化粧箱
ランク最下位からの脱出とはやはり嬉しいものである。
しかしそれもこれも元ギルド職員であるサラやフレイムにミイア、そしてミイアと一緒に冒険者をやっていたメアのお陰と言えよう。
帝国までの道中、クエストによく出る薬草を教えて貰い採取したり、ゴブリンなどを積極的に討伐して来たからこそのランクアップである。
貰ってばかりではいささか男として少なからず思う部分がある為、今度何か彼女達にプレゼントしようかと思いながらクロは時間を潰す。
もちろんキンバリーやスフィアにターニャ、楓にルル、そしてアルの分もである。
そう考えるとプレゼント選びは中々難しそうである。
因みに国営などは今まで通りセバスチャンに任せているから大丈夫だろう。
「よう兄ちゃん、オカマみたいな格好からしてお前オカマだろ? ならお前と一緒にさっき来てたネーチャン達を俺に寄越さねーか? 何、悪い話じゃ無いさ。お前には後で金貨一枚やろう。な?」
「はあ……」
しかし、ここは異世界である……いや日本では無いと言った方が良いのだろうか?
隙を見せれば盗人や詐欺師その他諸々の餌食になるのは日本以外の国々では致し方無いと思う。
なぜなら、それもこれも全て自分の責任と言えるからだ。
まず、女性陣と別行動をし今一人な事、そしてランクアップの為店員との会話を聞かれていたとしたら今の自分がEランク成り立てと分かってしまう事を考えればそっちの住人からすればただのカモであろうと容易に分かるからである。
加えてこの外見である。
確かに今でこそ日本では男性の長髪は珍しくも無いのだが、それでも働くにあたり『男性は短髪であるべし』と男女平等を謳いながら多くの企業がそうなのである。
ならばこの世界において長髪というだけでオカマだと言われても仕方ないのかもしれない。
と言うか化粧しなくても普通にナチュラルメイクを施したビジュアル系ロックバンドの一員で通用しそうだと自分でも思う。
これが元の顔ならば普通にキモいオッさんである辺り悲しいのか嬉しいのか複雑な気分ではあるが。
「じゃあ商談成立って事で良いな?」
「いやいや、ちょっと待って下さい。彼女達は私の妻と部下、養子に奴隷です。例え金貨を何枚積まれても渡すつもりはありません。ですのでお引き取り下さい」
しかしだからと言って彼女達を渡すつもりなど毛頭なく、若干の怒りを覚えながらも表には出さずやんわりとだがしっかりと断る意思を告げる。
そしてもちろん相手は金貨を渡す素ぶりすら見せない。
「あ? お前今の自分の立場分かってんのか?」
そして想像通りの返答である。
前世でもそうなのだが、どうしてこう民度の低い者達と言うのは脅せば、クレーム付ければ思い通りになると思っているのだろうか?
