メイドのような者
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「まったく、何でシャーロット家の長女であるわたくし、フランボワーズ・シャーロットが崩壊しよりにもよって魔族が立て直した国家に……しかもこの様な辺境の地へと向かわねばいけませんのっ!? こういうのはお父様の仕事ではなくて!?」
今日幾度となく吐いた愚痴をもう一度目の前に座る痩せ型の、白髪が最近目立ち始めた老執事に吐き捨てる。
やはり今回の遠征はいくら頭では理解していても感情が無理だと感じてしまっている以上、無理なものは無理である。
そもそも今回の遠征は何故か帝国の建国の父であるブラッド・デイモン様の名により仰せ使わされた案件である。
いくら我が儘娘のジャジャ馬娘と一応は自負しているわたくしであろうとも首を横に降る事は出来なかった。
「何が『くれぐれもクロ・フリート様に粗相の無いようにな』ですかっ。これは単なる見合い話であり政略結婚させようという魂胆がもう丸わかり過ぎて身の毛がよだちますわ!」
それもよりにもよってあのブラッド・デイモン様がたかだか少し強いだけのぽっと出の魔族相手に『様』を付けなくてもよろしいですのに。
そんな態度だと相手が勘違いし、己の立場を理解できず付け上がる面倒を増やすきっかけを作るだけですのにっ!
そう思うも寸前の所でその言葉を飲み込んだフランボワーズは今こうして抗いようの無いどうしようもない運命に対する愚痴を自慢の髪型である金髪ドリルを振り乱し目の前の老執事に今回の愚痴を吐き捨てる事しか出来ないでいた。
またその事がフランボワーズのストレスとなり、また愚痴を吐き捨てるというサイクルが馬車の中では出来上がっていた。
「お嬢様、現地ではくれぐれも粗相の無いようにお願い致します」
「分かっているわよ! むしろ相手が少しでもわたくしに対して粗相があった場合即座に魔術で消し炭にして差し上げますわ!」
そんなフランボワーズの様子を見て不安になったのか老執事が今一度フランボワーズに対して相手方に粗相の無いようにと釘をさすのだが、当の本人は分かっているのかいないのか分からない返事を返すと相手を消し炭にした未来を想像して高笑いする。
その姿をクロ・フリートが見たら『アニメに出てくるコテコテのお嬢様キャラかよ……』と呟いていただろう。
「しかし未だにこのわたくしが魔族と政略結婚させられると思うと虫唾が走りますわね……ブラッド・デイモン様でしたらまだ良かったですのに。寧ろ大歓迎ですわ!」
未だこの現状に納得いっていないフランボワーズの愚痴は止まることを知らず、その姿を静かに見ている老執事はせめて思った事を口にする事だけでもせめて矯正出来ていればこんな辺境の地へまで赴かなくても良かったのでは?とは思わずにはいられなかった。
「長旅ご苦労様です」
帝国から出発して一週間かけてフランボワーズはようやく目的地であるグルトニア王都東の果てにある森林地帯のど真ん中、そこに建てられた豪邸に到着した。
そして今まで見た事もない木製のシックであるが豪華な門構えをした入り口が鈍い音を立てて開くと中から複数のこれまた見た事もない布を羽織っただけの様にも見える服装をしつつもこの屋敷のメイドである事が一目で伺える服装の女性が複数名横一列に出迎えており、その中の一人が代表して労いの言葉をかけてくる。
「あら、見慣れない服装だけど一応メイドでよろしのでして?」
「厳密には違いますがメイドという認識で間違いありません。また服装ですが、我がご主人様が『せっかく門構えや屋敷を和風にしたんだから服装も和風にするか』と仰ったので和風に揃えております。」
「和風というものがどの文化を指しているのか分からないのですけれども、今までに無い雰囲気で良いのではなくて?」
メイドの受け答えに対して貴族の娘然とした態度で対応するフランボワーズなのだがメイドだと言った彼女達が中には武器や防具を装備している者も見える。
服装だけではなくその不自然さからもフランボワーズはメイドであるかどうかの確認をしたのだが、なぜ一介のメイドであるにもかかわらず槍や弓や長剣を装備する必要性があるのか分からないままである。
「失礼します」
「っひ!?」
「すみません、後ろにブラックタイガーの親が襲いかかっているのが見えましたので失礼は承知で始末させて頂きました」
そんな中でメイド長であろう先程社交辞令程度の会話をしていた女性がフランボワーズの右頬すれすれに無詠唱で発動させた雷系統であろう魔術を放ち、メイドの説明を聞き恐る恐る後ろを振り向けばそこには焼け焦げた見た事もない巨躯のブラックタイガーが横たわっていた。
「この辺りは少し物騒ですのでメイドも武装しているのです」
そしてわたくしが思った疑問を先程のメイドがその答えを言い疑問が氷解する。
しかしあれ程のブラックタイガーが存在する場所を少し程度の認識でしか無いこのメイド達は少し…いや、かなり一般常識からかけ離れた戦闘能力を持っているのだろう事が先程の一撃で垣間見える。
「では中に案内致しますのでついて来て下さい」
「わ、わかりましたわ」
此れ程の強さを持っていてすれば冒険者や宮廷魔道師などと言ったもっと稼ぎの良い仕事無いし職場がある筈である。
それなのに何故この方達はクロ・フリートとか言う少し強いだけが取り柄の男性の元に仕えているのだろうか?
