表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

二話




 ――初面接から2週間後の朝、郵便受けに合否通知が10社分、入っているのを確認した。

 僕は急いで封を切った。


 結論を言うと、全て不合格だった。

 型をそのまま使ったような、ものすごく丁寧な文章で不合格であることについて綴られていた。


 「はぁ……あの食品メーカーは手ごたえあると思ったんだけどなぁ……」


 自然と悪態をついてしまう。


 「まぁ、まだ10社だし、昨日面接した会社も手ごたえあったから、望みはあるよな……」


 しかし、期待して開けた通知は最初にリストアップした30社全て『不合格』を表記していた。



         ♢




 とある食品メーカーのオフィスにて――


 「部長、どうして採用しなかったんですか?質問には必ず答えていたし、ハキハキしてて良いと思ったのですが……」


 髪をポニーテールにくくった、スーツ姿の女性が、足を組み、椅子に座っている男性に向けて、質問を投げかけた。


 「あぁ、確かに、質問には答えていたが、淡々過ぎてつまらなかったんだ。形式に則った文をただただ読み上げているようでね……。もう少し、自分の夢や目標を熱く語ってくれたら、そのやる気が会社に良い影響を与えると判断して、採用したのだが……」


 「そうなのですね。まぁ、確かに、質問に答えるときの表情もあまり変わりませんでした。ただ、質問に答えることだけに集中していたのでしょうか。」


 「そうかもしれないね。まぁ、人当たりは良さそうな感じだったから、どこかが採用するでしょう。」


 「だと良いのですが……」


 そんな会話を交わした後、二人はオレンジ色に染まった黄昏時の空を一度眺めてから、それぞれの仕事に戻った――。




         ♢




 僕は、最後の通知を受けると、すぐにハローワークに行き、次の会社を探した。

 時には、ハローワークのスタッフに仲介してもらい、当日、すぐに面接することもあった。


 しかし、ことごとく不合格を告げられた……。


 僕の就職が決まらないことを心配した母の紹介で、就活に関するゼミナールに参加したこともあった。

また、ハローワーク主催の資格講座でパソコンに関する資格や、苦手な簿記の資格も取得した。簿記は2級が僕の頭では限界だったが……。


 面接のペースも、徐々に落ちていき、月に二社受けるのが、体力的にも精神的にも限界に達していた。


 こうした努力もむなしく、結局、リストラ宣告を受けてから約1年、どの会社も受かることはなく、ただただ、時間だけが過ぎていった――。


 生活は、母さんの収入で、二人分ギリギリで何とか過ごしている。


 一度、生活保護について相談したこともあったが、「お母様の収入から換算しますと、生活保護は受けられないですね」と断られてしまった。

 実際は安いスーパーを巡り、工面したり、母さんの仕事場のスーパーから、期限切れの弁当を何とか頼み込んでもらって帰り、一日に1食か2食を何とか養ったりして、生活していた。


