第4話雨の日の再会
霊を冥途に送る。冥途は安らぎの場……この世でその躰を失い想いだけが残るそれが霊としてこの現世に存在する。
実際冥途のその先の事はよく分からない。人の魂は冥途に生き浄化されその役目を追えて消えうせるのか? それともまた新たな命の光の魂としてこの現世に戻ってくるのか? 冥途はこの世とあの世の道筋の様なものだ。
死後の魂はなにもなければ、己の行くべく先へと向かい旅経つ。
その先がどんな世界だろうとも、行く先の道は決まっている。
小森神社はその冥途への道筋を案内する場所でもあるのだ。
妻築城さんの未練、ここに戻り真っ先に出会った未練だ。いや、一番最初に出会った未練は、明だ。だが、明の未練は別物だ。
さて、どうしたものだろう、この街に戻ってきて早々厄介な未練に出会ってしまったものだ。
「ううううう、頭痛い!」
明が気持ち悪そうに俺の傍にやってくる。
「霊でも二日酔いはするんだな。なんだか明お前いい研究題材になれそうだな」
「んもぉ、お酒飲んだ後にこんなに気持ち悪くて頭痛くなるなんて言っていなかったじゃない」
「飲み過ぎなんだよ。飲んだ事のない酒をあんなにはじめっから飲むからだ。これは飲み過ぎの罰だ」
「はぁ―、もうお酒いらない」
「そんな事言っておいていい飲みっぷりだったぞ、明ちゃん」
「ンもう、おばばまでからかうんだから」
「ははは、それはそうと、ほれ、朝飯じゃ冬也。ちゃんと食わんとな」
おばばは、昔から朝飯にはうるさい。
例え昼、夜を抜かそうが朝飯だけは必ず食わせる。「朝飯を食えんものは冥途の鍵をも開けらぬ」それがおばばの口癖だ。
まぁ朝飯と言ってもご飯に味噌汁御しんこに焼き魚の定番だ。
毎日同じメニューが出てくるとさすがに飽きるが、それは許してはくれない。
「ところでさぁ、妻築城さんの未練、今日何かするの?」
明が何気なく問いかける。
「あ―、そうだな。まずは相手の男に逢ってみないと何も始まらんだろ。まぁ話を訊いてもらえるかどうかだけどな」
「ふ―ん、相手の男ねぇ」
「なんだよ明、気が乗らないのか?」
「そんなわけじゃないけど、相手のその彼氏、確か今こっちに居ないと思うんだ。大学に行っているから、休みになんないと帰ってこないし」
「そうか、いねぇんじゃ仕方ねぇだろ。まぁ、他も当たってみるしかないだろ」
「他って?」
「そうだな、妻築城さんの墓石にでも行ってみるとするか」
「墓石って、お墓の事?」
「どうした?」
明は下を俯いて
「私今日は行かない……」と呟いた。
この町の墓所は3か所に別れている。そのうちの一つ、そう妻築城さんの墓石のある場所と明の墓石は同じ場所にある。それを明は知っていた。
自分の墓石を見るのが明は嫌だった。
自分がもうこの世にいない事を知らしめる墓標。そこには自分の躰がもうこの世には存在しない事を意味しているのだから。
昨日からの雨は止んでいた。
もうじき夏を迎えるこの季節、雲の割れ目から差し込む陽の光は熱さを感じさせる。
俺は一人、妻築城さんが眠る……荼毘にふされたその躰だけだがある、その墓石の前にいる。
彼女が事故でその躰を亡くし未練として、この現世に漂い始めてから3年が経つ、墓石には今だ月命日には彼女の親だろうか、供養をしているようだ。
墓石には、故人の想いだけではなく、その人を想う心が宿う。墓石はただ単に故人の想いが眠る場所ではないのだ。
妻築城さんの墓石からはその想いが感じられる。
「さて、ここに来てみたがやっぱり、何も収穫はないか」
ぼそりと呟く様に俺は嘆く。
やっぱり、手っ取り早いのは、妻築城さんの彼氏に逢う事だろう。
そしてもう一つ気になるのが、彼女をあの場所に繋ぎ留めている元カレの怨念だ。
もしかしたら、妻築城さんの未練を断ち切る前に元カレの怨念を何とかしないといけないのかもしれない。
