04 運命の邂逅
案の定、教会の中にも患者が溢れていた。まるで病院の待合室の様だ。娘は私達を二階へ案内した。
「ここは普段は簡易宿泊所を兼ねているんです」
まあ、様々な事情で宿を取れない人もいる。そんな人達に簡素ながらも食事と寝床を提供しているのだろう。
「こちらです」
階段を上ってすぐの部屋のドアを娘はノックした。
「聖乙女様、王都からの使者様をお連れしました」
「入って頂いて」
細い凛とした声が響いた。娘の名はアデルと言うのか。
私達は案内した娘に促されて、部屋に入った。
ベッドが一つの殺風景な部屋の中に、ハーフアップにしたサラサラな金髪の娘が椅子に腰掛けてこちらを見つめていた。その背後には白いローブを纏った男が佇んでいた。
「使者様、初めまして。私はアデルと申します。こちらは護衛兼助手の兄のアルヴィンです」
娘は立ち上がって私達に深々とお辞儀をした。
柔らかい物腰の華奢な娘で、なかなかの美少女だ。
年の頃は私と変わらないか、少し年下だろうか。
ただ、私は兄だと紹介されたアルヴィンが引っかかった。フードを目深に被り、軽く会釈しただけで私達とまともに目を合わせようともしない。
娘──アデルはその様子に気付いたようで、慌てた様子で言った。
「申し訳ありません。兄は人見知りで」
「別に気になどしていない。それより君が聖乙女だというのは間違いないのか?」
そのものズバリ、マシュー王子は核心をつく問いを投げかけた。
「私が自分で聖乙女だと名乗ったことは一度もありませんが、周囲の者達は私が聖乙女だと信じで疑ってはいないようです」
うーん、つまりアデルは聖乙女と自分で自称している訳ではなく、あくまで周りがそう祭り上げた形を主張するんだな。
「既に王都で聖乙女が立ったと発表があった筈だが?」
マシュー王子の婚約発表と同時に相手が聖乙女だという事実は公表された。但し、私の名はまだ伏せた格好だ。
先の私の良からぬ噂話や、先の上層部の不祥事も含めて、私の身の危険を案じてマクシミリアン王子が結婚式当日まで私の名を伏せることに決めたのだ。
「もちろん、第二王子であらせられるマシュー殿下の婚約者が聖乙女だとは存じております。しかし、私がどんなに否定しても、皆は私が聖乙女だと信じて疑わないのです」
「自分は聖乙女ではないと?」
「……はい。使者様が仰る方が本物なのでしたら、私は違います。私は少なくともマシュー殿下のお相手ではありませんので」
それは当たり前だ! ここで婚約者だと主張されても困るけれど。
「あの、大事なお話の途中で大変申し訳無いのですが、治療を待っている方がたくさんおりますので……」
「あぁ、私達に構わず、治療は続けて構わない。このまま見学させて貰っても?」
「それはもちろん」
アデルは一貫してとても殊勝な態度だった。彼女は否定はしているけれど、女性で聖属性魔法つまり回復魔法を使える=聖乙女でしかありえない。本来男性のみが扱える属性魔法を、女性が使える時点で、自分が聖乙女だと認めざるを得ないのに。
マシュー王子は黙ったまま、腕を組んで壁際に立ったまま、呼ばれて入ってきた患者を治療するアデルを厳しい視線で見つめていた。
私達の目の前で、次々と患者に回復魔法をかけていく。兄であるというアルヴィンが痛がる患者を押さえたり、時には支えたりしながら甲斐甲斐しく働いていた。
二人で協力して、どうやら治療を行なっているようだ。
「どう思う?」
二人には聞こえないくらいの小さな声で囁いて、王子が私に意見を求めた。
どうも何も、回復魔法をかけているのは一目瞭然だった。
しかし、王子が私に訊いているのはそういうことではない。
「回復魔法なのは間違いないです」
トリックらしきものは見当たらない。私の目線からも魔法は本物のように見えた。アデルは見るからにかなり重症な者も難なく治療していく。
「やはり、身柄を保護して王都へ連れて行く他ないか」
溜め息混じりで王子がそう呟くと、次の順番になって部屋に入って来た一人の老人が壁際に立って治療を見守る私達がどうにも気になったようで、
「こちらのご立派な方々はどなたでしょう?」
「そちらは、王都からお見えになった使者様です」
すかさずそう答えたアデルに、老人は驚いた様子で私達に向かって大声を上げた。
「では! やはり聖乙女様をお迎えに参られたのか!?」
老人は震える低い声色で、私達を睨みつけながら言った。
そして次の拍子には、マシュー王子の腕を掴んで半ば半狂乱になりながら叫ぶ。
「我らの聖乙女様を、王家になど渡してたまるものか!!」
「下がって!」
私は慌てて老人を王子から引き離そうとした。
どんな輩が賊として、潜んでいるか分からないからだ。この一見素朴な老人も、凄腕の殺し屋の可能性だってゼロではない。
要人警護の常識として、体に染み付いた反応だった。
老人の腕を後ろ手に捻り上げて床に押さえつけ、私はマシュー王子を振り返り声を掛けた。
「殿下、お怪我は?」
「何ともないよ。とりあえず離してやれ」
その一言で、私は失態を犯してしまったのだった。一応お忍びで来ているのに、殿下と声を掛けてしまうだなんて!
