03 もう一人の聖乙女
マクシミリアン王子と一曲だけ踊り、有無を言わせず三人でそのままホールを後にし別室に移動した。そこで私はようやく緊張から解き放たれた。
「やっぱりああいった場所は慣れません」
それ以前に私を見る周りの目が思ったより冷ややかだったことが何よりも堪えた。例の傷害事件の発端で、悪女の風評まで持つ私が王太子であるマクシミリアン王子とも踊り始めたことによって、まるで視線が突き刺さるようだった。
「あー、もっと君と踊りたかった」
駆けつけ一杯の如くワインを飲み始めたマクシミリアン王子が、残念そうな声を上げながら、私の隣にすかさず座った。
「連続で踊ってもいいのは、普通はパートナーだけだ」
マシュー王子が呆れたようにそう言うと、ちぇっ、と舌打ちしてソファーに深く腰掛けて、マクシミリアン王子は長い足を組み替えた。
「いっそ、もっと露骨なくらいの方が良かったかもな。半分妬みだろう? ジーンが誰より美人なのは間違いない」
はぁ、本当にこの兄弟は。私を買い被るにも程がある。
「そんなことをしてジーンが襲われでもしたら、どうするんだ? 兄上への求婚の申し込みだって、後を絶たないのだろう?」
「お前達が婚約を発表した途端にだ。ジーンの夫候補でいれたわずかな間だけが平穏な日々だったよ」
それはマクシミリアン王子には申し訳なかったけれど、私は一人しか選ぶことは出来ない。
「まぁ、本題に入ろう。実は海沿いの街シーガーデンで、聖乙女が現れたと噂が広がっている」
「えっ!?」
私は王都を離れてはいない。一体どういうことなのだろう?
「黄金の髪に青い瞳をした大変な美少女だとの噂だ。都会の喧騒に飽きて、お忍びで滞在しているとのことだ。さて、この偽物を一体どうしてくれようか?」
「ジーンの偽物だというのか? そんなことをして、一体なんのメリットが?」
「さあ? 街の教会で、無料で治療を行なっているそうだ。本物でもない娘に、そんな力があるとは到底思えないが。そこでだ、お前達がその娘の真偽を確かめに行ってくれないか?」
マクシミリアン王子はそこにマシュー王子と共に本物の私が現れて偽物を糾弾すれば、私のイメージ回復になるとでも思っているのだろうか?
「あの、その娘がもしかして本物とは限らないのでしょうか?」
私の頭によぎるのは、元々私はこのゲームの世界では攻略キャラの一人であって、決して聖乙女である主人公ではなかったという点だ。その点はアレックスとも話はしたけれど、もうあくまで同じ世界での別物だと把握するべきだという結論に達してはいたけど。
「マヌエルの話では、当代に聖乙女は唯一人。力の衰えに応じて次代の覚醒はあり得るが、古い文献にも聖乙女が二人立った例は一度としてない」
うーん、それならやっぱり私が本物なのかな。
「ジーン、君が本物なのはクロエからのお墨付きなんだからな、自信を持て。君は初代の直系だろう?」
「君が間違いなく本物だ」
マシュー王子が私の顔を覗き込んで、言い聞かせるようにそう何度も繰り返した。
それに自分が持つこの高い魔力こそが、何よりの証でもあった。いたずらに浄化魔法をあちこちかけてみたり、魔力を消費してみたことがあるけれど、まるで尽きる気配すらなかった。今の私の魔力は男の時の魔力とは桁違いなのだ。
それでも、私の脳裏に少しはよぎる。もし私が聖乙女ではなく、ただの娘なら……聖殿に幽閉されるような生活を強いられずに済む。
もしその聖乙女を名乗る娘が本物ならば、私はただの娘に戻れるのではと……。
でもそれはその娘を犠牲にすることで、私が自由を手に入れるに等しい。そんな考えをしてしまう自分が浅ましくもある。私は少し自己嫌悪に陥ってしまった。
「どちらにせよ、聖乙女を名乗る娘が他にも存在していることは間違いない。とりあえずジーンの正体は伏せて、探って来てくれ」
翌日、私とマシュー王子は噂の娘に会う為に、王都から少し離れた海沿いの地方の街シーガーデンにはるばる足を運ぶことになった。朝一の列車に乗り、昼過ぎには何とか現地の最寄駅に到着した。
私は男装し、マシュー王子の護衛ということになっている。
私達は駅から手配してあった馬車に乗り、早速目的地の教会まで向かうことにした。
シーガーデンは漁業が盛んな港町だ。幸いにも今年は豊漁らしく町は活気付いていた。
「何となく潮の香りがします」
「海沿いの町だからね。ここの魚は新鮮で美味い」
王都でも魚は食べられるけれど、どうしても鮮度は落ちる。火を通して食べるのが一般的だ。
「さあ、あの丘の上の教会が目的地だな。ただどうやらここからは徒歩で行く必要がありそうだな」
教会へ向かう緩やかな上り坂は、人々の列で溢れかえっていた。これだけの人が、聖乙女に治療を求めて?
私達は仕方なく馬車を降りる。マシュー王子が列に並ぶ老婦人に話し掛けた。
「すまない、これはこの先の教会にいるという聖乙女に会う列だろうか?」
「そうだよ。みんな聖乙女様に治療をしてもらう為に並んでいるんだよ」
ざっと見ただけで百人以上いるだろう。
「本当にありがたいよ。私達のような貧乏人は、病院にもなかなか行けない。その点、聖乙女様は無料で治療をして下さる。本当に天から遣わされた方なのかもねぇ」
ここに並ぶ人達は、少なくともこの先にいる娘が本物の聖乙女だと信じて疑わないのだろう。
「とにかく本人に直接は会わなくては」
私達は列を横目に坂を上り、教会の敷地へと入った。
そこでは炊き出しも行われており、既に治療を終えたらしき者達や、見るからに浮浪者らしき者が大勢詰めかけていた。
「治療した上に、食事まで提供するか。一体ここの聖乙女とは何者なんだろうな」
「特に具合の悪い方は、先に申し出て下さい!」
教会の入り口付近で、大きな声で患者達に呼び掛ける若い小柄の娘が目に入った。
一応列に大人しく並んではいるものの、杖をつく者、息子らしき人物に背負われる老人や、小さな子供を抱えた母親など様々だ。
私とマシュー王子は、小柄な娘に直接尋ねることにした。
「聖乙女に会いたいのだが?」
「聖乙女様は順番に治療をしています。治療をご希望でしたら、列にちゃんと並んで下さい」
少し怪訝そうな顔をして、娘はそう切り返した。
「なるほど。だが私達は治療に来たのではない。聖乙女なる人物に会いに王都から参ったのだ。取り次いでもらえぬか?」
マシュー王子はあくまで要件のみを淡々と伝えた。しかしその態度からは相手に否とは言わせない、そんなオーラが感じられた。
「少しお待ちを」
さすがの娘も気圧されたらしく、しおらしく小さくお辞儀をするとさっと教会の中へと入って行った。
待つことしばし娘が出て来て、私達に建物の中へ入るように促した。
「聖乙女様がお会いになるそうです。中へどうぞ」
マシュー王子は私を小さく振り返り、
「行くぞ」




