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元悪役令嬢と婚約破棄してなぜかヒロインやらされてます。  作者: 上川ななな
玉の輿に乗りたくて乗った訳ではないんです!
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16 婚礼の宴で

「毒なんか本当に飲ませたの?」


「本当です。そうでもしないと、あなたを奪われそうで」


 私はミカに背を向けたまま、ミカに真実を確かめた。

 ミカはきっと嘘はつかない。おそらく本当なのだろう。


「さあ、こちらに。そろそろ毒の効果が現れ始める頃です」


 そう言われると同時に、足の力が入らなくなる。

 ガクッとその場に膝を折って、私は体の異変に嫌でも気付く。

 本当に私に毒を盛ったの?

 その事実に私は愕然とする。少なくともミカの私への真心は本物に見えた。それなのに、私に毒を盛るだなんて……。


「早く解毒剤を。この毒はまず手足の自由が利かなくなるんです」


 ミカは私に歩み寄ると、軽々と横抱きにして館内に戻った。あの香の匂いの充満した部屋に連れ戻り、私を寝台に寝かせた。

 もう既に手足の自由は利かなくなっていて、私は自分で体を動かすことも難しくなっていた。

 そしてミカは懐から小さなガラスの小瓶を取り出した。紫色の液体が目に付いた。

 ミカは私の体を抱き起こして支えながら、口元にガラスの瓶の口を寄せた。

 それを全部飲み干すと、ミカは明らかに安堵した表情を見せた。


「これでひとまずは安心です。明日は予定通り婚礼の酒宴を開きますから、ゆっくり休んで下さい」


「殿下がきっと迎えに来る」


「ええ、そうでしょうね」


 ミカはいつもと変わらず穏やかな表情で、私の世話を甲斐甲斐しく焼く。口元を拭い、私に布団を掛け、額に手を置いた。

 ひんやりとした冷たい手が心地良かった。


「今のところ発熱はなさそうですね。摂取した毒の量が少なくて幸いでした」


 ホットミルクは一口しか口を付けなかった。

 多分大した量ではなかったのだろう。


「私を好きだと言いながら、一方で毒を盛るだなんて。あなたが分からない」


「これはあなたを奪われない為の苦肉の策でした。あなたが特殊な毒で侵されたと知れば、彼は必ずあなたを救おうとする。見過ごす筈がないんです」


 つまり私を助ける為には、マシュー王子は私を置いて行く他に手がなかったのだ。


「私のあなたへの気持ちは本当です。あなたを初めて見た時に、その凜とした美しさに惹かれました。聖騎士の正装をしたあなたはそれはもう神々しいくらいで……。実は私もあの裁判の場にいたのです。マシュー王子があなたを庇って傷を負ったのも見ていました」


 思い起こせばあの裁判は色々とトラウマだ。王子は私を庇って傷を負ったし、国王には見初められるしで……。


「それでも、あなたを救うのは私でありたい。彼に負けたくはないんです」


「私を本気で救いたいなら、彼と話をするべきだよ。かつて結ばれた聖乙女の契約そのものを破棄しようと一生懸命手を尽くしてるのに」


 マシュー王子が私を本気で想っていることをそんなに理解していながら、なぜこの人は頑なに話し合うことを拒むのか。

 それはやっぱり嫉妬からくる対抗心なのだろうか?


