13 結婚式の前に
その日は、一日とても慌ただしかった。グレース様と宝飾店を訪れ結婚指輪を選び、花屋でブーケを注文した。
これで明後日の結婚式の準備が大体整ってしまった。
そして最後に式を挙げる教会に寄った。それは王都の中心から少し外れた場所にあり、建物も小さくかなり古いが由緒正しい教会なのだという。
王都の中心にある大聖堂とは大違いだった。
あちらは国内外にも知られる程、荘厳で優美な建築様式で知られている。この国の観光名所にもなっている場所だ。
まあ、収穫祭に合わせて行われる私の結婚式は大聖堂と決まっているのだけれど。
「私達もここで式を挙げたのよ」
「そうだったんですか」
侘しい佇まい。しかし中に入ると少々狭いながらも、手入れが行き届いていて、きちんと掃除もされていた。
清浄な気で満たされているのを感じる。
「ようこそグレース様」
法衣に身を包んだ穏やかそうな初老の神父様が現れ、私達に向かって頭を下げた。
「ご機嫌よう、神父様。急にお願いして申し訳ありません」
「いいえ、構いませんよ。こちらが花嫁の聖乙女様ですね?」
私は神父様に改めてお辞儀をした。
「やはり特別な清らかな気を纏っていらっしゃる。そして人一倍見目麗しい。これは美男美女の新郎新婦になりますね」
「でしょう? どこに出しても恥ずかしくない自慢の義弟夫婦なんです。といっても、殆どもう子供達ですね」
グレース様、そこは謙遜しないんだ……。
まるで自分のことのように嬉しそうに話している姿を見て、何だか嬉しくなる。
母上が生きておられたら、こんな感じだったのだろうか。
きっとそうなのだろう。
それから簡単に明後日の式の打ち合わせをして、私達は屋敷に戻った。翌日は仕事を抜け出してきたニコラス様と一緒に新たに構えたうちの屋敷を訪れた。
自分の実家だというのに、初めて訪れるなんてちょっと不思議なものだ。
親戚宅に長いこと滞在していた父上とは久し振りの対面だった。兄上はずっと仕事で城に詰めているらしく、家には戻っていないらしかった。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ニコラス・カーライルです。この度はユージェニー嬢との結婚の許可を頂き、誠にありがとうございます」
ニコラス様は父上と顔を合わすなり丁寧に挨拶をした。
父上はというと、兄上から報告を受けていたものの、聖騎士の格好のまま現れたニコラス様の凛々しい姿に圧倒されっぱなしの様だった。
「曰く付きの娘ですが、本当に良いのでしょうか? その、男として育ててしまいましたし……」
曰く付きって……父上も酷いな!
確かに私は一度、男としてアレックスと婚約しているし、国王陛下とも婚約同然の身でもあった。
「彼女の事情はもちろん存じております。元々女性だということも把握済みです。私にとってはこれ以上ない素晴らしい女性です。必ず幸せにするとお約束致します」
「そう言って頂けるのなら、私からは何も申すことはございません。こんな立派な方に貰って頂けるのなら、亡くなった妻も喜びましょう」
そう言うと父上は涙ぐんでしまい、話にならなくなった。
私が聖乙女として生まれてしまったばっかりに、幼い頃から父上と兄上には心配をかけてきた。聖乙女の直系の家系ということで、色々悩むこともあっただろう。
これで両家の挨拶は簡単に済んだことになり、私達はニコラス様と王都の郊外にある墓地を訪れた。
この墓地にはニコラス様のご両親が眠っているのだ。
「父上、母上。私の結婚相手をようやく連れて来ることが出来ました。彼女がジーンです」
墓石に花を手向けながら彼がそう言うと、私は何だか感慨深くなった。そして墓石に向かって両手を組んで祈りを込めた。
お二人とも、数年前に病で相次ぐように亡くなられたと聞いている。
私の母上も、私が幼い頃に病で亡くなっているので彼の気持ちはよく分かる。
「心根がまっすぐで本当に素晴らしい女性です。そして何よりも美人でしょう? あ、もちろん外見に惚れた訳ではありませんよ?」
確かにニコラス様は、外見はあんまり気にしなさそうな?
