亡国の姫
最早その顔だけ見れば天使と言うよりも般若に近く、今にもクロ・フリートの側にいる女性達を取って食いそうな勢いである。
「ねえクロ様ねえクロ様ねえクロ様クロ様クロ様クロ様クロ様クロ様クロ様ぐうええっ!?」
壊れたブリキのオモチャの様にクロに詰め寄るセラはカエルが潰れる様な声を出したかと思うといきなり地面にひれ伏す。
「落ち着かんかいセラ!!」
「ぐうう………この重力を上げる魔術とその声は……バハムートですか? は、早くこの重力を戻しなさい」
「無理なものは無理であろう。 今のお前を自由にしては我が主の婚約者を片っ端から亡き者にしようとする未来しかみえないからの」
「い、今何と仰いました? バハムート。 私の耳が壊れていなければ先程、この者達の事を………婚約者と言わなかったですか? …………この………泥棒猫どもがあああああああ……ぐええっ! ちょ!? バハムート! 重力を強めるのをやめなさい!」
「ならその溢れ出る殺気を抑える事だな」
セラをいとも簡単に地面に縫い付けているのはバハムートと呼ばれている、恐らくエンシェントドラゴンであろう、見上げてしまう程の巨大な巨躯を持つ黒い黒竜のようである。
竜族が人間の言葉を喋る事は知ってはいたが、この様に実際会話をしているところを見るのは初めてである。
といっても人間の言葉を喋れる竜すら見た事無いのだが……。
「す、すまん。 変な邪魔が入ったが気にしないでくれ」
「わ、分かった……」
そんな中クロ・フリートが若干顔を赤らめながらこちまで歩いて来ると今黒竜とセラとで行われているいざこざについて謝罪して来る。
クロ・フリートからすればまさに身内の恥に近い感情であろう。
しかしこちらは先程から規格外の事があり過ぎて今自分の現状すら忘れてしまいそうな状況に陥ってしまっている為やけに冷静に答える事が出来た。
「ところで、先程の話の続きなんだが、君は異世界から召喚された勇者で間違いないか?」
「ええ、間違いないわ。 わ……私も一つ聞きたい事があるのだけれど、質問しても良い……ですか?」
「ああ、構わない。 何だ?」
「あなたはもしかして私と同じ日本国からこの世界に勇者として召喚された国家魔術師なのではないですか?」
思わずタメ口になりかけたが、お互いの立場を思い出し咄嗟に敬語を使う。
そしてミズキはクロ・フリートに今思っている一番の疑問を口にする。
「うーん、そうだな………話せば長くなるのだけど、君はこの姿を見て日本人だと思うかい?」
そこに現れた姿は今まで晒していた優男然とした体格や中性的な顔立ちは変わらないものの、身に纏う衣服やオーラ、そして魔力に至っては先程のセラよりも遥かに凌いでいる事が伺える。
そしてクロ・フリートの背中には見事な翼に立派な角が二本頭に生えていた。
魔族の王
この一文字が脳裏に浮かび、そして悟る。
人類は魔族には勝てないのだと。
果たして神は何を持ってこの私に勇者という称号を与えたと言うのだろうか。
こんな称号、目の前の魔族からすれば児戯にも等しいではないか。
そして思い出す。
この魔王の配下はタブレットを、私の世界の魔道具を持っていた事に。
そこから導き出した答えに私は余りにも遅過ぎる恐怖と絶望に飲まれ、先程のメアリーの様に上も下も液体を垂れ流し、胃の中をぶち撒ける。
「わ、わだぢのゼガイは……もう、滅ぼしだのでずか?」
そして縋る。
神でも無い男性をまるで神であるかの様に縋り泣き付く。
「俺がそんな事をする奴だったらもうこの世界も滅ぼしてるよ」
そこに見えるは優しい笑顔。
それと同時に私はクロ・フリートに優しく抱かれるように包み込まれ、背中と頭を軽く撫でられる。
そして私の意識は途切れた。
◇◆◆◇
「全く……メアリーは気絶していて良かったな。 ホント、生きた心地がしなかったからな」
「全くです。 むしろセラ程度の魔力で奇絶するくらいなのですから逆に気絶していて良かったのかもしれませんね」
「そ、そんなにですか……」
「ああ、あのミズキですらセラの時のメアリーみたいな状態になってたしな。 あとスッゲーイケメンだったな」
「自慢では無いですが出しに出し尽くしましたね。 あと物凄いイケメンでしたねー」
「………そこまでのイケメンだったら……見てみたいかも………」
今いる場所は明確な場所は分からないのだがグルドニアの何処かにある自然豊かな手入れされた雑木林に作られた私達専用の捕虜施設である。
外見はこの世界ではあまり見た事もない純和風の豪邸といった作りの平屋建てなのだが、半径10キロにも及ぶ強力な魔術により作られた障壁により脱走は不可能に近いだろう。
かと言ってあれ程の力を見せ付けられた今、例え魔術による障壁がなくとも脱走などという事は出来ないのだが。
それにしても、建物一つ見てもやはりクロ・フリートは日本人ではないにしろ日本を知っている魔族と考えて良さそうだ。
「皆様方体調の方は良くなられましたか?」
