59話 英語分からず侮辱に至る
3年進級から早くも1ヵ月が経った。五十嵐さんの停学期間も過ぎ、彼女は浩平の家を去った。こうして、再び遠距離とはなったのだが、電話で1週間に一度は話し合う。
(クソッ...。遠距離リア充め...。)
俺は新たな造語を産み出しつつ、歯軋りをした。やはり、彼が羨ましくて妬ましくてたまらないのである。
俺がそんなことを思っている内にゴールデンウィークに差し掛かっていた。この5連休の内、最後の1日は鈴本さんとのデートで埋まっている。彼女とのデートの頻度もかなり高まってきた。こういう風にお互いに少しずつ仲良くなっていくのが俺たちの流儀である。
とは言え、どう足掻いても残りの4日に関しては何も予定が無いのである。その4日だけは家でのんびりするも良し、彼女との時間を増やすも良し、あるいは、浩平たちと遊ぶ良しなのである。
そして、その暇になりそうな4日を3日に変えたのは、浩平であった。ゴールデンウィーク1日目の夜、彼から電話が掛かってきた。
「明日、新宿行こうぜ!」
と言われた。俺は、
「あぁ。」
と言う。すると、彼は
「よし!乗ってくれたか!じゃぁ、帰りに大神宮にでも寄っていくか。」
と言ったのである。
東京で大神宮と言えば東京大神宮である。そして、東京大神宮と言えば、縁結びのご利益がある神社である。おそらく、俺と鈴本さんがこれからも良縁であることを願ってくれているのだろう。どうやら、圭吾や学も同伴するらしい。
(あいつら、彼女いないかは露骨に嫌がりそうだな...。)
俺はため息をつきつつも、彼なりの優しさに大いに感動した。
「こ、浩平。お前...。」
俺のまぶたは自然と涙で湿った。すると、浩平は
「べ...別に、お前のためじゃないんだからな!俺は慎耶香との良縁を願っているだけで、別にお前のためなんかじないんだからな!勘違いするなよ、このバカたれがっ!」
と、照れる。
「バカたれ...?」
俺はそう小声で怒るが、
(ツンデレかよ。可愛いとかあんじゃねぇか。)
と微笑んだ。
そして、次の日。俺たちは上野駅に集まった後、新宿駅方面の電車に乗った。もちろん、新宿へ行く目的は原宿である。変な外国人が多いとの噂だが、俺たち男に絡んでくる人はほとんだいないだろう。
「なぁ、外国人に道とか聞かれたらどうする?」
そう言われて、俺たちは頭を抱える。何せ、俺たちは英語がダメダメな類いなのだ。鈴本さんや立花さんのような才色兼備とは正反対なのである。
「What's?」
「いや、それ失礼すぎだろ。」
「O...Oh,really?」
「語彙力の無さね。何でも『えっ、マジで!?』で済ませられるわけ無いだろ。」
「Sorry,I can't speak English.」
「それはベタ過ぎたな。」
「Excuse me?」
「それ、何度も繰り返せば、ワンちゃん諦めてくれんじゃね。」
「I don't know.」
「知ってても言いそうだな。」
「Ah...well...well...」
「いや、シンキングタイム長すぎだろ。」
口々に言う俺たちの返答に、浩平が的確にツッコミを入れてくれる。
中でも、面白いやり取りは圭吾のこの珍回答から始まる。
「Who am I?Do you know something about my name?」
彼はわざとらしくキョロキョロとする。
「いや、知るかよ。てか、記憶喪失のフリかよ。」
「『私は誰ですか?私の名前について何か知っていますか?』とかワロタ。」
「記憶喪失でクソワロタ。」
俺たちも笑って見せた。
と、そんな楽しい会話をしてる内に電車は新宿駅のホームへと入り、電子音とともに扉が開いた。俺は荷物を持って、エスカレーターを降り、改札を出た。そこには、黒人やら白人やらの外国人と、黄褐色の日本人たちが入り乱れて渡る、スクランブル交差点があった。
俺たちが想像以上のその光景に目を大きく見開いていると、運の悪いことに早速外国人に話しかけられた。
「Sor...」
俺は英語が話せないことを伝えようとしたのだが、浩平が遮ってわざとらしくキョロキョロし始めた。
(それ、本当に使っちゃうのかよ。記憶喪失の奴。)
俺はそう思ったが、全く違っていたようだ。
「あれぇ?どこだー?」
どうやら、何かを探しているらしい。そんな彼を見て外国人は小首を傾げて、
「Are you looking for something?」
と聞いた。すると、浩平は探すのを止め、外国人の方を向いて答える。
「Oh,yes.I'm looking your brain.But I don't find it.Where is it?」
(あなたの脳が見つからないって、いくら何でも失礼過ぎだろ!てか、そう来たかー...。)
俺は少し引き気味になる。当の外国人も押し黙っていた。
(当たり前だ!浩平、今すぐ謝れ!)
と俺は思うのだが、杞憂に終わってしまった。
「Ah...I ate it yesterday.」
なんと外国人はそう言ったのである。
(冗談の分かる人で助かったー!てか、この外国人さん、ノリ良すぎ!)
「Oh,I see.By the way,was it delicious?」
(五十嵐さんのおかげなのが分かんないけど、浩平が普通に英語話してるっー!?)
見ると、他の2人も驚いてようだった。無理も無いだろう。
「Yes!It was delicious very much!」
そして、外国人さんのノリの良さてある。
(て言うか?外国人ってこんなジャパニーズジョークが通じる方々でしたっけ?)
俺はまた驚かされる。見ると、やっぱり2人も驚いている。まぁ、無理は無い。さらに、浩平の
「Oh,really?I'll try to eat mine.」
外国人は大きく笑い、浩平も大きく笑う。
(何でそうなる?それに、ちょっと違和感があるな。まぁ、ニュアンス的には通じてるみたいだから良いが。)
だが、そんな笑い合いも外国人その人が止め、本来聞きたかったことを聞いてきた。どうやら、明治神宮へ行きたいらしい。だが、俺たちだって憧れてはいたものの初めての新宿である。浩平はそこに観光案内所かあるから、そこで聞いてほしいと英語で言ったのみ。
「OK.Thank you very much.」
「You're welcome.」
「I had a lot of fun speaking to you!」
「So do I!See you!」
「See you!」
2人はお互いに手を振り合いながら、別れを告げた。
(「see you」って、また会えるかも分かんないのに。確かに、「また会えますよね」みたいな好印象を与えるけどさ。)
「て言うか、俺も外国人とそんな会話をしたい!」
「俺もだよ!」
「僕も僕もー。」
俺含め、圭吾と学は声を揃える。これが、英語への意欲のきっかけとなった。