人柄重視なのは間違いないだろうけど。
私がそんなことを思いながらじっと彼の横顔を眺めていると、彼が私の視線に気付き、表情をぐっと和らげた。
「……すみません。外見に惚れた訳ではないというのは言い過ぎでした。彼女の内面も含めて外見も好きですね」
私はそれで思わずプッと吹き出してしまった。
あんまり素直に訂正したものだから、何だか彼が可愛く見えてしまって。
むしろ、聖人君子を地で行く彼の普通の人間っぽい一面が見えた気がして親近感すら湧いた。
「明日式を挙げます。そして彼女と二人で生きていきます。どうか見守ってて下さい」
そして私達は墓地を後にし、屋敷に戻ることにした。
「今度時間が出来たら、君の母上の墓参りもしないとね」
私の母上のお墓はうちの領内にある。王都にある墓地より、母上はなぜか領内にある小高い丘に葬られることを望んだのだ。四季折々に花が咲き乱れる丘で、うちの代々の先祖も何人かそこで眠っている。
私は屋敷に戻るなりグレース様に捕まり、メイド達の手により丹念に手入れをされることになってしまった。
ニコラス様はそんな私を尻目に、仕事に戻ってしまった。
忙しいのは分かるけれど、明日結婚式なのにー!!
そして、夜が明けて朝一番に仕上がり届けられた純白なウェディングドレスに袖を通し、教会の一室に設けられた控え室にいるのだけれど──。
「これは一体何事ですか?」
私の目の前には、マクシミリアン王子を始め、かつての私の夫候補達がズラリと勢揃いしていた。ただ一人アレックスを除いて。ニコラス様は新郎の控え室にいるのでもちろんここにはいない。
アレックスとは闇オークショーンで離れ離れになってから会ってはいなかった。ユーエンの手によって、無事に助け出されたことは聞いてはいたけれど。
「実は、聖乙女の契約を破棄する方法が見つかったんだ」
いつもの笑顔でマクシミリアン王子が言った。
「えっ!?」
では、国王のみが閲覧出来るという禁書をどうにかして入手したのだろうか?
「今回の上層部の不祥事で、父上にも類が及んでしまったんだ。ハワード宰相を始め罷免された大臣は皆父上の腹心達。公にはまだされていないが、父上の退位が正式に決まった」
つまり、例の禁書はもう王子の手に?
「禁書はクロエの手解きでラファエルが解読して、この聖乙女の契約自体が、どうやら一種の呪いであることが明らかになったんだ。そしてそれを解呪する方法も」
聖乙女の契約が呪い!? 道理で……今思えばあまりにも聖乙女は過酷だ。子供を産まなければ短命だなんて。
「では私は聖乙女ではなくなると?」
「便宜上、聖乙女という地位はなくせない。我が国は国内外にも聖乙女の存在があることによって神の加護のある国だと認識されているからな。大国に挟まれる我が国にとって聖乙女の存在はそれほど重要なんだ」
マクシミリアン王子の説明に兄上が補足した。
「神の加護のある国を、侵略するだなんて罰当たりだからな。この世界の人間は信心深い者が多い。だからこの国では聖乙女が古くから敬われ、特別な存在だったんだ。聖乙女がその座に就けば、確実に作物の収穫率が目に見えて変わる。恵の雨も降り、大規模な災害や疫病なども起こりにくくなる。何かしら目に見えない力が働いているとしか言えないんだ」
でも、それは本当は神の加護ではないということなんだよね……。それほど大きな力が働いているのに。
「……聖乙女の血筋にかけられていた強力な呪いだ。詳細は面倒なので省くが、呪いを代々継承させる為だけに、良い効果も付加したんだな。今回、呪いを解くことによって、その呪いの付加効果も消えるだろうが、今は昔とは事情も違う。まぁ滅多なことにはならんだろう。……俺はもう帰って寝たいんだが?」
ラファエルがとても怠そうに教えてくれた。いつもより顔色も悪く目のクマも濃い。きっと寝ずに禁書を解読したのだろう。
「じゃあ、さっさと結婚式の前に呪いを解いておくことにするか。ユーエン、アレックスを呼んで来てくれ」
マシュー王子がユーエンにそう告げると、彼はそっと頷いて部屋を出て行ってしまった。
アレックス? 呪いを解くのにアレックスがいないとダメなの?
しばらくして、ユーエンに連れられてアレックスがようやく姿を現した。俯き加減でなかなか私と目を合わそうとしない。
「アレックス、その、色々とごめんね」
「……いいんだ。僕の方こそ君に合わす顔がなくて」
ん? 一体どういう意味だろう?
「じゃあアレックス頼むぞ」
マクシミリアン王子がアレックスにそう言うと、アレックスはおずおずと私の前に出た。
「僕も言われるまで知らなかったことなんだ。本当にごめん。今君にかけられていた呪いを全て解くよ」
アレックスは躊躇いつつ、何か呪文のようなものを小さく唱えて胸の前で手を合わせた。たったそれだけのことで私の目の前が暗転した。
いつもどうもです!
長くなりましたが、次回ニコラス編最終回となります。今週中には更新したいと思います。




