第2話雨の日の再会
事故で死んだ地縛霊の未練。
それは……
しかし彼女はなぜここで地縛霊としていなければ行けないのか?
地縛、その地に縛られている。つまり彼女はここに何らかの未練を残していたんだろう。後は代償だ。
地縛霊は自分に対し罪を起こした償いの為にその場所に縛られることが多い。そしてその未練が鎖の様にその霊をそこから動くことを拒絶させる。
この子は、一体何をしたんだ? 明は事故で亡くなったと言っていたが……
「あのぅ……私、彼に謝りたいんです」
おずおずとしながら、声を少し詰まらせ、その子は話し始めた
「私、妻築城早苗と言います高校2年生です……ですけどもう3年もずっとここにいるからもう卒業していますよね。生きていれば」
「ふぅ―」諦めた様にため息が出た。
「で、あんた、妻築城さんはどうしてその彼に謝りたいんだ。自分が死んでしまったからか?」
「そ、それもあります。でも一番彼に伝えたかったことは……私、前に付き合っていた年上の人がいたんです。私あの日事故にあった日、彼の運転する車に乗っていたんです。……その、元カレの車に乗るところ見られたんです。違うんです。私ちゃんと元カレと話をする為に彼の車に無理やり乗せられたんです。でないと……彼に、友弥にひどいことするって……だから、嫌だったけど仕方なく……」
「それで、ここで事故になって、妻築城さんは亡くなったと言う訳か」
「……はい」
まぁ大まかな事は分かった。要は妻築城さんはその彼に自分は二股をかけていたんじゃないって言う事を伝えたいと言う事だ。
「まったくひどい話よね。私も知っているあんたの元カレの事、彼奴は嫉妬深いし、諦めも悪い奴だったんもんね」
明が少し怒った様に言う。
「お前ら、波長が合うんだな。普通、霊同士は干渉しないもんだがたまに波長が合う霊もいるんだ。そいつらはお互いの事見えるみたいだけどな。明が妻築城さんを知っていたと言う事は、そう言う事か」
「あら、そうなの? 私結構いろんな霊と話してんだけどなぁ」
「オイオイ、お前どんだけ波長広げてんだよ。まったく」
「えへへ」と笑いながら頭をかく明の姿、こいつを霊のままにしておくのがもったいないと思った。
ところで腑に落ちないのが何故彼女妻築城さんが、この場所に呪縛され、地縛霊としてここに留められていると言う事だ。
今の話だと妻築城さんに対する罪の重みは軽い。ただ彼女が自ら事故を誘引したのであれば話は変わるが……
「もしかして起きた事故って、妻築城さんが関わっている?」
この言葉を放したあと、彼女はぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「死んだのは……私のせいなんです。私が起こさせた事故ですから……私、運転している彼の首を絞めたんです。だから彼、急にハンドルを切ってこの店の前の電柱に車がぶつかって……私も、彼も即死でした」
「何で運転している奴の首なんかいきなり絞めたんだ。それなら事故になって当たり前じゃないか」
「そうです。私……私は自分の命と彼の命を奪いました。でも私彼の事が許せなかったんです。私はきちんと彼と話をする為に彼の車に乗ったんです。でも、彼……そのままホテルに行って無理やり私は彼に抱かれました。だって……そうしないと、彼、友弥に酷いことするって……。ずっと私が友弥と一緒にいるんだったら、友弥が私と一緒にいられない様にするって……だから、だから……」
「ちょっと、それって酷過ぎない! そんだけ腐っていたんだ彼って……許せない」
怒りをあらわにした明の手を掴み、その口と感情を閉ざさせた。
「分かった。それで妻築城さんの未練を伝えたい相手の名前って覚えているのか?」
