01 優しい兄と暴君な兄
本編64話からの続きで、兄編になります。
割と長めになるかもしれません(汗
「兄上、いる?」
部屋のドアをノックしても返事がない。試しにドアノブを回してみると、鍵が掛かっていないようですんなり開いた。
不用心だと思いつつも、勝手に部屋の中に入った。
別に私なら怒られることもない。
部屋の中を見回しても兄上はいなくて、微かにバスルームからシャワーの音が聞こえた。
それにしても兄上に婚約話が持ち上がってたなんて。
今までも、何度かそういった話は聞いたこともあったけど、その都度断ってたのは知っている。当時の兄上は学術的な調査を言い訳にフラフラしていて、きちんと働いてなかった。
どうも私は兄上にうまく踊らされていたようだ。
私が真面目に家族の為に働いていたから、兄上があえて仕事をしていなかったみたいに。
でも、今思うとどうも腑に落ちないことが多過ぎる。
「お前、何やってるんだ?」
シャワーから出てきた兄上が、いつのまにか目の前に立っていた。
「何って、兄上を待ってたんだ。鍵掛かってなかったよ」
「お陰でお前が部屋に入れただろ?」
兄上は濡れた髪を拭きながら、荷物のカバンの中から小さなボトルを取り出した。
「飲むか?」
その中身ってもしかしなくてもお酒じゃないの?
私はふるふると首を横に振った。
「何でお酒なんか。私はまだ未成年だよ」
「まあ、少し飲んだらよく眠れるんだよ。飲み過ぎはダメだけどな」
そう言いながら、兄上は一口お酒を飲んだ。
「で、話って何だ?」
「兄上、私にいくつ隠し事をしてるの?」
キョトンとして、兄上が私を見つめた。
「へ?」
「婚約話もそうだし、家のことだって、聖騎士団長のこともそう。私、全然何も知らされてなかった」
兄上は軽く溜め息をつくと黙り込んだ。
兄上は卑怯だ。いつも都合が悪くなるとだんまりで。
「何だ、黙ってたのが不安なのか?」
「兄上はいつも大事なことは教えてくれない。私のことを何だと思ってるの?」
「うーん、お前が知らなくてもいいというか。別に言う必要もないかなと」
「…………」
私が黙り込むと、兄上は私の機嫌を損ねたことに気付いたようで、少し慌てて取り繕った。
「ああ、もう悪かったよ! もう分かったから!! お前にもう隠し事なんかしない。とにかく立ってるのもなんだし、ここに座れよ、な?」
仕方なく私はベッドに腰掛ける。兄上がその隣に腰を下ろし
た。
「じゃあ、教えて。何で兄上はそんなに強いの?」
兄上は仕方なさそうに、渋々話し始めた。
「子供の頃、静養に領内の本宅に来ている時に、村に東方出身の退役軍人の爺さんがいた。毎年、こちらに来る度にその爺さんに習った」
全然知らなかった。私も村には遊びに行ってたんだけどな。
「お前はヴィヴィアンとずっと一緒だったからな。お陰で僕はほったからしだ」
そのほったらかしになってる間に、こっそり修行してたんだ。
「後は何を知りたい?」
「どうして聖騎士団長なんか引き受けたの?」
「これはまあ、殿下から相談されてだな。この国の財政は思ったよりずっと逼迫している。騎士団だけでなく、役人も同じように人員整理の対象だ。こちらは殿下が自ら手を下したが、ニコラスが丁度辞めたがっていて、後任にどうかと打診された。もちろん僕にリストラの人選を任せる為だ」
まあ、あのお優しいニコラス様に、そんな非道なリストラが出来るとも思えない。
「もちろん、ただクビにするだけでなく配置換えや再就職の世話まで込みだ。でもある特権を条件に引き受けた。お前が聖殿に入っても、好きな時に面会出来る特権」
「はあ!?」
特権てそんなことだったの? どこまで私に執着してんだ。
「お前と結婚したとしても、自由には面会が許されないんだよ。おかしいだろ? 夫なのにさ」
いや、兄上は私と結婚する前提でそれを?
