圧巻の景色
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スーワラ聖教国都市の中心に建てられている塔の最上部は以前にも増して重たい空気を孕んでいた。
それもそのはずであり、その原因として送り出した勇者一行が捕虜として幽閉された事が最早魔族の手に落ちた敵国であるグルドニアの使者から一報が疑いようの無い資料という証拠と共に届けられたのがつい数時間前の事である。
「最早迷う段階では無い……覚悟を決めよ」
その中でも長いテーブル、その一番最深部に座っていた一際豪華かつ神々しさを放つ人物が重たい口を開く。
その短い一言で此処にいる者達は全てを悟りざわつき始める。
「勇者とて所詮人の子だったという事だ。神の御身技を使えないのならば負けるのも致し方無いのかもしれない。であるならばもはやあの国を止める者はこの私しか居まい」
そう口にする彼女こそここスーワラ聖教国の聖教王であり、人の身でありながら神の御身技を使いこなせる唯一の人物でもある。
神の御身技を段位七まで使えるのは彼女、コーネリア・ジャドソンただ一人だけである。
「なにお通夜みたいな雰囲気を醸し出しているのだお前達よ。この私がたかだか魔族如きに負けるとでも言うのか?」
そう言いコーネリアは傲岸不遜に周囲を見下ろす。
その聖教王らしく無い態度に、しかし聖教王故に許される態度である事に周囲の者達は失いかけた一聖教国民としてのプライドを取り戻し自信がみなぎって来る。
そもそも全魔族では無いにしろ一般的な魔族相手に光の魔術は効果的であり普通に考えれば聖教王が魔族に負けるというのは余程のイレギュラーが無い限りあり得ないのである。
「ふむ、皆良い面構えになったではないか。それにもし私が討ち取られたとしてもこの国には優秀な人材が数多く存在する。後継人選びには苦労しまい?」
そしてコーネリアの軽いジョークに重い空気はいつしか明るくなり、しかし良い緊張感でもってこの場を満たして居た。
その様子は奢る事を辞めた圧倒的強者の雰囲気がそこにはあった。
「ではこれよりあの憎きクロ・フリート及びグルドニアへの対策を考えようではないか」
そして聖教国は着々と国落としの戦略会議と準備を始めるのであった。
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「クロ・フリート様、スーワラ聖教国の者と思われる軍隊がこちらに進軍しているようなのですが……どのように致しましょうか?」
黒を基調とした和服の上にエプロンを羽織った元NPCキャラクターが洗礼された動きでクロに告げる。
このキャラクターはゲーム内でクロが運営していたイベントアイテムを建築する場所であるタウンや保管する倉庫等に配置されていた課金キャラクターである。
このキャラクターの総数により建築時間や建築出きる建物の数、アイテムを保管出きる総数が変わってくる為かなりの人数を購入しており最終的に総数132名もの人数を購入していた。
そしてここまでの数購入したもう一つの要因として購入したキャラクターを自らの手でカスタマイズ出きるという特典もあり、イベントも消化してやる事も無い暇な時間を見つけてはキャラクターを購入し、理想の従者を作っていた事も大きいだろう。
またこのキャラクターは購入の際執事かメイドか選べるのだが無論全てメイドを選択している。
その選択に後悔はしていない。
そしてそのメイドがスーワラ聖教国の軍がグルドニア王国に向けて進軍して来たと言うのだ。
捕虜として捉えた勇者一行がクロを見て怯えきってしまった為に癒しの魔術を駆使して落ち着かせひと段落したと思えばこれである。
今現在他にも他国の要人などが別の部屋で待たしている状況でもある為に今来なくてもと思ってしまう。
しかしこのグルドニア王国とスーワラ聖教国は忘れがちではあるものの戦争の真っ只中である為に仕方の無い事と言えば仕方の無い事である為にクロは深い溜息と共に重い腰を上げる。
「俺が自ら出向く。ゲートを開くからセバスチャンを先に行かせてくれ」
「畏まりました」
はっきり言えば国の運営なんかやりたくもないしましてや国王などというポジションは真っ平御免被りたいのだが最早そうも言ってられない所まで来ている為に無視出きるものでもないだろう。
また、前回、前々回とセバスチャン達に国防の為とはいえ戦闘させ、さらにセバスチャンは重症を負っているのである。
本人達にその気が全く無くてもクロからすればいつ謀反を起こされるか気が気じゃない為自分で動ける案件は出きるだけ自分で動きたいと思うのはクロの前世、滝沢祐介が持つ一般市民としての価値観が故であろう。
会社という組織内で必ずいる仕事をしない上司と言うのは常に部下が持つ会社に対してのストレスの矛先として真っ先にあげられるのである。
「クロ・フリート様、セバスチャン様が敵と接触したみたいです」
