01 星空の下での求婚
マシュー王子とのエンディングです。
大体十話ちょっとの話になるかと思います。
本編64話からの続きとなります。
一応別キャラとのエンディングはパラレルワールドですので設定などに多少違いがあります。
部屋のドアをノックすると、マシュー王子が不機嫌そうな顔で顔を出した。
「ジーン!?」
私の顔を見て、表情が見るからに明るくなる。
まるでパッと陽が射すかのように。
「……どうぞ。綺麗な所ではないけれど」
まあ確かに城内の彼の部屋に比べたら、ここは見る影もない。うちの宿の部屋のが数倍もマシだろう。
「歴史を感じる趣じゃないですか?」
私はこういった雰囲気は割と好きだ。窓のない暗い部屋だけれど、まるで遺跡の中で眠るようで。
部屋の作りは私の部屋とは左右対称で、ベッドの位置が逆なくらいだった。
この部屋には椅子もなく、座るとしたらベッドに腰掛けるしかない。それはこの密室ではかなりヤバイ気もする。
「それで、ここで眠る気もない私の所に、敢えて一人で来るなんて、これは期待してもいいのかな?」
「私は話に来たのです」
彼はちょっと笑って、私に座るように勧めた。
私は躊躇ったけど、ここで断るのも気が引けたので素直にベッドに腰を下ろした。
マシュー王子もすかさず私の隣に座る。それもかなり密着して。
「話とは何だ? 愛の告白ならいくらでも聞こう」
「真面目な話なんですけど?」
私が彼と話したいことは、もちろん聖乙女の契約破棄の問題だった。彼はどうやら契約を破棄することに反対のようだから。
それは王家の人間としては、仕方ないとも思える。
聖乙女とはただのお飾りではない。大国に挟まれた我が国の唯一のアイデンティティとも言える。
神の加護を受けた国、それだけでも充分意味があるのだ。
「契約の破棄の話ならしない」
「えっ!?」
マシュー王子は、まさに私の出鼻を挫くように前置きして話し始めた。
「その話ならきっと平行線だ。私は君を愛しているが、それとこれとは話は別だ。神との契約を破棄するなんて、この国の民を危険に晒す行為だ」
私はただ黙り込む。何も反論が出来ない。
「すまない。君をその役目から解放したいと思う気持ちはもちろん私にもある。だが、千年の間続いてきた契約を、私達の一存で破棄してもいいものなのか、判断がつかないんだ」
革新的なマクシミリアン王子とは対照的な人なんだ。
何よりも国を憂えて、民を一番に考える。この人もまた、この国にとってなくてはならない人。
「分かりました。私はもう契約破棄をあなたに同意しろとは言いません」
「まあ、あの父上が簡単に禁書を貸してくれるとも思えないからな。兄上が即位してどうするか。それもまだ、ずっと先のことだろう」
この一件の根本的な問題はそこだった。
肝心の禁書を手に入れないことには、どうにもならない。
「君は、やっぱり辞めたいのか?」
ふと聞かれて、私は当たり前のように答える。
「──それはもちろん」
そもそもヒロインの立場だけれど、ゲームと違って現実は厳しい。早く子供を産まないと自分の寿命が尽き、その後も殆ど幽閉同然の生活を強いられるだなんて。いいことなんかない。
まあ、確かに夫候補は揃いも揃って高スペックのイケメン揃いだけれども。それくらいが救いなのかな?
「とりあえず、目の前の問題から片付けないか?」
マシュー王子は、私の顔に顔を近付けて小さく囁いた。
「君の寿命の問題だよ」
クロエ様に貰ったブレスレットの効果はせいぜい三ヶ月だ。結局、早く子供を作らなければ私は早々に死ぬ。
今のところ、体に特に異変は感じられない。本当に死ぬと言われても、いまいちぴんと来ない。
彼は突然立ち上がり、少し迷っていた風だったけれど、
「やっぱり、こんな所ではダメだ」
そう言うと、私の手を取って部屋の外に出た。
彼に連れられて私達は地下を脱出した。外は山の上のせいか、少し肌寒いくらいで、空を見上げると満点の星空が降るようだった。
マシュー王子は私を振り返って、切なそうな表情でじっと見てきた。
ただならぬ雰囲気に私も思わず緊張する。
「ジーン、私は君に恋い焦がれている。これ以上ないくらい」
そしてポケットから一つの指輪を取り出した。
銀の凝った細工のされたダイヤモンドの指輪だった。
「どうか、私を受け入れてくれ。一生大事にする」
これは完全にプロポーズだ!
