13 兄の告白
そのまま私とアレックスは、自室に戻ってきた。
部屋に今は二人きりだ。
「僕は、君のお兄さんが実のお兄さんでなくても、もうさほど驚かないよ。ここまでくると、なんか仕組まれてる気がしてならない。まるで攻略しろと言ってるみたいだ」
兄上が攻略対象?
でも、それはあくまでヒロインが私でなくて、別人の場合だよね?
あまりの事実に目の前がくらくらする。
「そんなことあり得ないよ! うちの兄妹はすごく似てる方だし」
「そうだね、よく似てる。血縁なのは間違いないと思う」
アレックスも私に同意する。だったらなぜそんなことを?
ずっとヘタレだと思ってた兄上。
この国で一番とも言える剣士のニコラス様に勝ってしまった。
運動や剣術が得意だった私に、兄上は、幼い頃から自分は運動は苦手だと常に言っていた。だから、自分は勉強を頑張ると。
あれが嘘だったなんて。
なんだかちょっと裏切られた気分だ。
実の兄じゃない? それはまさか有り得ない。
母上が幼い頃に亡くなって、父上と兄上と三人で暮らしてきた。それは揺るがない事実。
物心付いた時には既に身近にいた、五歳年上の兄上。
そこからこれをどうひっくり返すと言うのか。
「本人に直接聞くのが早いのかもね」
「そんなこと簡単に聞けないよ」
聞くのが怖い。もし、兄上が実の兄でなかったら?
そもそもつい最近まで男だった私が、突然女になって夫を誰か選ばないといけないなんて、それが無理矢理過ぎるんだ。
「そうだと思ってさ、実はユーエンに調べに行かせたんだ」
「!!」
「戸籍を見れば一目瞭然だからね。すぐ戻ると思うよ」
その時、ドアが開いて兄上が戻ってきた。
やばい、顔が直視出来ない。
「あれ? なにか大事な話でもしてた?」
アレックスは私の顔を見て、頷いた。
ま、まさか?
「お兄さん、少し質問があるんですが?」
アレックス!? まさか直接聞く気なの?
「なんだい? アレックス君」
「お兄さんは、ジーンの実のお兄さんですか?」
聞いたーーーーー!!
直接聞いちゃったよ、この子。マジでもうどうしよう?
兄上は、少し面食らった顔をして、一瞬だけ固まっていた。
──辺りに流れる沈黙。
背筋に緊張で汗が流れる。
でも、次の拍子に兄上はにっこり笑いながら、
「……やだなぁ、急に何を言い出すやら。こんなに似てるのに、今さら他人な訳ないじゃないか」
やっぱり兄妹なんだ。私は、安堵するとともに、少し胸に何かチクリとするものを感じた。
「ほら、やっぱり。アレックスの思い違いだよ!」
それでも、当のアレックスは厳しい表情を崩さなかった。紅い双眸は、まるで兄上を睨みつけるが如く。
「今、実は戸籍を調べに行かせています。ここで誤魔化しても、後でバレますけどいいですか?」
アレックスは強気だ。
そんなに兄妹だと信じられないの?
「ふっ、君はつくづく勘が鋭いんだね」
悠然と微笑む兄上。何かいつもと雰囲気が違う?
でも、その言い方はまさか?
「ジーンの事故の際に、すぐさまフォーサイスの人間だと見抜き、そして今回も、か」
「お兄さんこそ、隅に置けませんね。能ある鷹は爪を隠す、ですか? でも、もう隠す気はなくなったんでしょ?」
兄上は相変わらず、余裕の表情だ。
そして、不安そうに見つめる私に気付いた。
「ジーン、僕は我慢するのを辞めてもいいか?」
その切なそうな顔に、ドキッした。
「えっ?」
我慢? 何を?
