03 新天地に到着して
ゲートの抜けた先は、どこかの民家の納屋の中だった。
積んであったワラを掻き分けて、外に出ると星空が広がっていた。
麓の村にあっという間に到着したのはいいけれど、ここからどうしよう?
「行こう」
アレックスは私の手を引いて、どこかへ歩き出した。
その足取りはとても力強い。
「行く宛てはあるの?」
「村を出て、数キロ歩くと駅に着く筈だから。そこまでは頑張ろう」
とにかく駅までは歩きか。アレックスは足の方は大丈夫なんだろうか? 今日、あれだけ歩いたのに。
「足、大丈夫? 疲れてない?」
「それが不思議と平気なんだ。君と一緒だからかな?」
その少し笑った顔がとても可愛くて、ドキッとしてしまった。
しっかり握られた手は少し汗ばんで、彼の緊張を私に伝えた。
一生懸命、私をリードしようとしてくれてるのが分かる。
「なるべく人目に付かないように移動しなくちゃ。僕達、とても目立つから」
闇夜に紛れて、とにかく駅までひたすら歩いた。始発の列車でこのまま東へ向かい国境を越える。
ようやく駅に到着したのは、陽が昇り始めた頃だった。
数キロどころじゃなかったよ? 夜通し歩き詰めだった。
私達は列車に乗るなり、泥のように眠りこけてしまった。ようやく目が覚めた時には、国境をとうに越えた隣国の地方都市まで来てしまっていた。
「アレックス、起きて!!」
時計はとうに昼を過ぎていた。この列車はここが終点で、このまま折り返してしまうから、今降りないとまずい。
「はっ、今ここどこ?」
「とりあえず終点だって」
アレックスは慌てて所在を確かめた。彼は素早く荷物を持つと、私の手を引いて慌てて列車を降りた。
ここから先に進むなら、別の路線に乗り換えないとダメらしかった。
「この街で今日はとりあえず泊まろう。いや、もういっそここで生活するのも良いかもしれないね」
駅はかなり大きな駅だった。王都の駅と遜色ないくらいだ。綺麗に整備された街並みは、どこか異国情緒が漂い、我が国の雰囲気とは微妙に異なる。ここは私達にとって、完全に新天地だった。
行き交う人々の視線が鋭く刺さる。隣国は大国なだけあって、民族も様々だ。私達はいわゆる北方人と呼ばれる人種で比較的、髪や瞳の色が薄いのだけれど、この国の人達は黒髪や茶色い髪で瞳の色も暗い色の人が多いようだった。肌も浅黒い人も多い。
「うわぁ、完全に僕達浮いてるね」
アレックスは銀髪、私は金髪で二人とも薄い髪色だからか帽子を被っていても、やっぱり目立つ。
「とにかく、どこか宿を取ろうか」
駅前で辻馬車を拾い、一番高級な宿に向かった。
やっぱり高い宿はそれだけセキュリティがしっかりしているからと、アレックスが言うので。
「お金、大丈夫なの?」
「平気平気」
アレックスってば、一体いくら持ってるんだ?
驚くべきことに、普通にスウィートルームを取っていた。
一泊一体いくらなんだ? 貧乏体質が刷り込まれた私は気が気でない。
「本当に大丈夫?」
「僕、一応これでも王族なんだけどな」
まあ、普通に私達とは桁の違うお金持ちなのは分かったけれど。
流石にスウィートルームともなると、部屋の広さもさることながら、内装も豪華だった。でもお城や大公家で暮らしていた私は、さしてもう驚きもしない。慣れってコワイ。
「へぇ、ぼちぼちの部屋だね」
キングサイズのベッドがでーんと鎮座していた。
うーん、まあここで一緒に寝るのかな?
