聞き耳
そんな中自分はスキル『聞き耳』を発動させ緋色亜竜に無謀にも挑もうとしている彼女達の会話を盗み聞く。
彼女達の会話を盗み聞く事により彼女達がどの様に対策をする事が目的である。
行動パターンを知るのとそうでないのとでは難易度が違ってくるからである。
その為仲間に支持を飛ばした後自分は、自分達の生存率を少しでも上げる為にも彼女達の会話に集中する。
『良いですか?どうやらあの図体だけがでかいだけのトカゲ擬きは同種の亜種、もしくは親に当たる強さの様ですが先に言った通り討伐にかける時間は15分です。それ以上は認めません。それこそ倒せませんでしたなんて情けない結果だけはならない様に………では検討を祈ります」
開いた口が塞がらないとはこの事であろう。まさに絶句である。
パーティーのリーダーであろう女性が後輩であろう冒険者にかける言葉は無知も無知。仲間を死にに行かせる様なものである。
そもそも通常の緋色亜竜ですらAランク以上のパーティー四組以上で相手をするのがセオリーでありSランクですら二組以上でないと厳しい相手である。
余程の熟練パーティーでなければ一組ではまず無理な相手であろう。
そんな相手、しかも明らかにあの巨躯からして基本的な緋色亜竜よりも間違いなく難易度が跳ね上がりSランクですら最低でも四組は欲しいと思える相手に件の発言である。
倒すどころか逆に殺される事は火を見るよりも明らかであろう。
最早冒険者を舐めているとしか思えないパーティーリーダーであろう女性の発言に同じ仲間の命を預かっている立場の俺は少し苛立ってしまう。
『わ……分かりました』
『何とかなるっしょ?』
『そうっすね。むしろ余裕かも?』
『まったくあん達は……ほら、十本刀の準備出来たから行くわよ』
そして件のリーダーだろう女性の発言にも驚いたのだが、たったの三人で相手をしろと言われたもの達も同様にあの化け物の脅威を微塵も感じさせない呑気なやり取りが聞こえて来る。
それと同時にこの三人中でも割とまともそうな、白銀の装備を着込んだ女性がどんな仕掛けなのか分からないのだが『出なさい【十本刀】』と言うといきなり周囲に十振りもの片刃剣のような武器が現れ彼女の周りに浮遊し始めたかと思うと更にストレージ持ちなのか二振りもの、今度は細身の実に美しい白銀の剣を両手で持った瞬間、彼女は比喩などでは無く正に矢の様に緋色亜竜へ一気に駆け出して行く」
「なっ……!?……はあっ!?」
そして矢の様に特攻して行く事にも驚かされたのだがそこから繰り出される攻撃の数々が明らかにあの分厚い鱗をものともせず緋色亜竜へダメージを与えていっている事に先程よりも更に驚かされる。
その強さは最早我々パーティーをすら凌駕しているのではないかと思ってしまうほどである。
まさにその姿は噂に聞く英雄の類、一騎当千という名が脳裏に過る。
『闇魔術段位四【英雄憑依】槍使いである宝蔵院覚禅房胤栄を選択………行くよ!』
それだけでも驚愕的な光景なのだがもう一人、輝くような金髪を短くボブカットにしている女性が基本的に魔族が好んで使用する闇の魔術を行使した瞬間彼女の雰囲気が変わり、次の瞬間には白銀の槍を持ち先ほどから英雄染みた戦いを繰り広げている女性とともに参戦しだす。
その瞬間先ほどまで緋色亜竜と均衡していた―それだけでも信じされないのだが―戦況が一気に傾きたった二人であの緋色亜竜を圧倒し始めるという光景が目の前で起き始めた。
しかし相手にしているのはあの緋色亜竜、それもその亜種である。このまま終わって欲しいと思うのだがただで終わるとわ到底思えない。
そして最悪な事にその予感が的中、緋色亜竜の全身が赤色に輝きだすと二人が揃う瞬間を狙い見たこともないブレスを吐いたのである。
あのブレスの直撃を喰らったのだとすればいくら英雄じみた強さを持っていようと助からないだろう。
そして…あの至近距離から撃たれては回避する事すらできないであろう。
それを分らない俺の仲間ではないためメンバーの間に一気に緊張感が増していく。
『いやー……その程度のブレスが奥の手だったとは残念だったっすね。噂に聞く緋色亜竜、それも亜種だと期待したっすのに』
『まったくその通りだわー。肩透かしも良いとこだわ。ミセル単体でもたぶん余裕で討伐できたんじゃないの?』
『真剣になりなさい!どんな相手でも舐めてかかると死ぬのは冒険者の基本ですよ!』
『じゃあミセル先輩の言う通りトドメといきますか』
しかし俺や仲間の予想は外れブレスに焼かれたはずの二人は死ぬどころか擦り傷一つ見えないほど無傷で立っていた。
どうやら後ろにいた、討伐に向かわされた最後の一人が無詠唱で巨大なそれでいて美しい盾を召喚していたみたいで緋色亜竜のブレスをなんの苦も無く防いでみせていたみたいである。
それと同時に聞こえてくる彼女達の緊張感の欠片すら感じ取れない会話を聞き、もはや彼女達が同じ人間ではない別の種族だと言われてもなんの疑いもなく信じ切れる自信がある。
それほどまでに彼女達は常軌を遺脱した別次元の強さを俺たちの目の前で見せつけてくれたのである。
小さい頃夢見た、そして憧れた英雄譚に出てくるそれよりも強いのではないのかと。
そして緋色亜竜は黒い何かに縛られ、氷の華に閉じ込められ、緋色亜竜よりも大きな光る大剣に突き刺され絶命した。
