国王
しかしクロの初手をスフィア・エドワーズは読めなかったのだが、バハムートは読んでいたらしくクロのスキルモーションを見た瞬間一気にクロへと詰め寄って来る姿が見える。
「っ……読まれてたか」
その姿を見て短く悪態を吐くと、バハムートがいた位置とタイミングからギリギリ避けれると判断したクロはガードではなく真横へステップを踏み避ける選択を取る。
しかし初手の突撃を避けたからといって安心は出来ずバハムートの尻尾や爪、牙が連続的にクロへダメージを与えようと嵐の様に攻撃してくる。
「はは、懐かしいなバハムート!」
「今回は勝たしてもらおうかの!」
この巨躯この風貌この速さこの鋭さこのプレッシャー。どれをとっても懐かしくバハムートとゲーム内ではあるが戦ったあの日の事を思い出す。
それはバハムートも同じらしくお互いに笑みが思わず溢れてしまう。
止まることの無い猛攻を掻い潜り懐かしさを感じていたクロなのだが次の瞬間その懐かしさは一気に霧散してしまう。
「氷属性を追加ダメージで与えるバフをかけました! 付与時間は三十秒です!」
「助かる!」
バハムートが攻撃を仕掛ける度にその軌跡に氷の筋が線を引き、空気が白く色付いて行く。
「おいおい、殺すつもりか?」
「カカカっ、そのつもりでかからないとコッチがやられてしまうわ……ほい」
「氷魔術段位四【青い死の風】」
バハムートは相変わらず鋭い攻撃を放っていたのだが急に攻撃の手を止めると一気に跳躍する。
場跳躍した瞬間バハムートがいた場所から死角になる場所でスフィア・エドワーズが魔術を練っており、完璧のタイミングで氷点下のビームをクロにめがけて撃ち放つ。
クロはそのビームをモーションから相手が撃つ魔術を判断し、紙一重で避けるとその避ける動きを利用し一気にスフィア・エドワーズへと距離を詰める。
しかしもう少しでクロの装備している武器の攻撃判定がある距離という所で上空から黒いブレスが降り注ぎクロの動きを止める。
「無駄に息が合ってるじゃないか」
「ありがとうございます」
そんなクロの悪態もスフィア・エドワーズは清々しいほどの美しい美貌を笑顔に変え答える。
気を抜いてしまうと下手をすれば惚れそうな程の美しさで笑うスフィア・エドワーズにクロは見惚れそうになるのを意識の隅に追いやる。
そしてスフィア・エドワーズはすぐさま後退し、舞い降りたバハムートの死角へと逃げ込む。
「成る程、これは苦戦しそうだな」
スフィア・エドワーズとバハムートの息の合った立ち回りに苦戦を強いられそうだとは思うもののどう攻略したものかと思うと自然と笑みが溢れてくる。
◇◆◆◇
見たことないスキル、見たことない魔術、見たことない戦闘が砦の外で繰り広げられているのが見える。
その光景を見ている冒険者や兵士達は言葉を発する事も出来ずしかし目の前で繰り広げられる戦闘から目を背ける事もできない。
逆に砦で働く者や子供達は滅多に見られない高ランク同士の戦いや本来なら見る事も出来ないような巨躯を持つ黒竜の立ち振る舞い一つ一つに歓声が上がる。
「なんなんだ……あのスフィア・エドワーズだけでなく黒竜も相手にして互角に渡り合うクロは………っ!?」
「間違いなくこの世界で一番強い私の夫です」
無意識の内に溢れた私の言葉にサラが応えてくる。
「世界で一番かどうかは分からないが確かに想像絶する強さだな」
「だってあのアーシェ・ヘルミオネ相手に勝つぐらいですからね」
「へー成る程なー……………っはぁああああ!?」
「なんですかいきなり大声を出して」
「だだだってお前!? それって! アーシェ・ヘルミオネに勝った相手ってあのクロ・フリートなんだぞ!? アーシェ・ヘルミオネに勝ったクロ・フリートは魔族であって今戦ってるクロは人間ではないか!」
サラが何気なく放った言葉を危うく聞き逃す所だったのだがその内容を理解した時あまりの衝撃で思わず声をあげてしまう。
