08 彼の見合い相手とは……?
「ニック、これはどういうことなのかしら?」
グレース様は、間髪入れずにニコラス様に問い質した。
「ジーンという恋人がいながら、お見合いをするだなんて。一体、どういうつもり!?」
グレース様ぁ、だから私振られてますって!!
「家にまで住まわせておきながら、ここで彼女をお払い箱にするなんて、とんだ酷い男ね、あなたは!!」
あぁー、ニコラス様をここで徹底的にディスって、向こうから断らせるパターンを狙ってるのかしらこれ?
「義姉上、ジーンは私の恋人ではありません」
「あら、ジーンはれっきとした伯爵家の令嬢で、そして次期聖乙女なの。そんな彼女を屋敷に留め置いた癖して、今さら恋人ではない? そんな冗談は通じないわよ?」
「大変失礼を。義姉は何か誤解をしているようなのです」
グレース様の剣幕に、完全に気圧されているニコラス様は、必死で先方に謝っていた。その姿に私はさらに愕然とする。
「ご挨拶が遅れました。私はN&L商会の財務担当をしております、ジェイソンです。こちらは同じく人事担当のアンナです」
財務担当と人事担当?
ダークブロンドの人事担当だと紹介されたアンナは、立ち上がるとぺこりと頭を下げた。彼女が人事担当なら、お見合い相手本人ではないということ?
「失礼ですが、アンナさんは商会長のお嬢様ですか?」
「いいえ、私はただの人事担当です」
少しホッとした様子のグレース様。やっぱり彼女目線でも美人は驚異に思えてたのかな?
「──お嬢様は既に……あっ、会長?」
アンナの視線の先、私達は振り返ってその商会のトップの顔を確認する羽目になった。
やや癖のある明るい金の髪、深い海の色の双眸。
悠々とこちらに向かってくる背の高いその人物は言わずもがなであった。
「えっ、兄上!?」
「遅れて申し訳ない」
ひょっこりこの場に現れた兄上を、私もニコラス様もグレース様も凝視した。
「え? どう見てもジーンのお兄様よね?」
「……ええ。僕がN&L商会のトップです」
えええええーっ!?
兄上が、この商会のトップですって!?
「嘘だーん」
「嘘じゃない。お前、商会名の意味をよく考えてみろ」
N&L何かの略? NとL? 誰かの名前? あっ!!
「もしかして兄上と私のミドルネーム!?」
「当たり。僕のノアと、お前のルカだ」
自慢げに笑う兄上に、私は全てを理解した。
私達兄妹のミドルネームを、そのまま商会の名前にしたんだ。まさに兄上らしいといえばそうだ。
「もしかして、ニコラス様の見合い相手って」
「そう、お前のことだ」
私!? 本当に?
「マヌエル殿!? これは一体?」
「素直に僕から出資してやるだなんて、悔しくて言えるか。お前は外聞を気にしてか、ジーンを突き放そうとした。こいつに選ばれるということが、どういうことか分かってるのか?」
絶句するニコラス様をよそに兄上は一気に捲し立てた。
「だからこの出資の話はなかったことにして欲しい。ジーンを捨てて、あっさり出資を餌にした結婚に食いつくような奴にコイツを任せる訳には」
「マヌエル様、そのことなんですが」
事の次第を黙って見ていたジェイソンさんが恐る恐る口を挟んだ。
「なんだ?」
「お嬢様との結婚の話ですが、実は既にお断りされていまして」
えっ!?
「席に着くなり第一声、結婚のお話はお受けしかねますと。しかし出資の話だけは、どうしても受けて頂きたいと、さまざまな条件を提示されました」
ニコラス様!?
私はニコラス様の綺麗な横顔を見つめた。やっぱり政略結婚を甘んじて受け入れる気はなかったのか!
