14 二人だけで……。《最終話》
「あ、目が覚めたのかい?」
控え室に置いてあったソファーでいつのまにか気を失っていた私は慌てて体を起こした。
隣のソファーで本を読んでいたニコラス様が、すぐさま立ち上がって心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「気分はどう?」
「とりあえず大丈夫ですけど。式は!? 今何時ですか?」
結婚式は確か正午からだった筈。私はどのくらい気を失っていたのだろう?
そしてなぜアレックスが聖乙女の呪いを解くことが出来たのだろう? 疑問は尽きないけど、とりあえず今日の式がどうなったのか一番気になった。
「もうとっくに陽は落ちて、夜の八時を回ったところだよ」
そんなに!? じゃあ結婚式は今日はもう出来ない?
サッと顔色を変える私に、彼は安心させるように少し微笑んでゆっくりした口調で話した。
「大丈夫。これから式を挙げよう」
「これからですか?」
「そう、これから」
彼は立ち上がって、用意してあったブーケを私に手渡した。
こんな時間では、式に参列する予定だった家族や招待客もとっくに帰ってしまっているのでは?
そんな私の懸念をよそに、ニコラス様は至って冷静だった。控え室を出て、教会の裏口から私に外に案内した。
確かに既に辺りは真っ暗闇で、虫の声しか聞こえなかった。
「君は教会の表から入場して来て。私は中で待っているから」
彼はそう言うと、裏口の戸を閉めてしまった。
私は仕方なく教会の表に回った。
ぴったりと閉じられた両開きのドア。私は意を決してドアを開いた。
薄暗い蝋燭の灯りだけの中、照らされる赤いバージンロード。その先の祭壇の前にニコラス様が立っていた。
そして何と驚くべきことに、教会内には神父とニコラス様の姿しかなかった。参列者の姿が一人もない。
「これは……」
「ジーン、大丈夫だからおいで」
まさかこれは二人だけで結婚式を挙げるということ?
式のことは殆どグレース様任せで、招待客のことなど全部お願いしてしまっていたけれど、本当に急に式を挙げることになったので実は少し不安もあった。今朝も屋敷で準備を済ませた私を送り出す時に、そういえば思わせぶりな態度だった。
元から、私達二人だけの式を行う予定だったんだ!
納得した私は、ゆっくりと足を踏み出した。
祭壇の前で彼と見つめ合い、囁くように彼が言った。
「どうせなら、二人だけで式を挙げたいと義姉上にお願いしておいたんだ」
「秋にまた挙式するからですか?」
「……それもあるけど。昔、私の両親がこの教会で二人だけで式を挙げたんだ。だからどうせなら二人を倣いたくてね」
なるほど。そういう事情だったんだ。
「ごめん、君に相談もせず勝手に決めて」
確かに普通に考えれば、そんなに急に皆の都合が合う訳がない。
「いいんです」
それに何より、二人きりなんて少しロマンチックだ。
聖騎士のサーコートに青いマントを纏った正装姿の彼は、いつにも増して凛々しく素敵だった。
いつも割と内務仕事の多い彼は鎧を付けないことも多いから、こんな姿を拝めるのはなかなか珍しいことなのだ。
「それでは式を始めても?」
少し困ったように神父様が仰って、私達はお互い苦笑いをしつつハモるように答えた。
「はい、始めて下さい!」
──季節は巡り、私が女になってしまって一年と少しが経った。
あの後、なぜアレックスが私の──聖乙女にかけられていた呪いを解くことが出来たのか、詳しい事情は訊けなかったけれど、私達の性別を入れ替えた呪いがどうも関係しているのではと、内心思っていたりする。
「可愛いわね、本当に」
屋敷の一室、グレース様が張り切って用意した子供部屋で、私達はベビーベッドにようやく寝かしつけた子供の顔を見て一息ついた。私が先日産んだばかりの息子のルークだ。
「やっぱりニックの小さい頃に似てるわ。でもジーンにもちゃんと似てるから不思議ね」
グレース様って、一体お幾つなんだろう? 結局年齢は聞けないままになっている。
そもそもヒューバート様とニコラス様はかなり年の離れた兄弟らしいけれど。
「私がヒューと結婚したのは十六の時だから。ニックがまだ生まれて一歳だったかしらね」
えっ、そんなに離れてるの!?
