01 突然取り戻した前世の記憶と失ったアレと婚約話
僕はユージーン・フォーサイス、このロージアン国に仕える聖騎士だ。今年で十八歳になる。眉目秀麗、金髪碧眼で実家は家名ばかりの没落貴族で、僕はそこの次男坊だった。つい最近までは。
なぜつい最近までかと言うと、僕は先日、ちょっとした事故に巻き込まれた。地方からの出張の帰り、列車の脱線事故に見舞われたのだ。そこで、僕は大事なものを失うと同時に、とんでもないものを手に入れた。
それは前世の記憶。
僕はなんと、このロージアンを舞台にした乙女ゲーム、『ロージアンの聖乙女』略してロジ聖というゲームをプレイしていた腐女子にして、不幸にも交通事故であっさり死んだ娘だったのだ。
なんと、今現在の僕は、そのロジ聖の攻略対象キャラに転生してしまっていたのだ。
そして、さらに不幸なことに、前世の記憶を取り戻した途端、僕は今世での大事なアレを失ってしまった。
つまり、僕は記憶を取り戻した途端に、前世の性別、女性になってしまったのだ!
これは大事件である。既に聖騎士として、仕事をしている僕。貧乏貴族である僕が失業ということになれば、うちの家族が路頭に迷ってしまう。
これは絶対に知られてはならない秘密。僕は女性になってしまったことを隠して、男として暮らしている。
幸い、見た目にはたいした変化はなかった。身長は男性にしても長身と言える部類、顔は元々女性のように整っていて、多少、体の線が細くなり柔らかくなったものの、胸は貧乳だし、服や鎧で誤魔化せるくらいなので、どうってことなかった。
一番困ったのは声だ。だが、いつもより低めに出すことでなんとかその問題もクリアした。
だが、問題はそれだけではなかった。
うちの父上が、なんと僕に縁談話を持ってきたのだ。
しかも! 相手は王家と連なる大公家。
僕が女になる前から、進めていた縁談だったらしい。
相手の家は、この国で一番の大貴族だ。
そこの一人娘である公女の婿となり、ゆくゆくは大公位を継ぐことになるらしい。
なんでまたそんな家と縁談が? 聞けば、公女様は少々問題を抱えているらしく、なかなか良い縁談がまとまらなかったとか。それで、うちみたいな貧乏貴族にお鉢が回ってきて、舞い上がってオーケーした父上は本当に馬鹿だ。
聞くと、是非あちらから婿にと望まれたらしい。どこで見初められたか知らないが。
お前、僕が女になってしまったことを知ってるだろう!?
バレたら一族末代までの恥をさらす羽目になる。タダでは済まないだろう。良くて国外追放、悪くて処刑。もし、そんなことになったら、一体どうしてくれるんだ?
だが、実際のゲームでも、僕ことユージーンは、大公家の公女と婚約イベントがある。公女がユージーンを見初めて、是非婿にと望まれるのた。どこで見初められたかはゲーム内でも明らかにされていなかった。ただ公女の立ち位置は、ゲームではいわゆる『悪役令嬢』だ。
ヒロインにユージーンが攻略されると、悪役令嬢である公女は破滅の道を辿るのだ。
やはり婚約は避けては通れない運命なのか?
僕は覚悟を決めた。ヒロインに見事に攻略されれば、公女との婚約は破棄され、自由の身になれる可能性がある。
ヒロインに攻略されても、結婚はもちろん出来ないが。
その前になんとかバックレる!!
果たして僕の当面の目的は、公女と婚約しながらも、ヒロインと懇意になり、公女の自滅を誘い、婚約破棄という流れ。
もうこれで行くしかない。そうしなければ、僕ら家族の明るい未来はないのだ。
「大公家が、お前に同居するように言ってきた」
その日の晩の食事の席で、父上がまたとんでもないことを言い出した。
先日、父上がまとめてしまった、大公家の一人娘、アレックス公女との縁談。
「お前はゆくゆくは大公だ。早くから婿教育がしたいのだろう」
僕は、食事の手を止めて、父上を睨みつけた。
「断って下さい!」
冗談じゃない。同居なんてしたら、誤魔化せるものも誤魔化せなくなるじゃないか!
