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元悪役令嬢と婚約破棄してなぜかヒロインやらされてます。  作者: 上川ななな
憧れと尊敬が恋に変わる時
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06 報われない努力

「おはようございます」


 ダイニングルームに到着すると、既に席に着いていたヒューバート様とニコラス様に揃って朝の挨拶をした。ヒューバートさまは私を見るなり、


「おはよう。ジーンの今日の衣装もまた素敵だね」


「うふふ、でしょ? 脚が長いから、羨ましくなっちゃう」


 でも肝心なニコラス様は私を一瞥すると、すぐさま席を立ってしまった。


「出掛けます」


「あら、何処へ?」


 グレース様がすかさずニコラス様に行き先を問う。

 彼は真面目に行き先と理由をきっちりと答えた。


「事業の出資者を募っていたのですが、早速申し出がありましたので一度会って来ます」


「先方は王都で今一番勢いのある商会でね。この数ヶ月でみるみる事業を拡大したんだ。昨日の上層部の処分の後、マクシミリアン殿下から紹介された先の一つでね。先程向こうから会えないかと連絡があって」


 ヒューバート様の補足で、私達は納得がいった。

 つまり、ハワード家が抜けた穴をその商会に埋めて貰おうという算段なのだ。


「その話、上手くいくといいわね」


「殿下の紹介だけれど謎が多くて。商会のトップは殆ど表に顔を出さないらしいんだ。どうも商会の仕事は本職ではないらしくて。片手間でやっているらしい」


 まさか片手間だなんて。マクシミリアン王子に認められる程、そこまで商会を大きくするなんて相当なやり手なのだろう。


「まあとにかく先方と話をしないことには何とも。私は昼までには帰れると思う」


 飄々と語るヒューバート様の横で、ニコラス様は淡々と告げた。


「私は午後から殿下と約束がありますので、今日の帰りは遅いと思います」


 つまりニコラス様は今日一日、殆ど留守にするということなのだ。

 そして、お二人は慌ただしく出掛けてしまった。

 結局、ニコラス様は私とちゃんと目を合わそうともしなかった。

 ここまで無視されるとやっぱり辛い。


「奥様、今日のご予定はいかがなさいますか?」


 バーナードさんの問いに、グレース様は張り切って答えた。


「もちろんジーンに協力するわよ。ニックが帰って来る前に色々やらなきゃ。バーナードも手を貸して頂戴」


「かしこまりました」


 そして朝食を済ませた私達は、なぜか厨房に立っていた。

 グレース様と二人並んで、ずらっと並べられた食材を眺めた。


「ジーン、そのエプロン凄く似合うわ!!」


 レースのフリルの付いたエプロンを着た私にグレース様は大興奮だった。


「さて、何故あなたにそんな格好をさせたかというと、それはお弁当を作るからよ」


「はぁ」


 大体グレース様の意図するところは察してしまったが、そもそも私は料理の経験は殆ど皆無だし、しかもニコラス様に手作り弁当を作るだなんて。


「大丈夫よ、私も手伝うから」


 グレース様は張り切って野菜を切り始めた。その手つきは鮮やかだ。


「……凄い!」


「奥様の料理の腕前はなかなかのものでございますよ」


 なぜか私達とお揃いのレースのエプロンを身に付けたバーナードさんが教えてくれた。


「バーナードだってスイーツならプロ並みでしょ?」


「まあ趣味が高じてですが」


 つまり二人とも料理が得意という訳だ。

 私な恥ずかしながら、まともに料理は出来ないししたこともない。精々手伝い程度だ。


「ニックにお弁当を作って届けましょ? 殿下に呼び出されたのなら、お城に届ければ会えるだろうし」


「えっ!?」


 もしかして、私が届けるの?


「もうジーン、鈍いわね。つれないニックにあなたが自ら手作りのお弁当を届ければ、向こうだってあなたに対する態度を改めるかもしれないでしょ?」


「そうですね」

 

 私もアレックスからお弁当を届けられて(実際はユーエンの手作り弁当をだったけれど)まあ嬉しかったし、ひょっとすると、彼の気持ちも再び私に傾くかもしれない。

 そんな簡単にことが上手くいくとも思えないけれど、何事もやらないよりはマシかもしれない。


「じゃあ、ちゃちゃっと作ってしまいましょ。バーナードはケーキを焼く準備を」


「承知しました」


 それで私は二人の協力を得て、何とか手作り弁当を完成させた。さすがにユーエンが作るお弁当のようにはいかなかったけれど、栄養バランスも考えてある見栄えの良い弁当に仕上がった。バーナードさんの指南で作ったシフォンケーキの出来も素晴らしかった。


「さあ、これを持ってお城に行きなさいな」


 出来上がったお弁当とシフォンケーキを手に、私は馬車に揺られて城を目指した。時間は丁度昼を過ぎた頃、ニコラス様がまだ昼食を取っていないといいけれど。

 それにしても、一人分にしては量が多いような?