 学生時代に、話は聞いていたが、改めて、中途採用の厳しさを思い知ったのだった――。




         ♢




 就職も決まらない、食べ物もまともに食べられない状態が続き、体力的にも、精神的にも、極限まで追い詰められていた、そんな時。

僕は、ついに魔が差し、一か月分の食費を抜き出し、飲み屋街へやってきた。

 しかし、支払えないほどに飲む勇気はなかったので、5000円札一枚を残して、酒に明け暮れた。


 その帰り道、僕はふらふらと、おぼつかない足取りで歩いていた。


 そして、漫画やドラマのごとく、髪を金髪に染めた、僕より若いか、同じくらいのがたいの良い男性にぶつかってしまった。

 僕は声をかけられないことを祈ったが、神様は許してくれなかった。


 男性は、僕の腕をつかんで、強引に振り向かせる――。


 「いてっ!おい、てめぇ、何しやがんだ?」


 僕の酔いはそこで一気にさめた――。


 「す、すみません!!」


 僕は体が曲がる範囲で、最も深いお辞儀をする。


 「おい、ちょっと、こっちに来い!」


 しかし、僕の謝罪は空振りに終わり、グイッと襟元を引っ張られ、路地裏に連れて行かれる――。

 僕の命は終わったなと、抵抗する間もなく連れて行かれ、そう感じた。


 僕はお店か何かの裏口の壁にたたきつけられる。

痛みは感じなかったので、手加減したのだろう。


 そして、いわゆる『壁ドン』を、なぜか男である僕がされていた。

 この時の『壁ドン』とは、言わずもがな、女性が喜ぶあの『壁ドン』である。


 そして、普通の人は逃げ出し、子どもは泣き叫びそうなほどの剣幕で、男性は僕に話しかけた。


 「おい、てめぇ、酒くせぇんだよ!何があったか知らねぇがな、ふらふら、ふらふら歩いてっと、俺みたいな奴にられんぞ?俺だから良かったものの、この近辺には、もっとひでぇ奴らも、うろついてんだ……。わかったら、しばらくここで頭冷やして、まっすぐ歩いて帰りな。じゃあな。」


 そう言って男性は体を離し、僕を殴るでも、カツアゲするでもなく、去っていった。

 見た目に反して、根はいい人だったのだろう。


 僕は緊張の糸が切れ、その場にへなへなと座り込み、1時間ぐらい、ぼーっとして過ごした。


 (僕は何やってるんだろう……)


 ぼーっとしていると、これまでの出来事が頭の中を駆け巡った――。


 リストラ宣言をされた時の社長の顔、仲の良かった村橋の顔、これまで受けた面接官の顔……いろいろな人の顔が脳裏にちらついては消えていく……


 (仕事もまだ見つからないのに、生活費を盗んで、やけ酒して……僕はクズ野郎だな……もう、生きるのもしんどい……)


 僕は重たい腰を持ち上げ、とりあえず家に帰ろうと路地裏を後にしようとした。その時、突風が起こり、僕の顔にどこからか飛んできた紙が貼りついた。


 「ぅわっ!?」


 僕は驚き、尻餅をついてしまった。

 ぺりぺりと、顔から紙をはがす。


 「なんだ?」


 その紙は、喫茶店のアルバイト募集のチラシだった。


 「喫茶『エスポワール』か……。そう言えば、正社員ばかり探していて、アルバイトや派遣社員は探してなかったな……。給料は低いけど、その分、受かりやすいだろうし、応募してみるか。『初心者大歓迎』って書いてあるし。明日、この喫茶店について調べて、応募してみよう。もう、就活は終わりにしたい……」


 そして、僕はそのチラシを持ったまま、家に帰った――。




         ♢




 家に帰ると、普段は見せない涙を浮かべた母さんが「良かった~」と言いながら、僕に抱きついてきた。


 ふと、携帯を見ると、母さんからの着信が30件以上入っていた。

 マナーモードにしていたことと、泥酔していたことから、今まで気づけなかったのだろう……。


 僕は母さんに生活費を盗んだこと、やけ酒に使ってしまったことを謝った。


 母さんは、怒るより呆れたような様子だったが、無事に息子が帰ってきてくれたことが一番嬉しかったようで、涙を流しながら笑顔を向けていた。


 本当に素晴らしい母から産まれて、僕は幸せ者だと、改めて実感した。


 そして、これからは率先して節約することを誓い、就活を諦めないという決意をした。


 「母さん、僕、今までは生活費に余裕を持たせるために、正社員ばかり探していたけれど、アルバイトや派遣会社も探そうと思うんだ。やっぱり、少ない給料でも、母さんばかりに苦労させている今より十分マシだし、食費ぐらいは出せるようになりたい。そして、働きながら正社員で採用してもらえる会社を探すよ。」


