帝都メイド達の日常
「残念ですがその依頼を受ける事は出来ません」
「な、なんでなんだっ!?」
しかし、彼女から返って来た言葉は予想外で残酷なものであった。
彼女のその言葉にラビンソンは縋る様に彼女の元まで行き懇願する。
最早トリプルSとしての威厳もギルドマスターとしての尊厳も無く、ただただ弱者の様にすがる姿がそこにあった。
「既に我が主人であるクロ・フリート様に報告、連絡、相談致しましてこの犬っころの対処方法を承っておりますので」
そういう彼女はとても可憐な笑顔で答えるのであった。
◇◆◆◇
「く、苦しい……」
朝特有の澄み切った空気、淡く柔らかい暖かさを含む太陽の陽射し、そして活発に動き出す小鳥達の囀りを聴きながらクロは微睡みの中から緩やかに思考を覚醒させ始める。
そして最初に発した言葉はこの雰囲気には似合わない息苦しさを示す言葉である。
右に顔を向ければサラが、左に顔を向ければキンバリーがとても幸せそうに寝息を立てながらクロを離さまいとしがみついているのである。
そんな二人をクロは起こさない様に優しく頭を、恋人の様に撫でながらゆっくりと二人の拘束から抜け出して行く。
その際サラはクロが居なくなった消失感を感じとったのか「クロ…どこ言ったのですか?」と寝言を言いながら両腕をクロを探すかの様に動かし、キンバリーをクロと勘違いしたのか安心した表情をして抱き寄せ静かな寝息をまた立て始める。
ちなみ彼女達、そしてクロは裸である。
そんな二人を、ベッドから出て下着、そして肌着を羽織った後愛しくて愛でているとタイミングを見計らって居た様に扉がノックされる。
「はい、何でしょう?」
「おはよございます、クロ・フリート様。お着替えをお持ち致しましたので着替えさせて頂きたく思います」
「分かりました。入って下さい」
「畏まりました。しかしクロ・フリート様……あなた様はこの国のトップにおわすお方です。下々の者に敬語を使わないで頂きたいと昨日も申し上げたはずですが?」
最早朝のルーティーンと化したやり取りなのだが一応何用なのか聞いてみるとやはり何時もと同じ返事が返って来るのでそのままメイドに部屋に入ってもらうや否やクロに対して説教をしだす。
この光景も最早見慣れつつある風景の一部分である。
「言った筈だ、俺は偉くなったからといって偉そうな態度などはしたくないしそんなに偉い存在でもない」
そうは言うもののクロは敬語をやめタメ口で話す。
郷に入っては郷に従えというようにこの場合はタメ口で話すのが失礼が無い対応なのだろう。
ならば自分の価値観を押し付ける気も無いので素直に従うまでである。
「全く……無駄に偉ぶる王も考え物ですが、腰が低過ぎる王も考え物ですね」
そしてクロの、普段彼女達に向ける様な砕けた感じの話し方にメイドは心の中で気持ちが高ぶっていくのを感じ取り、それを表情に出ない様に必死に隠している事などクロは知る由もない。
そしてメイドは掛けている眼鏡をクイっと一度位置を調整するとクロの衣服が入った移動式衣装ケースを持って来るとそこから衣装を取り出す。
メイドにより選ばれた衣装はクロの趣味思考を考慮された前世のファッション、その中でも黒いシャツに灰色のベスト、黒いジャケットに黒のデニム、そして黒いベルトに指輪のネックレス、左耳に銀色の板状のピアス三個である。
それらはクロが若い頃に良く着ていた服装でありある程度歳を取ってからは痛くて着れなくなったファッションでもある。
そんな事も知らずにメイドはテキパキとそれらを着せていき、クロも慣れた様にそれに合わせる。
「似合ってるか?」
「………っは! はいっ! とっても似合って……おります」
「そうか、ありがとうな」
メイド自身はもっとクロに似合う服装があると思うしそれらを全て自分の手で着せたいと思っていたのだが実際クロの世界の服を着たクロを見たメイドは一瞬にして目を奪われ魅入ってしまう。
そのせいでクロの問いかけに答える事を一瞬遅れてしまったのだが、ものすごい勢いで肯定してしまう。
それを恥ずかしく思ったのかメイドは後半最初の勢いはなくなり尻すぼみになってしまうのだがクロはそれを咎めたりせずメイドの頭を撫でて感謝の言葉を紡ぐ。
それ以降メイドは真っ赤になってしまった顔が元の顔色に戻るまで俯いてしまうのだが、やはりその事にクロは気付きはしない。
そしてクロはデモンズゲートを開き「ウィンディーネの報告が少し気になるから少し出かけて来る。夕方までには多分戻ると思う」と言うとゲートの向こう側へと消えて行った。
◇◆◆◇
「マリ姉さんどうだった!? 今日のクロ様は!!」
「もうっ最高にっかっこよかたわ!!」
クロ・フリート様が家臣であるウィンディーネ様の元に向かわれた後の昼の食堂では一人の、赤髪をボブカットに切られたメイドが興味深々と言った表情を隠さずに、眼鏡をかけ長い黒髪をポニーテールに縛っているメイドに感想を聞き出す。
それにマリ姉さんと呼ばれた女性はまるで夢見る少女の様に答え、その答えに周りにいるメイド達から黄色い声が上がる。
最早そこにクロ・フリートを魔族と怖がる者は皆無である。
それもその筈でここのメイド達の殆どが田舎からその容姿故に無理矢理連れて来られた者達ばかりなのである。
