04 追っ手から逃れた先で
目覚めた時、隣でアレックスが寝ていることに少々驚きつつも、昨日疲れ果てて眠り込んでしまったことを思い出す。
「帰って来て、あのまま寝てしまったんだ」
体を起こして、時計を確認するともう昼近くだった。
シャワーも浴びずに寝てしまったので、とりあえずシャワーを浴びた。昨日買っていた男物の服に着替える。
「……ジーン!?」
寝ぼけ眼のアレックスが飛び起きて、後ろから私に勢いよくしがみついてきた。
「どうしたの?」
アレックスは私の腰に手を回し呟いた。
「君が居なくなってしまう夢を見て」
ぎゅうっと込められた力にアレックスの不安の大きさを知る。
私が彼を不安にさせてしまったのだろうか?
「大丈夫だよ、一緒にいるって約束したでしょ?」
回された手に自分の手を重ねて、優しく声を掛ける。
回された腕の力が少し緩んだので、解いて正面に向き直った。
「私はどこにも行かないよ?」
「ジーン!!」
アレックスは私の首に手を回すと、背伸びをしてキスをしてきた。
私は驚きつつも、キスを受け入れる。
「……愛してる。本当に君を」
潤んだ瞳で見つめられても、私は何も言えない。
アレックスを好きなのは間違いない。一心に慕ってくれて可愛いと思う。でも、ラブなのかライクなのかどうかはまだ自分でもよく分からない。
このままじゃ彼にも悪い。早く答えを出さなきゃとも思う。
困惑してる私を見てか、彼が言った。
「ごめん、まだ君の心が定まってないのに」
「こっちこそ、不安にさせてごめんね」
私が優柔不断なばっかりに、彼だけでなく、他の皆にも悪いことをしているのだとつくづく思う。
「今日は、昨日決めた物件に移るんだよね。足りない物を買いに行かなくちゃ」
「そうだね」
気を取り直して、私達は朝食を済ませるとホテルをチェックアウトして、新たに借りた物件に向かう。配送を頼んで荷物を移して、近くの雑貨店に向かい、そこで色々買い揃えた。
二人だけの新しい部屋。一ヶ月という限定の住まいだけれど、なかなかいい部屋だ。
三階建ての最上階の部屋で、窓から覗く風景も見晴らしが良かった。元々この一等地は高台で、この街を見下ろすようになっている。
「何だか僕達、新婚みたいだね」
「そうだね」
ていうか、傍目から見ればまるきり恋人同士にでも見えることだろう。ただ、彼氏と彼女の見た目が逆転しているけれど。
私も男装の方が慣れていて、こちらの方が軽装なのでやっぱり楽なのだ。
「階下のマダムなんか、ジーンを何度も見てたね」
「そう?」
「君はやっぱり物凄いイケメンだもの。一緒にいて気分がいいよ。女の子が皆振り返るからね」
長い髪は後ろで一つに括って、仕立ての良い服を着ている私。まあ、鏡に映る私はどう見ても上流階級の子息にでも見えることだろう。
「アレックスだって、相変わらず可愛い女の子にしか見えないよ?」
「そりゃあそうだよ。何年女をやってきたと思ってるの?」
クラシカルなデザインの白のワンピースがよく似合っていた。
アレックスは清楚な格好も似合う。
私達はお互い顔を見合わせて、笑いあった。
駆け落ちした私達に、今頃追っ手がかけられているのは間違いなく、一ヶ月も見つからずにいるのは難しいかもしれない。
「お昼の食材買い出しに行こう」
「何を作るの?」
「それは、内緒」
私達は連れ立って市場に向かった。家から歩いて十分くらい
だろうか。市場は地方都市にしては、かなりの規模だった。
新鮮な肉や魚、野菜が売られている。
アレックスは、慣れた風で食材をいくつか買った。
「楽しみにしててね。僕頑張って作るから」
「本当に新妻みたいだね」
「えへへ」
その時だった。アレックスが立ち止まり、人混みの中を目を細めるようにして言った。
「やばい」
「どうしたの?」
「見知った顔があった。あれはマックス兄様の護衛の一人だ」
何だって!? …ということは、既に追っ手が?
