09 敵を欺くにはまず味方から
「殿下!?」
「ここは逃げるぞ!」
でも、このままではアルヴィンが、アデルが!!
アルヴィンは殺されてしまうかもしれないし、アデルは攫われてしまうかもしれない。
「大丈夫だ、あいつは強い。簡単にはやられない」
「でも!!」
王子の口ぶりから、彼はアルヴィンをよく知っている?
そんなことが頭に浮かぶも、私達は夢中で後ろの車両を目指して走る。
そして最後尾の三等車へ抜けた所で、私達は足を止める。
「おお? 三等の客には似つかわしくない格好だな」
三等の客に混じって、明らかに賊の格好をした大柄な男と数人の柄の悪い男達が前方の座席を占拠していた。まるで蜘蛛の子を散らすように、他の客はその男達と距離を置いて声を殺して様子を見守っている。
前方の車両にいた賊の仲間だろう。ここにもいたのか……。
男達は全部で五人。前方の車両にいた人数に比べたらマシだ。
覚悟を決めた王子は、低く呟いた。
「賊どもめ」
「おぅ?」
外は暗闇。シーガーデンからまだ遠く離れていない場所だろうけど、ここがどこかも分からない。賊どもは、列車を無理やり止めて乗り込んできた。ひょっとすると外にも仲間がいて、外も安全ではないのかもしれない。
「目当ての娘を連れている訳ではないが、俺達に刃向かう気マンマンのようだな?」
「かかって来い。成敗してくれる」
マシュー王子は腰に帯びていた剣をスラリと抜いた。
彼は本気だ!!
「君は下がっていろ」
王子が私に下がるように言うと、男達が一斉に王子に斬りかかった。しかし狭い通路が災いして、男達は思うように攻撃してこれないようだ。
王子は見事な剣さばきで、男達を斬り伏せていく。
一人、また一人と、それは難なく。
彼の本気が滲み出ていた。まるで舞うような華麗な身のこなし。
強いとは思っていたけど、まさかここまで強いとは。道理で私に護衛が要らない筈だ……。
ものの数分で全員斬り伏せて、王子はその剣を鞘に収めた。
「ふん、他愛もない」
そして三等の乗客達から、わっと大きな歓声が上がった。
突然列車を止められて賊どもに脅されて、かなりのストレスを感じていたらしい乗客達は、この展開に大興奮だ。
貴族風の身なりの剣士が、たった一人で賊どもを全員成敗したのだから。
大立回りの余韻に浸る三等車に、再び貫通扉が開いて顔を出したのは、前方の車両で生き別れていたアルヴィンとアデルだった。
「殿下、ご無事で?」
「問題ない。そっちも問題なく片付いたようだな」
その二人のやり取りからして、私は完全に二人が元々顔見知りなのを察した。それも王子が彼に信頼を寄せる程の親しい仲だということを。
アデルはそっと私に駆け寄り、私の頬にそっと手を当てた。彼女は安堵の為か涙ぐんでいた。
「お怪我は?」
「大丈夫」
「それは良かったです」
王子とアルヴィンに目を向けると、何故か見るからに王子は不機嫌そうな顔をしていた。
「なぜこんな真似を? 偽名まで使って……」
偽名? やっぱりアルヴィンは本名じゃなかったんだ。
「マックス殿下より、王家宛に届いた不審な脅迫状の内容を伺いました。それは近いうちに聖乙女を攫うと一文だけ記されたもの。事態を重く見た殿下は、あなたには伏せて、密命を私に下しました。脅迫状を送ってきた相手を何としても捕らえろと。丁度王都では、聖乙女に関する良くない噂が流れていました。そこで、殿下は囮を立てて敵の関心をこちらに寄せるように仕向けたのです」
アデルの評判はうなぎ登りだったし、反対に私は悪女呼ばわりで最悪だった。それで敵の関心をアデルの方に引き付けたという訳か。
「ふーむ。つまりアデルはジーンの影武者、つまり囮として活動し、敵の関心をそちらに引きつけ、お前はそこに手を出してくるであろう相手を捕えるという算段だったのだな?」
「左様でございます。敵を欺くにはまず味方からです」
これにはますます王子の顔がむくれた顔になった。
「そして殿下がアデルと一緒にいる、このことで敵はアデルを本物だと認識したようです。ジーンのことを大々的に発表しないでいたことが幸いしました。金髪の美女で第二王子の婚約者ということくらいしか、情報が出回っていなかったので」
「それでアデルは一体何者なんだ? もちろんアデルは聖乙女ではないよな?」
「アデルは私の知り合いの妹で、協力者です。もちろん普通の娘なので、聖属性魔法など使えません」
え、それならあの回復魔法は!?
