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未練 Reluctance  作者: さかき原枝都は
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第1話雨の日の再会

 10年ひと昔と言うのか? この町にまた僕は戻って来た。

 何の事は無い。

 ただ昔この町に住んでいたという事実だけだ。

 大都会の様に、毎日どこかで改築工事が行われ、街の風景が日々変化するような、そんな町ではない。

 10年たってもほとんど変わらない街並み。

 そしてこの吹き抜ける風。海辺の町ならではのその風が僕の躰をまた懐かしさと共にまとい、昔の思い出を運んでくる。


 その日は……雨が降っていた。

 静かに、そして厳かに……雨のしずくは空から舞い降りている。

 この町は雨がきれいに降り注ぐ。

 その雨はまるで輝く光の粒の様に天から降り注ぐ。雨粒一つぶが人の魂の光の様に……


 電車を降り、駅の改札を抜けると、彼女は僕を待っていたかの様に僕に手を振る。

「おかえり、冬也とうや」一言彼女は僕に言い、そっと手を差し伸べた。

 その冷たい温かさを感じさせない手……

 それでも彼女の手の感触は伝わる。

「まだ……いたのか」

「居ちゃ悪い?」

「まぁ―、悪いとは言えないけど、あんまし良くもねぇんじゃないのか」

「そうか……10年ぶりに逢ったっていうのに、冬也はそんな事言うんだ」

「仕方ねぇ―だろ……」

 あきらは少し寂しそうに「そうだよね」と呟いた。

 黒い艶やかな長い髪が揺れる。あの当時の面影は全くない。

 今は……長いまつ毛に小さな顔立ち、そして切れ長の目。こんな町にいるような顔つきの女じゃない。都会にいれば即モデルにスカウトされるだろう。

「10年かぁ……冬也がこの町出て行ってからもうそんなに経つんだ」

「そうだな」

「どうして、またここに戻って来たの?」

「それを聞いてどうするんだ? 身の危険でも感じたか?」

「まさかぁ、冬也がその気なら私はとっくに冥途に送られているでしょ」

「……そうだな」


 僕の名は矢崎冬也やざきとうや。僕には普通の人間には持たないある能力がある。

 それはこの世にさまよう霊を感じ、そして触れる事が出来る事だ。この世にさまよう……未練を残した霊。それは時にして災いを導く場合がある。その霊を僕は冥途へと導きそして前世の未練を断ち切らせる。

 現世と冥途の境へと僕は行く事が出来るこの躰の事は、僕の祖母。「おばば」しか知らない。

 そう、今僕の手を握っている彼女、森宮明もりみやあきらは小学5年の時、交通事故でその躰は荼毘にふされた。しかし、彼女の未練は今も現世にとどまっている。

「私さぁ、冬也がこの町にやって来た時の事今でも覚えているよ」

 僕は小学校に入学と同時にこの街に来た。

 両親が僕を手放したのだ。この能力を両親は理解しきれなかった。だから僕はおばばがいるこの町に、そして祖母の神社へと送られた。

「おばば」は小森神社の神主。

 小森神社は小さな、そして誰も気に留める事も無い位質素でぼろい神社だ。

 でも、その神社こそがこの現世と冥途との境にある事は僕ら二人しか知らない。その神社の力は僕の躰に憑依し、この能力を僕はもの心ついた時から当たり前の様に、さまよえる未練達と付き合っている。

「そんな昔の事」

「冬也って、あの頃すごい泣き虫でっさぁ……いつも一人だったよね」

「しかたねぇ―だろ。誰も俺の事なんか分かっちゃくれねーんだから」

「うん、私が死んでから冬也の事、冬也の本当の事分かったんだから、仕方がないよね。こんな能力があるなんて誰も信じてなんかくれないし」

「それでいいよ。誰も知らない方が俺も楽だ。こんな事生きている人間が知ったらそれこそ気味悪がれるだろ」

「確かに!」明は、はにかみながら笑う。

 その笑顔に少し胸が痛くなる。もし明が今も生きて現世にいたならば……今の様に二人で会話なんかする事もなかったんだろう。それを思えば僕のこの能力を呪いたい気分になる。

