11 牢獄からの解放
すっかり雪解けの季節になり、地面から新しい草木が覗き始める頃、私は誕生日を迎えて十八になった。
ここにアレックスとここに篭って半年。兄上をはじめ、ニコラス様や王子達も私達を血眼になって探しているに違いなかった。
「はい、プレゼントだよ。気に入ってくれるといいけど」
二人でささやかな誕生日会を開き、アレックスからプレゼントの箱を渡された。
箱の大きさからして間違いなく猟銃だろう。
「ありがとう、開けてもいい?」
「どうぞ」
包装を剥がして箱を開けると、私の注文通りの最新式の猟銃が入っていた。
「凄いね!」
「猟銃を欲しがるなんて、本当にジーンは変わってるなぁ」
先日のアレックスの誕生日には、鹿の皮をなめして作った手作りの財布をプレゼントした。
「本当にジーンはたくましいよね」
「私、もう猟師として生きていけるかも」
生きる為最小限の狩しかしないけれど、アレックスの話によるとここいら一帯の森では天敵が少ない為、増え過ぎた鹿や猪が町まで出てきて、害が及んでいるらしい。
まあ、この森は魔女の森として有名で、地元の人々にも敬遠されてるらしいし、仕方のないことなのかもしれない。
私が猟銃を惚れ惚れと眺めていると、アレックスが席を立った。
「どこか出掛けるの?」
「ん? ああ、ちょっとね」
「じゃあ、私は早速森に出掛けるかな」
私はウキウキしながら準備に取り掛かった。
それを横目にしながら、アレックスがコートを羽織りながら言う。
「くれぐれも気を付けてよ。森は少し手入れして、君が歩き回れるようにはしたけれども、まだまだ熊も出るし危ないからね」
「分かってるって」
アレックスは私の前に立つと、私の顔をじっと覗き込んだ。
あんまりマジマジと見つめられるので、思わず私は照れ臭くなって顔を背けた。
「どうしたの?」
「君の顔をよく見ておきたくて」
「変なアレックス」
「ははっ、今日の僕は少し変なのかもしれない」
チュッと軽く私にキスして、アレックスは出掛けて行った。
その背中を見送って、私は狩りに行く準備を始めた。
冬になってからはまともに狩りをしていなかった。
そろそろ貯蔵してある肉も在庫が尽きる頃だ。
「今日は獲物を仕留められるといいなぁ」
私はプレゼントされたばかりの猟銃を持って、森へと繰り出した。なかなか獲物が見つからず、数時間程歩き回って、諦めかけた頃、私はそれを見つけてしまったのだった。
一際目立つ、白い体躯。
一匹の大きな白い牡鹿が、こちらを見つめていた。
「白い鹿? 初めて見た」
まるで神の使いのように神々しかった。普段の私なら、きっと見逃していたかもしれない。けれど、数時間歩き回ってようやく見つけたそれを見逃す程、その時の私には余裕なんかなかった。
猟銃で狙いを定めても、その鹿はピクリとも動かなかった。こちらを一心に見つめたまま。
私は息を止めて引き金を引いた。
心臓をめがけて、その白い牡鹿を撃った。
パァーンという射撃の音と共に、白い牡鹿はその場に崩れ落ちた。
それを確認して、私は地面を踏みしめて牡鹿の元へと歩み寄ろうとした。
衝撃の変化はみるみるうちに起こった。
白い牡鹿はあっという間に、人の姿に変わっていた。
「えっ!?」
私は高鳴る鼓動を抑えながら、元鹿であったその人物を確認した。
長い銀髪、今朝見送った時に着ていた服装──紛れもなくアレックスだった。
「アレックス!?」
私は駆け寄って、彼を抱き起こした。
心臓を撃ち抜かれて、アレックスは瀕死の状態だった。
「どうして!?」
私は夢中で回復魔法をかけるけれど、胸から流れ出る血はなかなか止まらない。
「……無駄だよ、その銃は特別製。弾は聖別された銀なんだ。僕は吸血鬼とは違うけれど、元々この世界の生き物じゃないから、滅するなら銀が相応しいんだ」
滅する? 一体何を言ってるんだろう?