「気持ちは分かるが、あちらさんは是非にと」
僕はテーブルにバーンと両手を叩きつけた。
「だから、僕は女になってしまったのですよ? そもそも公女との結婚なんて到底無理な話なんです! お分かりですか?」
「ジーン、やめないか」
いつもは優しい兄上が、僕を窘めた。
兄上、あんたがもっとしっかりしてれば、こんなことにはならないのに!!
そもそも、この家の男どもときたら。父上は地方領主という身分ながら、先祖の散財が嵩んで、家計は常に火の車。それでいて欲がないから税率は最低で、領民に慕われてはいるけど、お陰でうちの財産は食い潰されて、今は亡くなった母上の遺産と、僕の給料とでなんとか生活してる次第なのに。
ちなみに兄上は、次期領主の癖に地質学者なんてやってるから、たいした稼ぎもない。
僕が男で次期大公になれば、実家であるうちも、かつての権勢を取り戻せるかもしれない。でも、今の僕はもう女なのだ。
その僕に婿に行けとは、そもそも無理な話なのだ。
食事もそこそこに自室に戻る。
姿見の前に立ち、変わり果てた自分の姿に見入る。
逞しかった上半身は、女性特有の柔らかなものに。
ぎゅっと胸を潰したさらしを外し、僕はようやく一息ついた。
「人の気も知らないで」
僕は一人ごちた。
「僕の代わりに兄上が婿に行けばいいのに」
それはある意味妙案だ。兄上は体こそ病弱だが、僕同様に金髪碧眼の美男子で、頭はむしろ僕よりも良い。
そう考えると、それがもう一番いい案に思えた。
次男が長男に代わるくらい、あちらは気にしないだろう。
僕は思い立つとすぐ行動に移すタイプだ。早速兄上の部屋に突撃した。
「兄上!!」
そこで見たのは、メイドと兄上の抱擁シーン。
僕はそっとドアを閉めた。
「何やってるんだ、あのクソ兄貴」
仲が良いことは知ってはいたが、なんだか腹が立ってイライラした。どうせ言い寄られて断れきれずに、あんなシーンになったんだろうが。優しすぎるのも罪だな。
好き勝手やりやがって! もうこうなったら、婿にでもなんでも行ってやろうじゃないか? バレて大変なことになっても、僕はもう知らないからな!
翌日、僕は騎士団の詰所で、ちょっとした噂を小耳に挟んだ。
大公家の公女には愛人がいる、と。
まさに寝耳に水。これから婿に行こうという先に、愛人の噂。
「詳しく聞かせてくれ」
同僚達は、僕を気の毒がって色々教えてくれた。
公女の愛人は彼女の執事。長身で美形で、武術の達人。常に彼を自分の行く先々に同行させ、片時もそばから離さないなどと。
これは由々しき事態だった。
だが僕にとっては、非常に良い話だ。
愛人がいるなら、僕は要らないんじゃないか?
どうせなら、向こうから婚約破棄してくれないかなぁ?