 「……そうかい。あんたが決めたのなら、母ちゃんは何も言わないさ。けど、働きながら、となると、今までみたいに、面接日時とか、融通が利かなくなると思うけれど、大丈夫かい?」

「まぁ、そこは何とかするよ。それで、僕、こんなものを見つけたんだ。」

 そう言って、拾った、喫茶店のアルバイト募集要項を見せる――。


 「喫茶『エスポワール』?」


 「そう。就活中に料理の腕は磨けたと思うし、何より、営業していた僕にとっては、接客業は、工場などでの仕事に比べてやりやすいと思うんだ。」


 「でも、営業と接客じゃ、また違うとは思うけどねぇ……。」


 「大丈夫だよ。何とかなるさ。」


 「……わかった。やるだけやってみなさい。」


 「母さん、ありがとう――」




         ♢




 翌朝、さっそく僕は喫茶店のアルバイト募集のチラシに書かれてある、電話番号にかけてみた。


 プルルルル……と、3コールぐらい鳴った後、受話器の向こうから、低く、優しく囁きかけてくるような声が聞こえてきた。


 『はい、喫茶エスポワールです。』


 僕は緊張でドキドキしながら話す。


 「す、すみません、アルバイト募集の紙を見て電話をかけさせていただいたのですが、店長様はいらっしゃいますか?」


 『はい、店長は私ですが。』


 「失礼しました。私、アルバイトを希望したいのですが、29歳でも大丈夫でしょうか?」


 『……そうですね、特に、年齢制限は設けておりませんが、仕事内容が体力を消費すると思います。体力に自信があるのであれば大丈夫かと思いますが、向き不向きもあるので、一度、当店に足をお運びいただいた方がわかりやすいでしょう。』


 「そうですよね……。」


 『何か、問題がございますか?』


 「あ、いえ、問題といいますか……。私、ある事情により、現在就活中でして、生活費が厳しく、そちらにお伺いしても、何も買うことができないのです……。コーヒー、一杯でも注文できれば良いのですが……」


 『それすら厳しいと……?』


 「はい……お恥ずかしながら……」


 『そうですか……。では、面接ついでに見学されますか?プチ職場体験ということで。』


 「良いんですか!?」


 『はい、こちらとしても、今、猫の手も借りたい状況でして、できる限り早く採用したいと考えているのです……。もし、履歴書等、ご準備いただけるようでしたら、明日、さっそく面接をさせていただきたいと考えているのですが、いかがでしょう?』


 「本当ですか!?ありがとうございます!ぜひ、よろしくお願いいたします!」


 僕は電話を終えると、急いで履歴書を準備する。


 アルバイトとはいえ、履歴書の項目を雑に書くことはしない。

 一日でも早く母さんを楽にさせるために、丁寧に、丁寧に書いた。


 (よし。完璧。)


 今まで書いてきた経験や、本で読んだことを生かして、自分なりに最高の履歴書を作り上げる。

 その履歴書には、絶対に受かるぞという、強い想いが込められていた。


 (後はスーツと……)


 数日前の僕からは想像できないような、生き生きとした姿で準備が進められた――。


 最終チェックも終わる頃には、いつの間にか、日が傾き始めていた。

 履歴書作成や準備で、時間が経つのがあっという間だった――。


 (これだけやれば十分だろう!でも、もし、受からなかったら……ダメだ、ダメだ。その時はまた探せばいいし、とにかく、目の前のことに集中しなきゃ。それに、店長が『猫の手も借りたい』って言っていたぐらいだから、きっと、大丈夫。喫茶店なんて初めてだけど、まだ余裕のあった頃、喫茶店に食事に行った時を考えれば、僕でもできると思う。それに、見学もさせてくれるらしいから、合わなさそうだったら、他の職種を探そう。というわけで、今日は早く休んで、明日に備えるぞ――)


 こうして、夕食を食べ終え、すぐに風呂に入った。その後、僕は、夜の9時までには眠りについたのだった――。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