それもそのはずでサラは目の前で戦っているクロをあのクロ・フリートだと言ってのけたのである。
驚くなということは無理な事であろう。
しかしあのクロ・フリートは魔族であり立派な二対の角と翼が生えていると聞いているためサラの発言を素直に信じる事は出来ず、寧ろ冗談の類であると考えるのだが、目の前で戦っているクロの姿を見ると少なからずその可能性を感じてしまう。
「普段は人間の姿なのですが、本気を出す時は本来の姿になり強さも跳ね上がるんですよ。 ですから未だ人間の姿で戦っているクロはまだ手加減している状況と言えますね」
「……な……ん…だって……?」
開いた口は塞がらないとはこの事だとフレイムは思う。
手加減してこの強さだと言うのか。
規格外にも限度というものがあるだろう。
「アーシェ・ヘルミオネと互角に渡り合ったと聞くが、今目の前で戦っているクロを本気にさせた上で互角と聞く………お互いに化け物ではないか」
「だからクロ一人で国落としができると言ったでしょうに。 思えば私達人間は一歩間違えばアーシェ・ヘルミオネを怒らし、牙を向けてしまうような事をしてきたのだと思うと今更ながら恐怖を感じてしまいます」
もはや乾いた笑いしか出てこない。
サラの言う通り我々は今までとんでもない奴を相手に喧嘩を売っていたのだと思い知らされサラ同様、今更ながら恐怖が込み上げてくる。
たとえ私が魔族や亜人に対し差別意識が無いとしても戦争の前ではその意味すら持たず、トップの人族至上主義という大義名分を掲げられ戦わされていただろう。
それが戦争であると分かっているだけにフレイムが感じる恐怖は生半可な物では無い。
「しかし、それもスフィア・エドワーズ姫自ら国王であり父親でもあるドミニク・エドワーズの背中に一太刀入れられた上に、元々高い税金を課していた為国民の暴動が起こり国外への逃亡を余儀なくされた所にクロ・フリート率いる軍が少数気鋭の部隊を投入し侵略されてしまい当然の如く敗戦し、もうすぐ新国家が出来るみたいだしな。 どうなる事やら」
「………………え?」
「……え?」
サラを見ると顔に脂汗を流し小刻みに震え始めているのが分かる。
どうやらサラには珍しくギルドで得られる情報をここ最近得ていないみたいである。
「も、もしかして……その新国家とやらの国王は………クロではないですよね?」
「クロ・フリートが国王に決まってるだろ? ギルドで情報を入手していないのか?」
「こ、ここ半年近くは初めて出来た彼氏に熱を上げてたというかなんというか………」
恋は盲目というが、サラの場合少し度がすぎると思ってはいたがここまでクロ以外見えなくなってしまっているとは思いもしなかった。
そして自分もこの脳がピンクに染まったメスオークを倒し盲目になってやるのだと決意を新たにする。
「なんか物凄く失礼な事を考えてないですか?」
「そんな事考えても無い。 メスオークが恋に盲目になってんなと」
「………ま………まあメスゴリラはメスゴリラなりに色々と筋肉しか詰まってない頭で考えているのですね」
「ふふふふふ」
「ほほほほほ」
メスオークが不敵な笑みを浮かべている為さり気なく足を踏みつけようとするのだが、読まれていた様でハラリと躱されアッパー気味のボディーブローをサラが放って来たのでそれを手で止める。
「素直に踏まれていれば良いものを、猪口才な」
「ボディーブローを喰らって悶えていれば良かったものを、小癪な」
最早このメスオークは情状酌量の余地なしだろう。
私をメスゴリラと宣った時点で執行猶予すら無く、其れ相応の裁きを必要なのは決定事項である。
「ふふふ」
「ほほほ」
しかしサラも考えている事は私と同じであろう。
お互いに不敵な笑みで微笑みある。
「あ、クロが勝った」
「ふふふ……へっ!?」
「ほほほ……はっ!?」