「今晩はここで泊まるとしても、どこか部屋を借りた方がいいだろうな。少し休憩したら、物件探しに行こう」
私達はルームサービスで遅過ぎる昼食を取ると、二人連れ立って宿を出た。道行く人が次々と振り返る中、アレックスは私の手をしっかりと握って離そうとしない。
逆にこれだけ目立てば、手を出してくる輩もいない。
「ついでにさ、着替えも揃えよう。君、足りないだろ?」
そう言うと高そうなブティックに堂々と入って、店員に告げた。
「彼女に似合いそうなのを持ってきて」
私達の風体を見て、只者でないと察した店員達は、様々なドレスや服を次々とせっせと見繕って運んできた。
彼はソファに踏ん反り返って、試着室から出てきた私を見定めて、ああでもない、こうでもないと指示を出す。
相変わらず、アレックスのセンスは凄くて、彼が選んだドレスや服はどれも私にピッタリだった。
「お綺麗です!!」
店員のお姉さん達が唸った。お世辞ではないくらいは私にも分かる。鏡の中の私は、自分で見ても綺麗に見えた。
「じゃあ、次は男物の服を」
「えっ?」
アレックスは少し笑って言った。
「男にもなれた方がいいと思って」
それで私は仕方なく男物の服を取っ替え引っ替えした。
長い髪は緩く一つに括ってしまった。
「素敵です!!」
今度は店員のお姉さん達から溜め息が漏れた。
驚くことにお姉さん達は、私が男なのか女なのかよく分かっていないようだった。
私があまりにも男物の服をさも当たり前のように着こなすので、男だけど、女装子だと思われたようだ。
そして予想通りというか、私が男装ならアレックスは女装してくるに決まっていた。久々に見る彼の女装は相変わらず可愛かった。
「これは可愛らしい! よくお似合いですよ!!」
まるで人形のように、フリルの広がったピンクのドレス!?
え、ピンク!?
「クラシカルなものにしてみた」
いつもゴシック調なものを着ていたアレックスが、ちょっと路線変更なのかな? 凄く似合ってるけど。
結局、アレックスも男物と女物の服の両方を揃えて、どちらの姿にもなれるようにした。
今頃、私達には追っ手が掛けられているだろう。
兄上のことだから、きっと半狂乱になって私を捜しているに違いない。
ニコラス様もきっと心配しているだろう。
「お兄さんの所に帰りたい?」
アレックスが不安そうに私を顔を窺っていた。
私はすぐさま彼の不安を打ち消すように首を横に振ってみせた。
「ううん、そういう訳じゃない」
「ならいいんだけど」
ぎゅっと手を握られて、何だか変な気分になる。着るものが変わると、心持ちも変わるのかな?
私達は傍から見たら、どう見えるのだろう?
再び性別が逆転した私達は、買った残りの服をとりあえず宿まで配送を頼み、その足で不動産屋まで足を伸ばした。
表に貼り出された物件の間取りを、慎重に吟味する。
「どんな部屋を借りるの?」
「んー、そこそこ狭い部屋?」
「ジーン、家事出来ないでしょ? 掃除とか大変だからさ。適度な広さでいいんだよ」
まあ、確かに無駄に広い部屋は必要なかった。
掃除くらいは私にも出来るけれど、料理はちょっと自信ないなぁ。
「ユーエン程じゃないけどさ、僕が料理はするんで」
「料理出来るの?」
アレックスは照れたように頷いた。だから二人で暮らそうなんて言い出したんだ。
正直、ユーエンとなら何の問題もなく生活出来るんだろう。もちろん、彼に全部やってもらうつもりはないけれど、料理はやってくれるだろうし、あ!! ……ついつい想像してしまった。いけない、今はアレックスと一緒にいるんだった。
「ジーンはユーエンの作った料理が好きだろ? やっぱり胃袋を掴むのは大事だよね」
「だから練習したの?」
「そうだよ。ユーエンに習ったんだ」
本当にアレックスは頑張り屋さんだな。
私は料理なんてしようと思ったことがない。
まあ、これでも一応貴族の出身なので、する機会もなかったのだけど。
アレックスなんて、うちとは家格からして大違いなのに。
「とにかく、適当な部屋見つけないと」
アレックスに半ば引っ張られるようにして店内に入り、紹介して貰ったいくつかの物件を内見して、その中の一つに決めた。
間取りは2LDKに家具インテリア付きで、すぐにでも住めるようになっていた。セキュリティのことを考えて治安の良い一等地に決めた。
物件を決めたので、私達はさっさとホテルに戻った。二人とも夜通し歩き詰めで、さすがに疲労困憊だった。
ベッドに倒れるように横になったら、一瞬で意識がなくなってしまった。