兄上は未だに納得がいかないようだ。まあ、確かに結婚した夫にすら自由に会えないなんて確かにおかしい。
だから、嫌な仕事まで引き受けてそんな特権をもぎ取ったのか。
「そこまでして私を」
「髪、触ってもいいか?」
「え?」
「こんなに髪を伸ばしたお前を見るのは初めてだな」
伸びてしまった髪に、兄上の手が伸びた。
優しく髪を撫でられると、何だか妙にくすぐったい。
「もう私に隠し事とかしないで欲しい」
「まるで旦那に言うような台詞だな、それ」
「えっ!?」
兄上は呆れた顔で私を見た。
「お前は僕にどうして欲しい? このまま兄でいて欲しいのか? それとも夫になって欲しいのか?」
「う、うーん?」
私はどうしたいのだろう? 兄上の顔をじっと見つめる。
洗いざらしの金髪に青い紺碧の瞳。完璧に整った顔立ち。
自分に似た顔だから、顔が好きとかどうとかの話ではない。
性格なんか最悪だ。皆、その優しげな外面に騙されてるけど、その実態はいたって自己中で、私以外の人間に興味なんかないシスコンの変態だ。
「いい加減、そろそろ答えを出せ。僕を男として意識してるんだろう?」
まるで私の心を見透かすように、真っ青な双眸が煌めいた。思わず胸がドキッとした。
「そろそろ僕だって我慢の限界だ。そもそもお前を他の奴にやる気なんて、毛頭ないんだからな」
そう言いながら、兄上は私の頬を長い指でなぞる。
「このままここでお前を押し倒して、僕のものにしたっていいんだぞ?」
「出来るものなら、してみれば?」
少し声が上擦りながらも、私は答える。
まさに売り言葉に買い言葉だ。
兄上はなんだかんだで、同じ部屋で寝泊まりしようが、一線は絶対に踏み越えて来なかった。
今の今までは──。
私は、ただまっすぐ前を見据えて兄上と視線を合わせないようにした。何だか恥ずかしくて目を直視出来なかった。
「本当にいいんだな?」
兄上が私の耳元で囁いた。
私はぎゅっと目を瞑る。
優しく唇が触れる感触がして、キスされているのが分かった。
肩を抱き寄せられ、そのまま兄上の胸の中へ。
「口を開けろ」
言われた通りにすると、兄上の舌が口の中へ滑り込んできた。
兄上の呼吸が、私の吐息が甘いものへと変わる。
「お前は誰にも渡さない」
兄上の低い声が耳の奥に響き、甘い疼きに胸が痛んだ。
私達のキスする音だけが、静かな部屋に響く。
「僕が好きだと言え」
キスの合間に兄上が囁く。
「僕を愛してるか?」
もう頭の中は兄上のことで一杯だった。
発情を抑える薬は飲んでいたけど、そんなものもう関係なかった。
「……うん。愛してる」
私の答えに、兄上は不敵な笑みを浮かべた。これ以上はないくらいのしてやったりの、勝ち誇った勝者の笑みだった。
「ようやく認めたな」
何だか認めてしまうのが悔しいのは何故だろう?
「お前は僕のものだ。手塩にかけて大事に育てたんだ。今さら他の男に取られてたまるか」
母上を早くに亡くした私達。いつも寄り添い合って生きてきた。留守がちな父上に代わり、私の面倒をいつも見てくれた。
普通の兄弟よりも、ずっと結びつきが強かったように思う。
その兄上が、まるで知らない男のような顔をして私を組み敷いた。これは現実なのだろうか? 私は一瞬ゲシュタルト崩壊したような錯覚に陥る。
「僕なしではいられない体にしてやろう。これからお前の体を征服し尽くす」
でもその声は紛れもなく兄上のもので。
「なんかその言い方、エロいよ?」
「エロいどころか、これからエロいことをするんだろう?」
ひぃぃっ!! 私は思わず取り乱した。
いざってなると、やっぱり尻込みしてしまう。
しかも相手が兄上だなんて。
「あ、一旦、部屋に戻るわ。あ、なんか忘れ物したかも?」
「逃がさない」
兄上はがっちり両腕を私の腰に回して、そのままベッドに押し倒した。
いや、でもこれうつ伏せだし!!
