お手上げ
そう反論するのはSSランクパーティーのリーダーにして個人ではトリプルSランクの実力者でもあるジョン・フォーカスである。
二つ名は【炎槍】であり、その二つ名の通り槍と炎の扱いに関してはトップレベルである。
彼は私から見て部屋の右手側角に立ち壁にもたれて腕を組み彼も言った疑問の回答を求める様に私を見つめて来る。
それは彼だけでは無いらしくこの場に集まった殆ど者が私に視線をー集めて来る。
「最後あの瞬間私が仕掛けた罠は完璧に彼女を捉えていた筈だ。しかし実際はスキルや魔術を使えない人間の動きでは到底出来ない動きとスピードで剣を振るい、そして私の元まで一瞬にして間合いを詰めて来た」
「確かに……あの動きをスキルや魔術の施しが無い状態でやれと言われれば俺は出来ない。しかし最後あの時ボナとかいう女は姉さんがいつも護身のためにかけているとエンチャント型魔術が発動し、事実その魔術に反応出来なかったのは誰が見ても明らかなんじゃないのか?」
初めから聞きたい事はそれなのだから当たり前といえばそうなのだが私の回答にジョンは当然の様に聞き返してくる。
それと同時に私はあの時の事を鮮明に思い出していた。
人間ではありえない動きにスピード、そして力を目にし驚愕した時には既に彼女は私の眼前まで迫っていた。
その時発動した私の護衛用魔術も発動こそしたものの彼女には見破られていたらしく見事にあしらわれていた。
そしてボナは私にしか聞こえない声で「私はこの試合でこの技を使うつもりはありませんでしたし、使わなくても勝てると思っていました。私の負けです」と言うと私の護身用魔術を受けたかの様に膝から崩れ堕ちたのである。
「その話が本当だというならばボナとかいう女はスキルも魔術も使わずに身体能力を飛躍的に底上げしたと見ていいのかの? あり得ぬ……」
私の説明を聞き苦虫を潰したかの様に顔を歪めているのはここに集まったメンバーの中でも最年長であり元宮廷魔術師筆頭でもあったトリプルSランクでもあるゴーエン・モールその人であり、全ての属性を段位六まで扱える為、二つ名は【極めし者】である。
彼は紺色と地味ではあるが一目で高級であると分かるローブを着込み、口に白い髭を蓄え脇に杖を抱えながらその髭を撫でる姿はまさに魔術師そのものである。
そんな彼の、この中で一番知識に長けるゴーエンがあり得ぬと言う事はボナがやってのけて事はまさに世界の常識を覆しかねない事なのであろう。
「それでどうするんですの?」
この状況の中一人足を組んで机に肘をつきながら爪の手入れをする程緊張感を感じられない行動を取っていた彼女ミミリア・アルアルファは同じく緊張感のかけらも感じられない声音で聞いてくる。
彼女は女性だけという構成で出来ているSランクパーティー姫騎士団のリーダーでもあり、その美しい見た目に反した強さから二つ名は【薔薇】である。
それ故なのか他の冒険者達とは雰囲気が異なり常に身嗜みなどを気にかけている節が見られる。
流石に時と場合を選んで欲しいのだが女性にとってそれもまたある種の戦いなのだと一応私も理解しているつもりではある。
そんな彼女の髪は当然髪先まで手入れされており青色に輝く長髪をオールバック風に纏めてあげ少し上の位置でひとふさ縛りポニーテールにしている。
以前の私であったら緊張感のカケラも見えないミミリアに苛立ちつつもある種の羨望をその髪に注いでいたのだが、ボナの、まるで宝石か何かと思える程の輝きを放っている赤毛の長髪を見てからはミミリア自慢の髪もくすんで見える。
髪自体はよく見る一般的な少し燻んだ赤毛なのだからどの様な手入れをすればあのような輝きを放つのか不思議でならない。
ボナに付き添っている奴隷の金髪もまた宝石といって差し支え無いであろう事から、彼女たちしか知らない何かがあるのだろう。
「どうするもこうするも……ギルドとしてはお手上げです。何も出来ません」
「何も出来ませんって………このまま魔族の王に統治されるのを黙って見ているという事ですの?随分と甘くなられたのでなくて?」
「いや、これに関してはエルルが正しい」
そして本気を出したにも関わらず明らかに手加減されて負けたのである。
それもクロ・フリートの直属の部下などではなく一端のメイドにである。
その事を踏まえギルド側は何も出来ないと判断し、ミミリアは見るからに表情を険しくし私の意見に否定的な言葉を投げかけて来るが、逆に肯定的な言葉を今まで黙っていたこの中でも最もランクの高いパーティー、トリプルSパーティー竜の尻尾のリーダーであるダルク・オレカが放つ。
「騒然暮色のメンバーとこないだ会って来てまさにクロ・フリートの件で話していたのだが、もし騒然暮色のリーダーであるアイシャ・ウィルソンの話が本当なら我々がどうこう出来るレベルでは無いと結論付けるしかない」
「それはあくまでアイシャ・ウィルソンから聞いた話だけでの判断で無くて?あなた自身はあの戦闘を見ていないのでしょう?」
「確かにそうだが、その上でそう判断出来るほどアイシャ・ウィルソンは信頼出来る人である。それにどうせお前の耳にもあの戦闘の話は入って来ているのであろう?」