最早我々とは次元が違い過ぎる戦闘に仲間達は一歩も動けないでいた。
その気持ちは痛い程分かる。
かく言う自分も動けないのだから。
むしろあの様な戦闘を見せられて平気でいられる高ランクの冒険者を見てみたい程である。
我々が競い合い切磋琢磨し必死に登りようやく手に入れたSランクという称号やプライド、またもう少しで高みに登り切った者達に肩を並べられると、子供の頃から夢見た英雄も届くかもしれないと、そう言った様々な気持ちを全て否定するかの様な光景を目にして今まで目指してきた物は一体何だったのかととてつもない虚無感が俺を襲い始める。
今まで目指していた山の頂上は山ではなく子供が盛った土山であると、そう嘲笑われているような感覚である。
『時間内に倒せた事は及第点を上げても良いでしょう』
そんな中聞こえてくる件の三人娘達が所属するパーティーのリーダーであろう女性の声がスキルがご丁寧にも拾い耳に入ってくる。
しかしそこから聞こえる言葉は緋色亜竜をたった三人で倒した者に送る言葉だとは到底思えないような厳しい感想であった。
あれを及第点だと言ってのける彼女の無知さ加減に腹が立つのは致し方無いだろう。
彼女達が及第点と言うのなら俺達は一体何だというのか。子供のごっこ遊びとでも言うのかと。
そしてそんな俺の気持ちなど勿論知る由もなく、リーダーであろう女性は偉そうに指摘し始める。
『まずはミセル、十本刀を出す所までは良いのだけれど……十振りすべ、手にした剣二振り全て攻撃に回すのでは無く二振りほど残し突然起きる予測外からのイレギュラーを防げる様にしておきなさい。確かに合計十二振りもの刀ないし剣を使用する為攻撃か防御どちらか片方に意識した方が御し易いのは分かりますがそんなのはまだまだ己の力に振り回されているだけの未熟者です』
『次はレイチェルですね。仲間をブレスから防いだ事は褒めますが防ぎ方はマイナス点ね。あれじゃ防いだのは良いのだけれどその後の爆煙で敵の姿が一時的に隠れてしまっては逆に相手に影に隠れて私の脇腹を刺して下さいと言っている様な物です。更に相手がブレスを吐く動作から実際ブレスが到達するまで一秒以上かかっていました。それ程の時間があれば防ぐのでは無く目視でブレスを反射させるスキルを選びなさい』
『最後、ベッテン……英雄憑依は良いのだけど……憑依した英雄と使う獲物が、そもそも合っていない。ベッテンが出した槍は……どちらかと言うと西洋の様な硬い金属性の槍……憑依した英雄は日本の英雄で、日本の槍は基本細く長い竹が本体。……金属の槍は突く事に優れ、竹の槍はしなる為叩きつけるように……使う全くの別物。せっかく憑依した、または装備した武器を十全に扱い切れないのは……勿体無い』
『それでもちゃんと倒せた事は変わりないです……お疲れ様です。そしてなんだかんだ言いましたが危なげなく倒せましたね。さすが自慢の弟子達です』
そして最後にリーダーであろう女性が労いの言葉を言い、褒めると緋色亜竜を倒した三人は物凄い嬉しそうな表情を各々しだす。
その表情を見る限りではこもパーティーのリーダーは後輩冒険者からかなり頼られ信頼されているのが見ただけで分かる。
その光景からその信頼を得れるくらいは表の顔は人格者を演技しているのかもしれない。
本来であれば、緋色亜竜、それも亜種をたった三人で討伐出来るレベルともなればトリプルSすら簡単に手に入り宮廷魔道士、それもそのトップにだって簡単になれるだろう。
それを教えず丁稚の様に扱う環境で彼女達を同じパーティーに入れているのである。
同じパーティーにも関わらず同等の扱いをしていない時点で透けて見えるというものである。
「リーダー…………あ、あああ……あれ……っ!」
そんな考えを頭で巡らせていた時、リラがまるで恐怖に押し潰されそうになりながらも俺の肩を叩くと背後の空を震える指でリラがこの様に怯える原因を指を差し、その存在を教える。
「どうしたリラ……そんな、今から殺されるような顔をして………は?」
「…………こいつはヤベーな……奴らだけでなくこちらの存在にも気付いてるみたいだな…………多分逃してくんねーな、あの怒り様は」
「………し、死にたくない……あたいはまだ、死にたくない……」
初めて見るその衝撃たるや、まさに別次元の生き物。
人間ではどうやっても勝てない存在だとその巨躯、その爪、その牙、その全身をもって教えてくれる……まさにそんな存在である。
「緋色皇竜………なんでこんな場所に……」
緋色亜竜は確かに強い。
だがいくら強くても数や強者を駆使すれば亜種級だろと親級だろうと人間でも討伐討伐できる存在である。
ゆえにいくら強くても亜竜であり、亜竜というからには元となる存在がいる。
それが緋色皇竜である。
この緋色皇竜とは人語すら喋る個体もいると言われる赤竜、青竜、黄竜、黒竜、白竜と略される伝説級の竜種よりかは若干劣るもののそれらより弱い存在は居ない種の一種である。
その種族の中でも緋色亜竜は一番好戦的で、一度怒らせるとその原因を全て消し去るまでどこまでも追いかける程執着心も強い種とされている。
即ち、緋色皇竜が俺たちに気付き、一度こちらへ視線を向けるという事は俺たちも消し去る存在に入ったと言う事だろう。