08 とうとう解かれる呪い
寝室を勢いで飛び出すと、ユーエンと鉢合わせた。
「どうしたんですか?」
私の狼狽える様子に、何かを察したようで、彼の表情からは私を心配する色が浮かんでいた。
「アレックスが目覚めたんだけど。様子が」
彼は頷くと無言で寝室に入っていった。
私はそれを見送って、自分に充てがわれた部屋に戻った。
一人きりになって、さっきのアレックスの話をよく思い返す。よくよく考えて到底信じ難い話だけれど、何よりもあの外見の変化を目の当たりにすれば、認めざるを得ない。
私が初代の転生だと言われてもピンとこないけれど、まさかアレックスがこの国に呪いをかけた張本人で、何度も私の傍で転生を繰り返していただなんて。
お伽話の世界に魔女はつきものだけど、その魔女が生きて目の前にいて、それがアレックスだったなんて。
一体どうすればいい? 呪いは解いて欲しいけれど、あんなに変わってしまった彼を受け入れられるの?
いいや、彼は何も変わっていないのかもしれない。変わってしまったのは私の方なのかもしれなかった。
彼はただ一途に私を求めているだけだ。それはずっと一貫している。
私は頭を冷やす為、冷水のシャワーを浴びた。
バスルームから出た所で、ユーエンが待っていた。
「すみません、ノックは何度もしたのですが」
私はバスローブ姿で、濡れた髪のままだった。
「アレックスのことです」
「うん」
私はそのままストンとソファに座り、彼はドアの前に立ったまま話を始めた。
「急激に成長したあの姿から、アレックスの言い分は概ね真実と見るべきでしょう。あなたには相当ショックだったでしょうが……。私はこのことを包み隠さず、マクシミリアン殿下に報告せねばなりません。これは国益に多大な影響を与える事実ですので」
「アレックスはどうなるの?」
思わず反射的にユーエンに問うと、彼は冷静さを保ちつつも、眉を顰めながら答えた。
「おそらく収監され、良くて幽閉、悪くて処刑でしょうね」
「処刑!?」
そんな、殺されてしまうの!?
最後に見たアレックスの顔を思い出す。まるで今にも泣きだしそうな、悲しそうな表情を浮かべていた彼。
「前世がどうであれ、彼は大公家の公子なんだよ?」
「……公子だからこそです。魔女としての力を取り戻してしまった彼は、国に仇なす脅威でしかないのです。かつてこの国でも魔女は裁判にかけられて大勢殺されました。最終的な審判は裁判になるかと思いますが」
ユーエンの言葉に愕然とする。これは事実上の有罪判決だ。
数百年前、この国でも魔女の蛮行が表沙汰になり、魔女とされた人々が裁判にかけられて無残にも処刑された黒い歴史があった。そのうちの殆どが実際には魔女でも何でもなかった人々だったらしいけれど。
でも、アレックスは正真正銘の本物の魔女だ。
あの姿を見たら、とてもただの人間とは言えないだろう。
「あなたの実の弟でしょう? 助けてあげられないの?」
「──母親は違いますが。私の一存では何とも」
母親は違うと強調したけれど、実際のところ、ユーエンも彼をどうしたら良いのか考えあぐねているようだった。
二人の間には今まで色々あったのは私も分かっているけれど、それでも半分とはいえ血を分けた兄弟ってことは紛れもない事実で。
「彼ともう一度話をするよ」
「ええ、分かりました」
それでもアレックスとすぐに話す勇気が持てなくて、私はそれから三日ほど時間を費やした。
ユーエンだけがアレックスの部屋に出入りし、私は自分の寝室から殆ど出ない生活を送っていた。
考えれば考えるほど、アレックスに対してどうしたら良いのか迷う。受け入れるには心の準備が出来ていないし、かつ見捨てるにはあまりにもアレックスに入れ込み過ぎていた。
時間だけが過ぎて行く。
それでもこのままここで引き篭もって、いつまでも彼と向き合わずにいる訳にもいかないことは嫌という程分かっていた。
とうとう意を決した私はアレックスの寝室のドアを叩く。
「はい」
ぐっと低くなってしまった返事を聞いて、私はドアを開けた。
アレックスは長い脚を組んで、ソファで寛いでいた。
前髪からして長い髪を結びもしないで垂らしたまま、彼は新聞に目を通していた。
「座りなよ」
促されて対面のソファに腰を下ろした。
「お茶でも淹れる? いろんな銘柄のお茶があるんだ」
私の返事も聞かず、彼は立ち上がってお茶の用意をし始めた。
その身長は私ともう変わらない、いやもう抜かれてしまっているかのように見えた。
「目線が高くなって、自分の体じゃないみたいだ。まあ、その気になれば子供の姿にも老人の姿にも、女の姿にも自在に変えれるんだけどね」
この世界で魔女とは、元々吸血鬼と同じ異世界から来た種族だ。人間とは全く違う、異質な上位の魔物とも言えるべき存在なのだ。
魔女の能力もピンキリで、おまじない程度の力しか持たない占い師崩れから、天災まで引き起こす災厄レベルまで。
──アレックスはどう見ても、後者の方だろう。
淡々とお茶を淹れながら、彼は私と一度も目を合わせようとしなかった。
「本当に酷いことをしたよね。君達一族には恨まれても仕方ないと思う」
差し出されたカップから湯気が立ち上る。私はそのカップの表面をぼーっと眺めていた。
「君を守れる力が欲しいと思って、実際にそれを手にすることは出来たけれど。僕が君を、君の一族を苦しめていた張本人だったなんて本当に笑える」
私は黙ったまま、彼の独白をただ聞くしかなかった。
自分でも彼にどうしたいのか、この時点で判断がつかなかったのかもしれない。
「ユーエンは上への報告をまだしていないんだ。もちろん、このまま僕のことを黙ったままいる訳にはいかないことも分かってる。でも、君との決着をつけないことには、どうにも踏ん切りがつかなくて」
良くて幽閉、悪くて処刑。ユーエンはそう言っていた。
「とにかく、君達一族にかけられた呪いは解くよ。それだけはどうしてもさせて欲しい」
アレックスは私の隣に腰掛け、ここでようやく私と目を合わせた。
そこには悲壮な表情が浮かんでいた。
「キスするけど、ごめんね」
彼がゆっくり顔を近付けてきて、私は目を閉じた。
軽く唇に触れる感覚がして、途端に全身が痺れる。
「……ごめんね。本当にごめん」
少し掠れたアレックスの声。薄れていく意識の中で、耳元で何かを囁かれたけど、私にはもう彼が何を言っているのか分からなかった。