「ヴィンセント、お前も人が悪いな。人を騙すなんて」
ヴィンセント? 私はその名を聞いて一人の人物を名を思い浮かべた。
ひょっとしてヴィンセント・アルバーン!? それはニコラス様の前任に当たられる、私達聖騎士にとってはもはや伝説の方。ただならぬ高い魔力を持ち、その剣技も超一流。知力にも長け、ニコラス様の直接の師匠にも当たる方だと聞いている。
確か、かなりの年齢を理由に辞職されたと聞いてはいたけれど。
「全然、お若いじゃないですか!!」
「えっ?」
私の突然のツッコミに、アルヴィン改めヴィンセント様は、キョトンと目を丸くした。
目の前のヴィンセント様は、どう見ても二十代後半、たとえいっていたとしても三十代前半だろう……。
あの寡黙でクールなイメージが覆った瞬間だった。
つまり、人々の治療を実際に行なっていたのは、アデルではなくヴィンセント様の方だったんだ!!
私の意図を察した王子は、すぐさまヴィンセント様の年齢を暴露した。
「こいつ、こう見えてもう四十だぞ」
「!!」
四十!? とてもそうは見えない!!
「……そうですよ。私はもういい年のオッサンです。殿下達の無茶振りに疲れて、職を辞して数年。まさかこんな形で表に引っ張り出されるなんて、思いもしませんでした。さすがにもう勘弁して下さいよ」
「誰が無茶振りしたんだ!!」
「散々お守りをさせられましたねぇ。今でこそ、大人しくなられたようですが、散々遊びにあちこち出歩かれて」
「わーっ!! それ以上言うな!!」
マシュー王子は慌ててヴィンセント様の口を手で押さえて塞いだ。きっと私に聞かれると都合の悪いことなんだろう。
その様子を見て、アデルはとうとうお腹を抱えて座り込んでしまった。
「あはははっ!!」
「お前も笑うな! そこ笑うところではないだろ?」
謎が色々解けたところで私達は一番近くの街から派遣されてきた警備隊に事情を簡単に話し、列車が再び発車するのを待つことになった。
賊は線路に強引に馬車を置き、衝突させて無理やり列車を止めたらしいことも分かった。幸いなことに列車に大きな損傷はなく、線路上に散らばった馬車の残骸を片付ければ発車は問題なく出来るとのことだった。
再び特等の個室の中で、私達四人は相見えるように座った。
打って変わった打ち解けた雰囲気の中、ヴィンセント様の考察を大人しくマシュー王子が聞いていた。
「ただ、賊は何者かの指示で動いていたに過ぎません。奴らの背後に黒幕がいるのは間違いないんです」
「黒幕の見当は?」
「黒幕の名を言うなら、命は助けると言ったのですが、賊の頭らしい男も結局口を割らずに自ら命を絶ちました。なので、私にはさっぱり分かりませーん」
両手を広げて首を傾げる様は、本当に先程までの寡黙でいた人物とはかけ離れたものだった。
ヴィンセント様って、随分とお茶目な人なんだな。
アデルはというと、いそいそと車内販売で買ってきたパンにパクついている。それもかなりの数を買ってきたようだ……。二人とも、当初のイメージとは何だか様子がかなり違う。
「ジーン様も食べます?」
ニコニコあどけない笑みを浮かべながら、アデルがあんぱんを差し出してきた。
「あ、ありがとう」
貰ったはいいものの、そこで私は飲み物がないことに気付く。
「あ、飲み物を買ってきます。何がいいですか?」
すかさず殿下とヴィンセント様は二人同時にハモるようにして答えた。
「コーヒーで」
「あ、私も気が利かなくて。一緒に行きます!」
そこでアデルを伴って、私達は食堂車に向かう。アデルと他愛ない話をしながら食堂車に入ろうとした所で、突然背後から声を掛けられた。
「失礼、ひょっとしてあなたはユージーン様では?」
振り返ると長身の白いローブを纏った男が立っていた。深くフードを被っている為、その表情は窺い知れない。声からして若い。そしてかなりの美声でもあった。
「え? どちら様でしょう?」
列車の中は警備隊の手が入り、とりあえず賊が他にはもういないことは把握済みだ。この時の私は完全に油断していたのかもしれない。
「申し訳ありませんが、私と一緒に来て頂けますか?」
男は私の後ろにいたアデルの腕を素早く引くと、その身を羽交い締めにして首筋にナイフを当てた。
「この娘を傷付けたくなければ、私と一緒に来て下さい」
言葉は丁寧だったけれど、男の声はゾッとするほど冷たく、そして淡々としていた。
「ジーン様、いけません」
「彼女を傷付けないで」
「あなたが素直に私と一緒に来てくださるのならば、これ以上彼女に手は出しません」
賊とは明らかに違う。ひょっとしてこの男が黒幕なの?
「あなたと一緒に行きます」
私にはそう答えるしかなかった。私が男の方に歩み寄って拘束されると、約束通り男はアデルを解放した。そして一番近い出入り口のドアから、列車を降りるよう私に促した。
「ジーン様!!」
「アデル、殿下達にこのことを伝えて」
「……分かりました」
言われた通りに列車を降りると、すぐ闇に紛れて馬車か用意してあり、それに乗るように指示された。
私は謎の男の手によって簡単に拉致されてしまったのだ。




