闘技場
「貴女はかのスーワラ聖教国の王、コーネリア・ジャドソン聖教王であると思われますが、パスポートはお持ちですか?」
「ぱ……パスポート?」
そして転移させられたコーネリアはいきなの転移で頭が追いつかなかったのか敵国のメイドとその王であるクロがいる場所をゆっくりと見渡し、目の前に広がる景色に呆けてしまった様である。
そんなコーネリアを椿が出迎え軽くお辞儀、そしてパスポートの有無を問いかける。
しかしこの世界にパスポートなどという物は無く、それが意味する物が何なのか見当もつかないコーネリアはこの危機的状況にも関わらず緊張感のかけらもない声と表情で鸚鵡返しで聞き返してしまう。
「なるほど、パスポートはお持ちではないと。でしたら入国出来ませんので速やかに自国へと引き返して下さい………と言いたい所ですがそうもいかないのが戦争です。水と光の混合魔術段位三【魔力回路遮断】」
「……………ば、バカな………貴様この私に何をした!? 言え!! 早く言わんっ、ぐぅうっ!」
そして依然呆けているコーネリアの肩に椿が手を置き水と光の混合魔術段位三の魔術である【魔術回路遮断】を発動させる。
この魔術は発動条件に相手との接触という極めて難易度の高い発動条件がある変わりに発動すれば相手は魔術の使用及び魔力の消費を出来なくさせてしまう魔術である。
魔術自体は低コストと言うのもあり恐ろしい魔術である事には違いないのだがスキルメインの相手にはリスクの割に意味がなく、更に試合を完全に終わらせるほど驚異的な効果をもたらす訳でもない上に同じ発動条件で闇の魔術段位四【鬼ごっこ】があり『発動から十秒後ライフが一でも残っており敵から一度も接触されなければ無条件で試合に勝利する』などと言った試合を決めるフィニッシャー的な魔術が何種類かある為ゲーム内においてそこまで重要視されていない魔術である。
しかしこのコーネリア聖教王にとってはそうでは無いらしく、コーネリア聖教王からすれば余りにも凶悪すぎる未知なる魔術に現在自分が立っている場所を忘れ部下に対して叱責するかの如く魔術をかけた椿の食いかかる。
そして敵相手にそんな態度を椿相手に取れる訳もなくコーネリア聖教王は椿の膝蹴りで鳩尾を貫かれ、強引に口を閉ざされてしまう。
「椿様、闘技場発動可能準備出来ました」
そして、その間に五名のメイドが【不可視の壁】を展開し、コーネリアとクロをその壁で閉じ込めた所で椿に報告する。
「ご苦労様です。では……空間魔術【闘技場】」
そして椿は閉鎖された空間で発動出来る魔術【闘技場】を発動し、PvP の状況を作り出すと褒められる事を待つ忠犬の様な眼差しをクロに向けて来る。
「クロ様とこの無礼者が気兼ねなく集中して戦える準備を致しました」
「わわざわざ俺の為にありがとう椿」
「い、いえ」
多分椿はクロが「俺が直々に相手をしてあげよう」という言葉を受け止め、クロが指示を飛ばす前に実行に移りわざわざ一騎打ち出来る状況を作り出してくれたのだろう。
であるならば素直に褒め頭を撫でてやると消え入りそうな声で返事をした椿は顔を真っ赤にしながら俯いてしまうもその口元は抑えきれない感情によってにやけてしまっているのが分かる。
もし犬の様に尻尾があったのならはち切れない程の勢いで振っていた事だろう。
普段は凛としている椿の可愛い一面を堪能した後クロはコーネリアがいる闘技場へと向かう。
「待たせたな」
「………何をした?」
「何をしたって……簡単に言うと俺とお前で一騎打ち出来る様にしてもらっただけだ。当然お前の配下は一緒に共闘出来ない様になっているのと直前までのバフやデバフなど全てその効果を消され、体力魔力共に最大値まで回復しているはずだ」
「…………間違いない様だな」
コーネリアは開口一番人を殺せそうな視線をクロに向け、この見たこともない状況の説明をクロ問いかける。
そしてクロの説明を聞いたコーネリアは敵に情報を惜しみなく教えるクロを見下しながら無詠唱で火の魔術段位一【火の粉】を発動し、先程まで使えなくなっていた魔術が使える事を確認するとクロが言っている事は間違っていないと判断する。
そして魔術が使用できると知ったコーネリアは次にゆっくりと辺りを見渡して行く。
それにより現在コーネリアは一辺の長さが百メートル程の正方形の石畳の中央の上に立っており、その外にクロ・フリートのメイド達が、そして更にその奥、まるで観客席の様になっている場所には自ら選りすぐったスーワラ聖教国の騎士達がコーネリアのいる場所に行こうと躍起になっている姿が見える。
しかし彼らは決してこの場所に来る事は出来ず
更に彼等が放つ魔術までも遮断されているのがここからでも伺える事ができる。
そして理解する。
この場所はクロ・フリートが言っていた様に、まさに一騎打ちする為の魔術なのだと。
それと同時に怒りも湧いてくる。
コーネリアを敵陣のど真ん中に転移させた上に魔術をロックした圧倒的優位な立場を捨て、対等の状況にわざわざ変えたのである。
これ程の侮辱はコーネリアの記憶では今回が初めてである。
「お師匠様ー!!」
