【ブックマーク700記念イラスト】吟遊詩人【イルミナ】
「みぃーらぁーんだー!! 慰めに来たよーっ!! どうせミランダの事だからここを待ち合わせ場所にしてたんでしょーっ!?」
「今日は朝まで飲むわよー!! お姉さんが慰めてやるから飲んで嫌な事なんて全部忘れて次の恋行くわよー!!」
「あんたは飲む口実が欲しいだけでしょうが」
「そのとーりです!!」
「うげ、酒臭っ!! あんたまたギルド内の更衣室にお酒隠して飲んでんでしょ!?」
「職務中は飲んでません!」
「当たり前だ!!」
「あいた!?」
ミランダを呼ぶ同僚らしい女性二人組の片割れがスパーンと頭に突っ込んだ音が店内に児珠し、反響した所でいつもと違う雰囲気に気付いた同僚二人組が固まる。
その二人組の仲の良い同僚を見たミランダは最早死ねるのではないかというぐらいの羞恥心に襲われ、今すぐにでもあの馬鹿共を張り倒した上で逃げ出したい気分である。
「呼ばれてるみたいだけど?」
「ひ、人違いじゃないっすかなー……お、おんなじ名前の方が来てるなんて偶然っすねー」
「でも明らかにミランダさんを信じれない物を見るかの様な目で見てるんだが? ……あ、こっちに来るみたいだぞ?」
何故この私に訪れた奇跡の様な時間を邪魔するのか?そして何故邪魔するだけでは無くこちらに来ようとするのか?
いっそのこと私と気付いたのならそっとして置いて欲しい。
というか回れ右して別の店に行って欲しいものである。
「とんでもない美人がいると思ったら……」
「まさかとは思ったけどやっぱミランダだったなんて……」
「マルシアにアンジェラ……わ、悪かったっすね……私で」
人の気持ちも知らないでやって来た同僚に私は有りっ丈の怨念を込め声に出し睨め付ける。
「はっ!? ご、ごめんミランダ! まさか本当にデートしているなんて露ほども思って無くて……邪魔しちゃったかな!?」
「いやーごめんごめん……てかヤバイくらいめちゃくちゃイケメンじゃない!? 今のミランダとこのお方がいれば店の空気も変わるのも納得だわ! 名前っ、名前なんて言うのかしら?」
「こらこら、あのミランダがなけなしの勇気を振り絞って狙っている異性なのよ? あんたが横取りしようとしてどうすんのよ……全く」
そのミランダの気持ちに気付いたのか気付いてないのかマルシアとアンジェラ二人は一応形だけの謝罪はするもののアンジェラはナンパし始め、それを嗜めるマルシアなのだが胸元のボタンをさり気なく二つ程外し、ギルドで働く女性職員内でも上位に君臨する巨乳をアピールし始める。
「ミランダが逆ナンした相手を受け付けしていたジェシカから聞いてはいたのだけれど……冒険者には見ない種類のイケメンよねー」
「やっぱこの職業していると筋肉ダルマが多いせいか細身の方を見ると母性本能を擽られ、虐めたくなるわね……ふふ」
「って何で隣の席から勝手に椅子を取ってこっちに来るっすか!?」
「えー、良いじゃない減るもんじゃないし」
「こら、そう言いながら殿方の太腿に置いてる手を退かしなさいはしたない」
そんな二人は一瞬だけ目を合わすと後は初めから示し合わせていたかの様にお互い息の合った動きでクロさんの両隣に陣取って行く。
そしてすかさずアンジェラはクロさんの太腿に手を置き撫で始め、マルシアはそれを嗜めつつもさり気無くクロさんに胸を当てているのが見える。
幾ら何でもこれは親友としてどうなのだろうか?と疑いたくなるレベルである。
「おや、今日は何時もと雰囲気が違うと思いましたらこんな所に月の女神様がおられましたか。これならこの雰囲気も納得です」
そしてそんな二人に文句の一つでも言ってやろうと思ったその時、颯爽と現れ片膝を着いた吟遊詩人に右手を取られ軽くキスをされてしまう。
この吟遊詩人は私と同様この店の常連なのだが兎に角女癖が悪く、気に入った女性を見付ければこの様にやって来て端整なルックスに甘い声と歌でお持ち帰りする嫌な奴である。
幾ら女性から人気であり特定の女性を作らないこの吟遊詩人の女のポジション争いが裏で繰り広げられていようと嫌いな者は嫌いである。
別に今まで一度も声をかけられた事がないのが理由ではない。
しかし、それはそれこれはこれとしてその事に対して当然根には持つ。
ちなみアンジェラもマルシアも何度かお持ち帰りされている事も知っているし、さり気無くだがその事も根には持つ。
「今まで貴女様の美しさに気付かなかった私は今、後悔で胸が苦しく思います。しかし、月を隠す雲は晴れた今……その眩しさで私はやっと気付ける事が出来ました」
そして件の吟遊詩人は手に持つ弦楽器を弾きながら私に向けた愛の言葉をその甘い声で囁き出す。
アンジェラやマルメシアに「邪魔すんな」や「失せろ」という言葉を受け続けてなお囁ける事はある意味凄い事かもしれないのだが、吟遊詩人の言った「月の女神」というフレーズに沸々と怒りが湧いてくる。
月の女神って……このそばかすは所謂クレーターって事っすかね!?