そんな時、ノックと共にクロ・フリートの婚約者の一人であるスフィア・エドワーズ姫が現れ、我々の体調をわざわざ気遣ってくれる。
しかし同時にその気遣いが心苦しくもあるので嬉しくはあるがどうしたものかと思ってしまう。
「スフィア・エドワーズ姫は………クロ・フリートの事を憎んでいるのでは無いのか?」
そして私達が心苦しく感じてしまう最大の原因であるクロ・フリートとの婚姻を、亡国の姫としての感情を思えばこそなのだが、そこは空気の読めないガーネットである。
その事を度直球で本人にぶん投げる。
「………あー……正直言うと父上の思想や価値観は私には耐え難いものでしたから、混乱に乗じて亡国にしたのは私ですし、旦那様……クロ・フリート様を国王にするように仕向けたのも私ですし、そしてクロ・フリート様と婚約するように仕向けたのも私ですからねー……計算通り過ぎて幸せですかねー?」
「………は?」
しかし、開けた箱はまさにパンドラの箱であるかの如く他言できようも無い真実がスフィア・エドワーズ姫自ら「他人に言える様な内容じゃ無いから」と嬉々として語られて行く。
その事から誰かに話したくて仕方なかったのだという事が嫌が応にも伺えてくる。
「それにこの装備見て欲しいのだが! 旦那様の所有している装備なのだが、今の私なら冗談抜きで勇者一行にだって負ける気がしない!」
興奮の余り口調も砕け素の喋り方が出てしまっているスフィア・エドワーズ姫なのだが、完膚なきまでに力の差というのをクロ・フリートに見せ付けられたばかりといえど私とて勇者の端くれ。
たかが装備を変えただけで、以前手合わせした時の強さから考えて私だけでなくパーティを相手にしては幾ら何でもスフィア・エドワーズ姫一人では勝てるはずが無いだろう。
そう思っていたのだが私達の目の前にはいつの間にか三本の氷柱の先端がそれぞれのひたいを向いた状態で現れていた。
すぐさま動いたのはガーネット。
素早くしゃがみこみ氷柱という弾丸の軌道から避けると私とメアリーに不可視のシールドを展開。
それに遅れない様に私とメアリーがスフィア・エドワーズ姫に速度重視の魔法を間髪入れずに攻撃、着弾を確認すると一旦様子を見る。
「その程度の魔術じゃ私にダメージは与えられませんよ? 旦那様曰く魔術の場合段位六以上、スキルの場合高威力ではないとダメージは通らないらしいのですが、どうやら本当のようですね」
そう言うとスフィア・エドワーズ姫は氷柱を私達目掛けて飛ばして来た。
その氷柱はガーネットが張ったシールドをいとも容易く貫通し、私達の頬を掠めて行く。
「凄いですよね、この装備。 防御面だけでなく魔力攻撃力身体能力全てが跳ね上がってるんですよ。 私の旦那様は此れ程の装備を其れこそ捨てる程持っているんですよ?」
「………な、何が言いたいのですか?」
「クロ・フリート様の配下にはどの程度の種類の人種がいると思います?」
「………ほ、ほとんど魔族なのではないのか?」
「いえ、人間、魔族……そして精霊種に竜種とこの世界での人口とほぼ同じ割合で知能が高いと知られている種族がいるそうです。 すなわち一番多い種族は人間、次に魔族、精霊種、竜種という割合でクロ・フリート様の配下がいるようです」
クロ・フリートの配下は人間が一番多いという嘘とも思える統計に、しかし私の心情を察したのかスフィア・エドワーズ姫の目が真実であると訴えかけて来る。
「そして、クロ・フリート様の配下であるお方達は……セラ様達と会ったらしいですからご存知かと思いますが想像を絶する強さをお持ちの方達が多数存在いたします。 特に強さ順でナンバー十二までの方達はそれ単体で国落としぐらい余裕でしょう。 ちなみにセバスチャン様は百二十番目だそうです。 そしてセラ様達はクロ・フリート様のパーティーメンバーに選抜されておられますが、あくまでもクロ・フリート様メインで作られているパーティーメンバーですので純粋な強さで言えばイフリート様やイルミナ様などセラ様より上であるお方達もいらっしゃるようです」
「お、脅しですか?」
「………例えばの話をしましょうか」
「た……例えばですか……?」
スフィア・エドワーズ姫の言葉を脅しと受け取った私はそれをそのまま口にするのだが、スフィア・エドワーズ姫はそれを肯定するでも否定するでも無く悲しみを帯びた目を向け語りだす。
「そう、例えば、もしもの話です。 もしも………もしも貴女のいる国がクロ・フリート様としの家臣を手に入れたらどうなると思います? ………私の国は手に入れた瞬間世界を征服しだすでしょう。 実際私がクロ・フリートの家臣が一人であるバハムートを伴って父上がいる城へと降り立った時、父上の目は欲に塗れ出て来る言葉は娘の安否では無くバハムートをテイムしたと勘違いし、その事を喜ぶ言葉。 ですが、クロ・フリート様は世界を征服するでも無くただただ放浪するだけ。 もしかしたらそうやって放浪しているからこそ種族ごとに脈絡と受け継がれて行く文化や歴史の尊さを知っているのかもしれません」
「………」