今、ここで? 差し出された指輪を受け取れば、求婚を受け入れることになる。
「本当はデートの後でちゃんとしたプロポーズをしたかったのたが、ライバルもたくさんいるし、君にあまり時間がないことを考えると、躊躇っている暇などないと思って」
そういえば、デートするって話があったんだっけ?
何だか有耶無耶になってしまっていた。しかし彼はずっと機会を伺っていたんだ。
「生涯、私が愛するのは君一人だけだ。愛してるジーン」
彼の淡いペールブルーの瞳が、真摯な色を映してただ私を見つめた。彼の愛はずっとまっすぐでぶれない。
思えば彼は、ずっと最初から私に求婚し続けていた。
遊び人と名を馳せた彼が、全ての女性関係を清算したと聞いた時は、彼が本気なのだと思い知らされた。
私がエステルに襲われた時には、自分の身の危険を顧みず、私を庇ってくれた。
私のような中途半端な人間に、一途に愛を誓ってくれる。
心が動かされない訳がない。
私は彼に向かって、ゆっくり左手を差し出した。
彼は目を見開いて私を見た。
「ジーン?」
私は少し微笑みながら頷く。
彼は震える手で私の薬指に指輪を嵌めると、そのまま私を痛いくらいきつく抱き締めた。
「本当に? 私と結婚してくれるのか?」
彼は興奮冷めやらない様子で、私に何度も聞き返した。
いつも自信満々な兄君と違って、こういう所が彼らしい。
「……信じられない」
「本当ですよ」
私が答えると、彼は嬉しそうに愛しさの溢れる優しい目で私を見つめた。
ゆっくり彼の顔が近付いてきて、私は目を閉じた。
最初は優しいキスだったけれど、それは段々と激しさを増した。まるで食べられてしまうかのようなキスをされた。
五分、十分とそれが続き、延々と続くかのように思えた。
キスする場所もエスカレートしていき、首筋や胸元、そしで彼の手があんな所にまで触れ初めて、私はさすがに体を離した。
「あ、あの殿下」
「ああ、すまない。つい抑えられなくて」
さすがに外ではマズイ。そんな勇気もないし、彼も我に返ったようだった。
「大丈夫、クールダウンするから。もう今日は休もう」
彼は私を部屋まで送ってくれて、別れ際にこう言った。
「明朝、君との結婚のことを皆に言うから」
「分かりました」
翌朝、私達の結婚発表に、皆は驚きの声を隠せなかった。
反応は本当に様々で、兄上とアレックスは半狂乱になっていた。
彼との結婚が決まって、私の身の回りは慌ただしく変化した。
王都に戻ると、彼は王都郊外の屋敷に私を住まわせた。
結婚まで、私はここで過ごすことになった。
なぜ城外に私を住まわせるのか、その理由は明白だった。
私を人目に晒すのを、彼が極端に嫌ったのだ。
もう十年以上も現れなかった聖乙女が、現れるなり多くの求婚者の中から第二王子を選んだことは、あっという間に国中に広まり、注目の的だったのだ。
長年の作物の不作による食糧難からくる物価の高騰、皺寄せは最下層の庶民の生活を直撃していた。
聖乙女の不在が響いているのだと、国民皆が感じていた。
国王の打ち出す政策はどれも決め手にかけ、この長い苦境を打開出来ずにいた。
不満の矛先は、知らぬ間に王家と私に向いていたのだ。
過去に国王陛下に求婚されていた事実も相まって、噂が噂を呼び、王や王子を手玉にとる悪女とも、傾国の美女とも揶揄され中傷の的にもなっていた。
マシュー王子はこのことを重く見て、挙式までは私を表舞台には出さず隠すことに決め、婚約発表の際も私の名前すら非公表にしたのだ。
そして婚約したとて彼は王子。まだ彼と自分の娘の結婚を諦めていない貴族がわんさかいた。
第二王子ということで、王太子の兄君より家格を重視する必要のない彼は、まさにこの国の中での最上の優良物件中のそれだった。
あわよくば娘を側室、つまり第二夫人にでもと、目論む輩が後を絶たなかったのだ。
元々彼は好色で知られた人物で、様々な令嬢や夫人と浮名を流していただけ、容易く思われていた節もある。