「それは……確かに私の耳にも入ってきていますけれども……到底信じれる内容ではありません。話を盛っていると考えるのが普通ではなくて?」
ダルクに言われ多少バツが悪そうにクロ・フリートとコーネリア・ジャドソンとの戦闘内容を既に何らかの形で把握している事を肯定するミミリアなのだが戦闘内容に関しては否定的な態度を崩さない様である。
「そもそも段位十を超える召喚魔術という言葉が出て来た時点で信憑性は無いも同じでしょう。 現在の最高段位は七ですのよ? それを一段位ならまだしも三以上も一気に超えて来る事がもはや嘘くさいでしょう? アーシェ・ヘルミオネとの戦いでお互い使用したとされる高段位魔術ですら怪しいものね」
「確かに段位十を超える召喚魔術というのは確かに信じられないのは認めよう。しかし、ランクSを超える冒険者や貴族などが口裏を合わせて嘘を吐く理由が見当たらない」
「それこそクロ・フリートに脅されている可能性だってありますわね」
「そこまでにしましょう。いくら考えた所で机上の空論の域を脱しません」
ダルクとミミリアの会話がお互いの粗を探し否定する流れになりかけた所で無理矢理会話をストップさせる。
今はそんな事に時間を使うよりも分かっている事からどうするかを話し合いたいとエルルは思うのだがお互いに不満そうな表情をさせる二人を見て、一筋縄には行きそうにも無い現状に深いため息を吐くのであった。
◇◆◆◇
彼はこの地帯一帯を統べる王である。
彼の他に王と名乗る者はいるのだがその中でも主に西の荒野付近を縄張りとしていた亜竜が人間ごときに倒された。
これにより王は王としての信憑性をより確かなものへと高めると共に更に勢力を強めその支配下地域を広げて行く。
それもこれも全てある元貴族と名乗る人間から奪った黒い丸薬を飲み込んだお陰で手に入れた暴力的な力のお陰であろう。
その力は単なる群れの下っ端であった俺を、何の苦もなく先代の頭を亡き者に出来るだけでなく正に王としてこの一帯を統べるだけの力を手にしたのである。
「人間というのは弱い癖にこういう所だけは抜きん出てるな……」
人間ーそれは敵の牙や爪、ブレスを防ぐ硬い皮膚も鱗も無く、我々のそれらを貫く牙も爪もブレスも持っていない存在である。
唯一武器と呼べる物は、ゴブリンより少し器用であり知能もそこそこ高いとう事だけであろう。
中には強い個体もいるらしいが今の俺の敵ではないだろう。
そして何よりあの丸薬をもう一つ持っているのだ。
それを食べれば最早あの竜達に肩を並べる……いや、更に強くなる可能性だってあるのだ。
そう一人もの思いにふけっていると「ギャウギャウ」と騒がしく鳴く者が現れる。
その姿は実に醜く、そして愛おしいくもある。
全体的に泥で汚れ、黒い体毛を所どころ乾いた泥が薄茶色に染め上げており、体重三百キロはあろうかと思える躯体をその四本の足で支えている。
瞳は赤黒く動物に例えるなら猪のようにも狼の様にも見えるその顔を、長く鋭い牙を見せつける化の様に鳴き続けている。
「そうだな……今がまさにその時かもしれん」
彼の言葉は分からずともその鳴き声が言わんとせん事は理解出来る。
『亜竜がいなくなり、王に例の秘薬がこの手にあるこの時こそ我々の力を見せつける絶好の機会である』
彼のその考えは私も当然思っており、我が下に付く者もまた同じ考えである事により時は来たのだと悟る。
そして息をめいいっぱい吸い込み、空に向け全力を込めた声で叫ぶ。
その雄叫びで空気は震え周りの木々は枝葉を震わせ騒めき立つ。
その雄叫びに周囲から様々な声が夜空を埋め尽くして行く光景に、興奮と共にそれと同じぐらいの恐怖や不安といった感情も生まれて来る。
上に立つ者のプレッシャーを始めて肌で感じ、それらマイナスな感情はやる気へと変わって行く。
この丸薬を飲めば下手をすれば自分は自身の急激な強化や進化に耐えきれず死にはせずとも長くは生きられないという事は一回使用した感覚から理解出来ているが故に、自分が成し遂げた偉業のその先を見る事が出来きないのは少しだけ……いや、かなり寂しくはあるがこれから起こす偉業が達成出来るのならそんな考えは取るに足らない。
そして自分は残った丸薬を口へと放り込み噛み砕くと飲み込む。
◇◆◆◇
現在日差しが少し傾きかけた午後一時、我が主人であり将来の夫でもるクロ様を侮辱したジェネイルとかいうゴミ貴族との決闘するべくセラ達はギルドの所有する闘技場に来ていた。
「いよいよですね……」
「昨日の夜からどう懲らしめてやろうかと思うと興奮して夜も眠れませんでしたの」
「……潰す……」
ふふふほほほと不気味な笑い声が闘技場をぬるりと聴こえ、その笑い声を運悪く風に流れて聞こえてしまった野次馬、特に男性は股間を一瞬無くしたような感覚を味わい得もいえぬ恐怖を理不尽にも感じさせられていた。
「ふん、逃げずにやって来るとは間抜けだな」
そんな奇妙な事が起きているとも知らず既に闘技場入りしていたジェネイルは太々しい態度でセラ達を出迎えて来る。
「あなたこそ、良く来れましたね」