そう疑問に思っていると件の敷地内へ案内するのでついて来るように促してくる。
その時「一応フランボワーズ様一向は私達が細心の注意を払って護衛致しますが、死にたくなければくれぐれも私達から離れないで下さい」と一言添えて歩き出す。
その言葉を聞き辺りを見渡せば私達を格好の獲物だと思っているのだろう、魔物や獣達が現れてはメイド達に簡単にあしらわれている姿が見える。
「一応ここまでの道中は我が主人様が整備し結界を施していますがこの門の前からは敢えて結果をしていませんので腹をすかせた者たち、いわゆるここでは比較的弱い者達が生きる為に自分よりも弱い者を驚異的な嗅覚でもって嗅ぎつけて来ます。そしてその者を仕留めれば、次にやって来るのは血に飢えた者が強者を求めやって来ます。いわゆる自然の護衛システムですね。そしてそれを突破出来た者は私達が仕留めさせて頂きます」
「か、かか……画期的ですわね」
最早その一言を言うだけで精一杯である。
しかし、確かにこれではちゃんとした手順を踏まず訪問した者は門に着いた瞬間に絶命するであろう。
まさに完璧な防犯システムである。
「そうなんですよ! 私達の主人様は凄いんですっ!!」
「こら杏、大事なお客様の前ですよ。静かになさい。あなたの一挙手一投足も我が主人様の人となりの一部として評価されるのですよ?」
「そ、そうでした。ごめんなさい」
「いえ、その程度ではあなたのご主人様を低く評価したりしませんので少しくらいなら構いませんわ」
そんな中わたくしのなんとか絞り出した画期的という発言を聞きまだ幼い、十歳程度の杏と呼ばれた少女が顔を綻ばせながら自分の主人を持ち上げるとメイド長であろう女性が嗜める。
そんな小さな可愛らしいハプニングもありつつわたくし達は屋敷の中、目的の部屋までたどり着いた。
屋敷の中では靴を脱ぐという仕来りは新鮮でなんだかへんな気分である。
「フランボワーズ御一行がいらしました」
「入りなさい」
「失礼します」
部屋の中から凛と響くような声がわたくし達の入室の許可を許すと案内をしてくれたメイドが扉をスライドさせて開く。
その開き方に物珍しさを感じつつもメイドと共に部屋の中に入ると見知った顔がちらほらいる事に気付く。
「お久しぶりです。フランボワーズ様」
そのうちの一人がわたくしの処まで来るとその者にしては珍しく丁寧な素振りで恭しく挨拶をしてくる。
「あらアイシャ・ウィルソンではありませんか。という事は後ろに控えている貴女達は確かトリプルSランク冒険者パーティー騒然暮色のメンバーでお間違い無くて?」
「はい。間違いありません」
わたくしの問いに一切の躊躇も無く答える騒然暮色のリーダーであるアイシャ・ウィルソン。
このアイシャ・ウィルソンとは冒険者の中でも同性という事もあり付き合いが長いのは勿論少なからずわたくしは冒険者と皇族という垣根を超えた友情の様な物を感じている。
そしてこの騒然暮色は拠点を持たず各国を転々としている為他国に拠点を置かれる前に手綱を付けようにもなかなか上手くいかず歯痒く思うメンバーでもある。
「しかし貴女だけでなく騒然暮色のメンバーまで顔を見せるとは珍しいですわね」
「外で待機させる事よりも中で待機した方が安全であると判断致しましたので」
「あら、貴女達でしたら待機できたのではなくて?」
「冗談はよしてくださいよ。転々と行動するのでしたらまだしもあんな場所に待機すれば獣や魔獣と闘うハメになり身を隠す事は不可能ですし、休憩無しであんな化け物犇めく場所にいれば数時間で御陀仏ですよ。潜む事も出来ない上に命も危ないのなら無理にやらないに限ります。命あっての物種ですから」
ハハハと豪快に笑う彼女を少しはしたないとは思うもそこが彼女の良さでもある。
しかし話は明るい彼女の態度と違い深刻さは深くなる。
もし戦争をしようにもこの場所を攻め落とせなくては新首都であるノクタスを攻め落とせない可能性は非常に高くなってくるからである。
更に言えば此処を守護しているメイド達は低く見積もっても此処にいる世界屈指の冒険者パーティー騒然暮色よりも強いと言う事になるのだ。
新首都にもなるとこのメイド達よりも強力な強者達が守護するであろうし、尚且つ我が国にその者達が攻め入る可能性だってあるのだ。
当然この様に戦中心で思考するという事はいくら今回の訪問が見合いの可能性が高いとしてもフランボワーズはそれを受けるつもりは無く、初めから断るつもりでいる為である。
そんなフランボワーズを老執事は誰にも気付かれずに深いため息を吐くのであった。