グレース様は小柄で可愛らしい方だから、もっと若いか思っていた。
「それにしても髪の色がこんなに薄いだなんて。殆どプラチナブロンドよこれ。あなたも綺麗な金髪だけれど、子供の頃からそんな色?」
「私は髪の色は昔からこんな感じですね。そういえば、ニコラス様の髪のメッシュの部分が白っぽいですもんね」
生まれた息子の髪は、綺麗なプラチナブロンドで、黄味が強い私の髪とは明らかに色合いが異なる。
「そういえばそうね。子供の頃からあんな髪だったけれど。あれ、てっきり若白髪かと思ってたわ。ほら、あの子ってちょっと神経質なところがあるでしょ?」
神経質で白髪!? さすがにそれは…。
「それはちょっと酷くないですか? 義姉上」
突然上がった抗議の声に、私達はドアの前に視線を向けた。開け放していたドアから、ニコラス様が苦笑いで入って来た。
「お帰りなさい! 早かったんですね」
「ただいま。──ていうか、君を迎えに来たんだ」
先日、とうとう国王陛下が退位なさって、マクシミリアン王子が即位したのだけれど、連日各国から新国王への挨拶に要人が訪れていて、その警護の仕事で忙しくしているのだ。
私は聖乙女の名だけ受け継いだ形になり、聖殿に入ることもなく、この屋敷から公務に直接出掛けている。
「陛下より、今夜の晩餐会に君も出席せよとのお達しだ。聖乙女としての公務だからね。なので義姉上、ルークを頼みます」
「分かったわ、いってらしゃい」
私は急いで出掛ける準備を整え、彼と馬車に乗り込んだ。
二人きりになるなり、ニコラス様がぼやいた。
「本当に義姉上には参るな。私ってそんなに神経質だろうか?」
「まぁ、確かに完璧主義なところはあるかも」
確かに言われてみると彼は神経質な方なのかもしれない。私もどちらかと言うと真面目な性格なので、彼の細やかな気遣いや仕事ぶりはとても素晴らしいと思うのだけれど。
「そうかぁ、これは白髪に見えるのか。やはり染めた方がいいのだろうか?」
彼が自分の髪を一房摘みながらそう言うので、私は思わず大声で叫んでしまった。
「ダメ! そのままで!!」
彼の髪のメッシュは特徴的で、とても素敵なのだ。
よくよく見ると白い髪は白髪でなくプラチナブロンドなのだと最近気付いた。そう、私達の子供の髪の色は、彼のメッシュの髪の色そのもの。
「ルークと同じ色なんです。だからそのままで」
「分かったよ。君がそう言うなら、そのままにしておこう」
途端に肩を抱かれ、彼に引き寄せられた。なかなか子供が生まれてからはこうして二人きりになれる時間は少ない。
ニコラス様も仕事が忙しいし、私もなんだかんだで公務としてこうやって出掛けることが多い。
それでもとても幸せなのだと、実感する。
目まぐるしい一年だったけれど、憧れの人と結婚してその素晴らしい家族と共に暮らせる。
私はしばし優しい夫の肩に身を寄せて、その幸せを噛み締めるのだった。
《完》
いつもどうもです!
ようやくニコラス編最終回です。
だらだらと長くなってすみませんでした。加筆修正するうちにどんどん長くなってしまい……。
とにかく残り二人!!
亀更新ですが、何とか終わらせたいと思っていますので、もう少しお付き合い下さると嬉しいです。