未だ目の前の吟遊詩人は何か囁いて来るのだが、もう吟遊詩人が何を言っているのかすら分からない。
分かろうともしない。
結局今回の行動からも私が怒っている事に気付けない事からもこいつは女性の事なんかはなから想って言葉を紡いでなんかいないという事である。
「……あのー……下手なギターかき鳴らしてど臭い言葉を並べる事しか出来ないのでしたら目障りですのでどっか行って下さい」
流石の私も限界が近付いて来たその時、クロさんがいつの間にか私の側に来てくれ吟遊詩人から隠す様に立ってくれていた。
「……そう言う貴方はどなたですかな?このわたくしと月の女神の恋愛ストーリーを邪魔する目障りなお方は」
「自分は貴方が言う所の月の女神という女性、ミランダさんと一緒にここへ食事に来たクロという者ですがそれが何か? むしろ貴方こそ食事を楽しんでいる最中にいきなりナンパを、ミランダさんが嫌がっているにも関わらず無理やり下手なギターとともに下手な口説き文句を並べただけの言葉を聞かせて……どちらかと言うと貴方が目障りなのですが?」
「それはそれはこの吟遊詩人デルト・モルスの技術が拙かった事を謝罪しましょう。しかし………先程からの物言いからしましてクロ殿はこのわたくしよりもさぞかし良い歌を歌えるのでしょう?」
クロが怒りを隠すそぶりも見せず吟遊詩人を、吟遊詩人が紡ぐ歌を稚拙だと言った途端件の吟遊詩人デルトは獲物が掛かった狩人の様な笑みを浮かべ自分の名をこの帝都に来てから約半年、初めて名乗る。
その瞬間あたりは騒めき出し、クロを可哀想な目で見始める者まで現れ出す始末である。
それもそのはず、この吟遊詩人であるデルト・モルスの歌った詩はここ周辺国家では知らぬ者は居ないと言われるほど有名な詩が何作品もあり今一番知名度と勢いがある吟遊詩人だと言われている人物である。
そして、そんな彼が名前を告げる時に頭に被せていたハットを取るとそこから噂にたがわぬ美しい銀色に輝く長髪が流れ落ちる。
その姿は噂に聞くデルト・モルスと完全に一致し、彼こそがデルト・モルス本人だと告げているかの様である。
これこそがデルト・モルスが正体を隠してきた理由であり、女性を落とす最強の武器である。
その証拠に吟遊詩人の正体を知ったアンジェラにマルシアは掌を物凄い勢いで返し、デルトに対して熱い視線を送っていた。
「良いでしょう、デルト・モルスがどこのどなたか知りませんが………私が歌というのが、そしてギターというのがどういう物か聞かせて上げましょう」
そして吟遊詩人の正体を知った上でクロさんが売られた喧嘩を買うと店内は一瞬にして興奮と熱狂の渦に飲み込まれて行く。
「クロさん……あぅっ」
「大丈夫だ。俺はあんな奴に絶対負けない……だからそんなん心配そうな顔はしなくて良いよ。課金して購入した曲数はかなりある。それこそ丸一晩歌い続けてなお余るぐらいには」
そして親友もとい尻軽女の二人と違いクロさんを心配して声をかけようと名前を呼んだ所でいつの間にか頭を撫でられ、大丈夫だと優しい声音と笑顔で私の不安を和らげてくれる。
課金が何なのかは分からないのだが……。
「では、一曲………何かリクエストは無いかっ!?」
そしてクロさんはストレージ持ちなのかいつの間にか立派なギターを持つと野次馬に向かってリクエストを聞く。
そして返ってきたリクエストは当然の如く恋愛である。
恋愛がテーマだと苦手故のリクエストだと思っていた野次馬とデルトは、しかし次に聞こえ出す旋律のメロディーと歌声に圧倒される。
今クロさんが紡ぐ詩は聞いた事もない、また吟遊詩人ではまずあり得ない男性の、しかも悲恋を表した詩。
そこに流れる旋律はまるで男性の心情を表しているかのようである。
逢いたいのにいくら探そうとも逢えない。声が枯れるほど愛していると言っても届かない。いつも出逢えるのは夢の中だけ。
そんな男性の心情がクロさんの美しい歌声や旋律と共に、まるでクロさんの感情そのものであるかの様に紡がれていく。
気が付けば私は泣いていた。
余りにも悲しく切ない詩の内容に私だけでなく周りにいた女性、その殆どが泣いていた。
そして男性は過去の失恋を思い出したのか泣く者もいるが、その涙を目頭を押さえ必死に堪えている姿がチラホラと見える。
いつしか吟遊詩人の詩と言うには余りにも別物であり、そして悲しく切ない物語は終わり嗚咽や鼻をすする音だけが聞こえて来る。
拍手すら忘れる程の詩に同じ吟遊詩人として聴いていたデルトは、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
そしてクロさんは静かにギターを弾き始め、また詩を紡ぎ始める。
次の詩は『殻に篭った男性に優しく寄り添う女性の心情と、その女性を避ける男性の詩』を。
その次には『少しづつ傷が癒え、女性に心を開き始めるも傷が癒えていく事に罪悪感を感じる男性の詩』を。
そして最後は『山もあり谷もあり、でも最後は色々な想いを抱えつつも付き合い出す二人の詩』を。
ラストをクロさんが詩い終えると辺りは割れんばかりの拍手が響き、そして今度は先程とは打って変わって激しいメロディーが流れ始めるのであった。
この夜の事は後日吟遊詩人は勿論一般市民にまで後世に語り継がれるほどの伝説と成り、またデルトはこの日を界に女性ではなく音楽にのめり込み大陸一の吟遊詩人、ギター音楽の父と呼ばれる様になるも彼の口からは「私道を示してくれた恩人には未だ詩も旋律もレパートリーも敵わない」と老衰により命尽きるその間際まで語っていた。