「お願いミカ。私を遠くへ連れて来ても、契約自体が無効になる訳でもない。その場凌ぎに過ぎないのだから、根本的な解決に力を貸して?」


 しかし、ミカは困ったように少し笑って、私を寝かしつけるだけだった。


「さあ、もう少し眠って」


 安眠の香が再び私を眠りの中へと誘う。

 目覚めた時、婚礼の準備はすっかり整っていた。

 私は既に花嫁衣装らしきものに着替えさせられていた。寝台ではなく、クッションが積み重ねられたローソファーに寝かされていた。

 ふんだんに使われた白い細工の凝った豪奢なレース。見事な金細工の髪飾りにベールまで被せられていた。


「お目覚めですか?」


 浅黒い肌の見覚えのない女性の顔。マーサより全然若い顔だ。


「既に婚礼の宴は始まっております。皆様お待ちでございますよ」


 彼女に促され、私はよろよろと立ち上がる。まだあまり足に力が入らない。

 きっとマシュー王子が迎えに来てくれる。私を奪還する機会をどこかで窺っている筈だ。

 彼女の手を借りて、私は宴の間に向かった。徐々に聞こえてくるのは、この土地特有の弦楽器の音だろうか? 独特のメロディは私の国のものとはかなり趣が違う。

 酒宴と聞いていただけあって、かなりの客がそこにいた。コの字になって、向かい合って楽しそうにお酒を飲んで語り合っている。

 私がそっと足を踏み入れると、一番奥に席に鎮座していたミカが素早く立ち上がり、嬉々として私の元へやって来た。

 私とまるで対になるような、高い襟の詰まったこの土地独特の白い衣装。これが花婿の衣装なのだろう。銀糸でうっすら浮かび上がる刺繍が凝っている。


「さあ、こちらへ」


 差し出された手を取ろうとした瞬間、背後から悲鳴が上がった。


「キャーーーー!!」


「賊だ!!」


 振り返ると、真っ黒ないかにもな衣装に身を包んだ二人組が、剣を振り回しながら宴の席に乗り込んできた。

 一瞬、何の捻りもないんだなとツッコミたい自分がいて私は自嘲的に少し笑った。

 ミカはすかさず私を引き寄せ、まるで自分の腕の中に私を閉じ込めるように掻き抱いた。


「花嫁をこちらへ渡してもらおうか?」


 驚き慄く客達を尻目に、黒装束の一人が声高々に叫んだ。

 目出しの覆面をしているが、これは明らかにマシュー王子の声だ。

 すぐに警備の兵達が、酒宴の席にわっと乗り込んできた。

 退路をあっという間に塞がれて、一体彼はどうする気なんだろう?


「婚礼の邪魔をするとは、あなたも無粋ですね」


「その女は私の婚約者だ。強引に略奪したのはお前の方だろう?」


 ザワザワと騒然とする中で、緊迫する空気に辺りが包まれる。

 私はまだ体の力がまともに入らず、ミカの拘束から逃れることは出来ない。


「金品なら好きなだけくれてやるから、どうかここは退いてはくれまいか?」

 

 上座に座っていた恰幅の良い中年の髭の男性が、そう恐る恐る申し出た。状況がよく分かっていないようで、強盗か何かと勘違いしているようだ。


「私が求めるのはその花嫁のみ。お前達に手出しする気は毛頭ない」


 マシュー王子のその答えに安堵したのか、髭の男性はグッと黙り込んだ。


「彼女は渡さない」


「ミカ、いい加減にして!!」


 そう一喝して広間に現れたのは、私を逃す手助けをしてくれたアイシャだった。彼女は兵を押しのけるようにして、広間の中央に躍り出た。何の躊躇いもなく、マシュー王子に歩み寄ると、とんでもないことを口にした。


「ねえ、私を人質に取って?」


「え?」


 突然の思いも寄らない申し出に呆気に取られる王子をよそに、自分から王子の懐に潜り込んで、剣先を自分の首元にピタリと這わせた。

 なかなか大胆な真似をするなぁ。私がそう感心していると、アイシャがさも必死な様子で、


「早く花嫁をこちらへ渡すの。でないと、私が殺されちゃうわ!!」


「私は本気だぞ? 花嫁を渡さないなら、この娘を殺す!!」


 王子は察しがいい方なので、仕方なくアイシャに合わせることにしたようだ。完全に悪者を気取って、少し楽しそうでもある。

 すると先ほどの髭の男性があたふたしながら立ち上がって叫んだ。


「娘を、アイシャを助けてくれ!!」


 ああ、この人がここの主人なんだ。つまりアイシャのお父上。ようやく私は理解した。


「ミカ、アイシャ殿を見殺しにする訳には……」


「いいえ、彼はアイシャを害するような真似はしませんよ」


 前大神官がミカを諭すように小声で話すものの、ミカは全く動じる様子がない。さすがにこの小芝居がミカに通用するとは思えなかった。


「ミカエル!!」


 しかし大神官が諌めるように声を荒げると、ミカはさすがに動くしかなかった。あくまでこの親子はこの館に居候をしている身。その先の娘が人質に取られているのに、みすみす見殺しには出来る筈もなく……。


「不本意ですが、背に腹は変えられません」


 そう言うと、ミカはようやく私を解放した。

 私はまだ覚束ない足取りで、マシュー王子の元に向かう。王子は私の腕を引いて自分の方に引き寄せると、アイシャへの拘束を解いて身柄を自由にしようとした。


「ダメよ、まだ」


 しかしアイシャはその場を動かずに、私達に小声で囁いた。


「警備の兵を突破するまでは、私を拘束している方がいいわ」


「……ふむ。ではそうさせてもらうとしよう」


 ヴィンセント様と私と王子とアイシャと四人でジリジリとその場を後退しながら、警備の兵の包囲網をいとも簡単に抜けた。

 人質の娘が誘拐犯の逃走の手引きをするだなんて、まさかこの場の人達は夢にも思っていないのだろう。

 そして私達は館を脱出することに見事成功したのであった。

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