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元悪役令嬢と婚約破棄してなぜかヒロインやらされてます。  作者: 上川ななな
時には流されてしまう場合もある
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02 囚われた愛の末に《最終話》

 私が完全に体の自由を取り戻すまで、数日を要した。

 その間、ミカは献身的に私の身の回りの世話をした。

 屋敷は王都の郊外にあるそうで、まさに灯台下暗しといったところ。しかし私の部屋は、窓に鉄格子が嵌められていて、扉も重い鉄製の物。ミカだけが部屋の鍵を持っていて、私の部屋に出入りが出来る状態だった。つまり私は囚われの身なのだ。

 かつて囚われていた館では、警備が厳重だったせいか、ある程度の自由は許されていたのに……。

 それでもこの部屋での待遇は悪くはない。家具や調度品、衣装に至るまで最上級の物が取り揃えられていた。

 さすが代々大神官を歴任してした家だけあって、その地位を追われたとはいえ、相当な財産を有しているのだろう。


 私の足を丁寧にマッサージしながら、ミカがふいに呟いた。


「そういえば、とうとう王太子が即位しましたよ」


「えっ?」


 ミカからもたらされる情報のみが私と外界との唯一の接点だった。もうしばらく外には出ていない。


「改革派の王太子が即位して、どこまで持ち堪えられるか見ものですね」


「ねぇ、このまま私が聖殿に入らないと、どのくらい大変なの?」


 ミカは私の足をたらいに張ったお湯にそっと浸す。

 いつも決まって足をマッサージした後、こうして足湯をさせて、体の循環を良くしているのだ。


「後数年は、まあ保てるかと。ただ食料自給率がこのまま落ち込めば、ほぼ他国からの輸入に頼ることになります。新しい宰相がどう舵を切るか……そういえば、あなたの兄君でしたね」


「せめて兄にだけでも、手紙を出させてくれない?」


「…………」


 やっぱり許しては貰えないんだ。

 ミカは私の懇願を無視して、私の足をタオルで丁寧に拭いた。


「そうですね。あなたが私を受け入れると言うのなら、それも構いません」


「……それは」


 渋る私の顔を見て、ミカは少しぎこちなく笑った。


「──待ちます、と言いたいところですが、あなたにはリミットが迫っています。あなたはここにいる限り、私を受け入れざるを得ないのです」


「ずっと閉じ込めておくつもり?」


「それはあなた次第ですよ」


 つまりは、ミカを受け入れて彼の妻になればある程度の自由は保証されるということなのだろう。


「私はあなたをここから出す気など毛頭ないのです。永遠にあなたをこの牢獄に縛り付けて、たとえ憎まれたとしても、あなたの心に居続けたいのです」


 憎まれたとしても? 愛ではなくて、それが憎しみだとしても?


「愛せないなら恨んで憎むといいでしょう。それで心を私を満たせば、それはきっと愛にも勝る」


 それは何て悲しいことなのだろう。けれど、ミカの言うことも何となく分かる気がした。

 哀しげに笑うこの人を、それでも私はどこか憎みきれずにいる。


「あなたのことは嫌いではないよ」


「え?」


 なぜそんな言葉が口を衝いて出たのか、自分でも分からなかった。でもそれは間違いなく真実だ。

 この目の前の美しい人を、私はどうしても嫌いにはなれないのだ。


「それは、少しは期待してもよろしいという意味ですか?」


「うーん?」


 首を傾げた私を見て、ミカはその薄い唇の口角を上げて僅かに微笑んだ。


「生憎、立場上女性と深く付き合った経験がないものですから。この場合は押せばどうにかなるものなのでしょうか?」


「ええっ! そんなこと私に聞かれても……」


 私は何だか居た堪れず、ミカから視線を逸らす。これは思った反応と少し違っていて、ていうかミカはもっと色恋沙汰に手慣れていると思っていたけど違うの?

 大真面目で聞いてくる彼が、何だか可愛らしくも見えてしまう。いけない、このまま絆されてしまっては、彼の術中にはまってしまう。


 しかし、彼のその次の行動は思いも寄らぬものだった。綺麗にしたばかりの私の足先に、何と口付けたのだ!!


「っ!!」


 足の指を食むようにキスされて、私は思わずぎゅっと目を閉じる。


「ダメ、そんなとこ」


 手で彼を払いのけようとするも、いとも簡単に腕を掴まれて、そのままベッドに押し倒されてしまった。

 体の自由は何とか戻ってはきているけれど、男の力には所詮敵わない。


「あなたが私を嫌いでないなら、受け入れて下さい」


「いや、そんな無理。あっ!」


 必死で抵抗を試みるも、キスされてしまうと私はもう何も考えられなくなる。

 口の中にミカの舌が滑り込んできて、私の紡ぐ言葉すら押さえ込んでしまった。


「んんっ、はぁっ」


 散々堪能したのかようやく唇が離れて、私は吐息を漏らした。体が燃えるように熱い。熱に浮かされるように、私は自分から彼の首に手を回した。

 それはとうとう堕ちてしまった瞬間だった。

 私に求められて、ミカは少し躊躇ったものの、すぐにキスに応えた。お互いの舌が絡み合って思う存分キスした後に、潤んだ瞳で見つめ合う。

 私の頭の中では、熱に侵されて流されてしまっている自分と、その様子を冷静に見ているもう一人の自分がいるような妙な感覚があった。しかし、そんな冷静な自分がいても、己の行動を止めることは敵わない。

 本能でただ彼を求めた。それは私のリミットが近付いている証拠でもあった。

 嵐のように互いを求め合って全て済んでしまった後に、猛烈に後悔の念に苛まれた。止めどなく、私の頬を涙が伝った。


「もうあなたは私のものです。誰にも渡しません」


 背を向けた私のうなじに彼が長いキスを落とした。

 とうとうミカと一線を越えてしまった。しかしそれは彼に連れ去られた時に何となくもう予想がついていた。

 いつか、こうなってしまうのではと──。


「まだ王子に未練が?」


 少し体を起こしたミカが、背中越しに私に訊いてきた。


「ううん、もういいの」


 私は体の向きを変えて、ミカの首元に頬を寄せた。

 腕を回して彼の体を引き寄せる。その温かな人肌のぬくもりに、妙に安堵する。


「愛してます」


「うん」


 彼は無条件で私を愛してくれる。それは確かに歪んだ愛なのかもしれないけれど、彼にとって私が一番なのは間違いなく、マシュー王子とは違うのだとはっきり言えた。

 彼は王子の立場を、絶対に捨てられないのだ。何よりも国を大事に思っている。それはあらかじめ分かっていたことだけれど、それが私はどうにも悔しくて、仕方がなかったのだ。


 目の前のこの人は、私を至上で見てくれる。

 私はただ平凡な女だったのだ。

 これからはミカを見つめて生きていこう。彼を忘れるには時間がかかるかもしれないけれど──。

 

 《完》

いつも読んでくださりありがとうございます。

ミカ編はなんか勢いで書いたおまけです。


主人公が流されちゃったverですね。

次回から、ようやく最終章に突入です。

もちろん相手はお兄さん…真のヒロインは実は彼です。


次回もよろしくお願いします!

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