんて一度としてなかったのだ。


 こうして、皆への結婚報告を終えた私達は、王太后様の護衛の任務をニコラス様に代わってもらい、二人でうちの領内の村外れにある森の中の一軒家に向かった。兄上の意向で。


 まるでお伽話に出てくるような、森の中にあるこじんまりとした一軒家。塗装の禿げかけた白い壁と煤けた青い屋根が、その古さを物語る。

 ここは、亡くなった私達のお婆様の終の住処でもあった。お婆様が亡くなって数年、今は誰も住んではいない。


 家の裏にある納屋に馬を繋いで、いよいよ私達はしばらく過ごすことになる家のドアの鍵を開けた。


「まぁ、人を使って手入れはしていたから、しばらく住むには問題なさそうだな」


 少し埃っぽいものの、窓を開けて換気をすれば問題はなさそうだ。私は素早く窓を開けようとするが、建て付けが良くなくてなかなか開かない。


「何やってるんだ?」


 兄上が私の背後から窓枠に手を掛けた。軽く前後に動かすといとも簡単に開いた。新鮮な森の空気が部屋に流れ込んで、それだけで何かスッキリする。

 てか、兄上いつまで私の後ろに? と思った瞬間、背後からぎゅっと抱き締められた。


「ちょっ、兄上!?」


「このまま寝室に行くか?」


 少しふざけた口調で兄上が耳元で囁く。いやいや、まだ真昼間だし、てか何言ってんの!?


「えっ、ちょっ、何無理」


 しどろもどろになる私を見て、兄上は面白そうに声を立てて笑った。やっぱりからかったんだ!


「お前、間に受けすぎ。本当にお前はバカだな」


 そりゃあ、兄上とは頭の出来が雲泥の差ですよ……。

 兄上はさっさと残りの窓を開けて、家具類を覆った白い布を回収して歩いた。


「何してる? お前も掃除を手伝えよ」


「あ、うん」


 兄上と手分けして簡単に掃除を済ませた。間取りは一階のキッチン兼リビング、そして二階の寝室一間のごくシンプルな作りだ。あとは浴室にトイレと洗面所だけ。

 この世界の一般的な家よりもずっと狭い。まぁ元々ここは亡くなったお爺様のアトリエだった場所だ。お爺様の隠れ家的だったこの場所に、お爺様を亡くしたお婆様は一人で移り住んだ。そういえばその理由を知らないままだった。そして兄上がここに私を連れて来たその意図はまだ聞けてはいない。

 まぁ、確かに領内の本宅の屋敷より、ここの方が人目にも付かず、二人きりでゆっくり出来るからだろうか?

 そんな思案にくれながらベッドに新しいシーツを掛けていると、背後からふいにバイオリンの音が……。

 窓辺で兄上がおもむろにお婆様の形見のバイオリンで弾き始めたのだ。曲はこの世界でごく一般的な童謡だ。

 窓から差し込む柔らかな日差しを受けて、長い睫毛を伏せて演奏する様は、本当に腹が立つほど絵になった。

 兄上は黙ってれば、本当に本物の王子様よりも王子様っぽい。

 柔らかな薄い金色の髪。海のように深い青い瞳、すっと通った鼻梁に薄い形の良い唇。左目の目尻にホクロがあること以外は、鏡で見る自分の顔と酷似している筈なのに、兄上の方がずっと美形だなと思ってしまう。

 じっと見惚れていると、兄上は私の視線を感じたのか、ふと演奏を止めて私を見返した。


「何だ? 僕の顔に見惚れていたのか?」


「サボってないで、手伝ってよ」


 私は慌てて目を逸らして、別の言葉を口にした。

 確かに見惚れていましたよ! 私はやっぱり頭がおかしいんだ。兄上なんか私と似たような顔なのに。その自分に似た顔が好きだなんて、私も大概だし、ナルシストみたいじゃん。


「僕もお前の顔が好きだぞ」


「はいはい、兄上は典型的なナルシストだもんね」


 それでも私は兄上の顔が好きだから好きになった訳でもない。やっぱり子供の頃から一緒に育って、私の一番傍で私を理解して応援してくれていたのは、他ならぬ兄上だったからだ。

 兄上は子供の頃から神童扱いで、私はよく比べられたものだけれど、決して兄上は私を見下したりはしなかった。ただ兄上は体が弱く、運動の方はからっきしだったから(本当は出来るのに、出来ないフリをしていただけ)バランスが取れていていいもんだと思っていたけど。


 あーっ、やっぱり兄上に私は上手く乗せられていたんだなぁ。


「何だ……なぜそんなに睨みつける?」


「別に」


 私はシーツを綺麗に伸ばして、ベッドを整えた。

 兄上はバイオリンをケースにしまうと、ベッドを整え終えた私に背後から抱きついて来た。

 そのままベッドに押し倒されて、簡単に組み敷かれてしまう。


「まだ昼間だけど!?」


「そんなの関係ない」


 いやいやいや、ちょっと待って!! でも兄上にキスされてしまうと、私は反論さえ許されない。

 蕩けるようなキスをした後、兄上が私にニヤッと笑う。その勝ち誇ったような自信満々な顔。やっぱり調子に乗ってるよなぁ。


「お前からねだれよ。して欲しいって」


「しない!! 絶対しない!!」


 何言ってるのこの人!? 頭がおかしいのかな?

 兄上はクスクス笑って、私の首筋の弱いところにキスを落とす。めっちゃ、くすぐったいんですけど!?


「やだ! やめて!!」


「やめない」


 昨夜の情事をふと思い出す。私は初めてだったのに、兄上はなんだか手慣れていたような…? 兄上の女性遍歴は詳しくは知らないけれど、学生の頃は女の子に常に囲まれていて、ファンクラブすらあったと聞いている。


 その間も兄上の攻撃は容赦なく、私と一進一退の攻防……ともいかず、私は完全に劣勢だ。

 大腿にすっと兄上の手が滑り込んできて、私はぎゅっと目を瞑り覚悟を決めた。


「そんなに固くなるな、優しくするから」


 そしてブラウスのボタンを手早く外され、首筋から胸元へキスの場所が下がっていく。ううっ、変な声出そう。


 その時、ドンドンと玄関ドアを叩く音が階下から響いた。


 私に覆い被さっていた兄上は、チッと舌打ちすると見るからに不機嫌そうに顔を上げた。


「誰だ?」


 私は素早く兄上の拘束から逃れて、ブラウスのボタンを留め、服を整えた。とにかく助かった?

 兄上はゆっくり立ち上がると、私に強い口調で告げた。


「待ってろ、後で続きをしてやる」


「いや、いいって」


 私がそう答えると、意地悪そうな笑みを浮かべて兄上は階段を降りて行く。

 来客が何者かは知らないけれど、今兄上の機嫌は最悪だ。

 せいぜい頑張って欲しいと、ちょっと思う私がいた。

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