「ところでどうして急に戻って来たの?」

 明の問いにその答えを返す事は出来なかった。ただ、都会で暮らすのが僕には少々刺激が強かったようだ。10年この町を離れ都会暮らしをしてきたが、ある日何も考えず、会社に辞表を出し、引っ越しの準備をしてこの街にまた戻って来た。もう僕の帰る場所は「おばば」がいるあの小森神社しかない。

 そして僕はこの町に引き込まれる様に戻って来た。

 明がまだこの現世にいるこの町に……雨の降るその姿がきれいなこの街に。


 商店街の歩道を小森神社を目指し歩く。

 その歩道の端に僕らを見つめる一人の女性。彼女は僕らの存在に気が付き何かを話そうとしている。

 明が一言耳元で言う「あの子3年前にここで事故で死んだ子だよ」

 未練が僕らを引き寄せる。

 僕はあえて自分から未練……霊に対して声をかけない。うっかり声をかければ、僕の能力をその例は理解し僕に憑りつこうとする。

 憑りつく霊は未練があるから、その肉体を欲しがる。肉体だけを手に入れた未練はその残した未練を果たしに行動しようとする。その未練がどんな未練であっても……

 前に、うっかり声をかけてしまったために、僕は危うく殺人犯になりかけた。その未練は自分を死なせた人を殺す事に執着していたからだ。

 未練は時として、人に災いとその霊と同じ世界に導こうとする未練もあるのだから。

 その霊は、自分の命を絶たせた人物のその後の生きざまを見た途端、笑うかの様にその未練を薄めていた。

 犯人は刑務所で刑に服し、あと1か月の命しか残されていなかった。その真実を見切った霊は僕と共に現世と冥途の境に向かった。残され未練を現世にとどまる霊は自ら冥途には行けない。水先案内人が必要なのだ。あとは……

 その境の壁の扉を開ける事が出来るのは僕にしか出来ない。そう僕は冥途への水先案内人なのだから……

「冬也、あの子送ってやんないの?」

「何で?」

「だって、あなたその為にいるんでしょ? ねぇ―冬也さん」

「明、お前何か勘違いしてないか? 俺は好き好んで全部の霊を冥途に送るそんな善喜者ききしゃじゃないぜ。それに未練を果たすのは物凄く大変なんだぜ」

「そうなんだ! 私、冬也ってそんな仕事していると思っていたんだけど?」

「俺は普通のサラリーマン……だった。1か月前までは……」

「1か月前までは? って、辞めたって事?」

「そうだ、何か文句あっか」

「今、無職なんだ……結婚できないね」

「誰と、誰が結婚すんだよ」

「私とあなた?」

「って、できるわけねぇ―だろ。おっちんじまっているお前と生きてる俺と……」

「あら、異色の恋愛結婚ていうテーマもいいんじゃない?」

「あのなぁ、恋愛小説の世界しかないのか? お前の頭の中は。それに、お前あと……」

「あのう……お取込み中済みません」

 ああ、来てしまいやがった。話しかけられたという事は、あの未練(霊)は俺が見えていると言う事を認識している事だ。

 話しかけられたら無視? は出来ない。何故って? それは俺がお人よしだからだ。やっぱり俺は善喜者だ。

「やっあり私の事見えていたんですね。良かった」

 胸に手をやり安堵した表情をするその未練(霊)の彼女は

「唐突で申し訳ありませんが、一つお願いがあるんですけど……」

 そうら来た。未練は必ずその想いを果たそうとする。

「ちょっと待った。俺はあんたの事確かに見えてる、でも俺はあんたに何かをしてやる義理はない。もし強引に俺に憑依しようとするんなら、俺はあんたと戦わないといけなくなる」

「そ、そんな……強引に憑依なんかしません。私ここから動けないんです。だから、だから……一つだけ、一つだけの私の願いを訊いてもらえればそれだけでいいんです」

 未練を残した地縛霊。

 その未練がこの場に張り付いたように居残る。未練(霊)だけが、誰の目にも触れることなくこの場所にいつまでも居続けている。

今日はこの町に雨が降っている。


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