そんな不敵な微笑み合いをしている時、キンバリーが無情にもクロとスフィア・エドワーズの対決がクロの勝利で終わった事を告げる。
そして先程までクロとスフィア・エドワーズが戦闘を繰り広げられていた場所に目線を向けると黒竜は倒れ、スフィア・エドワーズは黒い紐の様な物で束縛されているのがここからでも見える。
クロとスフィア・エドワーズの対決を見逃してしまったのはそれもこれも全てメスオークのせいだろう。
許すまじメスオーク。
「お、落ち着いて下さいお二人とも! クロとスフィア・エドワーズさんの対決はクロに貸していただいてるタブレットという魔道具で映像を録画していますから! いつでも見れますから!」
私とサラが両手を組み睨み合っているとターニャというクロの婚約者の一人が私達の間に入り魔道具で先程の戦闘を保存していると説得しだす。
その様な魔道具は映像を保存する水晶しか知らず、とても高価なものである。
そしてもし本当に映像を保存できていたとしても一度しか観れず私達の為だけに使うのは勿体無いのではないかと思う。
「ナイスですターニャ! では早速観させて下さい!」
「分かりました」
しかしサラはその映像をすぐにでも観たいとターニャに催促し、ターニャがそれを了承する。
そしてターニャが出した魔道具は水晶ではなく、薄っぺらい板の様な物を取り出してサラに渡すのが見えた。
あんな板で映像が保存される訳がないだろうとは思うもののサラの態度から完全に否定する事も出来ずにサラの後ろからそのタブレットという板を覗き込む。
◇◆◆◇
戦闘開幕から30分は経っただろうか?
クロ、バハムート共に段位や威力の高い魔術やスキル使うと砦にまで被害が出る可能性がある為お互いに使用できない状況下の中でクロがジワジワと追い詰められていた。
「二対一な上に高段位や上位スキルを使えないという状況下とは言え主人に勝てるかもしれない日が来るとはな! 勝った時を想像するだけで興奮してしまうわ!」
「どちらにしても私達の攻撃をこれ程までに躱し、その上で反撃できるほどの相手なのです! 油断は禁物です!」
クロに勝てそうという状況にバハムートは興奮を隠す事もせず、それをスフィア・エドワーズが落ち着く様に嗜める。
しかしバハムートが興奮するのも無理無く、今の状況ではバハムートとスフィア・エドワーズの勝利は揺るがないだろう。
長年クロに勝利する事を夢見ていたバハムートが興奮してしまうのは仕方ない事であろう。
「確かにこのままでは負けるだろうな」
バハムートとスフィア・エドワーズはお互いの短所を補い、隙という隙が見当たらなく、正に理想の立ち回りであろう。
しかしバハムート同様、クロとてこの世界に来て何もしなかった訳では無い。
「投了しても良いのだぞ? 主人よ」
「馬鹿言え。 今からお前達は俺の実験台にさせてもらう」
そしてクロは一瞬にして装備一式を変更し、移動スピードと攻撃スピードを上げる装備とアクセサリーに装備し直す。
すると装備一式の恩恵を受けたクロは先程までの移動スピード、攻撃スピードよりも数倍の素早さで駆け攻撃する。
「ぐぬう……流石主人と言ったところかの。 ただでは勝たせてくれぬか。 スフィアよ! 我が背中に乗るが良い!」
「分かった!」
そしてバハムートはただでさえ攻撃を躱されている状況からサラに素早さが上がったクロを相手にするやいなや最早自分の攻撃が当たらない事を悟るとスフィア・エドワーズを自分の背に乗せ一気に跳躍すると広範囲に効果をもたらすブレスをクロにめがけて撃ち放つ。
「点や線で当たらなければ面で攻めるのみだな」
「こ、広範囲に高威力のブレス……確かにこれでは避けようはありませんね」
バハムートが放ったブレスによりあたりは土煙で曇り、クロの姿も隠れてしまうのだがあの状況ではいくら速く移動できるとしても避ける事は出来ないであろう。