私は呻き声を上げる老人から手を離し、愕然とする。
「ひょっとして、マシュー殿下でいらっしゃいますか?」
アデルが慌てて席を立ちマシュー王子に深くお辞儀をした。
「存ぜぬこととはいえ、大変な失礼を!!」
「君のせいではないし、この老人の言い分も分かる。私の護衛が少々やり過ぎたようだが……」
老人は床に押さえつけられた際に、抵抗して少し肩を痛めたようだった。痛む箇所を手で押さえて、なかなか立ち上がることが出来ない。
私はその場で回復魔法をかけた。すると老人はみるみるうちに痛みが取れたようだ。
「おお!!」
「こちらは聖騎士様でしたか……」
アデルがそう呟く。
軽装ながらも帯剣している私が、回復魔法を操る時点で聖騎士なことは明白だった。正確にいうならば元だけれど。
「私の護衛として同行させている。彼は聖騎士のユージーンだ」
アデルはそこで私に向かって「改めてご挨拶をと」深く頭を下げた。アルヴィンもそれに倣って私に礼をした。
「何事ですか!? 聖乙女様はご無事でしょうか!?」
騒ぎを聞きつけ、案内役の娘とこの教会の神父であろう人が部屋に飛び込んで来た。
「無礼ですよ! こちらのお方は第二王子のマシュー殿下にあらせられます」
毅然とした態度のアデルに、二人は慌てて私達を振り返る。
マシュー王子の落ち着き払った様子を見て、その正体を察したようだった。
「これは大変な失礼を」
「知らなかったんです。どうかお許し下さいませ!!」
娘の方は恐縮しまくっている。そりゃあ、王子に向かって列に並べだなんて言ってしまってたもんな。
「聖乙女様は、殿下の御婚約者であられましたね。殿下御自らはるばるお迎えに参られたのですか?」
神父様が少し心配そうに、マシュー王子に恐る恐る尋ねた。
やはり神父様も、アデルがここを離れるのは忍びないのだろうか。
「まあそんなところだ。よって、この娘は連れて帰るが、邪魔はしないでくれよ?」
「全て殿下のなされるがままに」
頭を深く下げる神父様に、異議を唱えたのは案内役の娘だった。
「そんな! まだ治療を望む患者さんはたくさんいます!! 聖乙女様がここを離れたら、残された病人や怪我人はどうすれば良いのですか!?」
娘の気持ちは分かるが、このままアデルを見過ごすことは出来ない。聖乙女として、この街で認知されつつある彼女を、絶対に放っておくことなど出来ないからだ。
彼女の真偽を確かめる必要がある。それはここでは不可能だ。
「聖乙女の本来の役目は聖殿に入り、国の平安を神に祈ることだ。ここで治療するのも、彼女の慈悲深い心からなのだろうが、彼女一人で救える命にも限界がある。聖殿に入れば、必ず神の恩恵が国中に行き渡る。さすれば、今ここで救える命よりもっとたくさんの命を救えるに違いないからだ」
マシュー王子にそこまで言われてしまうと、娘も黙り込む他ない。
聖乙女はいずれ聖殿に入り、その役目を終える日まで国と国民の為に祈る。それは昔からこの国の民なら皆知っている揺るぎない事実だった。




