18 狙われた花嫁
荘厳な大聖堂で厳粛な雰囲気の中、執り行われる結婚式。
私は聖騎士の列に混じり、固唾を呑んでその式を見守っている。
主な列席者は国内の有力貴族や大商人、そして近隣諸国から招かれた国の要人。しかし私は当の花嫁なのに、ここに立っているだなんて。
結局アデルと私ではドレスの寸法が合わなくて、急遽用意されたドレスにアデルは身を包んだ訳だけど、やっぱり私のドレスは私だけのものだから、それだけは良かったとほんの少しだけ思った。
「ぼーっとするな、神経を集中させとけ」
同じく聖騎士の扮装をした兄上に耳元で囁かれた。
兄上は国の上層部の不祥事で実は宰相に任命されてしまった。
しかし今日は私の護衛として隣に立っている。
「ミカは抜かりない奴だ。ひょっとするとお前がここにいることに気付くかも知れない」
本当は結婚式にこうして出るのは控えるべきだと思っていた。現に王子には部屋で大人しくしているように言いつけられたくらいだ。しかし、私はこの結婚式をここでどうしても見守る必要があると思っていたからだ。
聖騎士や騎士を含めると相当の人数がこの大聖堂の警備に当たっている。これだけの厳戒態勢の中ならば、そうそうミカも手を出しにくい筈だ。
「兄上とミカがまさか同級生だなんて」
「まぁ向こうは向こうで人気があったからな。まぁ、僕は歯牙にもかけていなかったが」
それは実は嘘で兄上の強がりなんだろう。確かに兄上とミカはどことなく顔も似ているし、普段猫を被っていた兄上とミカは確かにキャラも被る。
式は滞りなく進んでいく。今の所なんの問題も起きてはいない。
しかし、本来あの場所は私がいるべき場所。純白のドレスに身を包み、マシュー王子の隣にいるのは私の筈なのに。
もちろん頭では分かってはいる。アデルは私の為に体を張って影武者をしてくれているのだと。それでも何だか居場所を奪われているようで、胸の奥に何かどす黒い感情を覚えてしまうのだ。
「大丈夫か? お前、相当無理してるだろ」
やっぱり兄上にはお見通しなのか。私の胸の内に浮かんだ黒い感情まで、何だか見透かされてるみたいだ。
一方の式は誓いの言葉に指輪交換と、極めて順調に滞りなく進んでいった。そしてとうとう花嫁のベールが上げられようとした瞬間──アデルの体がグラリと揺れて、後ろに倒れ込みそうになる所を、すかさずマシュー王子が彼女の腰を攫って支え込んだ。
「おい!!」
聖堂内が大きくどよめいて、式は中断を余儀なくされた。
ここから見る限り、アデルの意識はないようだ。
一体彼女の身に何が起こったのか?
「兄上!?」
「ここを動くな」
兄上に制止され、私はただ固唾を呑んで状況を見守ることしか許されなかった。
すぐさま駆けつける護衛の兵達に囲まれ、あっという間に王子とアデルの姿は見えなくなる。
「襲撃された様子はない。倒れた理由は不明だが」
冷静な兄上の声も、私にはどこか上の空だ。
やっぱりアデルのあの倒れ方は普通ではない。私の身代わりに何らかの攻撃を受けたのでは?
そして急遽駆けつけた救護班の手により、アデルはその場から連れて行かれてしまった。担架に乗せられた彼女はやはり意識を失っているようだった。
「行くぞ」
私は兄上に付き従って、大聖堂の救護室に運ばれた彼女の元へ向かった。
「どういうことですか?」
救護室にはマシュー王子にマクシミリアン王子、ニコラス様にそしてヴィンセント様まで勢揃いしていた。
「……分からない。目立った外傷はどこにもない。なせ突然意識を失ったのか」
マシュー王子はベッド脇に立って、心配そうに彼女見つめながら答えた。
ベッドに蒼白になって横たわるアデル。私の身代わりにこんな目に遭ったのだとしたら、何とも胸が締め付けられる思いだ。
「何か毒物を口にしたことも考えられるが、今朝の朝食も彼女の口にしたものは私達と全く同じもので、毒味は完璧になされているんだ。つまり毒物を口にしたとは考えにくい」
マクシミリアン王子の言葉に、兄上がすかさず
「浄化魔法は? 解毒は試みましたか?」
「浄化魔法は試みましたが、全く手応えがないんです。私も、ヴィンセント様も……」
ニコラス様とヴィンセント様は難しい顔をして二人で顔を見合わせた。聖属性魔法に長ける二人が為す術がないだなんて!!