アレックスは私の手を引き、裏路地に逃げ込む。
「僕、人の顔を覚えるのは得意なんだ。変装はしてたけど、間違いないよ」
いつのまにか暗い路地裏に入り込んでしまったけれど、追っ手を撒くには仕方がない。
表の喧騒とは打って変わって、波を打ったように静かで薄暗く汚い。散乱するゴミを避けながら、私達は足を早めた。
「そんなに急いでどこへ行くの? お嬢ちゃん達」
「良かったら、ここで休憩していかないかい? 奢るよ?」
突然声を掛けられて立ち止まると、柄の悪い男達が古いバーの前でたむろしていた。
「結構です」
アレックスはけんもほろろに断りを入れて、店の前を突っ切ろうとした。
それをすかさず、一人の男が遮った。
「そんなに邪険にすることはないだろう? ほぉー、これは上玉だ。銀髪だなんて珍しいな。そっちの兄さんもこりゃあ、男前だ。綺麗な顔して、まるで女みたいだな」
男が私に手を伸ばそうとしたので、アレックスがその手をはたいた。
「汚い手でジーンに触るな!!」
「威勢のいい嬢ちゃんだ。気の強い女は割と好きだぜ?」
完全に悪い奴らだ。
これは元聖騎士として、黙って見ている訳にはいかない。
「アレックス下がってて」
「ジーン、危ないよ」
剣は帯びていないけど、武術の心得はある。このくらいの人数なら、私一人でもどうにかなる。
「おうおう、兄さんやるってか? 優男の癖に」
「顔は傷付けるなよ。商品価値が落ちる」
商品価値? まさか人身売買でもする気!?
「大人しくした方が身の為だぜ?」
「それはこちらの台詞だ」
男達は、一斉に私に襲いかかった。曲がりなりにも騎士の訓練を受けた私は、このくらいどうってことない。攻撃を避けつつ一人ずつカウンターをお見舞いしていく。
「こいつ、素人じゃない!!」
「強い」
久々な戦闘で、アレックスを守りながらのせいか、息が上がるのが早い。
「応援を呼んで来い!!」
形勢が不利だと思ったのか、男の一人が店の中に駆け込んだ。
すぐさま、数人の男と共に店の中から出て来た。バーのホステスらしき妖艶な女性の姿も見える。
「あら、本当にいい男じゃないの!」
男達は先程の人数の倍、十人以上はざっといる。
さすがに多勢に無勢か。得物もなく、アレックスを庇いながら、さすがに素手でこの人数はキツイ。
アレックスが不安そうに私を見つめる。
この子だけは守らなければ!!
「アレックス、逃げて」
「そんなこと出来ないよ!」
そうしているうちに男達にすっかり取り囲まれてしまった。
形勢は不利だ。それでも何とかこの状況を打開しなければ、私達の身は無事では済まないだろう。
追っ手を逃れたばかりに、こんな治安の悪い所に来てしまうだなんて。やはり表が華やかな分、裏は影のように暗いのか。
私達の国は、騎士団の警備が街中に行き届いていて、割と治安が良いのだ。
──やはり甘かったのか。
男達は再び一斉に殴りかかって来た。必死で応戦するも、さすがに攻撃を避け切れない。
これが、兄上なら、ニコラス様なら、ユーエンなら難なく撃退出来るだろうに。
私ではアレックスを守り切れない!
防戦一方の私にアレックスの悲痛な声が上がった。
「やめて、ジーンに手を出さないでよ!!」
「お嬢ちゃんはこっち。じっとして」
ホステスの女がアレックスを羽交い締めにした。
女は私に向かって、のんびり声を掛けてきた。
「お兄さん、このお嬢ちゃんがどうなってもいいの?」
女が手に持っていたナイフを彼の喉元に突きつけた。冷たい刃先が、皮膚をすっと切り裂いて血が流れた。
「卑怯者!!」
「大人しくしてね?」
女に男の一人が罵声を上げた。
「おい、娘を傷付けるな!」
「平気よこのくらい」
アレックスを人質に取られてはもう降参するしかない。
私は両手を上げて、降参のポーズを取った。
その瞬間、背後に鈍痛を感じて、すっかり気を失ってしまうのだった。