「はい……高橋友弥。家は夕陽丘タウンです。彼、一度だけここに来てくれました。でも、私の事は何も……そして感じたんです。彼の心の中の怒りを……信じてほしい。許してもおうなんて思っていません……このまま私ここでずっと一人でいても構わないんです。ただ彼に友弥に真実を伝えたいだけなんです」
「そうか……できるかどうかは分かんないが、まぁ一応調べてはみるとするよ。今日はもういいかい? 僕も今日この町に10年ぶりに帰って来たばかりなんだ。先を急ぐんで……それじゃ」
そういい。妻築城さんの未練(霊)から離れた。
明の手を引っ張るようにして。
「明、感じたか?」
「……うん」
「そうか、彼女をあの場所に縛っている鎖。あれは黒い嫉妬だ。彼女の元カレの嫉妬と言う死念だ。だから彼女はあの場所に呪縛され、地縛霊としているんだ。あそこには二重の未練? 一つはすでに死念ではない既に怨念と化している。これは少々厄介かもしれんな」
「でも冬也は、妻築城さんの未練を必ず断ち切ってくれると思う。そして彼女を冥途に送ってくれると私は思う」
「何故、お前はそう言い切れる」
「だって……冬也だから」
「変わんねぇな。明は……」
人差し指で鼻の頭を軽くこする。
「何照れてんのよ冬也。あんたまたその癖出てるじゃん」
照れると……鼻の頭を人差し指でこする癖。明はちゃんと見ていた。
「馬鹿野郎……照れてなんかいねぇよ」
そう言いながらまた人差し指は鼻の頭をこすり始めた。
町はずれの林の中にポツンとある一軒家。神社と言うには、あまりにもみすぼらしいこの建物が俺が幼い頃から住んでいた家だ。
相変わらず何も変わっていない。林の入り口にある朱色の鳥居をくぐり石段を上がり見えるぼろ家。それでも俺には帰る場所はここしかない。
ガラガラと音をたて玄関を開け
「おばば、いるのか?」と声をあげる。
「そんなに大きな声で呼ばんでもちゃんと聞こえておるわい」
全く10年たっても変わらずこのおばばの口の悪いのは変わらない。
「10年なんの音信もない奴がいきなり帰るなんぞ、わがままもいいとろじゃからの」
「いいじゃねぇか、帰って来たんだからよ。文句は言うなよ。一人寂しい思いをしていると思えばこそ帰ってきてやったと言うのによ」
「何抜かす、この減らず口めが」
そう言いながらおばばは俺の両頬をつまむ
相変わらずだ……まぁ、憎まれ婆世にはばかるって? そんなことわざはねぇかも知んねぇけど、おばばにはぴったりだ。
「おや、明ちゃん。冬也の事迎えに行ってくれてたんじゃ。ありがとうな明ちゃん」
「どういたしまして、だって誰も迎えに行ってもらえないのって、物凄く寂しいでしょ」
「おおそうじゃな。まぁお上がんなさい」
「て、言うより明、お前ここに居座っているんだろ」
「バレたか!」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる。まったくお前等俺をこけにしやがって」
「何にも言えんじゃろ冬也。今まで何にも連絡もよこさんでの。まぁお前が霊になっていない事は分かっていたから生きてはいるとは思っておったがな」
「ならいいんじゃねぇかよ。俺も婆が冥途に行っていねぇこと感じてたから何にも言わなかっただけだ」
「なんだとう、この期によんで。わしゃ、まだ冥途には行かんわ」
「まぁまぁ、二人とも久しぶりの再会なのに、のっけから喧嘩しなくても」
明が中に入ろうとするが、これは喧嘩ではない。俺とおばばの意志の確認みたいなもんだ。お互い口は悪いが……気持ちは分かっている。俺も、おばばも……
「しかしなんじゃのう。10年も向こうで暮らしていたわりには荷物もこのケース一つとはお前も身軽なもんじゃの」
「ああ、全部処分してきたからな」
「そうか……」
あとはおばばは何も言わなかかった。
ただ一言
「食いぶちがまた、一人増えてしまったのぉ」
それが、おばばなりの俺に対する歓迎の言葉である事は……分かっている。