持つべき者は使える部下
必ずしもクロ・フリートがこの世界の住人でないという可能性を考慮したとしても、個人としての圧倒的な強さに加え、またそれに匹敵する程の強さを持つ数多の配下達を持ち、またその戦術も魔術だけで無く剣術も折り紙つきの強さを誇るという。
現にたった一人で裏社会のトップ達複数を難なく返り討ちにしている事からも彼の強さが伺える。
そして何と言ってもあの魔力の量である。
神と言われても何ら疑問すら持たない程の魔力量を持っているクロ・フリートが、果たして本当に魔族なのかすら疑いたくなる程である。
クロ・フリート単体、それこそ配下のセラ一人でさえもこの世界を手に入れる事は可能であろう。
それはこの世界だけではなく向こうの世界もまた同様に同じことが言えると断言できるほどのまさに規格外の存在達である。
スフィア・エドワーズ姫の言う通りそんな存在が未だにこの世界を征服しようとしていない事実が、クロ・フリートが向こうの世界の住人であろうがなかろうが世界征服に興味が無いという何よりもの証拠であると言うのは信憑性が極めて高いと言える。
「ま、間に合いましたー!」
「お師匠様の配下でおられるお方の戦闘を観れる機会なんてそれこそまたと無いチャンスですからねー」
「全く、そんな事を言って身だしなみに時間をかけていたのはどなたかしらね?」
「お待ちしておりました。 まだ始まるまでに時間がかかりそうなので試合開始までゆっくりして行きましょう」
クロ・フリート姫とその配下の事を考えているといきなり門が現れそこから三人の亜人種である娘達が現れて来る。
その亜人種三人娘にスフィア・エドワーズ姫は元から此処に来る事が分かっていたのか別段驚いていないようでスムーズに亜人種三人娘を空いているソファーえと誘導して行く。
「………誰ですか?」
「ああ、彼女達はクロ・フリート様のお弟子さん達ですね。 今日の試合を見学に呼ばれたみたいなので此処に来る事になっておりました」
「弟子までいるのですか……さぞ強いのでしょうね。 是非私もどう鍛錬すればあの様な強大な魔力を手に入れれるのか教えて貰いたいほどです……って、試合って!? 誰か闘うのですか!?」
「誰かって……何もお聞きにならなかったのですか? ……実はですね、今日このバルコニーから一望できる辺り一面森林のフィールドを使ってクロ・フリート様の婚約者全員対セラ様の婚姻承諾をかけての一試合行われるんですよ」
そんな亜人種三人娘が誰なのか問いかけると彼女達はクロ・フリートの弟子であるという返答に加え聞き逃せない内容が返って来た。
間違いなく人族であるクロ・フリートの婚約者とあのセラとかいうクロ・フリートの配下が今から目の前に広がる広大な敷地内で闘うと言うのである。
あの化け物と闘うと言うのだから驚かないわけがない。
「クロ・フリートの婚約者は私達と同じ人族でお前の国の住人だった人なんだろ? 人数こそお前入れて七人だたと思うが、何百何千もの人を集めて来ようとも勝てるとは到底思えないのだが……」
「確かに、セラ様には何千どころか何十万もの兵を集めてでも勝てないでしょうね」
私が思った疑問をガーネットが代わりに口にしてくれる。
思った事をすぐに口に出してしまうガーネットは、いつもならば空気を読ん欲しいと幾度となく思うと同時に殴りたくもなるのだがこの時ばかりはグッジョブと言いたい。
そしてスフィア・エドワーズ姫から返ってきた言葉は我々がいくら束になっても勝てないだろうという、実際セラと対峙している為分かっては居たのだが信じたくはないものだった。
「ですが、イルミナ様じゃないだけまだ勝機はありますし、クロ・フリート様直属であられる配下の一党であるセラ様に認められなくては婚約者としてクロ・フリート様の配下の方々に顔向け出来ませんのでここは何が何でも勝たせて頂くつもりです」
そんな私達の気持ちを知ってか知らずかスフィア・エドワーズ姫はあのセラに勝利すると言ってのける。
それも驚くべき発言なんだが、もう一つ気になる発言をスフィア・エドワーズ姫はしていた。
「あのー………イルミナという方はセラさんよりも強いお方なんですか?」
そして今回はガーネットではなくメアリーが私の感じた疑問を代わりに聞いてくれたみたいである。
やはり持つべき者は使える部下という事なのだろう。
この場合勿論部下と言うのはガーネットとメアリーであり私が当然上司である。
「まず勝てないでしょうね。 イルミナ様は私達と同じ人間なのですが職業は召喚術師であり、バハムートほどではありませんがエンシェントドラゴンやそれに勝るとも劣らないほどの召喚獣、それも神獣と呼ばれる者たちを召喚できます。 フェンリルや不死鳥、ウロボロス……そんなのが二体三体と召喚されれば勝機は最早無いでしょう。 しかもスキルや魔術にも長けており、召喚前に接近戦に持ち込んだとしても結果隙を突かれ召喚されてしまいます」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! その……なんだ? イルミナという奴は私達と同じ人間なんだよな!?」