ここまで来れば普通に不愉快である。
いっそ懲らしめてやるべきか?と思っていると奥の方から「お前達、やめるっすっ!」という掛け声と共にギルド職員のお姉さんが長く綺麗な金髪をなびかせながらこちら側まで走ってくると俺と男の間に割って入って来る。
因みに顔はその長い金髪で隠れて見えないのが惜しいが、走って来る時に隙間から僅かに見えた顔からして少なからず美形であろう事は伺える。
「あ? そばかすのミランダ・フレムさんには関係ない話だろ? 今俺はこいつに人生の先輩として大事な事をグボっ!?」
「さっきから聞いていれば女性に対してその物言いは何だ? 何が人生の先輩だ? 人から乞食のように物乞いし最終的に奪う事を平然とやってのける時点でお前は人様に先輩面出来るほど出来た人間じゃないだろ。もしお前が本当に人様に先輩面出来るほどの人間だとすれば自ずと女性の方からやって来るし物乞いもしなくても済むはずだ」
今までの言動で溜まったヘイト値が先程俺と男の間に割って入って来た女性の事を明らかに馬鹿にした言動で振り切れたみたいである。
そして言いたい事を怒りに任せ吐き出すのだが、その間男が襲いかかるのでその都度殴り返していく。
「………お怪我は無いですか? お嬢さん」
「…………お、王子様……」
「へ………?」
「はっ!? い、いえ何でも無いっす……無いです! そそそそ、それでは!!」
鳩尾に三発目を食らわした所で件の男は床に踞り呻き出してしまい動かなくなったのでミランダと呼ばれていた女性に一応社交辞令としてどこも怪我は無いと知っていつつも声をかけてあげるとミランダは一気に顔を真っ赤にさせ、狼狽えながら顔の前で両手をバタバタとクロに向けて振り乱した後、脱兎の如くギルド職員しか入れない扉の向こう側へと消えて行く。
その間自分のプロフィールと今日デートの誘いが書かれた紙切れをクロに渡して行く辺り抜かりない娘である。
しかしその紙に書かれた内容を読んで逆ナンと捉えるかどうかはクロ自身は認めていないのだが女性陣から良く唐変木と言われるクロ次第であろう。
その紙を眺めていると、ギルド職員から呼ばれたのである意味で良い暇つぶしだったなとクロは更新したギルドカードを取りに呼ばれた受付嬢のいるカウンターまで行くのであった。
ミランダ・フレムは今ギルドの仕事を夕方の職員に引き継ぎ、今日の職務を終えるとあの男性に渡した紙に書いてあったレストランの前に、相変わらず顔は髪で隠しているのだが久し振りに粧し込み自分なりにお洒落をして立っていた。
しかしその姿は挙動不振であり落ち着きが無い。
そもそもミランダは男性経験がなければ逆ナンも勿論経験は無いのである。挙動不振にもなろう。
しかし、あらかじめプロフィールとデート場所を書いている紙を所持しておく事と教えてくれた、今年寿退社した先輩の偉大さを改めて実感する。
渡すだけで良いのだ。話す事もそこから駆け引きする事も無いのである。
しかしながらこんな見た目の私の誘いに来る筈がないとも思う。
だが、初めてなのだ。自分を異性として見てくれた男性は……。
そんな物好きが世界に一人いてもバチは当たらないだろうとミランダ・フレムは思う。
そんな諦めてはいるものの期待を持っているが故の挙動不振でもある。
勿論性格的な部分もあるのだが。
そして待ち始めて三十分程時間が経った時、お目当の男性がこちら側へ向かって来ている姿が見え、ただそれだけで泣き出しそうな程嬉しいのだが、その男性がただこちら方面に用事があるだけの可能性も考えてしまい不安と期待でミランダの心臓は激しく鼓動を打つ。
「もしやと思って来てみれば………はあ、来て良かったよ」
「あううっ!?」
そしてお目当の男性は私の前までやって来るや否や安堵の表情を浮かべると、私の頭を乱暴にクシャクシャと撫で始める。
私が想像していた、良く同僚から聴くデートでの異性とのやり取りと違うと思いながらも、乱暴ながらも撫でられて満更でもないと思ってしまう。
「全く、見た感じ十七そこらの女性が見知らぬ男性をこんな夕方に呼び出すなんて危険だと思わなかったのか? 俺が来ない事も考えてたのか? ……さすがにギルド職員であるミランダさんが美人局なんてするとも思えないし……」
「す……すみませんっす……で、でもこうして来てくださいましたっす!! それに……自分みたいなブサイクが美人局なんてできないっすよ……」
やはり、お目当の男性は自分が思った通りの男性だった。
しかし自分でもちゃんとブサイクだと理解してはいるのだが、理解している分口に出すと余計虚しく感じてしまう。
「ん……? 俺からすれば髪型や化粧次第で美人になれるだけのポテンシャルを秘めてると思うんだがな……よし、折角このレストランに誘って貰ったんだがそれは後にするとしてちょっと来てくれ」
「え? あ……っ、どこに行くんすかっ!?」
そう言うと男性はミランダの手を取るとミランダの問いかけに「良いから付いて来て」とだけ返して路地裏まで少し強引に引っ張って行く。
これは先輩達の話で聴いた事あるっす!こ、ここでキスをするっすね!はぁー………初めてのキス……緊張するっす……っ!
