12 異国の地にて
船に乗ってとうとう五日が経とうとしていた。どうやら船員達は私を男だと思っているようで、甲板に出ていると気さくに声を掛けてくる。この船はどうもシーガーデンの商船らしい。どうやらミカが話を付けて、私と自分を乗せて貰ったようだ。
ここで私が攫われて強引に船に乗せられたと船員達に言ったところで、大海原の上、逃げようもないしどうにも出来ない。
「それだけイケメンだと、モテて困りそうだな」
「彼女はいるのか?」
私はどう答えていいのか悩む。結局は曖昧に笑ってはぐらかした。
そもそもミカは船員達に私のことをなんて言っているのか。
「お兄さんなら、厨房にいるよ」
お兄さん? おそらくミカのことだろう。
そろそろ昼食の時間だ。船は目的地に夕方には着くらしい。
厨房を覗くと、ミカが丁度出来上がった食事を持って、出て来るところだった。
「あっ」
「丁度あなたに食事を届けようと」
何だかんだで毎食きちんと部屋に届けてくれる。会話は最小限で挨拶程度、あれっきり私に触れようとはしてこない。
「自分で運ぶから」
私はミカから食事のトレイを受け取ると、踵を返した。ミカは黙って後を付いてくる。
部屋の前まで来て、私はさすがにミカを振り返った。
「何?」
「お話があります」
私は一瞬戸惑ったけど、仕方なくミカを室内へ招き入れた。
ミカは私を気遣ってか、必要以上に強引には接してはこない。
それでも私の着替えや、生活必需品はきちんと用意してくれていて、快適に過ごせるように気を使ってくれているのは分かった。船内の移動も特にもう制限はされていない。
「今さら話とは?」
私はわざとつっけんどんに話す。さすがにこの人に気を許す訳にはいかないから。
「今日中には港に着きます。とりあえず、私の父の隠居先にあなたをお連れして、父にあなたを紹介したいのです」
「なんて? あなたの結婚相手として?」
「そう紹介出来ればこの上なく嬉しいのですが。聖乙女を王家の目の届かない彼の国から出すことが我々のとりあえずの目標でしたので」
ミカは相変わらず穏やかな口調で、ゆっくりと話す。
その表情は相変わらず少し憂いを含んだものだ。
王家の目の届かない場所……。南の見知らぬ国、一体どんなところなのだろう? もう不安しかない。
「嫌だって言っても無駄なんでしょうね」
「……えぇ。申し訳ありませんが」
「…………話それだけなら、もう行って」
ミカは黙って部屋を出て行った。私は一人で黙々と食事を始めた。すっかり満腹になったところで、突然睡魔が襲ってきた。
異常なほどの、この睡魔は……まさか薬を盛られた?
認識したのも束の間、私はすっかり意識を手放してしまった。
気が付いた時には、私はいつのまにか馬車に乗せられていた。幌馬車の中に敷物が詰めてあり、私はそこに寝かされていた。完全に逃げられないように、手枷足枷に猿轡までされている。
そして目の前には、すっかり南国風の薄いゆったりとした衣装に着替えたミカがそこにいた。長い金髪は後ろで一つに編んでいる。
「お目覚めですか? 屋敷までは少し掛かります。そのまま大人しくしていて下さい」
道が悪路なのかかなり馬車は揺れる。私はとりあえず体を起こした。
「んー」
「陸に上がってあなたに騒がれると少し面倒なので、こんな手荒な真似をしてしまいました。本当に申し訳ありません」
そう言いながら猿轡は外してくれた。
「薬なんか別に盛らなくても」
「あなたには武術の心得もあります。その気になれば陸に上がるなり逃走する可能性も見ました。すみません」
馬車に乗せられているということは、ここはもう異国の地なのだろう。ここでミカの手から逃れたとしても、孤立無援の見知らぬ土地での逃亡劇は困難を極めるだろう。
まぁ見るからにこの目の前の人が剣を振るう姿は想像出来ない。私がその気になれば負けはしないのだろうか? いっそ試してみるか? ──そんな考えがふと頭をよぎるけれど、どこか余裕を感じるミカを前に仕掛けるのも怖い気もした。
それよりもこの地は気温が高いのか暑い。蒸し暑い暑さとは違う、もっとカラッとした乾燥した暑さだ。否応無しに喉の渇きを覚える。
「喉が乾くでしょう? これを」
ミカが差し出したのはたっぷり水の入った水筒だった。
私は一旦受け取るも、警戒心丸出しの目つきでミカを見る。
また薬でも盛られていたらたまったもんじゃない。
「もう薬は入ってませんよ。大丈夫ですから」
「本当?」
「ええ」
ニッコリと優しく微笑むその表情からは他意は全く感じられない。これは本当にタチが悪い。
これでは兄上やマクシミリアン王子が可愛く見えてきてしまうほど。
私は喉の渇きを我慢出来ず、水筒に口を付けた。一気に喉を潤して、手の甲で唇を乱暴に拭った。
「その衣装では暑いでしょう。私は表に出ていますので、こちらの衣装に着替えて下さい」
ミカは御者に馬車を止めるように言って、幌からさっさと出て行ってしまった。
手渡された青がベースのこの土地独特の衣装。さすがに女物だ。
逃走するにしろ、この格好のままでは目立ってすぐに見つかってしまうかもしれない。
私は素直に渡された衣装に袖を通すも、あまりの露出の高さに驚いてしまった。薄い上着はオーガンジーで透け透けな上、チューブトップの臍だしスタイル。それに巻きスカートを履いてそれに合わせる。それにしてもこの露出度の高い上半身はどうにかならないものか……。
「着替え終わりましたか?」
着替え終わったのを見計らったかのようにミカの声がした。
「あ、うんまぁ一応」
ミカは幌の中に入ってくるなり、私の姿を見て一瞬押し黙った。
「……すごく綺麗ですよ。やっぱり青が似合いますね」
そして積んであった荷物の中を探って、宝飾類を取り出した。見るからに細工の凝った青い宝石があしらわれた金細工のネックレスやイヤリング。それらを私に身に付けさせた。
私はその時、漠然とこれらを売ったらいい路銀になるなと考えていた。
ミカは何せ底が知れない。ここで逃げるのはきっと得策ではない。今は大人しく従って、周囲の状況を把握し、チャンスがあれば逃げるしかない。私の頭の中はそれで一杯になっていた。