「父上にずっと釘を刺されていた。お前に気取られまいと、努力した。この事実が知られたら、なんだか幸せな家族でいられないような気がして」
兄上の告白に被せるように、部屋のドアにノックが響き、アレックスが入るように返事をした。
ユーエンが帰ってきたのだ。
彼は部屋に入るなり、すぐさまアレックスに耳打ちした。
一瞬、目を見開いて、彼は兄上を睨みつけた。
「そうだ、僕はジーンの実の兄ではない」
「!!」
「正確にはいとこだ。父上の亡くなった兄夫婦の一人息子。それが僕だ」
兄上自身から、語られた事実に私は愕然とする。
まさか兄上と実の兄妹じゃなかったなんて。
「お兄さん、自分からバラしたっことは、もう堂々とするってことですよね?」
アレックスは相変わらず、兄上に厳しい言い草だ。
兄上は私を一瞥して、はっきり言った。
「ジーンを誰にも渡す気はない。僕は彼女を愛している」
「ええっ!?」
「うはっ! そこまではっきり言うんだ? 仮にも兄妹って関係だったんでしょ?」
ちょっと引き気味のアレックスに、兄上は容赦ない。
「好きなものは仕方ない。子供の頃から、可愛くて仕方なかった。ジーンがジーンである以上、性別がどちらでも構わない」
と、倒錯的だ!! 私は目眩がした。
「今はもう女だ。堂々と結婚だって出来る」
ま、まさか兄上がずっと恋愛音痴を装ってたのは、私が好きだったから!? 兄上が鈍感だの思ってたのは、それも演技だったの?
「じゃあ、彼女の夫候補になるんだね?」
「もちろんだ。君達の誰にもジーンはやらない。僕が自分の手で幸せにする」
「……兄上、そんな!!」
私はいてもたってもいられず、思わずその場を飛び出した。
「あ、ジーン!!」
アレックスの呼び止める声を振り切って、走り去る。
頭の中で、いろんな思いが巡る。
兄上、大好きな尊敬する兄上。
子供の頃から、ずっと一緒だった兄上。
貧乏でも、仕事が辛くても、兄上の笑顔を見れたら元気が出た。
そんな兄上が、実の兄でなく、しかも私を愛してるって。
そんなこと、到底受け入れられる訳が!
なんでそんなことを!?
突然、走る腕を掴まれて、私は強引に引き止められた。
勢いの付いた体を引き寄せられ、相手の顔を見た。
「まだ、走ってはいけません」
黒髪に眼鏡の奥の涼しい目元、ユーエンだ。
アレックスの指示だろうか?
「まだ安静にしていなければ」
「じっとしてられないよ! 兄上があんなこと言い出すなんて!」
「事実は事実として受け止めるしかありません」
ユーエンはあくまで冷静で、逆にその冷静さに自分の冷静さを取り戻せた。
「ごめん」
ユーエンだって、難しい立場なんだ。
これからアレックスの問題で、色々と大変なのに。
「ユーエンも、アレックスにずっと兄だってことは黙ってたんでしょ?」
「ええ、口止めされていましたから」
うちと同じなんだ。
うちは実の兄妹でないから。アレックスは実の兄弟なのに。
「言いたかった? 本当は大公の息子だと」
ユーエンは首を傾げた。
「どうでしょう? ただあの家は自由もなく窮屈で、アレックスは未だに籠の鳥です。確かに彼に肉親の情はありますが、例え長男として受け入れられて、大公の座を約束されても、私は拒否したと思います」
「でも、これから大公になれって言われるかもしれないよ?」
「そうしたら、あなたが伴侶になって下さいますか?」
ユーエンはちょっと笑いながら言った。
その笑顔は、優しく魅惑的で、いつものポーカーフェイスが嘘のようだった。
ユーエンの笑顔って初めて見たかも。軽く衝撃を受けた。
てか、何気にさらっと変なこと言わなかった?