その言葉を聞いて、兄上はアデルの脈を取り診察を始めた。兄上は医術の心得もある。その様子を冷静に見守る私達。
「どうだ?」
「やはり毒物かと。解毒の……浄化魔法の効かないタイプの特殊な毒かと」
それを聞いて、私はふと思い出す。
浄化魔法の効かない特殊な毒──私がミカに飲まされた毒と同じものなのでは?
「やはりミカの仕業か!?」
マシュー王子もさすがに気付いたようだ。
ただ一体どうやって、毒を? 私はホットミルクに混ぜられて毒を口にした。アデルは一体どうやって……。
私はふとアデルの左手の薬指にはめられた指輪に視線を落とす。本来ならば私の指にはめられるもの……。
その時何かが引っかかって、私は思わずアデルの指から指輪を外した。
「ジーン?」
マシュー王子が怪訝そうな顔で私をみつめる。
私な外した指輪の内側を、注意深く観察した。すると何か棘のような突起物が見て取れた。
「殿下、指輪に何か仕掛けが!」
「見せてみろ」
兄上がパッと私の手から奪うように指輪を取り上げ、目を凝らして指輪を確認した。
「確かに細工がしてあります。この指輪の毒を特定させましょう」
すぐさま指輪は調査に出されて、私達はその結果を待つことになった。ベッドに横たわるアデルの意識が戻る気配はなく、私の時よりずっと具合が悪そうだ。
「まさか結婚指輪に仕掛けがされているとは。完全に盲点だった」
マクシミリアン王子の指示で、私達は別室に移動した。
深刻な面々で向かい合う私達。アデルの容態は比較的安定はしているものの、意識が戻る気配は相変わらずなさそうで……。
「この指輪は彫金ギルドにオーダーメイドで依頼した特別製なんだ。私の方には特段何も……いつのまにか細工の施してある物にすり替えられていたようだ」
小さな白金の指輪はマシュー王子の掌に乗って白く輝いている。
「すり替えられたとして、それはいつどこで?」
「それが分かったら、こんなに苦労しない」
王子達二人は、同じように口元に手を当てて考え込んだ。こうしてみるといちいち仕草もよく似ている。
「とにかく今、この指輪がギルドから引き渡された経緯を調べさせている。その結果を待つしかない」
毒が特定出来れば、解毒剤が作れるかもしれないとのことで、兄上は毒の鑑定をする為に城にある薬房に行ってしまっていた。もちろん城お抱えの薬師達はいるけれども、兄上の知識は必ず役に立つからと言って、王子達が行かせたのだ。
それから私達はただ待つことしか出来なかった。解毒剤が出来るのが先か、指輪のすり替えがとこで行われたか。ミカの手が一体どこで及んだのか、謎は深まるばかりだ。
とりあえず結婚式は中断を余儀なくされ、参列客は全て警備に当たっていた騎士団の誘導に従って城内へと身柄を移された。
「私、ちょっとアデルの様子を見てきます」
「あぁ、分かった」
マシュー王子の了承を得て、私は救護室に向かう。廊下はシーンとしていて、警備の兵はどこにも見当たらない。
「あれ? おかしいな」
確かに最低限の警備は残されていた筈なのに……。
まぁニコラス様もヴィンセント様も残っているし、アデルには救護室付きの薬師が付いていたし大丈夫かな?
救護室のドアを開けて部屋に入ると、アデルが眠るベッド脇に一人の人影を認めた。
白衣に身を包んだ黒髪眼鏡姿のその人物は、部屋に入って来た私に気付くと振り返って言った。
「やあ」
耳に響くその美声。私は背筋が凍り付いた。
「まさか……」
その人物はゆっくりとカツラと眼鏡を外す。露わになったサラサラの金色の長い髪は、窓から差し込む光を受けてキラキラと光った。
「……ミカ」
掠れた声で名を呼ぶと、ミカの形の良い薄い唇は弧を描き、そして一言だけ呟いた。
「投了です」
いつも読んで頂きありがとうございます!
長々と続いてしまっていたマシュー編ですが。いよいよ次回最終回です。全編ラブコメって訳には流石にいかず、かなりシリアスな展開になってしまいまいました(汗
そして残りエンディング分岐はあと一人。あとはまあ後日談が多少あるかもですが、それで正真正銘の最終編です。
それでは次回もお付き合い下さると幸いです。




