05 囚われの身になって
意識を取り戻した私は、冷たい床に横になったまま辺りを見回した。
窓のない部屋、カビ臭い匂い、ここは地下室だろうか?
ジャリっと金属の擦れる音がして、手枷と足枷が付けられていることを知る。
──あの男達に捕まってしまったんだ。
アレックスはどうなってしまったのだろう?
私は唯一の出入り口だと思われるドアのドアノブに手を掛けた。案の定、向こうから鍵が掛けられている。
ドンドンとドアを叩いてみるも反応はない。
仕方なく、木箱の一つに腰を下ろす。
何も出来ないまま、時間だけが過ぎて行く。
アレックスは無事だろうか? 心配で堪らない。
彼は女の子だと思われている。こういった事件では女の子はろくな目に遭わない。
ガチャっと物音がして、私は音のした方へ注意を向けた。
先程見たホステスらしき派手な女が、食事の載ったトレーを持って現れた。
「あら、気が付いたのね」
「彼女はどこだ?」
女は答えず、私の座っている隣の木箱の上にトレーを置いた。
「そんなに怖い顔をしないでよ。せっかく食事を作ってきたのに。お礼くらいしてくれたっていいじゃない」
「質問に答えろよ」
女は私の頬に手を触れて言った。
「金髪碧眼でまるで王子様みたい。肌も真っ白で」
冷たい手に背筋がぞっと粟立つ。
「本当に綺麗な顔だわ。こんな美形は初めてよ」
「彼女は無事なのか?」
「無事よ。上の部屋にいるわ。あなた達は今夜の闇オークションにかけられてしまうのよ」
闇オークション? 人身売買のか?
女は私のシャツのボタンを外し始めた。
ここで脱がされたら、さすがに女だとバレてしまう。
「でもあなたはさすがに勿体無いかも。あなたみたいないい男が金持ちの肥えたババア達の相手をさせられるだなんて、想像したくもないわ」
な、何だって!? そんなの冗談じゃない!!
「お姉さん、僕達を逃してくれないか? 報酬は言い値で払う」
「あら、やっぱりその身なりからして貴族なの?」
私は頷く。最悪お金なら、どうにかなる。
出来るだけ、女に向かって精一杯優しく微笑む。
「ねえ、頼むよ?」
「どうにかしてあげたいけれど、私も捕まってる身なの。借金のカタにここで体を売らされて、人身売買の片棒まで担がされてるのよ。ホント最悪」
この人もここに捕まっているのか。
そう聞くと気の毒にも思えてくる。
「決して悪いようにはしない。あなたもここから解放されるように便宜を図る。どうか頼む」
彼女は悩んでいるようだったけれど、私の押しに負けた格好になった。
「いいわ。でも枷の鍵は私は持ってないの。ここから逃すだけなら、何とか」
「ありがとう」
彼女はドアの外に私を誘導して、地下室から上の階段を上がった。一階へと抜けるドアを少し開けて、辺りの様子を窺った。
バーのカウンターで男が数人酔い潰れている。
起きている男はいなさそうだった。
「……アイツがいない。ていうことは、お嬢ちゃんの部屋かしら? とりあえずあなただけでも先に逃げて」
「アレックスを置いてはいけないよ」
一人だけなら、枷を付けられていても、どうにかなるだろうか?
手枷も足枷も大きく開くのを制限されてるくらいだし。
「彼女のいる部屋に案内してくれ」
「……妬けるわね。彼女はあなたの恋人? そんなに必死になるだなんて」
私は自嘲的に微笑んだ。女は仕方なく二階への階段へ私を促した。
「こっちよ」
女に付いて、二階へ上がる。足枷のジャラジャラする音に、店で寝ている男達が気付くと厄介だ。
「あなた達が高く売れそうだから、前祝いで飲み過ぎたのが幸いしたわね」
二階へ上がると、廊下の奥から何やら大声が響いていた。
「離せよ!! 僕に触るな!!」
アレックス!?
私は慌てて、声の響く方へ向かう。ジャラジャラ音が響くけれど構ってなんかいられない。
声のするドアを開けると、ベッドの上に押し倒されている格好になったアレックスと、一際体格の良い浅黒い肌の男の姿が!!
「アレックス!!」
「てめぇ、どうしてここに? 地下室に閉じ込めてただろうが?」
男は私に近付いてきたので、私は体をよじって男の脇腹に攻撃を叩き込む。
男は一瞬呻き声を上げてよろめくも、すぐさま立ち上がった。
やっぱり拘束されてる分、力がうまく込められない。
「そんな攻撃じゃ効かねえな」
鳩尾に鋭く一発貰ってしまい、前のめりに膝をついてしまう。
「ジーン!!」
アレックスの悲痛な叫び声にも私はどうすることも出来ない。
後頭部にさらに一発食らって、床に這い蹲る形になってしまった。
「お前も大事な商品だ。顔は傷付けないようにしなくちゃな」
「やめてよ! ジーンに手を出さないで」
ベッドの上で乱れた格好のアレックス。私にはどうすることも出来ない。悔しくて涙が溢れた。
「お前も何連れて来てんだ? この色男に絆されたのか?」
男は女に平手を見舞って、彼女はその場に倒れこんだ。
「商品に手を出すのは価値が下がるでしょう? そのお嬢ちゃんは綺麗なままの方が言い値が付くに決まってるわよ!」
「お前が指図してんじゃねえ。まぁいい。時間まで二人ともここに閉じ込めとけ。今度馬鹿な真似をしたら、お前も売り飛ばすぞ?」
男はそう怒鳴りつけると、部屋を出て行ってしまった。
残された女はよろよろと立ち上がると、私に向かって申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさいね。どうにかしてあげたかったけど、ご覧の通り私はアイツの言いなりなの」
女はそう言って部屋を出て行ってしまった。ガチャっと外側から鍵が掛けられたのが分かる。
「ジーン、酷いことされなかった?」
アレックスが私に駆け寄り、心配そうに顔を見上げた。
「アレックスこそ、大丈夫?」
「この様だけど、完全にひん剥かれる前だったから。来てくれて助かったよ」
何かされる前で本当に良かった。もし本当は女でないと知れたら、どんな酷い目に遭うか。
つくづく自分の無力さを思い知る。
「ジーン、本当にごめん。僕がこんな路地裏に入り込んだばっかりに」
「ううん、アレックスのせいじゃない。私が弱かったせいで」
さすがにこんなのでは元聖騎士の名が廃る。
ニコラス様にも申し開きが出来ない。
きっと心配しているだろう。私を探しているかもしれない。
私を守る為に、聖騎士団長の座まで降りたのに──。
「とにかく諦めたらダメだ。逃げるチャンスはきっとあるよ」
アレックスの瞳からは、まだ輝きが失われていなかった。
何としてもこの状況から脱する手段を考えねば。
「私達、今夜の闇オークションにかけられるって」
「さっきの男が言ってたよ。上流貴族や金持ちの商人が、密かに闇オークションで人身売買をしてるって。僕達は、主に慰み用らしい。やっぱり見目が良いからかな?」
「私もそう聞いた」
逃げるとしたら、その時だろうか?
今はこの部屋から逃げることも出来ない。
私達は、ただ夜になるのを待つしかなかった。