「ニック、少しは見直したわ」
グレース様は安堵の表情を浮かべ小さく呟いた。
「家の為といえど、やはり私が想う女性はこの世でただ一人です。たとえ結ばれなくとも、彼女に気持ちを寄せたまま、他の女性を娶る事など私には出来ません」
あぁ、やっぱりニコラス様が好きだ。
そういう清廉潔白なところまで、何もかもが好きで堪らない。
「なんて顔で見てる」
兄上に言われて、私は我に返った。
「顔にあいつが好きだと書いてある」
「!!」
兄上は隣のテーブルに着いて、半身を乗り出す格好でニコラス様と向かい合った。
「お前も座れ」
兄上に促され、私も兄上の対面の席、つまりニコラス様の隣の席に腰を下ろした。
グレース様は空いていたニコラス様の隣の席に腰掛けた。
「……大変失礼しました。そういうことなら話は別です。細かい条件は書類で提示した通りです。そして我が妹ユージェニーと、ニコラス殿の結婚の話を進めさせて頂きたい」
それじゃあ、私はニコラス様と結婚出来るということ?
それにしても兄上、なぜ?
「マヌエル殿、あなたは?」
「僕の妹は相当な頑固者で、一度言い出したら聞かないタチでね。ああ、もう、根負けしたんだよ。本当はどこにも嫁になんか出したくなかったのに」
「兄上、ありがとう」
「こうなったら僕は一生お前の兄のままでいることに決めたよ。殿下に宰相は押し付けられるし、本当に散々だ」
そうだった! ハワード宰相の後釜に兄上が決まったんだった。
「必ず幸せにするよ」
「しないと殺す」
兄上はそう一言告げると慌ただしく席を立った。
「後のことは財務担当と話し合ってくれ。僕はまだこれから城に戻らないとダメなんだ」
兄上の背中を呆然と見送りながら、グレース様が呟いた。
「お兄様gjだわ。仕事の出来る男って感じね」
「あれでも、数ヶ月前は殆ど無職でした」
「本当に? それは能ある鷹は爪を隠すってやつね、きっと」
まあ実際は私の預かり知らぬところで、事業に手を伸ばしたり金鉱を掘り当てたりしていた訳だけど。
何か会社をやってるとは思ってたけれど、まさか王都で一番勢いのある商会だったなんて、さすがに予想の斜め上だだったな。
改めて交渉の席に着いた私達に、兄上に後を任されたジェイソンさんが告げた。
「こちらの条件としては、ユージェニー様との結婚をご了承頂ければ、そちらの希望される金額を全額出資させて頂く所存です」
「この度の縁談、謹んでお受け致します。是非よろしくお願い致します」
ニコラス様が深々と頭を下げながら、隣の私に向かって少し苦笑いした。
受け入れてくれた!! これで晴れて彼と結婚出来る!!
「してやられたよ、君の兄上に。感謝しかないんだが」
「でも私、二回もあなたに振られてるんですね」
「えっ、それは! でも今回は相手が君だと知らなかったからね」
私達がそう話していると、グレース様がニヤニヤしながら私達に小声で告げた。
「今日はもう二人とも帰って来なくてもいいわよ」
「義姉上!?」
もう、グレース様ったら!!
確かにここは王都で一位、二位を誇る高級ホテルだけれども。
ジェイソンさんが少し困った様子で切り出した。
「実は既にお部屋を用意してあります。良かったらどうぞ」
すっと差し出された鍵に、私達は唖然となった。
その鍵をグレース様は遠慮なく受け取ると、
「あら、何から何まで気が利くのね」
彼女は受け取った鍵をニコラス様の上着のポケットにねじ込んでしまった。
「では、私達はこれで失礼致します。詳細は後日改めてまた。この度はおめでとうございます」
「ありがとうございました」
ジェイソンさんとアンナさんは私達に礼をして帰って行った。
それにしてもまさか兄上の商会だったなんて。
そして、よりにもよって兄上が私とニコラス様を仲立ちするなんて。
「それじゃあ、私も一足先に帰るけれど、あなた達はゆっくりしてきなさいね」
「義姉上!?」
ニコラス様の制止も聞かず、グレース様は右手の親指を突き立てながら去ってしまった。
取り残された私達は、お互いの顔を見合わせると苦笑いするしかなかった。
「どうする?」
「ニコラス様に任せます」
ニコラス様は口元を手で抑えて、私から視線を外しながら言った。
「とりあえず部屋で話をするか?」
「……はい」