「わかった。セバスチャンもそうだが、いつもありがとうな。感謝している……椿」
そして俺はゲートを開くとメイド長である彼女、椿を中心として選び抜かれた十傑のメイドを引き連れて既に見慣れてきた門をくぐる。
その間メイド長である椿が珍しく身体を震わせ感動に打ち震えているも職務中であるが故に必死に表に出ない様耐え忍んでいる事にクロは知る由もない。
しかし普段の彼女と照らし合わせて見てもほんの僅かな差しかない差異を普段が完璧であるが故に十傑に選び抜かれたメイド達は機敏に感じ取り、生暖かな感情と羨望が混じった視線を自らの長である椿に向ける。
「これはまさに圧巻だな」
そしてクロは門の向こう側の景色を見て呟く。
そこに広がるのは役一千程の人数からできたスーワラ聖教国の軍隊である。
数こそ戦争である事を想定して考えれば少ないのだが白と銀、アクセントに赤を入れた同じ柄の甲冑を着込み、それぞれの武器を持つ一つの軍隊というのは軍事的または内戦的視点で言えば死ぬ間際まで平和であった日本で暮らしていたクロからすれば十分に圧倒されるだけの人数であった。
そしてその千の人数でもってしても埋もれる事がない程、最奥にいる一人の人物は圧倒的なオーラを放ちその存在感を嫌が応にもクロに見せ付けて来る。
「お待ちしておりました、クロ・フリート様」
「ああ、病み上がりにも拘らず申し訳ない。怪我の調子はどうだ?」
「ウィンディーネ様により回復魔術を施して頂きました。体調は既に万全な状態です」
「それは頼もしい限りだが病み上がりなのには違いない。今回は俺が直々に相手をしてあげようと思っている為無理はせず安静にしておけ」
そしてクロの姿を見てこの軍隊の前でも完璧な所作でセバスチャンが出迎えてくれる。
その完璧な所作のせいで先日死に掛けた者であるとは思えない程なのだが、ウィンディーネなら完全に治癒出来ていると思いつつもセバスチャンの体調を気にかける。
するとセバスチャンはクロの肌をチリつかせる程の殺気を目に迸らせ、体調は万全であると返す為慌てて今回は安静にしろとクロは返す。
そんな会話を繰り広げていると痺れを切らしたのか魔術かスキルで増幅したであろう声量でもって「放て!」という掛け声が響き、一斉に矢が雨の様にこちらに飛んでき始めるのが見える。
「ここは私が」
それを見てクロは矢を防ぐ魔術を使う為に一歩踏み出そうとするとメイド長の椿がそれを遮り前に出る。
「風の魔術段位一【微風】」
鈴が鳴るような美しい音色と共に紡がれた魔術はただ微風を吹くだけの魔術である。
しかしその魔術を使う術者の技量によってはその限りではなく、向かって来る何百という鉄の鏃は全て微風により調整され一本もかすることなく地面に突き刺さって行く。
その効果は絶大だったらしくスーワラ聖教国側の軍から騒めきが聞こえて来る。
スーワラ聖教国側からすれば飛んで来る矢をなんの対策もしていないにも拘らず一本も当たらないかの様に見えた事だろう。
味方であるはずのクロ自身でさえあまりの恐怖に無詠唱で即死回避の魔術を自分含め全員にかけた程である。
それから数度、同じ様に矢が放たれるのだがその全てが次々と地面に刺さって行く光景を目の当たりにし、初めは偶然だと思っていたスーワラ聖教国側の軍も二度三度とそれが続く度に矢が当たらないのが偶然では無いと気付き始める。
それが魔術なのか神の奇跡なのかは理解できないまま。
「無色の魔術段位四【位置交換】」
そして椿による魔術によりスーワラ聖教国側の軍は混乱の極みみ達し、遂には逃げ出す者、武器を捨て神に祈り始める者まで現れ始める始末である。
いきなりスーワラ聖教国側に今まで軍の頭がいたはずの所に敵の、最早得体の知れない片側を眼帯で隠している独眼のメイドが現れたのである。
この中で混乱せず瞬時に攻撃転じる事が出来た者は優秀であると言えるだろう。
しかしいくら優秀だとしても椿が選んだ十傑のメイドがその程度で蹴散らされてしまうほど無能であるはずもなく、次々と簡単に無力化されてしまう。
その事実に最早特攻する者も消え、それを肌で感じ取ったメイドが「戦意も戦力も無い腰抜け達め」と吐く。
その言葉にスーワラ聖教国軍の精鋭としてのプライドが怒りを生み出すのだが、それを上回る恐怖が攻撃するという選択肢を選ばせない。
最早彼らのプライドは、日々市民や下階級への傲慢な態度を取っているもの程ズタズタにされ、耐え難き屈辱を味わっているだろう。
そして目の前のメイドは不敬も不敬、聖教王であるコーネリア・ジャドソンが先程まで座っていた玉座に事もあろうに座ったのである。
「………ふん、つまらん眺めだ」
そして件のメイドは足を組み、メイド長である椿が聞けば間違いなく拳骨が一発は飛ぶであろう口調で辺りを見渡す。
そして、つい先程までそこに座っていた聖教王であるコーネリア・ジャドソンは現在眼帯メイドと入れ替わる様にクロの目の前に現れていた。