「頑張ってくださいっ!!」
「今回も勉強させて頂きますわっ!?」
そんな、ある意味で緊迫した空気の中、突如クロを応援する声が聞こえて来る。
そしてその声がした方向にクロが目線を向けると声の主であるレニア、エリシア、ユーコの他にサラやセラ達だけではなく今現在館にいた者達全員がこの場に来ているみたいである。
どうやら闘技場を発動した時相手の兵士や騎士だけでなくこちら側の人間も椿は呼び寄せてくれたらしい。
そして相手陣営と違いクロ側の陣営は、負けると思っていない者、勝ってほしい、負けてほしい者、スーワラ正教国の王と相打ちしてほしい者などこちらに視線を向けるその表情は様々である。
「観客席に敵国の陣営だけでは少々寂しいのでこちらの陣営も呼ばせて頂きました」
レニア達に軽く手を振りながらクロ側の観客席にいる者達を観察していると椿が「余計な事をしましたでしょうか?」と言った表情で聞いて来る。
「ありがとう。彼女達の為にも勝たないとな」
別段だからと言ってクロが負ける確率が高まる訳でもなく、婚約者や弟子達の為にも目の前で無様に負けれないとより一層気合いが入るというものだ。
その為心配気な表情をしている椿の頭を少し乱暴に撫でてあげながら感謝の言葉を言う。
乱暴に頭を撫でられ髪が乱れてしまう椿なのだがその顔は何処か嬉しそうである。
「さて、そろそろ始めようか?」
「呑気に下女と会話している間に殺してやろうと思ったのだが、成る程……闘技場とは良く言ったものだ。『相手の準備が整っておりません』と警告が出て来て貴様を攻撃する事が出来ないとは忌々しい限りだ」
「すみませんね、準備が遅れて」
闘技場中央でお互い笑顔で会話をするその様は戦争中の敵国の長同士だとは到底思えないであろう。
まるで新婚夫婦の様な甘い空気すら漂って来そうなほどの空気である。
そんな二人の空気など関係ないとばかりに戦闘開始のホログラミングとアナウンスによるカウントダウンが開始され、試合開始のアラームが闘技場全体に鳴り響く。
「闇の召喚魔術段位一【彷徨う骸骨】」
「火の魔術段位一 【火球】」
「闇魔力コストを一消費し彷徨う骸骨を再生」
先に魔術を発動させたのはクロで闘技場にカタカタと音を鳴らしながら骸骨が一体現れる。
そしてその骸骨対しコーネリアは火球を放ち破壊するも骸骨は即座に再生されて行く。
「闇の召喚魔術段位一【彷徨う骸骨】代替えコストとして闇魔力コスト一消費」
そしてその隙にクロは更に彷徨う骸骨を唱えもう一体の骸骨が闘技場に現れる。
違うのは先程の骸骨と違い錆びた剣と盾を装備しているという事である。
「そんな雑魚モンスーの代表格であるスケルトンを召喚して何になる?しかも雑魚モンスーにボロボロの装備持たせた所で雑魚は所詮雑魚だろう。火の魔術段位三【双火球】」
「低コストで召喚でき再生能力があり、更に代替えコストまで付いているから余裕がある時は強化して召喚できる時点でそこそこ強いと思うんだがな……闇の魔力コスト一消費で彷徨う骸骨を再生、更に闇の魔術段位三【骨の壁】を召喚」
コーネリアは先程放った魔術である火球と同じ威力の火球を二つ同時に放てる事が出来る魔術、双火球を放ち彷徨う骸骨に放つのだが、武器を装備した方の彷徨う骸骨は焼き倒す事が出来なかった上に先程同様に焼き倒せた彷徨う骸骨はクロにより即座に再生される。
そしてその隙にクロは魔術段位三である骸骨の壁を召喚し、クロの周りを数多の骨の壁がクロを護る様に浮遊し始める。
「何とも厄介な……なら一気に全て破壊するまで。火の魔術段位四【獄炎の海】………ぐうぅっ」
そして順調にモンスーを召喚して行くクロと何も出来ていない自分との差を無くす為にコーネリアは全てのプレイヤーと全てのモンスーにそこそこのダメージを与える魔術を発動、自らもダメージを負いながらクロが召喚したモンスーを全て焼き切る事に成功し、安堵の表情を見せる。
「おまえは今まで何を見て来たんだ? 闇の魔力コスト三消費し先程焼かれた彷徨う骸骨と骨の壁を全て再生、そして十秒以内にアンデットモンスーが三体破壊された時に魔力コスト無しで召喚出来る能力がある魔術段位四【墓場の守り人】をコスト無しで召喚、更に墓場の守り人が召喚された時に発動出来る能力『墓場の守り人が召喚された時に一度だけ召喚したプレイヤーが使える魔術の中で段位四以下のアンデットモンスーを召喚する事が出来る』と言う能力を使い光の魔術段位三【光の亡霊】を召喚。墓場の守り人の能力で全てのアンデットモンスーは防御力が一上昇、更に光の亡霊効果で俺が使役するモンスーの防御力一上昇する」
文字通り肉を焼く思いでクロの使役するモンスーを破壊したコーネリアなのだが蓋を開けて見ればその行為が逆にクロを優位にさせてしまっていたと言う状況に、コーネリアは受け入れられずにいた。
攻撃し、モンスーを全滅させた方が不利になるというあり得ない状況に、しかし目の前に広がる光景が嫌が応にもその事実を突きつける。
攻撃すればするほど不利になるという状況では最早動けなくなるのも仕方のない事であろう。