「おい、ユージーン、気を落とすなよ」
「お前はイケメンだから、婚約破棄されても、きっと他にいい相手がいるさ」
皆、一様に僕を気遣ってくれる。
「それより、王城内に温泉が湧いたらしいぞ」
「騎士や衛兵達に無料で開放しているらしい。仕事終わりに寄ってみないか?」
何だって、温泉? それはすごく惹かれる。
だが、今の僕のこの体では、同僚達と一緒に温泉に入る訳にもいかない。
「事故の時の傷跡が酷くて、僕は遠慮しておくよ」
「そんなの気にするなよ」
そう言われても、一緒には入れないしなぁ。
「あ、そういや足湯もあるらしいぞ」
足湯なら入れそうだ。
「足湯だけなら、寄ってみるかな」
元々日本人だから、お湯に浸かるのは好きだ。この世界では、シャワーで水浴びか、お湯で体を拭く程度で、風呂に浸かる習慣があまりないのだ。
その日の仕事が終わり、一人で足湯に向かった。
王城内の外れの一角に、煉瓦作りの建物がいつのまにか建てられ、男湯と女湯それぞれ入口が設けられていた。温泉に入る場合はこちらなのだろう。
その建物の奥、屋根の下に足湯コーナーが設けられていた。
見たところ、他に誰も利用している様子はない。
僕は心置きなく、足湯に浸かることにした。
一日働いて、足が棒のようだった。
ブーツを脱いで、早速足湯に足を入れた。
至福の時だった。体の問題がなければ、是非温泉の方にも浸かりたい気分だった。
しばらくそうして過ごしていると、何やら他に人の気配が。
ふと、隣を見やると、ゴシック調の黒いドレスを着込んだ娘が、執事らしき男に抱き抱えられて、足湯に浸かろうとしていた。
何気に目が合ってしまった。
娘は珍しい紅い目をしていた。髪は銀色、緩く波打つ髪は腰まで伸びて、どこからどう見ても美少女だった。
僕は軽く会釈して、その場を離れようとした。
「お待ちを」
僕を引き留めたのは、お付きの男の方だった。
「聖騎士のユージーン様では?」
僕は彼の顔を見て、軽く驚いた。どう見ても東洋人だったからだ。涼しげな目元、前髪が長めの黒い髪、そして銀縁の眼鏡。かなりの美形である。
「失礼ですが?」
「申し遅れました。こちらはアレクシア・シルヴェスター公女。大公家のご息女にして、あなたの御婚約者です」
「な、なんですって?」
僕は絶句した。公女アレックス、まさかこんな所で鉢合わせるとは。てことは、この執事は噂の愛人か?
「失礼しました。ユージーン・ルカ・フォーサイスです」
僕は深々とお辞儀をした。
「アレクシアです。アレックスと呼んでください。こちらは私の執事でユーエン」
女性にしては、低めの声だった。
そもそもゲームの時と、声が全然違うのでその方に驚いた。
まるっきり、ゲームと同じ風にはいかないんだな。
「いずれ分かることですので、お話しておきますが、アレックス様は、足が少々不自由でして」
執事のユーエンが、近くに置いてある車椅子を指差した。
「普段は車椅子にお乗りです」
「はあ」
生返事で答えて、僕はハッとした。
足が悪いから、なかなか結婚が難しかったのか。
うちみたいな貧乏貴族なら、文句の一つも言えないと。
まあ、確かにそうなんだけど。
でも、障害者だからと、差別する気など僕には毛頭なかった。
そもそも、ゲームではそんな設定なかったんだけどな。
やっぱり、ゲームと同じようには話が進まなそうだった。心してかからなければ。
「あ、僕は足のことは気にしませんから、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえて、ホッとしました」
そう言って、アレックス公女は、ニッコリ微笑んだ。
う、美しい!!
顔は文句なしの美人だ。少し陰のある美貌は、このゲームのヒロインの明るい可愛さと双璧を成す。
この可憐な美少女が、悪役令嬢だなんてちょっと酷いな。
僕が男のままなら、喜んで婿になったろうに。
「ユージーン様、ジーンとお呼びしても?」
「あ、はい。ジーンで大丈夫です」
家族は皆、僕をジーンと呼ぶ。それくらいは別に構わないだろう。
問題は、この公女様とあまり親しくなってはいけないのだが、
気付くと、二人並んで足湯に浸かっていた。
向こうは、距離を縮めて来る気マンマンのようだ。
適度に距離を置きつつ、逃げなければ。
でも、こうなるとなかなか帰り辛い。
しばらく無言のまま、足湯に浸かり続けた。
沈黙を破ったのはアレックス公女の方だった。
「同居の話、お聞きになりましたか?」
「ええ」
彼女はゆっくりと話す。
「なるべく早く、式を挙げろと父からも言われていまして」
同居したら、一気に結婚まで話が進みそうで怖い。
「早めにお返事お願いしますね」
彼女から同居を催促される形で、初めての邂逅は済んだ。
読んで下さった方、ありがとうございます!
くだらないラブコメ書きたいと、作者が思いたって突発的に書いたものになります。
軽くさらっと読める感じにしていきたいです。
暇つぶしに良かったらどうぞ。
不定期更新です。