そして連れて行かれた路地裏でミランダは前髪で隠れた顔を緊張と興奮で真っ赤にしながら、しかしこの男性なら例えレイプされても良いとさえ思ってしまう。
最早それはレイプと言わないのだが、それに気付けないほどにミランダはある意味舞い上がってしまっているようだ。
「ほら……俯いてないで顔を上げて? それじゃできないだろ」
「は………はいっ……す」
何をするのですか?などと野暮な事は聞かない。
ミランダは先程よりも更に激しく鼓動する心臓を服の上から握るように胸に手を当てながら俯いている顔を上げ、目を閉じ唇をそっと突き出す。
「うん、やっぱり髪に隠れた顔は化粧映えしそうな顔じゃないか。化粧しなくても充分綺麗だと思えるくらいには」
「…………んっ」
お世辞でも綺麗だと言ってくれミランダは舞い上がりそうなほど嬉しくなるのだが、いくら待てどミランダの唇に男性の唇がやって来る気配は無く、今か今かとその時を唇を突き出し待ち受ける。
「これなら俺の課金アイテム、化粧箱にあるもので充分化けるな……っと」
「………ふえっ!?」
「こら! ジッとしてて」
「は、はいっす……」
しかしミランダの欲望……ではなくて想像と違い男性はキスするでも無くミランダの顔に何かを優しくポフポフと当て始め、男性に言われた通り「良し」と言われるまで犬又は奴隷の様にジッとするのであった。
「こ………これが私……?」
「どうだ? 変わるものだろ?」
「し………信じられないっす……」
それから三十分程、男性が出した手鏡には見た事もない美人が映っていた。
しかしそこに映っているのは確かに見慣れた自分でもありなんだかんだ不思議な気分である。
確かにそばかすこそあるものの、逆にそれが今の自分の顔を引き立てるアクセサリーの一部の様に思えてしまう程、今の自分は自分であり自分では無くなっていた。
男性のこぼした「ヴィジュアル系好きがこんな所で役に立つとは……学生時代バンドやってて良かった」と言う言葉は良く分からないのだけれど、兎に角物凄く綺麗な自分が男性の持つ手鏡には映し出されていた。
「さて、お嬢様?」
「なっ、何っすっ!?」
「私、クロとあそこのレストランに行きませんか?」
そして私は恭しく跪き、差し出して来る男性の手を取り「は、はいっす!クロさん!」と元気良く返事をするのであった。
レストラン系列としては珍しく庶民食堂件居酒屋としても人気である『ワイバーンの宴亭』は今日も客入りは上々である。
ただ今日はいつもと違い静かな時間が変な緊張感と共に流れていた。
普段なら冒険者や傭兵、兵隊などが集まる為ガヤガヤとうるさいのが常なのだが今日は料理を作る音だけしか聞こえない。
それもこれもこの店の常連客であるミランダと思しきとんでもない美女、いや美姫が入って来てからというもの店内は物音一つしなくなった。
そしてそれをみた店主は前髪の隙間からたまに見えるそばかすが顔を隠す原因だと思っていたのだが、何故ミランダがいつも前髪で顔を隠しているのかもう何年もまともに見ていないミランダの素顔を見て間違った方向に理解してしまうのも仕方ない事だろう。
幸か不幸か数年間素顔を隠して来たからこその効果であった。
「イノシシのごちゃ煮です」
店員が運んで来た具材の多いスープをミランダは小さな口で咀嚼し食べ始める。
しかし緊張で味は分からない上に飲み込めない。
自分は好きな味なのだが、目の前男性はこのスープを食べてどう思うのだろうか?美味しいと思ってくれたら良いなと思う。
しかし逆に万が一口に合わなかったらと思うと気が気ではない。