12 大公家の新たな真実と意外な攻略対象
ユージーンの葬儀はひっそりと行われたようだ。
自殺という理由から、あまり派手にやる訳にはいかなかったようだ。
真相を何も知らされていない人々は、突然の死に、大層驚いて、涙したり。大体は、早まってしまったユージーンを惜しむ声ばかりだったと言う。
さすがにやりすぎなんじゃと、私はやってしまったことに再び落ち込んだが、それにはマクシミリアン王子がきっぱり言い切った。
「君は、男としても女としても中途半端だった。聖乙女になりながら、聖騎士も続けたいだなんて。確かに気持ちは分かる。だが、結局は面倒なことに巻き込まれ、自分の立場を危うくした。このままでは聖乙女としての本領も発揮出来ない。それは国家として損失だ。女になった以上、男は捨ててもらいたい。ユージーンという存在自体を、君から捨てさせる必要があったんだ」
彼が言うには、男としての人生を諦めさせるにはいい機会だったらしい。
今日は朝から、王子様方が私の見舞いに訪れている。
護衛のニコラス様はともかく、マシュー王子まで。彼は意識を取り戻してから、初めて顔を見る。
そしてアレックスにユーエンまでも。ちなみにアレックスは学校は休んでいるらしい。
「やり方は確かに乱暴だったかもしれない。君もしばらくは戸惑うだろう。だが、聖乙女の役目を蔑ろにしてもらっては困る。クラリッサ嬢は、あまりのショックに寝込んでいるそうだ」
マクシミリアン王子の言葉に、
「ざまぁみろだね! そのままショックで死ねばいいのに」
アレックスが悪態をつく。
「アレックス様、公女がそのような言葉を口にしてはなりません」
嗜めるユーエンに、アレックスはムキになった。
「誰のせいさ? ジーンは聖騎士に誇りを持ってた。お陰で、僕はジーンを二度と婿に出来なくなったじゃないか!!」
これには、王子二人が同じタイミングで溜め息をついた。
「アレックス、そもそもお前は兄上によって婚約破棄されてるだろ? それにお前は男だ。大公が恥をかきたくない気持ちも分かるが、やっぱりもう無理があるんじゃないか?」
マシュー王子の言葉に、アレックスは俯いた。
「そんなの、僕が一番よく分かってるよ」
「アレックスの問題も、そろそろどうにかしなければならないか」
マクシミリアン王子が呟く。
「叔父上の気持ちも分かるが、ジーン同様、アレックスも表向きに本来の性別に戻す必要がある」
「マックス兄様、父上をどうにかしてくれるの?」
アレックスとスターリングの縁談を強引に進めたあたり、大公殿下は、アレックスをあくまで公女として通したいようだ。
クラリッサを本当の伴侶としてだなんて。
やっぱりどうかしている。
「叔父上は、頭が非常に固い方だから、お前が性転換したことなど、到底受け入れられないんだろう。こんなことが明るみになったら、大公家はいい笑い者だろうしな」
アレックスは、ユーエンを振り返りながら、
「もういっそ、あのことををバラしちゃう?」
「!!」
このアレックスの言葉に、なぜかユーエンが顔色を変えた。
あのことって何だろう?
「なんだそれは?」
マクシミリアン王子が、アレックスに問い掛ける。
「ふふ、大公家のさらなるすごい秘密だよ。まあ、聞いたらみんな驚く」
アレックスの性別以外に、まだ何か秘密を?
「正直、外聞のいい話じゃないんだよ。ね、ユーエン?」
アレックスは開き直ってるのか、少し楽しそうだ。
いつも、ポーカーフェイスのユーエンの顔色が悪いのが気になる。どうしたんだろう?
「大公を説得する材料になるなら、話せ、アレックス」
マクシミリアン王子に催促されて、アレックスはユーエンの顔をもう一度見た。
「もう、黙ってられないよ? いいね?」
ユーエンは眉根を寄せて、吐き出すような呟いた。
「……好きにすればいい」
え? その口調は?
「実はね、ユーエンは僕の実の兄上なんだ」
「!!!!!!!!」
この衝撃発言に、さすがにみんな言葉を失った。
「もちろん、腹違いだよ。ユーエンの母君は東方の出身で、旅芸人の踊り子だったのさ。父上が結婚前に彼女に産ませた子供がユーエンなんだ」
なんと! ユーエンが大公の息子だったなんて!!