だが、その元カレの情報は何もない。妻築城さん自体もうその元カレの記憶が薄らいでいるようだ。
ふと、向こうに見える墓石が目に入る。
明の、森宮家の墓石だ。
脚が自然とその方向に動きだす。
一つ墓地の並びから、一つ間を置いてその墓石はある。
その墓石の前に立つ……明の、その家族の想いが俺に伝わる。暖かい想いだ……
明の家族の暖かい想いが伝わってくる。
墓石を見ながら、一筋の涙がこぼれた。
何故だかは分からない。明とは、今さっき一緒にいたのに、明の荼毘にふされた遺骨が眠るこの墓の前に来るだけで胸が熱くなる、目から涙が溢れてくる。
この10年間俺は明の事を忘れる事が出来なかった。都会と言う雑踏の中で暮らす事で、未練となった明と距離を置きたかったのは事実だ。
だが、俺の躰が、そして心がもう限界だと言っていたんだろう。だから今俺はまたこの町にいるんだと思う。
舗装された農道に面した明の、森宮家の墓石。その墓石のすぐそばに一台の軽自動車が止まった。
車から降りて来た女性が俺に声をかける。
「もしかして、冬也さん?」
声をかけて来たのは、明の妹。森宮奈々枝、明とは二つ年下になる。
その姿はやはり姉妹だ。明とそっくりのその姿に目を背けてしまう。
「久しぶりですね。冬也さん。いつこっちに戻って来たんですか?」
奈々枝の性格は明とは少し違う。落ち着いた感じで、そして清楚な感じを醸し出す。控えめな性格。
「久しぶりだね、奈々枝ちゃん。昨日だよ、昨日この町に帰って来たんだ」
「そうなんだ。それで今日お姉さんの所に? ありがとうございます」
深々と頭を下げて礼をいう奈々枝
「お姉さんは幸せですね。こうして冬也さんがまた傍に来てくれたんですもの」
「どうして、そう言えるんだい?」
「だってずっと私感じているんです。お姉さんがいつも冬也さんの傍にいる事を。だから、冬也さんの傍にいるとお姉さんが一緒にいるような感じがするんです。私の勝手な思い過ごしかもしれませんけどね」
奈々枝はにっこりを微笑んだ。
「そうか……、奈々枝がそう感じるんだったらそれでいいと思う。明はいつも奈々枝の事を見ているはずだから」
「そうですね。お姉さんはいつも私の事を見守ってくれています。私はいい姉を持って幸せです」
「そうか。その想いはきっと明にも届いていると思うよ」
「ありがとうございます」彼女はそう言い、また深々と頭を下げ
「私ちょと用事があるので、これで失礼板します。ではまた冬也さん。もし良かったら家にも来てくださいね。それでは」
奈々枝は自分の車に乗りこの場から離れた。
まいったな、思いもよらず奈々枝に出会うとは。
奈々枝を見ていると、明が生きているような感じを受けてしまう。
もう未練(霊)となった、もう現実に戻る事のない明の姿を見ているようでとても辛くなる。
遠ざかるその車の眺めながら「家かぁ……」と呟く。
明の家には行った事が無い。明との付き合いは長いが、明がこの世を去ったのは、小学5年の時だ。生きていた時は仲の良い友達と言う訳でもないのだから当然家に行く事もない。まして小学生とはいえ、女の子の家に遊びに行くこと自体少ないだろう。
その時ふと思った。妻築城さんの家……、何か手掛かりがあるかもしれない。
しかし、どんな口実で妻築城さんの親に逢えばいいんだ。
身動きの取れない未練(霊)と、その怨念の為に事故の事を教えてほしい。と、でも言えば信じてもらえるのか? かえって気味悪がられて閉め脱されてしまうかも知らない。
「ん――、まいったなこりゃ。肝心の彼氏は今こっちにいないみたいだし、側面から追う事もできない。まったくよう本当に厄介だぜ。しょうがねぇ、もう一度彼女の所に行ってみるか」
ほとんど諦めモードで俺は、妻築城さんが呪縛されているあの歩道へと向かった。