55話 逃げて来た女の子
「俺、こいつのこと慎耶香直宗と呼んでる。慎ましやかなお胸ってな!ハハハハハ...!」
急にそんなことを言う浩平に俺もつられて、わざとらしく笑って見せた。見ると、五十嵐さんも笑っていた。当然、わざとらしくではあったが。
そして、俺たち2人は同時に笑い止み、俺は黙り込み、五十嵐さんの目から輝きが消えた。彼女は心細く拳を握り、浩平の鳩尾を殴った。
「ぐはっ!」
彼は吐血もしそうな声を上げて、鳩尾を押さえた。
(この人、結構、力強いのかな?)
そう思って俺は彼に聞いてみることにした。
だが、その必要も無かった。浩平は腹を押さえたまま、
「今日も強烈だ...な...。ゴリラと勝負しても、勝てるんじゃないか。事実上の霊長類最強になれるぞ。吉田沙保里と違って。」
「黙れ!カスっ!」
今度は浩平の股間に膝蹴りを食らわす。流石に彼は力尽きた。今にでも死にそうな顔でその場に倒れ、痛がりもせず、ただ無造作に涎が垂れた。その瞬間、俺は確信する。
(あぁ、相当、強いんだな。)
と。俺は気付かぬ内に冷や汗をかいていた。
「あの...お兄さんにお姉さん!」
そんな微笑ましいとは言いがたい3人の雑談に、7歳ぐらいの女児が口をはさんだ。その女児はとても愛らしかった。俺も浩平もロリに興味が無いと言えば嘘になる。俺たちは頬が紅潮し、口もわずかに綻ぶのを感じた。
しかし、それでも学のような真似は絶対にしない。社会的地位を失いたくないからである。もちらん、その様な真似をする学は既に社会的地位を失っている。
「どうしたの?」
先に声をかけたのは、五十嵐さんであった。彼女はしゃがんでその女児と目線を合わせた。
「お名前、教えてくれるかな?」
彼女は笑顔で女児に聞く。女児は、首を横に振って、
「お母さんに知らない人に名前教えたらダメって言われてくるから言えない。お姉さんたちみたいな信頼出来そうな人も例外じゃないの。」
俺と浩平はその様子にどうしたものか、と顔を見合わせる。こんなに用心深い女児は見たことがない。これまでの女児のイメージは、信頼出来そうな人であれば気が置けないと決まっていたからだ。
「そっかー。じゃぁ、私たちに何か頼み事かな?もし、そうだったら、どんな頼みが教えてくれるかな?」
実に優しく温かい笑顔と声である。すると、女児は黙ってコクコクと頷いてから、
「実はね、私、変なお兄さんに追われているの。」
その言葉に俺たちは再び、顔を見合わせる。何となく心当たりはあったが、あえて考えないことにした。
そして、その頃、学を何処かを走っていた。時々、
「くんか、くんか、くんか...。」
と怪しい素振りで地を這いながら。もちろん、彼に近づく者はいない。近くを通りかかっても、空気のように扱う。
しかし、学は気にも止めなかった。時に走って、時に地を這いながら、彼は自分の"運命の幼女"を追っていた。