「君を閉じ込めて、自分のものにしようとしたけど、やっぱり無理だった。君が大好きだから、やっぱり手を出せなかったんだ。でも魔女の意思の力は強くて、僕も抗えない。そのうち僕は自分を制御出来なくなって、君を力ずくで手に入れてしまうだろう。もう君を自由にするには、こうするしかないんだ」
「喋ったらダメ!! あぁ、アレックス!! 血が止まらない!!」
私は半ば半狂乱だった。まさかアレックスをこの手で撃ってしまうなんて!!
「……君にこんな真似させて、僕は酷い奴だよね。罪悪感なんて持たなくていいよ? 僕は君を閉じ込めて、呪いをかけていた極悪な魔女なんだから。元々僕はこの物語の悪役だったしね」
アレックスはそれだけ早口で呟くと、大量に血を吐き出した。もう助からないと、頭の中で何となく感じ取れてしまう。
「……愛してるジーン、本当にごめん。わずかな間だけれど、一緒に過ごせて幸せだった。今君を自由にする」
息も絶え絶えのアレックスの手が伸びて、私の頬に優しく触れた。
冷たい掌の感触を、確かめるように私はアレックスの手を握りしめた。涙が溢れて止まらない。
「死んじゃダメだよ!! アレックス死なないで!!」
「……君はもう永遠に自由だ」
突如地面から草木がアレックスを包み込むように急激に伸び始め、私はアレックスから否応なしに引き離された。
木の枝に押し出されるように、私の体はどんどんアレックスから遠ざかって行く。
「アレックス!!」
声を張り上げて、アレックスに手を伸ばすけれど、アレックスの体はあっという間に木の枝に包まれて見えなくなり、私は気が付いたら森の外に放り出されていた。
森の近くの街道沿いに、私は倒れていたらしい。
すぐさま、近所の村人に発見されて、私の身元が確認されるなり兄上とニコラス様がすっ飛んでやって来た。
「心配かけやがって!!」
兄上には問答無用で引っ叩かれた。
でもその直後に痛いくらい抱き締められて、私は現実を思い知った。
アレックスはどうなったの!? ひょっとしてあのままあそこに?
私を閉じ込めていたあの森の中から、こうして外に出て来られたことが一つの重大な事実を示していた。
「アレックスが君を連れて失踪し、国外にも捜索の手を伸ばしていたのだけれど。伝承の通り、魔女が棲んだとされる森の付近で君が発見されるとはね」
ニコラス様から、私の発見の経緯を詳しく説明された。
アレックスが伝承の魔女だと知れたので、森の近くでずっと捜査線が張られていたらしい。
「アイツとずっと一緒にいたんだろ?」
「ねえ、アレックスは?」
「アイツの行方は分からない。街道に倒れていたのはお前だけだ」
私は愕然とした。ではやはり彼は──。
アレックスは死んでしまったのかもしれない。私が自分の手で、この手で彼を撃ってしまった。
「兄上、どうしよう?」
「あん?」
私は震えが止まらない。彼を殺してしまったかもしれない。彼に全部仕組まれていたとはいえ、撃ってしまったのは紛れもない事実で。
元々悪役で、魔女だから罪悪感を持たなくていい?
そんなことは問題じゃなかった。
「アレックスを、私が撃ったの。鹿に姿を変えていて、あの子だと気付かないまま、私がこの手で」
「おい、ジーンどういうことだ?」
私は歯の根が噛み合わない。この手で彼を殺してしまったかもしれない。
愛する彼を──。
今になって気付くなんて!! 何てバカなんだろう?
「私が殺したのかも。あの子を、誰より大切なあの子を!!」
泣き崩れる私を兄上が抱きかかえた。
アレックスは私を愛するがゆえに、自分を犠牲にして解放してくれたんだ。
あの永遠に続くかと思われた愛の牢獄から──。
いつも読んで下さりありがとうございます!
なかなかシリアスで暗い展開で申し訳ありません!!
全編に渡ってコメディタッチはやっぱり無理です〜。
別キャラはラブコメ路線なので勘弁して下さい。
次回アレックス編最終回となります。