「それにしても、婚約したと発表した途端に、縁談の話があちこちからまた懲りもせず……」
彼は眉根を寄せながら、送り付けられた縁談の書状を睨みつけた。
「普通は減るところだろうに」
私は苦笑いで、お茶を淹れる。
メイド達は気を利かせて部屋にはいない。
「むしろ結婚する気になったからかもしれませんよ? たとえ側室でも、殿下と結婚したい娘はこの国には腐るほどいます」
彼は私の隣に腰を下ろして、お茶を口に含む。
「君も?」
「もちろんそうです」
私が即答すると、彼は少し怪訝そうな顔をした。
カップを置いて、私の顔をじっと覗き込んだ。
「だったら、最初に求婚した時になぜすぐに応じなかった?」
「……それは」
私は視線を逸らす。正直、私は彼が苦手だった。
あの頃は、まだ体が変わって間もなかったし、心も何もかもが現実に追い付いていなくて。
もちろん、本気になれば一途な人だとは分かってはいたけれど、突然聖乙女になってしまって、次々と夫候補が現れて色々と収拾がつかなくなってしまったから。
「分かってる。君が私を信じられなかったのだろう? 他にも君に求婚する奴がたくさんいたしな」
マシュー王子は私の肩を抱き寄せ、私はその肩に頭を乗せた。
「突然私を強引に連れ出したり、娼館に引っ張り込まれたりでかなり戸惑ったんです。そんな中で求婚されても困惑するだけでした」
「あの頃の君は、まだ聖騎士で真面目に仕事をしていたな」
聖騎士になるのは幼い頃からの夢だったので。
体の弱かった兄上に代わり、私が家を支えないといけないと必死だったのだ。
ほんの数ヶ月前のことなのに、随分と昔のことのように思えた。
「それが今や、私だけの君だ」
マシュー王子は、私の髪を優しく撫でた。
「今や君は時の人だ。皆がこぞって君のその姿を一目見たいと躍起になっている」
でもそれは悪い意味でだろう。さすがにここに籠っている私でも、メイドや使用人を通して噂くらいは耳に入る。
私は表情を曇らせて彼に問う。
「私が悪女呼ばわりされているのをご存知ですか?」
マシュー王子は途端に顰めっ面になる。
王子は少し躊躇った後、溜め息をついて話し始めた。
「やはり人の口に戸は立てられないか。君の耳になるべく入らぬように釘を刺して置いたのだがな」
私が憮然とした表情で睨むと、王子は渋々噂があることを認めた。
「……そうだ。君が父上と兄上と私を天秤にかけたとね。大方、王家に縁談を申し込んで断られた奴らが流したものだろう。気にすることはない」
噂というものはいつも一人歩きをして、事実とはてんで異なる
ものになってしまっている。
反論することも許されず、ここで王子に守られているだけの私は何なのだろう?
「君はおとなしくここで過ごしていればいい。そのうち噂など忘れ去られる」
彼はそう言いながら、私にキスをした。
「ジーン、愛してる」
そのままソファーに意図も簡単に押し倒されてしまった。
このままではダメだ。漠然とその思いが浮かぶ。
私に出来ることは少ない。それでもやらないよりはマシだと思えた。
「殿下、ちょっと待って!」
彼を慌てて押し留めて、私は体を起こした。
乱れた着衣をサッと整える。
「やっぱり、ここでこのままではイヤです」
「え? それならベッドに行くか?」
私は何とも言えない顔をして、溜め息をついた。
「……いえ、そうではなく」
言い方が悪かったと思いながら、私はゆっくり説明した。
「殿下が私を守る為にして下さっているのは分かります。でも、私はやっぱりこのまま何もしないのもイヤです」
マシュー王子は、少し驚いた顔をしながらも小さく頷いた。
「やっぱりおとなしく、守られる君ではないか」
いつも読んで下さりありがとうございます。
マシュー王子編ようやく始まりました。だいぶ以前に書き上げていたものを修正しながら載せています。
ただ途中の展開がかなり当初と違ってしまい、殆ど書き直しになってます。ゆっくりめの更新となってしまいますが、気長にお付き合いよろしくお願いします。