「ねえ、今の冗談だよね?」
「さあ?」
彼は珍しくそのまま笑顔のままだ。
そしてユーエンは、じっと私の目を見つめながら、
「あなたは男から見たら、魅力的な女性ですよ。性格も裏表なく素直だ。少しは自覚なされた方がいい」
彼の目は、一見黒く見えたが、よく見ると虹彩が濃い緑色だった。とても綺麗な色だ。
やっぱり、ハーフなんだと気付かされた。
「さあ、部屋に戻りましょう。皆、心配しています」
部屋に戻っても、兄上と顔を合わせづらい。
俯いて渋っていると、その気持ちをユーエンは察してくれた。
「では、私と少し出掛けましょうか?」
「え?」
彼はそのまま、スタスタ歩いて王城を出て行く。
私は仕方なく、彼に付いて行くと、いつもなら馬車が止められている場所にあったのは、なんと車だった。
そう、この世界では少数だが車が走っている。
とは言っても、現実世界で今から百年くらい前に走っていたようなデザインの物で、速度も全然出ないし、燃費も悪いし、維持に莫大なお金がかかるので、もっぱら馬車がまだ主流とも言える。
蒸気だが、列車ももちろんあって、私が事故に遭った時は、実は車が遮断機の中で立ち往生したのが原因だった。
さすが大公家、車まで所持してたんだ。
「乗って下さい」
ユーエンが助手席のドアを開けてくれて、私はそのまま乗り込んだ。
彼は慣れた手つきで運転席に座り、エンジンをかけた。
「どこへ行くの?」
「気晴らしに、海にでも」
海にはしばらく行ってない。
去年の冬に、兄上と釣りに行ったのが最後だ。
いつもユーエンは無口で、一緒にいてもほとんど会話もなく気まずかったのだけど、今日はかえってそれが妙に落ち着いた。
口を開けば、割と毒舌なんだけど。今日はいつもよりなんとなく優しい気がする。
運転する彼の横顔は、綺麗なEラインだ。銀縁眼鏡がよく似合っている。
本当に、美形だ。評価するなら上も上、特上だ。
そりゃあ、乙女ゲームの攻略対象にもなる。
まあ、兄上といい、王子二人といい、ニコラス様といい、スターリングといい、アレックスもだけど、みんな顔での評価なら特上だ。みんなそれぞれタイプは違うけど。
よりどりみどりとはよく言ったもので、本当に逆ハーレムなんだな。しみじみ実感する。
この中から選ぶのか。
ゲームなら、適度に誰か攻略して、エンディングなんだろうけど、これは私にとってはあくまで現実。
選んだ相手とそこで終わりではなく、共に歩む人生が待っている。やっぱり簡単には選べない。
ゲームでは、夫候補になっても、仲良くならなければイベントは発生しないし、親密度や相手の要求するステータスを満たさないとそもそもエンディングまで進まない。
条件を満たした相手としか、そもそもエンディングにならないのだ。それは確かに攻略ともいえる。
そもそも攻略というが、それはちょっと違うのかもしれない。夫候補達は皆が一様に私に選んで欲しいと言ってきている。
これは、本当は逆なのでは? 私が攻略される側なのでは?
そう考えると、しっくりくる。
これは私が攻略されるゲーム、いや現実なのだ。なんてこと!
私はふと隣のユーエンを見た。
私は今、ひょっとして彼に攻略されかかってる?
「もうすぐ着きますよ」
彼はこちらを見ないまま、呟いた。
車に乗って、もう三十分も走っただろうか?
少し開けた窓から、潮の匂いがした。
いつもありがとうございます!
ブクマ登録、何気に増えてきて励みになっております。戦々恐々ながら、嬉しいです。期待に応えられるか心配ではありますが、頑張りますので気長にお付き合い下さい!
これから、各キャラと掘り下げてエピソードを盛り込んでいくことが増えます。皆さまの贔屓のキャラが分からないので、手探りではございますが、一応、エンディングを考えているキャラとは、全員絡む感じでいきますので、ご了承下さい。希望とかありましたら、感想とかで貰えると考慮出来るかと思います。
ちなみに今回は兄上の告白から→ユーエンのターンに入ります。ネタバレになるのでこれくらいにさせて頂きます。