そのまま兄上は私の寝間着を襟元から縦に引き裂いた。
ビリリッと布の避ける音に、私は思わず声を上げた。
「ええっ!? ちょ、ちょっと服を破かないでよ!!」
寝間着はこれしか持ってきてないのに!!
「一度、これやってみたかったんだ」
何それ? 酷っ!! このドSが!!
私は体を起こして逃げようとするも、兄上に後ろから抱きすくめられてしまった。
む、胸に手が!! ダメだ、なんかもういっぱいいっぱいで、頭がどうにかなりそうだ。
「ごめんなさい、もう降参だから!! 兄上の勝ちだから」
「ダメだ。……それにしてもお前、胸ないな」
胸を背後から触られた。首筋に舌を這わせて、兄上が意地悪そうに言う。
「色気が全くない」
「そんなの知らんわ!! この変態!! ……あっ!」
変な声出ちゃう。もうダメだ、そうだ無心になろう。
私は出来るだけ力を抜いて、目を閉じてコテっとしてみた。
無心だ無心……。
「……ふっ、お前、バカだろ?」
兄上は、私の様子に少し吹き出しながら、私を弄る部分をさらに広げた。兄上の手が、とうとうとんでもない場所に……。
「うわっ、そこはダメ!!」
「だってほぐさないと、痛いだろう?」
いや、ほぐさなくていいから、もう離して……。
涙目になって、私はひたすら懇願する。
「あうう、もうダメ、やめて。お願いだから」
「……可愛いな、お前」
兄上はやっぱり意地悪だ。暴君でしかない。
私の反応を見て楽しんでるんだ。
それでも合間に交わされるキスは甘く優しくて、私は堪らなく焦れた気持ちになる。
「愛してる」
何度も囁かれた。
その声で、その指で、私を隅々まで完全に支配した。
やっぱり悔しいけど大好きなんだ。
この私にしか興味を示さない、変態でシスコンなこの男を。
ぐったりした私を、ゴロンと仰向けにして兄上は容赦なく私に覆い被さった。
「さて、もう逃げられないからな」
それからはもう、とても口では上手く説明出来ないあんなことやこんなことをされまくった。
私は完全にもう兄上の玩具だった。
そのうち、私はいつのまにか眠ってしまっていて、目が覚めた時、兄上にしがみつくようにして寝ていた。
「おはよう」
寝ぼけ眼で見えた兄上は、極上の微笑みを浮かべていた。
「そろそろ起きる時間?」
「もう少し寝てても平気だぞ」
そう言って、私の額にキスをした。
ただお互いに見つめ合い、意味もなく笑った。
「何だ?」
「兄上が優しくて変だ」
「僕はいつだって、優しいだろ?」
そうかなぁ? 私のことをよくバカにしてからかう癖に。
「ねえ、何で兄上は私が好きなの? 他の女の子じゃダメだったの?」
兄上は青い目を一瞬大きく見開いた。
「……そんなの理由なんてないな。理屈じゃないんだ。ただ、お前でないとダメなんだ」
兄上は私の鼻先を指でなぞりながら言う。
「きっとお前でしか僕は満たされない。それ以上、説明は出来ない。運命とか赤い糸とか、そんなものは僕は信じないが、お前しか受け入れられないのだから、そういうことなんだろう」
「……なにそれ、キモっ」
兄上は途端に無表情になって、私の両頬をつねりあげた。
「イタタタっ!! 痛いって」
「人が真面目に話してるんだぞ?」
だからって、可愛い妹……いや恋人の頬をつねらなくても。
私は自分の頬を手でさする。
「兄上、酷い」
「お前、いつまで僕を兄上と呼ぶ気だ?」
確かに。こんな関係になった以上、いつまでも兄上と呼び続けるのもマズイ気もする。
「うーん、でも兄上は兄上だよ?」
「ふむ」
今さら他の呼び方なんて出来るか。名前で呼ぶなんて照れ臭くて出来る訳がない。
「まあ、お前の好きなようにすればいいさ」
渋っている私を見て、兄上はあっさり諦めたようだ。
そして腕枕をしてくれた。兄上の匂いは何だか落ち着く。子供の頃から、兄上の匂いが大好きだった。
「いいの?」
「そんなの些末なことだ。大事なのはお前が僕の隣にいることだから」