 グレース様の指示で作ったけれど、ニコラス様ってそんなに大食いだったかな?


「これはユージェニー様、お帰りなさいませ!」


 城の門番が私に気付いて頭を下げた。一応、クロエ様に会いに行くまでは、ここの離れに住んでいたから、私の荷物とかはたぶんそのままだろう。


「ニコラス様はこちらに?」


「先ほどお見えになり、王太子殿下とお会いになられています」


 では、まだお昼はまだなのだろうか。お二人の話し合いの時間はどのくらいかかるのだろう?


「あの、マヌエル様もおいでですよ? 王太子殿下は、各部署の長をお呼びになりましたから」


 兄上はまだ聖騎士団長のはず。マクシミリアン王子が各部署の長を呼んだということは、これはちゃんとした話し合いなんだ!


 私はとりあえず離れの屋敷に向かい、馴染みのメイド達と再会を果たした。

 それから二時間程待って、ようやく会議が終わったと連絡を受けた。ニコラス様は、そのまま騎士団の詰所に移動されたと聞いて、慌てて私は詰所に向かった。


「えっ、ユージェニー様!?」


 かつての同僚達は私の顔を見るなり、皆驚きの声を上げた。その同僚達に囲まれて、ニコラス様の姿も兄上の姿もあった。


「お前、なんだその格好は」


 兄上は私の格好を見るなり苦い顔をした。

 さすがにこれだけ脚が露出しているのは、男ばかりの職場では刺激が強過ぎたかもしれない。そう考える私をよそに、兄上は私の手を引いて詰所から出ようとする。


「場違いな格好で来やがって」


「待って、兄上!!」


 私の制止する声に、ますます兄上は顔をしかめた。


「私はニコラス様に用事があるんだってば!」


「用事だと? ニコラスはお前に用なんかないみたいだが?」


「私はあるの」


 私はすかさずニコラス様に駆け寄った。皆の視線が嫌でも私達に集まる。


「……あの、グレース様に言われてお弁当を届けに」


 自分で作ったとは、とてもはっきり言えなかった。

 こんなに皆に注目されている中で、彼の反応を待つ時間がとても長く感じた。


「それはありがとう」


 その声からは何の感慨も含みも感じ取れない。

 言うなれば、棒読みのようなあくまで儀礼的なもの。

 それでもニコラス様は、私の手からお弁当とシフォンケーキの入ったバスケットを受け取ってくれた。


「お前達、昼食は済んだか?」


「いえ、まだの者もおります」


「聖乙女殿からの差し入れだ。有り難く頂きなさい」


 そんな!! ニコラス様の為に作ってきたのに、他の人に食べられてしまうだなんて!!

 一生懸命作ったのに、その努力が報われいだなんて……ここまでされるとさすがにキツイ。


「有り難く頂きます!!」


 いや、頂かないでよ!?


 私は抗議したかったけれど、場の雰囲気的に言い出せなかった。元同僚達の手に渡ったバスケットから、一生懸命作ったお弁当やケーキが出されてしまった。


「お前、なんて顔してるんだ」


 兄上が心配そうに私を見つめていた。憔悴しきった私は、ただその場で立ち尽くす他ない。

 それでもニコラス様は、そんな私を気遣う様子は一片もなく、淡々と決定事項を告げた。


「丁度良かった。君にも関係のあることだから話をしておこう。この度の不祥事で、大幅な配置換えが行われた。マヌエル殿が宰相に抜擢されたので、空位になる聖騎士団長に私が復帰することとなった」


 えっ、兄上が宰相!? ニコラス様が聖騎士団長に復帰?


「だから君の護衛を降りることになった。だが後任が決まるまでは、私が君の護衛も兼任する。それと、君の身柄だが、このままマヌエル殿に引き渡そうと思う」


「それは嫌です」


 そう言うのが精一杯だった。私はただ涙が溢れそうになるのを堪えるのに必死だった。

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