08 止められた列車
ようやく列車の運行が再開されたと連絡が入ったのは、その日の午後だった。私と王子は早速帰り支度を始め、教会に詰めるアデルにも伯爵を通じて連絡を入れて貰った。
アデル達が屋敷に戻ったのは、結局陽が暮れてからだった。
「ようやく帰れるのか。随分と足止めを食ったな」
何とか最終の列車に間に合って、私達はシーガーデンを後にした。特等の個室に四人で座って、何とも気まずい雰囲気陥る。
アルヴィンはずっと押し黙ったまま、相変わらず一言も発しない。
ずっとフードを目深に被って、素顔もまともに晒そうとはしない。せいぜい、隙間から垣間見える髪の色が黒いのが分かる程度だ。
「殿下の本当のお相手とは、どんな方なのですか?」
アデルは王子の隣にちゃっかり座り、白々しく質問を重ねている。
「彼女は私にとって最高の女性だ。その美貌もさることながら、実直で真面目な人柄も素晴らしい。彼女について王都ではさまざまな噂が流れているが、悪い噂は全部嘘だ」
相変わらず王子は私を買い被り過ぎな気が。過大評価だと思うんだけど……。私は照れ臭くなるのを必死で堪える。
「悪い噂?」
「君も王都に行けば、嫌でも耳にするだろう。父王や兄上、そして私をも誑かした悪女だと。一体誰が流しているのやら」
王子はそこまで言うと車窓の外に視線を移し、一言呟いた。
「……はぁ、やっぱり息が詰まる」
無理もない。ずっと伯爵邸に滞在している間、表向きはアデルを婚約者として過ごしていた。あちらが何を考えてるか分からない上、初日に私の寝室に侵入されそうになったこともあり、王子はずっと神経を尖らせていたようだ。
「もう一つ部屋を取って、私達はそちらへ移る。護衛もいるし、問題はないだろう?」
王子は荷物を棚から下ろして、私に個室を出るように促した。
アデルはその様子を大人しく見守っている。
「私が至らなく、不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」
思い詰めた様子で席を立ち、深々と頭を下げたアデルに、王子は振り向きざま、彼女に向かって一言だけ。
「その化けの皮がいつ剥がれるか、楽しみだ」
化けの皮!? マシュー王子、それはさすがに露骨過ぎませんか? でもその一言で、王子がアデル達を決して認める気がないことを思い知った。
新たに取った個室に移って、ようやく王子は一息ついた。
二人掛け座席を占拠するように腰を下ろした。
「殿下、あれでは少し可哀想です」
「別にいいだろう。あの者どもは、間違いなく偽物だ」
王子は窓を開けて外の風を取り込んだ。
私はとりあえず荷物を棚に上げ、対面の座席に腰を下ろした。
「でも、まだ真偽はつきません。少なくともあの回復魔法は本物でしたよ?」
あれだけの人数、見たところかなりの重傷者もいた。それをあっさり治療出来るということは、かなりの魔力がなければ不可能だ。それに毎日教会に通い、治療に勤しんでいた。
──真偽はともかく、とても悪い人間には私には見えないのだ。
「私は残念ながら聖属性魔法は使えない。あの娘は一体どのくらいの魔力を持っているのだ?」
正直、今の私ならばあのくらい簡単にこなせる自信はある。男の時の私の魔力は、今の半分以下だろうけど、それでもニコラス様クラスの聖騎士や神官や治療師ならば、あるいは可能かもしれない。
「ニコラス様や兄上くらいの魔力は最低持っているかと」
「ふむ」
ニコラス様はその剣の技のみならず、聖属性魔法の使い手としても超一流だ。城に勤める治療師達もニコラス様には敵わない。
兄上の魔力は正直どこまであるのか把握してないけれど、多分ニコラス様とそう大して変わらないのだろう。そうでなければ試験も受けずに、いきなり聖騎士団長になんかなれない。
「確かに私、殿下の婚約者として振る舞う彼女に対して、嫉妬はしていました。でも、彼女の貧しい人を救いたいという気持ちは分かります」
「相変わらず君は純真過ぎる。まぁそこが魅力でもあるのだが。君は私が止めなければ、彼女と一緒に治療しにいく勢いだったからな」
王子は無言で私にこちらに来るように、手招きをした。
私は仕方なく座席を立ち上がり、王子の隣に行こうとした瞬間──列車の急ブレーキがかかり大きく揺れて、私は思わず王子の胸に飛び込む格好になった。
「何事だ!?」
窓を開けている為、けたたましいブレーキの音が鳴り響き、私は王子にしっかりと抱きとめられて、不測の事態に戸惑うばかりだ。
何かにぶつかる衝撃音の後、ようやく列車は止まったけれど、車内が騒然となっているのがここからでも聞こえる。
