新たな婚約者
しかしバハムートのブレスにより舞い上がった土埃が晴れた場所に傷一つ付いていないクロの姿が現れ、バハムートとスフィア・エドワーズは信じられないものを見るような表情を浮かべる。
クロが立っている位置がブレスを撃つ前から変わっていない事からクロがバハムートのブレスを直撃した事は間違いないであろう。
実際バハムート自身も直撃した手ごたえを感じていた為、目の前の光景を俄かに信じられないでいる。
「避けるのが難しいのならば避ける必要が無い装備にすれば良い」
そんなバハムートとスフィア・エドワーズにクロは装備一式が変わった自らの装備を見せ種を明かす。
クロがとった行動は先程同様に装備一式を変更し竜種及び龍種から受けるダメージをカットするアビリ ティーないしオートスキルが付与される物に変更し、バハムートから受けるダメージを軽減しゼロにしたのである。
そしてクロの姿が視界から消えると次の瞬間には上空でホバリングするバハムートよりも更に高い高度に現れ、落下速度そのままバハムートへ強烈な一撃を加え地面に叩きつける。
そしてクロはまたもや装備一式を変える事により背中に生えた魔族のそれのような翼を羽ばたかせ、一気に降下しその勢いで追撃と同時に土煙が上がり視界が悪くなった状況を逆手に取りマップを開くとバハ ムートとスフィア・エドワーズ位置を把握し一気に魔術による捕縛する事に成功する。
「勝負あり……かな?」
そしてクロはバハムートとスフィア・エドワーズに歩み寄ると刀の切っ先をバハムートの首筋に当て勝利宣言する。
「流石主人………参った。まさかこんな戦法を取られるとは恐れ入った」
「わ、私が想像するクロ・フリート様よりも更に強かったです…!」
そしてバハムートとスフィア・エドワーズは敗けを認め、この模擬戦に終止符が打たれるのであった。
◇◆◆◇
「ブレスを直撃した時は流石にヤバイと思いましたっ!」
「本当に怪我とかないのですか?」
模擬戦を終え砦へ帰って来るとスフィア・エドワーズとともに砦へ戻ると早速皆んなが出迎えてくれ、本当に怪我をしていないのかターニャとサラが声をかけ心配してくれるので、大丈夫だと怪我をしてない事をアピールして安心させて上げる。
そしてクロに怪我がない事を確認すると皆一様に安心するのが手に取るように分かり、その反応が嬉しくも思う。
「でもまあ心配してくれてありがとうな」
そしてクロは心配してくれた皆んな一人一人の頭を撫でながら感謝の言葉を口にしていく。
「わ、私も心配したんだが……?」
「はいはい。 お前も心配してくれてありがとな」
そんな中フレイムがその光景を羨ましげに眺めており、そしてその気持ちをクロに伝えるも直接言うのは恥ずかしいのか頭を撫でて欲しいとは言えずに、変わりに頭を撫でられた娘達同様に自分もまたクロを心配していたという事を伝える。
そしてその分かりやすいフレイムのシグナルに気付けないほどクロは鈍感ではない為、皆んなと同じ様に頭を撫でて上げる。
するとフレイムは幸せそうな表情をしクロに撫でられているこの状況を堪能しているみたいである。
そして撫で終えるとまだまだ撫でて欲しげな目をクロに向けて来るのだが、周りの目、特に婚約者達の目が怖い……とかでは無いのだが彼女達に悪いのでいくら上目遣い気味に物欲しげに見られてもダメな物はダメであると心を鬼にする。
フレイムは癖っ毛で軽くウェーブがかった長髪であるのだが自分が想像するそれよりもふわふわしており、実に撫で心地の良い髪質をしている。
その事から毎日髪の毛のケアは欠かせていない事が伺える。
「いつまでフレイムの頭を撫でているのですか?」
「……こ、これはたまたまなんだ。 そう偶然なんだ」
「……あっ」
撫でるつもりは無かったのだが無意識の内にフレイムの頭を撫でいたみたいだ。
不思議な事もあるもんだなと思うもののサラにその事を指摘され苦し紛れな言い訳をしながらサラの頭を撫でてあげると「よろしい」と嬉しそうに撫でらてているのでなんとか先程の事で詰められる事は無くなったとみて良いだろう。
「私もまだまだ撫でられたり無いんだけど?」
そんなフレイムとサラのやり取りを見てキンバリーが期待に満ちた視線を向けて来る。
その尻尾はブンブンと振られており、その光景を見てしまったからには撫でないという選択肢はクロには無い。
キンバリーは若干乱暴に撫でられるのが好きみたいなのでサラを撫でている手ではない方の手でサラと違い乱暴にワシャワシャと撫でてあげると、尻尾もまた先程よりも乱暴に振っているのが見える。
「わ、私もおかわりを所望します!」
「わたくしもお願いしますわ」
「………私は撫でてくれないと…システムに故障を生じる可能性がある為…可及的速やかに撫でて下さい」
そしてキンバリーのおねだりを見てターニャにルル、そして楓とクロにおねだりをして来るので順番に撫でてあげる。
そしてその光景を遠巻きに羨ましげに見ているメアとミイアを呼ぶと皆んなと同じ様に撫でてあげる。
未だ過去の事を後悔し、後ろめたい感情を持っている為かメアとミイアは皆んなが集まる状況では一歩下がってしまう癖がある。
自分自身は嫌われるよう仕向けていたのも事実である為、あの事で二人を悪く思うどころか現状では申し訳なくすら思っている。
その点に関しては出来るだけ皆んなと平等に接して行けるよう注意しているのだが、こればかりは精神的な事なので時間が解決してくれると期待したい。
「妻達との貴重な時間に申し訳なく思うのですが、少しお時間よろしいでしょうか?」
「……何でしょう? スフィア・エドワーズさん」
