14 毒舌執事も本気出してきた
久々に来る海は、少し肌寒かった。
薄い部屋着のままで来てしまった私に、ユーエンが車からアレックスのものであろう、ショールを持ってきてくれた。
さすが有能な執事。彼はものすごく気が利く。
二人並ぶのではなく、列になって砂浜を歩く。
よく晴れた空に、どこまでも続く地平線。
兄上とアレックスは心配しているだろうか?
「ねえ、どうして追いかけてきたの? アレックスに言われたから?」
「いいえ」
アレックスの指示じゃなかったんだ。
ちょっと意外だな。
「でも、私が自分で追わなければ、アレックスは追いかけろと言ったと思いますよ」
「言われる前に追ったってこと?」
「そうですね」
それきり彼は黙ってしまって、ただ静かに海を眺めていた。
打ち寄せる波の音だけが、静かに響いている。
彼にはてっきり嫌われているのかと思っていた。
好かれている、とも今でも思わないけど。
こんなところまで連れ出して、付き合ってくれている。
本当に彼は私を攻略する気があるのだろうか?
やっぱり思い違いなのかな?
じっと、彼を見ていたら気付かれてしまった。
「なんですか? そんなに見ても、もう何も出ませんよ」
憮然とした表情で、彼は言う。
「ユーエンて、変わった名前だね」
この世界の人物の名前は、西洋風だから。
彼の名前の音は、そうではないんで。
「憂炎と書きます。憂う炎と書いて」
そっか漢字なんだ!
「あんまりいい意味の名前ではありません」
「どうして?」
「私にも良く分かりません。ただ、母が私を産んだ日に、村で大きな火災があったらしいのです。その炎を見て、泣きやんだ私にそのまま憂炎と」
「なんかカッコいい」
「そうですか?」
彼はちょっと笑った。
今日は本当によく笑うんだ。ずっと笑わない人だと思ってた。
彼は追加キャラなので、私はゲームの中の彼を知らない。
アレックスに執事がいたのも知らなかったし。
でも私の知る今の彼は、ポーカーフェイスで執事として仕事は有能、料理上手で、ちょっぴり毒舌。でも、気遣いが出来る人で本当は優しい。てな具合かな?
「今日はありがとう、連れて来てくれて」
「いいえ」
やっぱり会話は続かない。
そこで、私は聞いてみようと思った。聞かなければならないと思った。
「ねえ、私の夫候補、辞める気はない?」
今でもたくさん夫候補を抱えている。さらに兄上までだなんて。
私のことを何とも思ってないのなら、無理に候補でいる必要などないのだから。アレックスとのことなら、彼自身が候補になりたいと言っているし。
「辞めて欲しいのですか?」
彼は立ち止まって、私を振り返った。
その顔は、もういつものポーカーフェイスで、その心は窺い知れない。
「あなたが嫌なら、別に構わないんだけど。アレックスも候補になりたいと言ってくれてるし」
「アレックスは関係ないでしょう? 私とあなたの問題では?」
私は口をつぐんだ。確かにそうなんだけど。
「私では不服ですか? 確かに身分では他の方々に比べて劣るかもしれません。大公の庶子とはいえ、認知すらされていない」
自嘲的な笑みを浮かべる彼は、いつになく感情的だ。
「しかし、その他で劣るとは思いません。なんなら、あなたの兄上にでも勝負を挑みましょうか? 負ける気はしませんが」
負ける気しないの!? どんだけ自信あるの? そんなに強いの?
「その、ごめんなさい」
なんとなく気圧されてしまって、謝ってしまった。
彼はすっと私に近寄って、髪を掬いながら言った。
「髪が口に入ってますよ」
風になびいて、カツラの髪が口に入ってしまっていた。
「ありがとう」
「そんなもの、外してしまったらどうですか? どうせ誰も見ていない」
男として死んだことにしてから、常にカツラを被るようにしていた。
髪がある程度伸びるまでは、ずっと被らなくてはならない。
「あなたがいるじゃない」
「そんなもの、私は気にしませんよ。被っても、被らなくてもあなたはあなただ」
そんな風に言われたら、外してしまおうかな?
私はカツラを外し、まだ短い髪をさらけ出した。
海風が本当に気持ちがいい。
「綺麗な髪だ」
そう言う彼の笑顔は心に沁みるように綺麗で、なんだか胸がドキドキした。
え、何この気持ちは?
「私の前では、何も取り繕う必要もないし、何も遠慮する必要もありません。あなたはあなたでいればいいんです」
私は私でいればいい。
そう出来たら、どんなに楽か。
最近はずっと、無理を続けていた気がする。
「突然女をやれと言われても、うまくいかなくて。ずっと男を頑張ってやってきたのに、でも、僕は女で、女をやらなくてはならないのに」
吐き出すように、ぶちまけた。
涙が自然と溢れた。感情が押し寄せて止められなかった。
正直、自分が一番分からない。兄上に対する気持ちがなんなのかも。ユーエンに対して今ドキドキする気持ちも。
彼はそっと、私を抱き締めた。それは優しい抱擁だった。
まるで子供を宥めるように頭を優しく撫でられた。
彼はとてもいい匂いがした。お香のような匂い。
私は思わず彼に取り縋った。こんな風に優しく誰かに抱き締められるのは、兄上以外ではあり得なかった。
「……ウォーシーファンニー」
耳元でユーエンが囁いた。
でも、私には意味がさっぱり分からなかった。
「何? なんて言ったの?」
「さあ? 秘密です」
彼ははぐらかして教えてはくれなかった。
「夫候補は辞めませんよ? 辞めて欲しいのなら、候補を取って下さい」
「それ、夫にしろって意味だよね?」
どうやら、私は彼のフラグもいつのまにか立ててしまったようだった。
ユーエンと王城の自室に戻ると、兄上と、アレックスが呑気にお茶をしていた。
「あ、帰って来た!」
「二人でデートして来たんだろ? どうだった?」
兄上に言われて私はハッとした。
デート!? あれはいわゆるデートなのか?