「事故でしょうか?」
「ここにいろ」
マシュー王子はすかさず席を立ち、個室を出ようとしたけれど、何かを思い留まって私を振り返った。
「やはり一緒に来い」
差し伸ばされた手を取り、王子に手を引かれて個室を出ると、すぐ隣の部屋からアデルとアルヴィンが顔を出した。
「殿下、お怪我は?」
「問題ない。そっちも平気なようだな……」
状況を確認しようと車内を見回すが、前方車両の方が何やら騒がしい。
「お前達はそのまま部屋にいろ」
王子がアデルらに指示を出し、私を連れて前方の車両をへと移る。前方は確か一等の車両だ。
貫通扉を抜けると、急ブレーキの影響で怪我をしたであろう客がチラホラ。見たところ重傷者はいないようだが、それより私達の視線は前方の光景に釘付けになる。
「金髪の娘を探せ!!」
明らかに場違いの山賊のような格好をした覆面の男達が、ドスの効いた声で客の顔を確認して回っていた。一等車両にはとても似つかわしくない男達だ。きっと列車を止めて乗り込んで来たに違いなかった。
「金髪の女だぞ? この列車に乗ってるのは分かってるんだ!!」
男達は金髪の女性を何人か席から引きずり出している。
王子はすかさず私を背に庇い、貫通扉を抜けて特等の車両に戻った。
「アイツら、まさか列車を止めて乗り込んできたのか?」
「そのようですが」
金髪の娘を探していたようだけれど、まさかひょっとして……聖乙女を探してる?
「アデルが危ない」
王子は素早くアデルの個室のドアを叩く。すぐにアデルが顔を出すが、王子は個室内にいたアルヴィンに向かって声を掛ける。
「アルヴィン、この列車に賊が乗り込んだ。金髪の娘が狙われている」
「!!」
アルヴィンは素早く自分のローブを脱ぐと、それをアデルに被せて髪を隠した。
露わになったアルヴィンの漆黒の艶やかで長い髪。長い前髪で左目は隠れているが、その端正な顔立ちは隠せない。
そして感じる既視感、この顔を知っているような気がするのに、どこの誰だかどうしても思い出せない。
「お前、まさか……?」
マシュー王子がアルヴィンに問い掛けるも、それを容赦なく遮り、アルヴィンは剣の束を握り締めた。
「今そんなことを話している余裕はありません」
さっと二人の間に緊張の空気が走り、アルヴィンは通路に出て前方の車両の様子を窺う。
「賊の数は?」
「ざっと見で車内に十はいる。気を付けろ」
一等の車両には、割と裕福な貴族や商人が多く乗っていたようだ。悲鳴や子供の泣き声、男達の怒号が響く中で、私達は手をこまねいていた。多勢に無勢な上、乗客を人質に取られている。
「金髪の女は何人かいたが、目当ての女はもっと若く美人な娘だ。この車両にはいないのか!?」
「この後ろの車両が特等らしいですぜ? そっちを当たりましょう」
ヤバイ、とうとうこちらに来る!!
それは避けられない事態だ。私達は賊とここで応戦するしかない。
「ジーン、君はアデルと一緒にいろ」
「殿下、私も戦えます」
「ダメだ」
そう問答してるうちにとうとう貫通扉が開いて、賊の男達が数人こちらの車両には入って来てしまった。
「くそっ」
マシュー王子は舌打ちして、素早く剣を抜いた。
アルヴィンが王子を庇うように前に出て、賊の男達に向かって剣先を突き付けた。
「ここは通さない」
「ほぉ、後ろの男はその身なりからして、どこぞやの金持ちの子息か。俺達に敵うとでも?」
「なぜ金髪の娘を探す? 列車を無理やり止めたのもお前達の仕業か?」
王子が男達を詰問するも、男達はニヤニヤ笑ってまともに答えようとはしない。
「お前も金髪のうちだが、残念ながら男だな。ん、そういや後ろの男も見事な金髪だな。これは……」
王子もアッシュブロンドだから、賊の男達は気にはなったようだけれど、やはり奴らは私に目を付けるか。
「ていうか、お前達全員相当な美形だな。特に後ろの金髪は女と見紛う程だ。目当ての娘ではないが、その金髪は念の為に生け捕りにしろ」
頭領らしき男の号令と共に、下っ端であろう男が斬りかかってきた。アルヴィンが素早く応戦し簡単に一人を斬り伏せた。
「殿下、ジーンを連れてお逃げ下さい!」
狭い通路が幸いして、男達もこちらを一気に襲っては来れないようだ。
「お前は!?」
「元より私達はジーンを守るように仰せつかっております。どうか私達を気にせず、早くお逃げ下さい!」
え、それはどういうこと!?
しかし王子は何かを察したらしく、私の手を引いて一目散に後ろの車両へ向かって走り出した。