なんやかんやで全員を撫でくり回していた所スフィア・エドワーズが顔を少し赤らめながらその輪の中に入って来る。
どうやらクロと話をしたい様なのだが彼女の目が真剣そのものなのでそれなりに大事な話なのは間違いないだろう。
「聞かれたらまずい内容ならば場所を移して二人っきりになれる場所に移動しようか? ここじゃ身内だけでなく第三者の目も多いしな」
「そうですね……ですがクロ・フリート様の妻達には聞いていただいても大丈夫です。 むしろ一緒にいてもらった方が何かと手間が省けますのでクロ・フリート様とその妻達も是非ご一緒頂ければと思います。 つきましては私との婚約及び新国家について話し合いたいのですが」
「……………え?」
新国家の国王になるという事の大きさと一国の王家血縁者である目の前の美姫を娶るという事実を突き付けられ前の世界で平民根性を魂に刻まれているクロは軽くフリーズしてしまう。
そして感じる強大な複数のプレッシャーを背に受けクロはフリーズしたまま脂汗を滝のように溢れ出すという無駄な器用さを見せる。
なぜこのような状況になってしまったのかクロ本人が知らないのだが、何も無いのにわざわざこのような嘘を言う理由も無いだろう。
そして一つの可能性を思い出したクロは震える指先で空をなぞる。
スフィア・エドワーズはバハムートと共に行動していたという。
その事からこの件、クロとの婚約の件はバハムートを通じて行われていた可能性が極めて高いという事である。
その事から考えられる事は一つぐらいしかなく、その答えがセバスチャンからの大量のメールが未読として目の前に現れる。
震える指を動かしスクロールしながら件名をざっと流し目していく中で『スフィア・エドワーズ姫との婚約の件について』『スフィア・エドワーズ姫は今回の婚約について非常に前向きであるとの事』という件名のメールが目に入る。
この事からどうやら自分の推理は正しかったらしくゲーム内で利用できるサービスの一つであるメール機能を使いセバスチャンがバハムートと俺にメールを送っていたという事である。
そしてセバスチャンからのメール曰く、クロ・フリートが国王とした新国家の誕生及びスフィア・エドワーズ姫との婚約は既に来週あたりに周辺各国に通達し、並びにギルドを通じて国民にも通達する事が決まってしまっているようである。
「これからは旦那様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「…………」
「それとも敗戦国の姫は奴隷とする事もあるそうです。 で、あればご主人様と及びした方がよろしいでしょうか?」
「………旦那様でオネガイシマス」
「はい。 旦那様」
もうお前黙れよとは言えずただただ今までメール確認の怠り及び着信音を無音にしていた事を悔やむ。
そして背後からは未だ底を見せない複数のプレッシャーが現在進行形で跳ね上がりながらクロの精神をガリガリと削っていく。
とてもではないのだが後ろを振り向く勇気は今のクロには無い。
クロ自身寝耳に水であったのだから許して欲しいと思うものの思うだけにとどめ、決して口にはしない。
「ちょっとまって下さい! 幾ら何でもいきなり過ぎます! 聞けばクロには確かに何らかの方法でスフィア・エドワーズ姫との婚約の件は報告していたようですが、とうの本人はその報告を今まで確認しておらず今把握した状況ではちょっと無理強いが過ぎるのでは無いですか!?」
「確かに……サラさんが仰っている事は事実。 しかし、期日までに返信無ければ肯定であるとする文言も添えている。 そしてこれは一個人の問題では無く国王とその妃候補のやり取りであり、旦那様から返信が返って来なかった事から既に水面下では様々な事が動いている。 国王となられるお方が今更確認していませんでしたでは済まされない問題ではなかろうか」
そしてクロに新たな婚約者ができようとする中、サラが真っ先に反論する。
しかし反論される事を想定していたのか別段取り乱す様子も無く淡々と言い返すスフィア・エドワーズ姫なのだがその目には「針にかかった鯛を逃してなるものですか」と雄弁に語っているのが伺える。
それもそのはずでスフィア・エドワーズ姫はクロとアーシェの戦闘を観たあの日あの時からクロ・フリートという人物に心奪われ、我が伴侶にと思っていたのである。
その為確実にクロ・フリートと結ばれるプランをバハムートと練り罠を仕掛け、そして捕らえたのである。
バハムート曰くクロ・フリート様はメッセージボックスという画期的なスキルをお持ちであるにも関わらず、ほぼ使用しないという事から「返信無ければ肯定」というトラップを仕掛けたのである。
結果は自分でも驚くほど上手く行ったのだが、しかし誤算もあった。
クロと既に婚約している者が数名いたのである。
しかしもとより妻は複数人娶る計算であった為そこはぐっと我慢し、自分の嫉妬や妬みといった感情でこの婚約を破断にする事が無いように注意を払っているなどクロには知る由も無い。
「なら私も婚約者に選ばれても良いだろっ!?」
結果、規模が規模だけにサラも首を縦に振るしか無くスフィア・エドワーズ姫とクロが婚約した事を少し後ろで聞き入っていたフレイムは、クロの元へ猛アタックをかましに来ていた。
その姿にもはや余裕は無く涙と鼻水で顔は濡れ、嗚咽まじりの恫喝に近い求婚をされもはやこれは一種の恐喝なのでは?と思ってしまうのも仕方のない事であろう。
そしてその必死な気持ちが痛い程分かってしまう、婚期を逃し少なからず焦っていたであろうサラ、ターニャそしてスフィアは形振り身振り構わず求婚しているフレイムの姿に見てられずついに心折れ、フレイムの求婚をクロの意思を交えず承諾するのであった。