「異国人だからね、さすがに結婚は出来なくて。そのうち、ユーエンの母君が、自ら姿をくらましてしまったんだ。父上は、方々手を尽くして探したんだけど見つからず、ようやく見つけた時は、ユーエンの母君は病で亡くなってて、幼いユーエンが、それはそれはえーっと、酷い有様で」
ユーエン本人がアレックスの説明を捕捉した。
「生きていく為に、盗みや詐欺など何でもやりました。スラムでも評判の悪ガキでしたよ。そこを大公殿下に見つけられ、大公家に引き取られたのです。ただ、やはり実子という訳にもいかないので、将来アレックスを支える執事として育てられました」
どこか漂う気品は、やっぱり王族の血を引いていたから?
「なるほど、やはりただの執事ではなかったか」
「叔父上にしたら、これは大スキャンダルだな、隠し子がいるなんて」
王子達はそれぞれ納得し、マクシミリアン王子にいたっては、早くも何か思案しているのか難しい顔をしている。
当のユーエンはもう諦めたのか、心なしかスッキリとした表情だ。
じっと見つめていたら、彼が気付いて目が合ってしまった。
思わず顔を背ける。
ユーエンには色々恥ずかしい場面を見られている。
まさか、アレックスの実のお兄さんだったなんて。
「大公の庶子か。いっそ、アレックスよりユーエンを後継にした方が早いんじゃないか?」
マクシミリアン王子が言う。
「そうでしょ? そう思うよね? 色々面倒くさい僕より、ユーエンでいいじゃない、ねえ?」
「私は異国人です。幼き頃とはいえ、様々な悪事にも手を染めてきました。そんな人間が大公になれる訳がありません。そもそも大公殿下が私を認めないでしょう」
実のお父さんなのに、ユーエンは子供として認められず育ったんだ。それはちょっとかわいそうに思えた。
「そもそも、アレックスはユーエンをいつから兄だと知っていたんだ?」
「もちろん最初は知らなかったよ。僕が事故に遭って死ぬかもしれないってなった時、父上が、お前が死んだらユーエンを跡継ぎにするしかないなって言ってるのを意識が朦朧としてる最中に聞いちゃったんだ」
うわ、それは酷い。
「意識を取り戻して、ユーエン本人に確認した。実の兄さんなのか? って、そしたら本人も認めたんだ」
マクシミリアン王子は相変わらず考え込んでいた。
何か良い手でも浮かぶのだろうか?
「アレックスが死んだら、ユーエンを跡継ぎにしようという気はあったんだな?」
そ、それは!? またあの手を?
「僕は死ぬのは嫌だからね。たとえ嘘でも」
「その手を使う必要はないさ。お前の性別を男とするのに、そんな難しいことはない。やろうと思えばどうにでもなる」
どうにでもなるんだ、さすがマクシミリアン王子!!
「今日ここに集まったのは、アレックスのことじゃなくて、ユージーン、いやユージェニーのことだ」
マクシミリアン王子は、私を見つめてはっきり言った。
「結論から言うと、彼女を王立学院には復学させない。今回のように彼女に危害を加えられたらたまらない。良くも悪くも彼女は目立ち過ぎる」
「その件に関しては、私の不徳の致すところです。本当に申し訳ありません」
これまで部屋の隅でずっと控えていたニコラス様が、申し訳なさそうに頭を下げた。
そんな! ニコラス様は何も悪くない。
悪いのはあくまでクラリッサだ。
私は思わずフォローした。
「人目を避けて、あんな時間に部屋を出た私が悪いのです。それに週末はあくまで聖騎士としての私で、ニコラス様に責任はありません」
「それなんたが、彼女の護衛を増やそうかと思う。ニコラスは聖騎士団と近衛隊隊長も兼ねていて多忙だ。彼女の護衛かつ、特別教師として、始終、側に一人付けることにした」
「護衛で特別教師だって?」
マシュー王子が怪訝な顔をした。
「では、聖乙女としての勉強は、その教師に?」
私は学院で、通常の授業とは別に聖乙女用の課題を出されていた。学院の教師達により、特別授業を受けることもあった。
復学しないのなら、それを受けれなくなる。
私の問いに、マクシミリアン王子は頷いて、部屋のドアの方を気にした。
「特別教師による個人授業だ。彼ならこの国の歴史に造詣が深く、聖乙女に関する知識ももちろん豊富だ。なんせ王立学院始まって以来の天才だからな。──入って来ていいぞ、そこにいるんだろ?」
声をかけられて、部屋に入って来たのは、見覚えのある金髪の背の高い、兄上?