「少し、海風に当たってきただけです。彼女が、あなたと顔を合わせたくないと仰るので」
うわ、はっきり言った!!
「へえ」
兄上はチラリと私を見た。
「そんなに、ショックだったか? 僕が実の兄でないと知って」
「それはそうだけど……」
それよりも、兄上の私に対する気持ちだ。
「実の兄だと信じてた相手から、いきなり愛の告白なんかされたら、そりゃ、普通はドン引きするよ」
アレックスがそのまま私の心を代弁した。
「僕は、撤回する気はないよ? たとえ、お前に嫌われても、お前に対する気持ちは変わらない」
「お兄さん、それ色々通り越して、気持ち悪いよ?」
「そうかな?」
兄上は恋愛に関してずっと鈍いと思ってたけど、私をただ溺愛するだけの人だった。
「でも、僕はお前が僕を嫌いになれないのを知ってるんだ。だから、僕はお前が僕を選ぶまで、毎日だって愛を囁く」
兄上はやっぱりずるいな。
開き直ったら、正々堂々過ぎる。
「そこまで言い切ると逆に清々しいわ」
「では、私達は皆ライバルですね」
さらっとユーエンが口を挟んだ。ライバル!?
「ふん、やっぱりユーエンもジーンが好きなんだ? 遂に白状したの?」
「白状も何も、私も夫候補ですので」
「あー、悔しい! ユーエンが本気なら、僕に勝ち目なんかないじゃないか!」
「そうだと思うなら、さっさと諦めたらどうです?」
ユーエンがはっきり言った。
「なんだって!?」
わ、まさかユーエンとアレックスが兄弟喧嘩!?
「私にかなわないと思うのなら、さっさと候補を辞退することです。マヌエル殿も、勝負でもなんでも、受けて立ちますよ」
とうとう兄上にも喧嘩売ったぁ!!
どんだけ強気なの? 一体どうしちゃったの?
「ふーん、君もどうやら本気らしいね。じゃあ、僕に負けたら候補を降りると?」
「その台詞、そっくりそのままお返ししますよ? 負けたら、彼女を諦めて下さいますか?」
「ちょ、ちょっと!!」
二人の勝負は見てみたいけど、どちらかが候補を降りるだなんて、そんなことダメな気がする。
「へー、これは見ものだな。お兄さんとユーエン、どっちが強いんだ? お兄さんも相当強いけど、ユーエンも超やばいからね」
アレックスは二人の勝負を見る気マンマンだ。
「ちょっと待ってよ! そんな勝負認められない。負けたら候補を降りるとかダメだよ」
二人共にこっちを見た。
「我らが聖乙女は、争いを望まぬみたいだ。どうする? 公子様」
「私は公子ではありませんよ? 彼女が望まない勝負をする理由はありません」
良かった! なんとか諦めてくれたみたいだ。
「ちぇっ、ちょっとこの勝負見たかったのに」
「私も見たかったなぁ」
いつのまにか、ドアの前にマクシミリアン王子が立っていた。
「面白そうな話が外まで聞こえたから、思わず入って来てしまったよ」
この人は、なんでこうも悪いタイミングで現れたんだ?
私は思わず彼を睨みつけた。
「殿下! 二人を煽らないで下さい」
マクシミリアン王子は、首をすくめて言った。
「でも、純粋にこの二人の勝負は見てみたい。そうは思わないか?」
「さすがマックス兄様、思う思う!!」
アレックスも同調した。これはもう、勝負する流れになってしまう。
「ただ、負けた方が候補を降りるってのはナシだ。乙女が二人とも、候補として捨てがたいらしいし」
「!!」
なおもマクシミリアン王子は話し続けた。
「二人とも好きなんだね? だからどちらかが候補を降りるなんて許せない、そうだろう?」
「殿下!!」
「おや、やっぱり図星なのかな? 妬けるな」
この人は相変わらずだ。
むしろこの状況を楽しんでいる。
「ところで、マヌエルまで候補になっているとは、驚きだなぁ」
「今さらなの? てか兄様のことだから、全部知ってたんでしょ? 」
「実の兄妹ではないってとこまではね。でも、さすがにマヌエルが妹を好きだなんて、そこまでは思ってなかったよ」
やっぱり王子は、知っていたんだ。
私達が実の兄妹ではないことを。それで、兄上を私の特別教師にしたのなら、この人はやっぱり只者ではないのだろう。
それだけではない。兄上が本当は強いことも知っていた。
自分も夫候補なのに。分かってやってるのだろうか?
「じゃあ、大広間に移動しようか。そうだな、勝負に勝った方は、乙女と二人きりでデートが出来る、どうだい?」
「ユーエンは、さっきもうデートしてきたよ? お兄さんはいつも一緒にいるし、面白みなくない?」
これにマクシミリアン王子は、うーんと考え込んだ。
「じゃあ、キスで」
「!!」
なんか勝手に決めてるけど、するの私じゃん!!
そりゃ、兄上とは何回もしたことあるけど、子供の頃の話だし、あくまで家族としてのキスだしなぁ。
「では、皆で大広間に移動しよう!」
王子の号令で、私達は再び大広間に移動することとなった。
いつもありがとうございます。
こんな感じで、各キャラとふんわり仲良くなっていく予定です。
あくまで本筋はラブコメですが、今後は多少バトルや冒険ちっくな謎解きありの内容になっていくと思います。グダグダするかもですが、生温かい目で見守って頂けると幸いです。