都心ならばいざ知らず田舎の者の殆どが生粋の帝都民である可能性は低く、また高い税金により貧乏暮しを余儀無くされた者達からすれば前王よりもクロ・フリート様の方が断然好感が持てるというものである。
「クロ様曰くジャケットというデザインの上着を初めてみた時は襟が折れて胸元まで行くデザインを変なデザインだと思っていたんだけど、いざクロ様が着ている姿を見目にすればすっごく似合っているのっ!」
その瞬間マリに羨望の眼差しが四方八方から向けられる、「マリ姉だけずるい」という声があちこちで聞こえて来る。
ずるいと言われてもマリからすればこの【クロ・フリート様の身の周りの世話係担当】という役職を初め皆んな怖がって誰もやりたがらない結果、痺れを切らしたマリが崖から飛び降りる覚悟でやる事に決めたのである。
後になって変わって欲しいと言われても譲るつもりなど当分無い。
しかしながらこのまま独占していると後々厄介な事になりそうなのでいずれは役職を交代制にしてもらえるようにクロ様に相談してみるつもりではある。
それこそ最初の頃はクロ様が魔族だと知り他の皆んな同様に私も恐怖を抱いていたのだが田舎に帰っても居場所など無くここで働かなければスラムの住民になっていた可能性が高かっただろう。
クロ様は私達を拘束する事などせず田舎に居場所がある者、また城を出て行きたい者達が城から出て行く事を咎めず、それどころか私達からすれば高すぎるほどの金貨、それも三枚もの金貨を渡し見送ったのである。
そればかりか城に戻ってきたい者はいつでも戻って来て良いという破格の待遇とも呼べる扱いをして彼女達を見送ったのである。
以前であれば考えられない待遇に罠ではないのかと思う者も少なくなかったのだが、結果その考えは思惑違いに終わり、そして一度田舎に帰った者の中に私達の待遇の良さを聞き出稼ぎの為に戻って来た者も最近ではちらほらと見かけ出し、その者達に罰を与える事もなかった。
「だけどクロ様の奥様方は羨ましいよね。皆さん人間と亜人って事は私にもチャンスがあるかなー」
「な、ななななっ、何馬鹿な事を言ってるのっアマンダっ!?」
「あるんじゃないかしら?しかしここまで奥方様が人間と亜人って事はそういう趣味嗜好をお持ちであるという事なのでしょうし……そろそろ私達も御呼ばれされても良い頃よね。その時に一発当てれば良いのでは?アマンダ」
「お呼ばれっ!? 一発当てるっ!? ふふふ不誠実よっ!! そ、そそそ、それにクロ様との間にこ、子供を授かるなんて奥方様達に失礼よっ!!」
「マリ姉……ここまで動揺してたら説得力無いっす」
「どっ……なっ!?」
何を言っているのよこの娘達は!?クロ様との間に子供だなんて!!子供だなんて……。
「子供……クロ様との……うふふふふ」
「マリ姉……妄想が口から漏れてる」
「クロ様との………っ、そんなわけないわっ!? クロ様との間に出来た子供、長女エリーチカとの家族愛を妄想なんかするわけないじゃない!!」
「マリ姉、それ墓穴なんじゃ……」
「………っ!!」
クロ様との甘い生活、そして産まれた子供と織りなされる日常を妄想し、その妄想の世界へとトリップしてしまったマリなのだが、アマンダがその姿に若干引き気味の表情をし「うへー…」と言いながらマリの妄想がダダ漏れなのを指摘する。
その事に動揺を隠せないマリは言い訳をするも焦りからか自ら墓穴を掘ってしまい、あまりの恥ずかしさから顔を隠すようにしてしゃがみこみ「うー」と唸り始める。
そこにはメイド内からマリ姉と慕われるメイドの姿は無く、しかしそのギャップが可愛いと周りにいるメイド達は思えてしまう程にはなかなか見れない一女性としてのマリの一面であったであろう。
「そ、それにしても私達メイドにもちゃんと給金を与え、それだけではなく休日まで頂けるなんて凄い待遇良いよねー」
「……そうなのです!そのご好意に甘えるだけではなく、しっかりと働かないといけないのよ!そして都心をノクタスに移される際に一緒に連れてってくれるメンバーに選ばれるように頑張らなきゃ!」
しかし、それも一瞬の事でなんとか話題を変えようとしたアマンダの餌に食い付いたマリの目には忠誠心という文字が浮かび上がっていた。
そのマリの姿から犬をイメージしてしまうのは仕方のない事だろう。
◇◆◆◇
フレイムは悩んでいた。
兎に角悩んでいた。
城の庭でいつものように剣の鍛錬を行いながらその実、頭の中は同じ悩みがいくら振り払おうとも永遠に繰り返されていた。
「いつになったらっ、抱いてっ、くれるのだっ!!」
つい考え事が口に出てしまい剣筋にも無駄な力みが見えてしまうのだが、つまるところそういう事である。
あれからクロは待てど暮らせどフレイムを抱こうとしないのである。
「焦っても仕方ないのではないのか?」
「し、しかしだっ! もう既に抱かれれている者もおるのだぞ!? そういうスフィアはなんとも思わないのか!?」
「思わないと言えば嘘になるが焦っても仕方ない事だとも思う」
そしてそんなフレイムの悩みを同じく剣の鍛錬の為にフレイムと剣を合わせているスフィアは自分の考えを述べる。
スフィアとて考えなかったわけではないのだが、だからと言ってお互い自らクロの元へ行けるほどそういう事に慣れてはおらず、またはしたないと思われてしまうのでは?といった考えがお互いの足を鈍らせてしまう要因でもあった。