あれ? 家に帰ったはずじゃ?
「お呼びでしょうか?」
「マヌエル、お前が特別教師だ」
「え?」
ぽかんとする兄上に、マクシミリアン王子は含みのある笑い方をした。
「聖乙女を、お前が教育するんだ。そして、あらゆる危険から守ってやれ」
「ええ!?」
驚きの声を上げる兄上。私は思わず叫んだ。
「殿下、勉強はともかく、兄はヘタレのポンコツです!!」
兄は運動はからっきしだ。剣術なんてもってのほか。
「殿下、護衛が足りないなら、私の配下から優秀な者を付けますが?」
「それは必要ない。そうだ、ニコラス。お前がマヌエルと手合わせしろ」
「!!」
突然の展開に、皆が戸惑っていたが、マクシミリアン王子の一声で、皆で大広間まで移動した。
「私の剣を貸してやる」
マクシミリアン王子は自分の腰に帯びていた剣を、兄上に手渡した。
兄上はそれをおそるおそる握る。
「ニコラス、手加減するなよ!」
無茶苦茶だ!! ニコラス様は聖騎士団長、剣術ならこの国でも彼の右に出る者はいない。技、スピード、全てにおいて完璧なのだ。徒手でも武術大会で優勝する腕前だ。兄上が勝てる訳がない。
もちろん兄上も一応は貧乏伯爵家の長男なので、剣術の覚えはある。でも、私に勝てたことすらないのだ。
「始め」
王子の合図で、ニコラス様が動いた。
あっという間に決着が付くだろうと、私は思わず目を閉じた。
兄上が負けるところを、なんとなく見たくなかったのだ。
「え?」
でも、周りの息遣いと一瞬の空気で、決着が付いたのだと知れた。
「嘘だろ?」
マシュー王子の掠れた声。
おそるおそる目を開けた私の前で、首元に剣先を突きつけられ、動けない状態のニコラス様の姿が。
え、ええ!?
「降参です」
ニコラス様が、あっさり敗北を認めた。
それを、満足げに見つめるマクシミリアン王子。
「え、どういうこと?」
隣にいたアレックスに私は聞いた。
「どうもこうも、お兄さん、メチャクチャ強いじゃん」
「はあ?」
兄上が強い? そんなバカな。
「マヌエル、お前が今まで本気を出さなかったのは、ジーンの為だな?」
「殿下には、全てお見通しでしょう?」
兄上は少し笑って、王子に剣を返した。
「お前が剣技まで達者なら、騎士を目指していたジーンの立つ瀬がなくなる。だから、ずっと弱いフリをしてきたんだな」
「え!?」
兄上は、私の為にずっと弱いフリを?
「兄上、本当なんですか?」
「ああ、そうだ」
まさか、兄上がニコラス様に勝ってしまうなんて。
あの、運動がまるでダメなはずの兄上が。
「マヌエル、お前に命じる。これから妹を常に警護し、特別教師として指導せよ」
マクシミリアン王子の言葉に、兄上が深々とお辞儀をした。
「分かりました」
兄上は、マクシミリアン王子と今後のことを軽く打ちあわせると別室へ移動してしまった。
二人がいなくなって、皆、それぞれの思いを巡らせた。
「油断したとはいえ、あの強さは並ではない。今すぐにでも、騎士団長を任せられる」
ニコラス様は、ただ感嘆の声を上げていた。
「まあ、実の兄なら安心か。これ以上、ライバル増やしたくないし」
マシュー王子の呟きに、アレックスがどうも浮かない顔で、
「まさか」
「?」
アレックスが何やらユーエンに耳打ちした。ユーエンは頷くと、すっとその場を離れる。
「ユーエンはどこに行ったの?」
「……ちよっとね。それよりジーン、ちょっと確認してもいい?」
「何?」
アレックスは、小声で囁いた。
「お兄さんて、実のお兄さんなの?」
「え?」
一体、何を言い出すのやら。うちほど似てる兄妹はなかなかいないと思うのに。
「以前に言ったと思うけど、このゲームで後から追加された攻略対象キャラ、ユーエンの他にもう一人いるって」
──アレックスが口にした人物名、それは。
「マヌエルことエマニュエル・フォーサイス、君のお兄さんなんだ」