「そうですね。 種族てきには何ら変わりはありません 。唯一違いは黒髮黒目ぐらいでしょうか? 確かに珍しくはありますが全くいない訳でもないですので………っと、噂をすれば影ですね。 イルミナ様がいらしたようです」
「すみませーん、子供達の相手をしていたら遅くなっちゃいました」
またもやこの部屋に門が現れると中から長髪の黒髮を持ち黒曜石のような瞳を持つ女性がパタパタと小走りに門をくぐってくると、その後ろからメイド服を着た女性奴隷がイルミナの後をたどたどしくも必死に着いてくる姿が見える。
「お久しぶりですイルミナ様。 クロ・フリート様はまだ来られていませんので遅いという事はないと思いますよ」
「そのようね……セラやウィンディーネ達もまだ来てないみたいだし……あ、この娘を紹介するわね。 この娘は名目上私の奴隷兼メイドなんだけれど、右葉曲折あって一応私の弟子になる娘です。 ほら、挨拶なさいエマ」
「え…エマ・スミスで……です。 よろしく……お、お願いします」
イルミナは最近購入したのか奴隷メイドを紹介する。
そして奴隷メイドはイルミナに促され「はい」と返事をしたあとたどたどしくも何とか自分の名前を告げる事が出来た。
その後はスフィア・エドワーズ姫やクロ・フリートの弟子だと言う亜人三人娘も合わさり自己紹介をし始める。
そんな中、今度は見覚えのある門が現れ、中から六人の娘がこの部屋に入って来る。
その姿は以前対面した時の様なプレッシャーや膨大な魔力は感じられず今日初めて会ったのならば、美しさという点だけを除けば何処にでもいる人間にしか見えない。
それがまた不気味であり恐ろしくも感じてしまう。
「お久しぶりですね、イルミナ」
「久しぶりね…イルミナ」
「……元気だった……?」
「ぼちぼちですねー。あなた達はどうでした?」
セラ、ウィンディーネ、ルシファーと順にイルミナと挨拶をすると彼女達は久しぶりの再開に会話の花を咲かせる。
その間、セラ達と一緒にこの部屋にやって来た従者であろう娘達三名がこちらを凝視している事に気付き、目線が合ってしまう。
「な……なんですか?」
「いやー……分かってはいたんだけど勇者でさえ私達のお師匠様の方が圧倒的に強かったなーと」
「……うぐ」
今や長い鼻はへし折られ、勇者というプライドも弾き飛ばされてしっまた私にとって目の前の従者は実に痛い所を突いて来る。
「ななな、なにいきなりド直球をぶん投げてるんですか!? 貴女は!! すすす、スミマセン勇者さん!! このアホに悪気は無いのです! ついでに脳も無いのですけど……」
「いや気にしないでください。 悔しいですがこの方が言っている事は事実ですしね……」
普段であれば怒っているだろう言葉を投げかけられたのだが今はそれに喰いかかるほどのプライドも無く、今や弱者としての劣等感だけが残る。
この私が自分のことを弱者だと思えるなど、数ヶ月前の私ではあり得ない事だろう。
あの頃の私はこの世界において私より強い者は居ないという圧倒的な自信を持っていたのだから救えない。
「いえ、こちらこそうちの脳味噌が無いバカがすみませんでした!」
「お前は胸が無いけ……グボハっ!?」
「その先を言ったら殴りますよ?」
「………もうレイチェルを殴り飛ばしてんじゃん、ミセル……」
「ひ、他人の短所を攻めるのは殴られて当然です! ベッテンだってそう思うでしょう!?」
「……いやー……ははは」
ベッテンいう侍女から指摘され、それに反論するミセルなのだがそもそもミセルがレイチェルという侍女を「脳味噌が無い」と言ったのはどうなるのか? と思ってしまうがそこは追求しない方が良さそうであると判断する。
「俺は無い胸もそれはそれで良いものだと思うけどな」
「ク……クロ・フリート様!? あぁ……ありがとうございます……」
「……っはひ!?」
するとまたもや巨大な門が現れ、今回ある意味主役であるクロ・フリートが現れるとミセルのまな板をフォローしつつ頭を撫でていく。
まな板の様な胸を肯定され、頭を撫でられたミセルは感極まった表情をし、今にも泣き出しそうなのだが、こちらとしては気が気では無い。
セラ達が入って来た時点でガクガクと恐怖に震えているメアリーは兎も角、ガーネットと私はクロ・フリートを視界に入れた瞬間過呼吸を起こしてしまう。
それ程にまで恐怖と圧倒的な力の差を植え付けられてしまっているので仕方ないと言えば仕方ない事であろう。
しかし、クロ・フリートの前で見とも無く過呼吸を起こし、不快な呼吸音を聞かせ酸素欲しさにもがく様を見せてしまい殺されるのでは?という感情がさらに過呼吸を酷くさせる。
「まったく………怯えてしまう事は仕方ないとは言えここまで怯えてしまわれては少々傷付くな……」
クロ・フリートはそう言うと静かに私達の所まで歩みより、それを見て私達三人は無駄な足掻きだと知りつつも1秒でも長く生きたいと部屋の隅へと逃げ、固まる。
そして私は恐怖の対象が視界に入らない様に目を瞑り来ないでと願うのだが、クロ・フリートの足音は止まらない。
「光の魔術段位二【癒しの光】………何もしないから落ち着いて。 ほら、怖く無い怖く無い」
クロ・フリートが放った魔術による暖かな温もりと柔らかい声音で優しく包み込む様に抱かれた私達は次の瞬間には意識を失っていた。